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本編
05.収納
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ぼくの認識では、ぼくと至先輩の間に確かなものはなにもなく、ただ仲の良い先輩後輩という薄い関係だけがある状況が最善だと思っている。
だけど先輩はそうは思っていなかったようだ。
先輩は見た目が反社会的なだけあって、行動力がある。それに陰湿な手口が得意だ。
怯える小石を囲い込むのに手口もなにもないのかもしれないけれど、結果的にぼくは先輩にやり込められてしまった。
先輩はぼくを囲い込むために、両親どころか叔父さんにまで挨拶と根回しをして、ぼくをあの1Kの部屋に閉じ込めた。
ぼくのための収納が追加され、実家から持ってきたデスクが設置され、しかしベッドは増えなかった。
元からこの部屋にあった、どでかい先輩でも足を伸ばして寝られるどでかいベッドしか、ぼくには寝床が用意されていなかった。そこのところをきちんと確認しなかったのは一生の不覚である。
「なにもしない。リツが信じてくれるまでは」
先輩は似合わない理性的な微笑みを浮かべ、ぼくを毎晩抱き枕にするものの、それ以上触れることなく過ごしている。
「リツが俺のこと大好きなのはわかってるし」
異議あり。甚だ遺憾である。
至先輩は、ぼくが先輩にぞっこんだけど先輩の素行が悪くて両想いだと信じられないから、信じてもらえるまで手を出さない、という構図にしたいらしいが、それは事実ではない。
先輩はぼくのようなちんちくりんを好きにならないし、ぼくだってこんな、一年のうち三分の二くらいの期間で髪の色が変な、目つきの悪い、嫌味なほど鼻筋の通った、低くて聞き取りにくい声の、無駄に縦横にでかい図体で、無骨な長い指の、冒涜的なほど長い脚の、意外と着痩せする筋肉質な、どこからどう見ても近づいちゃいけないオーラを出してる年上の男なんて、好きになるわけないし。
「それ全部リツが好きな俺の部位だよな」
調子に乗るな。
近頃先輩はぼくを無事囲い込み漁で捕獲できた安心感からか、変な対応を惜しまなくなった。
ぼくは帰ってくると決まってこのでかい男に「おかえりのハグ」と「おかえりのちゅー」をされ、手を洗って服を着替えるとこのでかい男の足の間に座らされる。ひどいときは膝の上だ。
それからぼくがレポートを書いてようが、本を読んでようが、スマホで同級生と交流してようが、ぼくの背後を取って髪などいじり、時折うなじや耳裏に吸い付いてぼくを縦振動させる。
しばらくすると甲斐甲斐しく食事など作って振る舞ってくる。おいしい。味付けがどんどんぼく好みに寄ってきている。
あとはのんびりだらだら過ごして、交互にお風呂に入り、たまにぼくの入浴に先輩が押し入り、狭い湯船でお湯かさが死を迎える。
交互にドライヤーを使い、ぼくの濡れ髪を先輩が乾かす。鼻歌交じりにドライヤーをふるう先輩はなにが楽しいのか。仕返しに先輩の髪を乾かしてやると、なんとも言えないぬるい目で見られる。
あれは、そう。「俺のことが好きでたまらないんだな」という自惚れの目だ。
自惚れ目じゃないときの先輩は、また違った感情を薄茶色の双眸に浮かべてぼくを見る。
「リツのことが好きでたまらないって目」
口ではどうとでも言える。
私生活は漁獲されてしまったぼくだが、公の生活としては無事大学生となり、今のところ順調に学生生活を送っている。
アルバイトも順調な滑り出しで、少しずつできることが増えていってるところだ。
学校も学部も違う先輩だけど、大学生としての暮らし方全般をアドバイスしてくれるので、ぼくはきっと恵まれているほうだろう。
やばい先輩に絡まれていない(ように見える)大学生のぼくは、ふつうに友だちができた。
でもどういうわけか高校のときのような、境界線を行きつ戻りつ反復横跳びするような微妙な友だちもできた。というか寄ってくる。ぼく自身は全然そういうタイプじゃないのに。
そんなちょいやば友人いわく「律紀ってなんかほっとけない感じある」。適度に放っておいていただきたい。
そんなこんなで、ぼくは自分が精神的囚われの身であることをかさにきて、至上命題に答えを出すことを先送りし続けている。
至先輩は「待つ」と言ったからには、急かすようなことは言わないし、しない。
それが逆にぼくを小石のようにかたことと焦らせるということは……わかってやっていると思う。
ほとんどの事柄に結論をつけないまま、日々を慌ただしくすごしているうち、至先輩は大学卒業を控える年となった。
去年末から今年にかけて先輩はとても、それはもう猛烈に忙しかった。
大学のほかに資格を取るための専門の学校にも通っていて、本当に一日中勉強していたのだった。
そんな先輩の姿を見てぼくは、先輩の好みじゃないから勘違いしたくないし……などとうじうじしている場合ではなくなった。先輩を支えるために家のことは全部して、その上で大学生活も取りこぼしなくつとめた。
先輩いわく、卒業は問題ないけど、資格試験のほうはやってみないとわからないとのこと。すごく難しい試験だそうだ。
「至先輩がそんなに必死になるの、なんか意外」
「やると決めたからにはな」
不意にかっこいいことを言うこともある。
多忙な先輩と話をする時間はめっきり減って、今では食事中と、こうして髪をドライヤーしてあげる時間しかない。
うとうとと眠そうな先輩の髪を指でとかしながら乾かして、手を引いてベッドに連れていく。
今日このあと予定がないのは確認済みだ。課題も昨日提出したと聞いた。ゆっくり眠らせてあげよう。
「先輩、ぼくちょっと出かけてくるけど、終電前には帰るから。おやすみ」
「……ん……」
ほとんど眠りにおちている先輩に、聞こえないだろうけど言い置いて家を出る。
久しぶりに、高校時代の友だちに会うのだ。
ぼくとは全然タイプがちがう友だちばかりだったし、最初はこんなのとどうやって接すればいいんだと思ったこともあったけど、なかなかどうして友情というものは異なもの味なもの。細く長くの腐れ縁である。
「終電前には……?」
なるべく静かに閉じたドアの向こうで、先輩がぼそりとつぶやいて起き上がったことに、ぼくは気づかなかった。
先輩の寝かしつけを完了したぼくは、回転寿司方式で次々やってくる地下鉄に適当に乗って揺られ、沿線の繁華街へやってきた。
高校時代の至先輩に憧れ、先輩をよく見ていた寡黙な彼が、ここで夜のお店のバイトをはじめた。
そんなわけで、野菜ジュースさえ飲んでおけば野菜をとったことになると思っていた彼といっしょに遊びにいくことになったのだ。
「まだ野菜ジュース飲んでるの?」
「律紀、知ってるか。野菜ジュースって砂糖が山盛り入ってて、体にいいわけじゃねーんだぜ……」
そんなこと今どき子どもでも知っている気はしたが、そのひとがいつどんな情報に触れるかはそのひと次第なのだ。人には人のペースがある。
ひとより有益な雑学に触れる機会の少ない不憫な友人を伴って、お店へ向かう。
ぼくも野菜が足りてない友人も、寡黙な彼が入ったのはバーだとしか聞いていなかった。
広くて、ものすごくうるさくて、怠惰で猥雑な印象の、こんな店だとは思わなかった。入ってから一旦出て看板を二度見した。
お祭りでもないのに体を揺すって踊っている人の群れに恐れ慄きながらフロアを横切り、カウンターにたどり着くと、そこに顔見知りを見つけてあからさまにホッとしてしまった。
「いたぁ……よかったぁ」
「どしたの二人とも、迷子みたいな顔」
「もうほぼ迷子だったぜ……」
カウンターの周囲は爆音が和らぐとはいえ、うるさいことに変わりはない。
こんなところで言葉少なな彼が働けるのかと思ったら、あまりにうるさいのでしゃべってもどうせ聞こえないから、逆にしゃべらなくても接客できるらしい。
「店員と会話する店じゃないから。会話したいひとは、ほら、あそこ」
指さすほうを見遣ると、座りにくそうな丸椅子や小さめのソファがある席にもひとがいた。
だいたいは二人組で、なんだか妙にくっついていて、楽しそうに話している。耳に直接言葉を流し込む距離。派手な見た目が多く、ほとんどは男女だけど、中には大きな胸を押しつけ合う女性たちやら、しがみつくように唇をついばみ合う男性たちやら。
「もしかして、そういうお店……」
「あれ、言ってなかったっけ」
聞いてないです。
「てか律紀、先輩は? 連れてきてって言ったろ」
「先輩いま忙しいから」
「え、やば」
なにがやばいのか。寡黙くんはめずらしくやや焦った様子で、スマホをいじりながら「連れてこないとだめだよ、怒られる」と言った、気がする。なんせ空間がうるさい。
「なんて言ったの?」
「聞こえねー! もうちょい静かなとこねーの?」
野菜欠乏くんが痺れを切らして叫ぶと、寡黙くんはぼくらを奥まった席へ案内してくれた。
やっとあの暴力的な音の波をBGMと称せるくらいの音量になり、肩の力が抜ける。野菜欠乏くんは軽く貧乏ゆすりをしながらドリンクをすすっている。
ぼくもひとくち飲んでみて、あ、お酒だと気づく。
お酒が飲めるようになったとき、真っ先にあのバーへ行った。
先輩といっしょに、あのときノンアルコールしか飲めなかったことに頭を下げて、おいしいカクテルを出してもらった。
バーテンダーさん、改めマスターは気にしてないと笑って、ハタチのお祝いにとてもおいしいカクテルを出してくれた。
だからお酒は飲めるけれど、至先輩からは「俺がいないところで飲むな」と言われている。飲むならせめてこのバーだけにしろと。
ぼくの酔いかたがあまり良くないからだと言われて、ぼく自身ほかの誰かに迷惑をかけたいわけじゃないし、飲まないようにしてたけど。ちらりと横目で窺った二人は、まぁ、多少迷惑をかけてもいい二人だろう。
バーで飲むより薄くて炭酸の効いた、背の高いグラスをぐっと傾ける。
別においしくないけど、視界がふわっと揺れた。
「おい、律紀もしかしてもう酔って」
「きみたち二人? いっしょに飲もーよ」
振り返ると、見たことないひとたちがいた。ぼくたちよりよほどこのお店が似合ってる風貌。
「いーよ」
考える前に了承してた。隣で野菜くんがなにか言ってる。
そんな野菜くんのほうにひとり、ぼくのほうにひとり。二人組は分かれて座った。いっしょじゃなくていいのかな。
首を傾げるぼくに、知らない男のひとは笑いかけて話しかけてきた。
この店ははじめてか、とか。なに飲んでるの、とか。
まるでナンパみたい。でもぼくみたいな男にナンパするわけないし、仕事場で当たりさわりなく天気の話をするみたいに、こういう場での天気は来店経験とお酒の話なんだろう。
「二人は友だち? 大学生?」
「そう、ともだち」
「このへんに住んでるの?」
「電車できた。せんぱいと住んでる」
「先輩?」
先輩、という言葉が場に発生すると、ぼくは自動的に至先輩のことを思い浮かべる。
至先輩は、ちょっと見ないくらい背が高くて、肩幅があって、いつも違う髪色をしていた時期もあったけれど、今は濃い茶色の地毛からしばらく変えてない。
荒んだ雰囲気の友だちと、同じ学科や同じダブルスクールの友だちが半々。高校時代は不真面目だったけど、高三で一念発起して、子どもの頃の夢だった仕事につくため今は猛勉強中。
初対面だと無礼で不遜な人に見えるけれど、ほんとうはかっこよくて優しくて、ちょっとだけいじわるだけど、笑った顔はちょっとだけかわいくて、料理が上手で、洗濯はきらいで、枝豆と魚が好きで、甘いものが苦手で、ぼくはそんな先輩があこがれで、尊敬してて、それで。
「あのね、ひみつだよ。ぼくね、前からずっとね、いたるせんぱいのこと、好きなんだ……」
あぁ言っちゃった。秘密にしてたのに。ふわふわする。隣の知らない人が笑ってる。反対側の野菜くんが、なぜか頭を抱えてる。また耳になにか入ったのかな。
「そういうことは、俺がいるときに、俺に言いな。リツ」
あれ、先輩の声がする。どこだ、どこだ。
声の主を探すと、ぼくの後ろに先輩がいた。慣れた体温がぼくを包んで、無理やりではないけれど逃げられない強さで引っ張り上げられる。
「こいつ、もらってく」
「はいっおつかれさまです!」
野菜くんが、うるさい店内でも響き渡ってそうなくらい大きな声で先輩にあいさつしてる。
寡黙くんがぼくに手を合わせて頭を下げてる。いやこれは先輩に対してかな。
ぼくはのんびり手を振った。先輩が来たなら帰らなきゃ。
「せんぱ~い」
「リツ、俺がいないとこで飲むなって言ったろ」
「ごめんなしゃい」
「……はぁ、酔ってんな、タチ悪ぃ。帰るぞ」
「はぁい」
ふにゃふにゃした足取りで歩いていると、たまに腕を引っ張られて軌道修正させられる。
無礼なやつ、と思って見ると至先輩なので許す。先輩はいつも無礼だから。
何度かそんなやりとりをしつつ、電車に揺られてちょっと気持ち悪くなりつつ、自宅の最寄り駅に着くころには酔いはさめてきた。
頭の中がクリアになってくると、なぜ先輩がいるのか気になってきた。
ぼくは疲れた先輩を寝かしつけてから夜遊びに出たはずである。そもそも行き先を告げてない。なのに先輩はいきなりぼくの背後に現れたようだった。しかも店の中のことである。
「先輩、もしかしてぼくにGPSつけてる?」
「お。酔いさめたか」
至先輩はにやりと笑って、ぼくのことを軽く担いだ。その格好のまま運ばれて風呂場に入れられる。
くさいから入れと命令され、瞬きをする間に服を剥ぎ取られ、なぜか先輩もいっしょにシャワーを浴びた。
酒をかぶったわけでもないのに、と抗議したら、どっちにしろ寝る前に必ず風呂入るだろ、とやり込められてしまった。たしかにぼくは入浴を済ませないとどうにも座りが悪くてベッドに入れないたちなのだ。
「そんで? おまえ、なんか俺に言うことあるだろ」
「え?」
ベッドの上でパジャマのボタンをとめていたら、先輩に怖い顔で詰め寄られる。まぁ先輩は常時顔が怖いんだけど。
ぼくには思い当たる節がないので首を傾げるしかない。勝手に夜出かけてごめんなさい、とか。門限のある年頃の女子じゃあるまいし。
「あ、お酒飲むなって言われたのに飲んだのは、ごめんなさいかも?」
「かも、じゃなくて。いやそれは今はいい」
それ以外に言うことはない。
黙り込むと、先輩は深々と溜め息を吐き出して髪をくしゃくしゃにかき回した。ぼくのを。せっかくドライヤーして、寝癖がつかないように整えたのに。
「リツおまえ、なんで俺にはああいうこと言わないのに、他人には言うわけ?」
「ああいうこと?」
「俺のこと好きだ、っつってたろ」
言ってない。ぼくは首を振った。
先輩は強硬に「いや言った、言ってた」と詰め寄ってきたが、言ってないものは言ってない。ぼくは何度も首を振ったのでもう疲れた。
「至先輩、ぼく疲れたので寝ていい?」
「いいわけねーだろ」
「でも先輩も眠いよね?」
「目が覚めたらおまえがいなくて眠気吹っ飛んだわ」
それは悪いことをした。謝ると、「そこは謝るのかよ」と呆れられた。なにがなんだか。
「まぁ百歩譲って言ってないとして、だ」
「言ってないよ」
「おまえ、俺のこと好きだよな?」
ぼくは今度は首を縦に振った。
先輩はなぜか訝しげに「likeのほうか」と聞くので、ぼくは少し考えて、頭の中の英単語ボキャブラリーを探り「favoriteだよ」と言うと怒られた。
「つまりおまえのダチの……ほら、髪の毛がツンツンしてる……」
「野菜くん?」
「おまえあいつのこと野菜って呼んでんの? いやそれは今はいい。つまりその野菜くんと、俺を、同じくらい好きかって聞いてんだよ」
「何言ってるの先輩。野菜くんと先輩が同じなわけないじゃん」
野菜くんのことは好きだ。なんだかんだ三年もつるんでいたのだから相性がいいのだろう。
だが先輩と比べたら劣る。
いや、劣るわけじゃない。野菜くんと寡黙くんはなにを置いても優先したい、ぼくにとって大事な友だちだ。
でも先輩はちがう。
ぼくの真ん中に偉そうに陣取ってる。
気まぐれにぼくをころころと転がして楽しんでる。
先輩のあの目に見つめられて、先輩の手に捕まってしまった日から、ぼくは先輩が握っているのだ。
つまり、ぼくは先輩の所有物。
「色々すっ飛ばしすぎだろ……」
ぼくの出した結論に先輩は微妙な顔をした。
ぼくはこの結論がとてもしっくりきているのだが。
先輩と暮らすようになってから、些細なことでかたこと揺れてしまっていたぼくの中の小石が、不思議とすっぽり収まって揺れなくなる。揺れるのは怖い。いつか砕けてしまいそうで恐ろしい。でも先輩がすっぽり持っててくれるから、怖くない。
うまく言語化できない心のうちを一生懸命説明すると、なぜか先輩はちょっと照れていた。貴重な表情だ。
「あー、まぁ、わかった。リツは俺のものなんだな。それでいいんだな?」
「うん。純然たる事実なので」
「どこがだよ……あぁもういい。とりあえず、今日は寝る」
「はぁい」
いそいそとベッドへもぐりこんで端っこに寄ると、先輩の腕に引き寄せられて真ん中に戻された。
そのまま先輩に抱えこまれて眠った。いつもよりあったかくて気持ちよく眠れた。
次の日、急ぎの用がない先輩と、二限から大学に行くぼくはゆったりと余裕を持って目を覚ました。
至先輩はぼくより先に覚醒していたみたいで、頬杖をついてぼくをじっと見下ろしている。
「おはよ先輩」
「はよ。二日酔いになってないか?」
「うん、だいじょぶ」
起きあがろうとすると、上から拘束されて起床できなかった。
「はぁ……リツ、やっと俺のものになったのか……」
「ぼくは結構前から先輩に捕獲されてるので、結構前から先輩のだよ」
「なんだよ、はぁ。リツ、好きだ……」
「それは違うね」
ちゅうちゅうとぼくの頬やこめかみに吸い付いていた先輩が変な顔をする。
「先輩はきれいで年上の女のひとが似合うから、ぼくは同じ土俵に上がることもできないよ」
「……いや、俺がおまえを好きだって言ってるんだが」
「信じられない。いい加減にしてよ先輩」
憤慨するぼくに、先輩はなぜか変な顔のまま笑った。
つまり俺に信用がないってことか、と、眉をへにゃんと下げたおもしろい顔で笑った。
「しゃーねぇ、信じる気になるまでまた粘るか。俺の気持ちは信じなくても、リツは俺のものなんだよな?」
「そうだね」
「ならいい。俺の所有物なら、他のやつに尻尾振ったりすんなよ」
尻尾なんか振らない。ぼくに尻尾はついてない。
日差しのほうを向くように窓辺に置かれた小鉢の植物みたいに、ぼくはいつだって至先輩のほうしか向けないのだから、先輩が向きを変えてくれない限り、ぼくはずっとこのままだ。
先輩は仕方なさそうに笑って、ぼくの寝起きのばさばさ髪をくしゃくしゃ撫でて、そっと唇を触れ合わせてきた。
ぼくは先輩の手によってのみ、かたことと揺さぶられるのだ。
だけど先輩はそうは思っていなかったようだ。
先輩は見た目が反社会的なだけあって、行動力がある。それに陰湿な手口が得意だ。
怯える小石を囲い込むのに手口もなにもないのかもしれないけれど、結果的にぼくは先輩にやり込められてしまった。
先輩はぼくを囲い込むために、両親どころか叔父さんにまで挨拶と根回しをして、ぼくをあの1Kの部屋に閉じ込めた。
ぼくのための収納が追加され、実家から持ってきたデスクが設置され、しかしベッドは増えなかった。
元からこの部屋にあった、どでかい先輩でも足を伸ばして寝られるどでかいベッドしか、ぼくには寝床が用意されていなかった。そこのところをきちんと確認しなかったのは一生の不覚である。
「なにもしない。リツが信じてくれるまでは」
先輩は似合わない理性的な微笑みを浮かべ、ぼくを毎晩抱き枕にするものの、それ以上触れることなく過ごしている。
「リツが俺のこと大好きなのはわかってるし」
異議あり。甚だ遺憾である。
至先輩は、ぼくが先輩にぞっこんだけど先輩の素行が悪くて両想いだと信じられないから、信じてもらえるまで手を出さない、という構図にしたいらしいが、それは事実ではない。
先輩はぼくのようなちんちくりんを好きにならないし、ぼくだってこんな、一年のうち三分の二くらいの期間で髪の色が変な、目つきの悪い、嫌味なほど鼻筋の通った、低くて聞き取りにくい声の、無駄に縦横にでかい図体で、無骨な長い指の、冒涜的なほど長い脚の、意外と着痩せする筋肉質な、どこからどう見ても近づいちゃいけないオーラを出してる年上の男なんて、好きになるわけないし。
「それ全部リツが好きな俺の部位だよな」
調子に乗るな。
近頃先輩はぼくを無事囲い込み漁で捕獲できた安心感からか、変な対応を惜しまなくなった。
ぼくは帰ってくると決まってこのでかい男に「おかえりのハグ」と「おかえりのちゅー」をされ、手を洗って服を着替えるとこのでかい男の足の間に座らされる。ひどいときは膝の上だ。
それからぼくがレポートを書いてようが、本を読んでようが、スマホで同級生と交流してようが、ぼくの背後を取って髪などいじり、時折うなじや耳裏に吸い付いてぼくを縦振動させる。
しばらくすると甲斐甲斐しく食事など作って振る舞ってくる。おいしい。味付けがどんどんぼく好みに寄ってきている。
あとはのんびりだらだら過ごして、交互にお風呂に入り、たまにぼくの入浴に先輩が押し入り、狭い湯船でお湯かさが死を迎える。
交互にドライヤーを使い、ぼくの濡れ髪を先輩が乾かす。鼻歌交じりにドライヤーをふるう先輩はなにが楽しいのか。仕返しに先輩の髪を乾かしてやると、なんとも言えないぬるい目で見られる。
あれは、そう。「俺のことが好きでたまらないんだな」という自惚れの目だ。
自惚れ目じゃないときの先輩は、また違った感情を薄茶色の双眸に浮かべてぼくを見る。
「リツのことが好きでたまらないって目」
口ではどうとでも言える。
私生活は漁獲されてしまったぼくだが、公の生活としては無事大学生となり、今のところ順調に学生生活を送っている。
アルバイトも順調な滑り出しで、少しずつできることが増えていってるところだ。
学校も学部も違う先輩だけど、大学生としての暮らし方全般をアドバイスしてくれるので、ぼくはきっと恵まれているほうだろう。
やばい先輩に絡まれていない(ように見える)大学生のぼくは、ふつうに友だちができた。
でもどういうわけか高校のときのような、境界線を行きつ戻りつ反復横跳びするような微妙な友だちもできた。というか寄ってくる。ぼく自身は全然そういうタイプじゃないのに。
そんなちょいやば友人いわく「律紀ってなんかほっとけない感じある」。適度に放っておいていただきたい。
そんなこんなで、ぼくは自分が精神的囚われの身であることをかさにきて、至上命題に答えを出すことを先送りし続けている。
至先輩は「待つ」と言ったからには、急かすようなことは言わないし、しない。
それが逆にぼくを小石のようにかたことと焦らせるということは……わかってやっていると思う。
ほとんどの事柄に結論をつけないまま、日々を慌ただしくすごしているうち、至先輩は大学卒業を控える年となった。
去年末から今年にかけて先輩はとても、それはもう猛烈に忙しかった。
大学のほかに資格を取るための専門の学校にも通っていて、本当に一日中勉強していたのだった。
そんな先輩の姿を見てぼくは、先輩の好みじゃないから勘違いしたくないし……などとうじうじしている場合ではなくなった。先輩を支えるために家のことは全部して、その上で大学生活も取りこぼしなくつとめた。
先輩いわく、卒業は問題ないけど、資格試験のほうはやってみないとわからないとのこと。すごく難しい試験だそうだ。
「至先輩がそんなに必死になるの、なんか意外」
「やると決めたからにはな」
不意にかっこいいことを言うこともある。
多忙な先輩と話をする時間はめっきり減って、今では食事中と、こうして髪をドライヤーしてあげる時間しかない。
うとうとと眠そうな先輩の髪を指でとかしながら乾かして、手を引いてベッドに連れていく。
今日このあと予定がないのは確認済みだ。課題も昨日提出したと聞いた。ゆっくり眠らせてあげよう。
「先輩、ぼくちょっと出かけてくるけど、終電前には帰るから。おやすみ」
「……ん……」
ほとんど眠りにおちている先輩に、聞こえないだろうけど言い置いて家を出る。
久しぶりに、高校時代の友だちに会うのだ。
ぼくとは全然タイプがちがう友だちばかりだったし、最初はこんなのとどうやって接すればいいんだと思ったこともあったけど、なかなかどうして友情というものは異なもの味なもの。細く長くの腐れ縁である。
「終電前には……?」
なるべく静かに閉じたドアの向こうで、先輩がぼそりとつぶやいて起き上がったことに、ぼくは気づかなかった。
先輩の寝かしつけを完了したぼくは、回転寿司方式で次々やってくる地下鉄に適当に乗って揺られ、沿線の繁華街へやってきた。
高校時代の至先輩に憧れ、先輩をよく見ていた寡黙な彼が、ここで夜のお店のバイトをはじめた。
そんなわけで、野菜ジュースさえ飲んでおけば野菜をとったことになると思っていた彼といっしょに遊びにいくことになったのだ。
「まだ野菜ジュース飲んでるの?」
「律紀、知ってるか。野菜ジュースって砂糖が山盛り入ってて、体にいいわけじゃねーんだぜ……」
そんなこと今どき子どもでも知っている気はしたが、そのひとがいつどんな情報に触れるかはそのひと次第なのだ。人には人のペースがある。
ひとより有益な雑学に触れる機会の少ない不憫な友人を伴って、お店へ向かう。
ぼくも野菜が足りてない友人も、寡黙な彼が入ったのはバーだとしか聞いていなかった。
広くて、ものすごくうるさくて、怠惰で猥雑な印象の、こんな店だとは思わなかった。入ってから一旦出て看板を二度見した。
お祭りでもないのに体を揺すって踊っている人の群れに恐れ慄きながらフロアを横切り、カウンターにたどり着くと、そこに顔見知りを見つけてあからさまにホッとしてしまった。
「いたぁ……よかったぁ」
「どしたの二人とも、迷子みたいな顔」
「もうほぼ迷子だったぜ……」
カウンターの周囲は爆音が和らぐとはいえ、うるさいことに変わりはない。
こんなところで言葉少なな彼が働けるのかと思ったら、あまりにうるさいのでしゃべってもどうせ聞こえないから、逆にしゃべらなくても接客できるらしい。
「店員と会話する店じゃないから。会話したいひとは、ほら、あそこ」
指さすほうを見遣ると、座りにくそうな丸椅子や小さめのソファがある席にもひとがいた。
だいたいは二人組で、なんだか妙にくっついていて、楽しそうに話している。耳に直接言葉を流し込む距離。派手な見た目が多く、ほとんどは男女だけど、中には大きな胸を押しつけ合う女性たちやら、しがみつくように唇をついばみ合う男性たちやら。
「もしかして、そういうお店……」
「あれ、言ってなかったっけ」
聞いてないです。
「てか律紀、先輩は? 連れてきてって言ったろ」
「先輩いま忙しいから」
「え、やば」
なにがやばいのか。寡黙くんはめずらしくやや焦った様子で、スマホをいじりながら「連れてこないとだめだよ、怒られる」と言った、気がする。なんせ空間がうるさい。
「なんて言ったの?」
「聞こえねー! もうちょい静かなとこねーの?」
野菜欠乏くんが痺れを切らして叫ぶと、寡黙くんはぼくらを奥まった席へ案内してくれた。
やっとあの暴力的な音の波をBGMと称せるくらいの音量になり、肩の力が抜ける。野菜欠乏くんは軽く貧乏ゆすりをしながらドリンクをすすっている。
ぼくもひとくち飲んでみて、あ、お酒だと気づく。
お酒が飲めるようになったとき、真っ先にあのバーへ行った。
先輩といっしょに、あのときノンアルコールしか飲めなかったことに頭を下げて、おいしいカクテルを出してもらった。
バーテンダーさん、改めマスターは気にしてないと笑って、ハタチのお祝いにとてもおいしいカクテルを出してくれた。
だからお酒は飲めるけれど、至先輩からは「俺がいないところで飲むな」と言われている。飲むならせめてこのバーだけにしろと。
ぼくの酔いかたがあまり良くないからだと言われて、ぼく自身ほかの誰かに迷惑をかけたいわけじゃないし、飲まないようにしてたけど。ちらりと横目で窺った二人は、まぁ、多少迷惑をかけてもいい二人だろう。
バーで飲むより薄くて炭酸の効いた、背の高いグラスをぐっと傾ける。
別においしくないけど、視界がふわっと揺れた。
「おい、律紀もしかしてもう酔って」
「きみたち二人? いっしょに飲もーよ」
振り返ると、見たことないひとたちがいた。ぼくたちよりよほどこのお店が似合ってる風貌。
「いーよ」
考える前に了承してた。隣で野菜くんがなにか言ってる。
そんな野菜くんのほうにひとり、ぼくのほうにひとり。二人組は分かれて座った。いっしょじゃなくていいのかな。
首を傾げるぼくに、知らない男のひとは笑いかけて話しかけてきた。
この店ははじめてか、とか。なに飲んでるの、とか。
まるでナンパみたい。でもぼくみたいな男にナンパするわけないし、仕事場で当たりさわりなく天気の話をするみたいに、こういう場での天気は来店経験とお酒の話なんだろう。
「二人は友だち? 大学生?」
「そう、ともだち」
「このへんに住んでるの?」
「電車できた。せんぱいと住んでる」
「先輩?」
先輩、という言葉が場に発生すると、ぼくは自動的に至先輩のことを思い浮かべる。
至先輩は、ちょっと見ないくらい背が高くて、肩幅があって、いつも違う髪色をしていた時期もあったけれど、今は濃い茶色の地毛からしばらく変えてない。
荒んだ雰囲気の友だちと、同じ学科や同じダブルスクールの友だちが半々。高校時代は不真面目だったけど、高三で一念発起して、子どもの頃の夢だった仕事につくため今は猛勉強中。
初対面だと無礼で不遜な人に見えるけれど、ほんとうはかっこよくて優しくて、ちょっとだけいじわるだけど、笑った顔はちょっとだけかわいくて、料理が上手で、洗濯はきらいで、枝豆と魚が好きで、甘いものが苦手で、ぼくはそんな先輩があこがれで、尊敬してて、それで。
「あのね、ひみつだよ。ぼくね、前からずっとね、いたるせんぱいのこと、好きなんだ……」
あぁ言っちゃった。秘密にしてたのに。ふわふわする。隣の知らない人が笑ってる。反対側の野菜くんが、なぜか頭を抱えてる。また耳になにか入ったのかな。
「そういうことは、俺がいるときに、俺に言いな。リツ」
あれ、先輩の声がする。どこだ、どこだ。
声の主を探すと、ぼくの後ろに先輩がいた。慣れた体温がぼくを包んで、無理やりではないけれど逃げられない強さで引っ張り上げられる。
「こいつ、もらってく」
「はいっおつかれさまです!」
野菜くんが、うるさい店内でも響き渡ってそうなくらい大きな声で先輩にあいさつしてる。
寡黙くんがぼくに手を合わせて頭を下げてる。いやこれは先輩に対してかな。
ぼくはのんびり手を振った。先輩が来たなら帰らなきゃ。
「せんぱ~い」
「リツ、俺がいないとこで飲むなって言ったろ」
「ごめんなしゃい」
「……はぁ、酔ってんな、タチ悪ぃ。帰るぞ」
「はぁい」
ふにゃふにゃした足取りで歩いていると、たまに腕を引っ張られて軌道修正させられる。
無礼なやつ、と思って見ると至先輩なので許す。先輩はいつも無礼だから。
何度かそんなやりとりをしつつ、電車に揺られてちょっと気持ち悪くなりつつ、自宅の最寄り駅に着くころには酔いはさめてきた。
頭の中がクリアになってくると、なぜ先輩がいるのか気になってきた。
ぼくは疲れた先輩を寝かしつけてから夜遊びに出たはずである。そもそも行き先を告げてない。なのに先輩はいきなりぼくの背後に現れたようだった。しかも店の中のことである。
「先輩、もしかしてぼくにGPSつけてる?」
「お。酔いさめたか」
至先輩はにやりと笑って、ぼくのことを軽く担いだ。その格好のまま運ばれて風呂場に入れられる。
くさいから入れと命令され、瞬きをする間に服を剥ぎ取られ、なぜか先輩もいっしょにシャワーを浴びた。
酒をかぶったわけでもないのに、と抗議したら、どっちにしろ寝る前に必ず風呂入るだろ、とやり込められてしまった。たしかにぼくは入浴を済ませないとどうにも座りが悪くてベッドに入れないたちなのだ。
「そんで? おまえ、なんか俺に言うことあるだろ」
「え?」
ベッドの上でパジャマのボタンをとめていたら、先輩に怖い顔で詰め寄られる。まぁ先輩は常時顔が怖いんだけど。
ぼくには思い当たる節がないので首を傾げるしかない。勝手に夜出かけてごめんなさい、とか。門限のある年頃の女子じゃあるまいし。
「あ、お酒飲むなって言われたのに飲んだのは、ごめんなさいかも?」
「かも、じゃなくて。いやそれは今はいい」
それ以外に言うことはない。
黙り込むと、先輩は深々と溜め息を吐き出して髪をくしゃくしゃにかき回した。ぼくのを。せっかくドライヤーして、寝癖がつかないように整えたのに。
「リツおまえ、なんで俺にはああいうこと言わないのに、他人には言うわけ?」
「ああいうこと?」
「俺のこと好きだ、っつってたろ」
言ってない。ぼくは首を振った。
先輩は強硬に「いや言った、言ってた」と詰め寄ってきたが、言ってないものは言ってない。ぼくは何度も首を振ったのでもう疲れた。
「至先輩、ぼく疲れたので寝ていい?」
「いいわけねーだろ」
「でも先輩も眠いよね?」
「目が覚めたらおまえがいなくて眠気吹っ飛んだわ」
それは悪いことをした。謝ると、「そこは謝るのかよ」と呆れられた。なにがなんだか。
「まぁ百歩譲って言ってないとして、だ」
「言ってないよ」
「おまえ、俺のこと好きだよな?」
ぼくは今度は首を縦に振った。
先輩はなぜか訝しげに「likeのほうか」と聞くので、ぼくは少し考えて、頭の中の英単語ボキャブラリーを探り「favoriteだよ」と言うと怒られた。
「つまりおまえのダチの……ほら、髪の毛がツンツンしてる……」
「野菜くん?」
「おまえあいつのこと野菜って呼んでんの? いやそれは今はいい。つまりその野菜くんと、俺を、同じくらい好きかって聞いてんだよ」
「何言ってるの先輩。野菜くんと先輩が同じなわけないじゃん」
野菜くんのことは好きだ。なんだかんだ三年もつるんでいたのだから相性がいいのだろう。
だが先輩と比べたら劣る。
いや、劣るわけじゃない。野菜くんと寡黙くんはなにを置いても優先したい、ぼくにとって大事な友だちだ。
でも先輩はちがう。
ぼくの真ん中に偉そうに陣取ってる。
気まぐれにぼくをころころと転がして楽しんでる。
先輩のあの目に見つめられて、先輩の手に捕まってしまった日から、ぼくは先輩が握っているのだ。
つまり、ぼくは先輩の所有物。
「色々すっ飛ばしすぎだろ……」
ぼくの出した結論に先輩は微妙な顔をした。
ぼくはこの結論がとてもしっくりきているのだが。
先輩と暮らすようになってから、些細なことでかたこと揺れてしまっていたぼくの中の小石が、不思議とすっぽり収まって揺れなくなる。揺れるのは怖い。いつか砕けてしまいそうで恐ろしい。でも先輩がすっぽり持っててくれるから、怖くない。
うまく言語化できない心のうちを一生懸命説明すると、なぜか先輩はちょっと照れていた。貴重な表情だ。
「あー、まぁ、わかった。リツは俺のものなんだな。それでいいんだな?」
「うん。純然たる事実なので」
「どこがだよ……あぁもういい。とりあえず、今日は寝る」
「はぁい」
いそいそとベッドへもぐりこんで端っこに寄ると、先輩の腕に引き寄せられて真ん中に戻された。
そのまま先輩に抱えこまれて眠った。いつもよりあったかくて気持ちよく眠れた。
次の日、急ぎの用がない先輩と、二限から大学に行くぼくはゆったりと余裕を持って目を覚ました。
至先輩はぼくより先に覚醒していたみたいで、頬杖をついてぼくをじっと見下ろしている。
「おはよ先輩」
「はよ。二日酔いになってないか?」
「うん、だいじょぶ」
起きあがろうとすると、上から拘束されて起床できなかった。
「はぁ……リツ、やっと俺のものになったのか……」
「ぼくは結構前から先輩に捕獲されてるので、結構前から先輩のだよ」
「なんだよ、はぁ。リツ、好きだ……」
「それは違うね」
ちゅうちゅうとぼくの頬やこめかみに吸い付いていた先輩が変な顔をする。
「先輩はきれいで年上の女のひとが似合うから、ぼくは同じ土俵に上がることもできないよ」
「……いや、俺がおまえを好きだって言ってるんだが」
「信じられない。いい加減にしてよ先輩」
憤慨するぼくに、先輩はなぜか変な顔のまま笑った。
つまり俺に信用がないってことか、と、眉をへにゃんと下げたおもしろい顔で笑った。
「しゃーねぇ、信じる気になるまでまた粘るか。俺の気持ちは信じなくても、リツは俺のものなんだよな?」
「そうだね」
「ならいい。俺の所有物なら、他のやつに尻尾振ったりすんなよ」
尻尾なんか振らない。ぼくに尻尾はついてない。
日差しのほうを向くように窓辺に置かれた小鉢の植物みたいに、ぼくはいつだって至先輩のほうしか向けないのだから、先輩が向きを変えてくれない限り、ぼくはずっとこのままだ。
先輩は仕方なさそうに笑って、ぼくの寝起きのばさばさ髪をくしゃくしゃ撫でて、そっと唇を触れ合わせてきた。
ぼくは先輩の手によってのみ、かたことと揺さぶられるのだ。
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