小石の恋

キザキ ケイ

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その後

小石と持ち主 前編

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 持ち帰った書類を一度テーブルに広げるくせがある。
 小さかった頃、期限までに提出しなきゃいけないプリントがランドセルの底でくちゃくちゃになっていたことがあり、母にだいぶきつめに怒られたことがあった。
 温厚な母の怒髪天を衝く様子に小さなぼくはおそれおののき、すべからく、二度と同じ失敗をしないためにもらったプリントは全部出すことにしたのだった。
 大人と呼ばれる年齢になった今もそれは変わらず、一度広げておいて、もう一度通りかかったときに適切に処理する。書いたり捨てたり、必要なものはジャンル別に分類したファイルにしまう。
 この運用で失敗したことはない。ぼくは母の逆鱗を二度とつんつんしなかったのである。
 そんなわけで、ぼくが受け取ったものは大体一度リビングにお披露目される。
 そこで同居人に中身を見られることも、想定できる事態ではある。

「リツ。おまえに就活は必要ないよ」

 その結果、同居人であるいたるさんからそんなことを言われるとは、さすがに予測できなかったけど。
 彼が持っているのは、先日参加した学内就活セミナーの案内だ。

「もしかしてぼく、バカにされてる?」
「なんでそうなる。事実を述べたまでだ」

 さっきから意味がわからない。ぼくが就職もろくにできない落ちこぼれ、負け犬、敗残者、劣等生だという罵倒じゃないのか。
 唇を尖らせて抗議すると、至さんは「違う」と苦笑して、ぼくの天を衝かんばかりの唇にちゅっとやった。ちゅーするな。目の前のきれいな台形の額にぺちんと手のひらを打ちつける。

「ふざけてないで、説明して」
「いやだから、おまえはうちの事務所に来てもらうから、就活は終わってんの」
「はい?」

 詳しく聞いてもわからないので、もう一度詳しく説明を求める。
 奇しくもさっきの再現になったので、至さんの唇にちゅっとやり、額をぺちんとやった。

「リツ……」

 それが良くなかった。至さんのエロごころに火をつけてしまった。
 唇にむちゅっとやられ、口から舌を引きずり出されてちゅうちゅうされ、腰から背中を大きな手でがっちりホールドされ。ぼくはどうしても気持ちよくて目を閉じようとしてしまう。
 違う違う。詳しく話を聞かないと。

「んぁ……、いた、る、さ……ぁ」
「リツ、ベッド行こ」
「ちがうぅ……」

 抵抗したものの、至さんはぼくよりでかい男であるからして、数歩先のベッドなんてすぐ連れ込まれてしまう。
 腕と体で覆われるように押し倒され、キスを受け入れさせられる。
 至さんの舌はぼくの口の中を回遊魚みたいに暴れ回る。至さんの大きな手のひらは捕食者よろしくうごめき回り、ぼくの貧相な体のわずかな膨らみを暴いていく。
 必死に体と舌を押し返すけど、上から加重されて敵うはずもない。
 そもそもぼくは至さんに所有権をがっつり握られてる、無力な小石なのだ。
 ぎゅっと包み込まれて、優しくなでなでされたら、ほんのりあたたかくなってしまう。
 そういうふうにできてしまってる。

「はぁ、リツかわいー……」
「んゃ、やだぁ」
「バンザイして。ほら下も」
「えー……下も?」

 手早く下着まですべて取っ払われて、長丁場を覚悟する。
 かつてぼくは、このでかい男────天道てんどう 至と高校の先輩後輩だった。
 ひょんなことから知り合って、なぜか妙に気に入られてしまい、坂道を転がり落ちるように絡め取られ、坂の下で目を回しているところを拾い上げられてポケットに入れられてしまった。
 その現状が今これだ。
 同じ家に住み、生計を共にし、先輩後輩どころか友人らしい一線すら踏み越えている。
 以前はせいいっぱいの親しみを込めつつ距離を保つため「至先輩」と呼んでいたのだが、少し前に改めさせられた。
 たしかにお互い高校を卒業しているので、もはや先輩後輩の関係ではない。かといって先輩呼びってなんかこう、ずっとそのまま続いていく称号みたいなものだと思ってた。
 でも先輩はもっと名前を呼んでほしいと言うので、最大限譲歩して「さん付け」に落ち着いた。呼び捨てにしろと言われたけれど、それだけは無理だ。
 こうして呼び名まで変えられてしまったのにはワケがある。
 ぼくと至さんは、ぼくの高校卒業を機に同居を開始したあとで、なんやかんやあり、友だち以上恋人未満的な存在に落ち着いたのだ。
 至さんは恋人と言い張るが、ぼくは違うと思っている。
 だって至さんは、魅力的なひとだ。
 ちょっと……いやかなりコワモテだけど、背が高くて体格がいいので威圧的なところはあるけど、陰湿で悪質で計算高いところもあるけど、そんな些細な不穏エピソードなど霞むくらい、危ない魅力の溢れる男なのだ。
 そんな至さんを周囲はほっとかない。
 高校時代は伝説とまで呼ばれた超モテ男、それが天道至なのだ。
 そんな彼が、なんの変哲もなく美人でも秀才でもない、路傍で震えるばかりの小石たるぼくを好きになるはずがないのだ。

「なんか考え中か?」

 さらさらと髪を撫でられる。これは気持ちいいから好き。
 でももう片方の手は、ぼくの、とても言えないような場所に入り込んでいる。いつのまにか湿り気を帯びた指が根元まで侵入しては、抜けて、変なところを抉っては、抜けていく。
 至さんは傲慢で尊大でナチュラルボーン偉そう男だが、変態でもある。
 きれいな女のひとがいくらでも寄ってきて、いくらでも選び放題の身の上で、よりによってきれいでもかわいくもない男を捕まえてあんなところを楽しそうにいじるのだ。変態としか称しようがない。
 まぁそれを言うなら、そんなところに指をつっこまれてちょっと気持ちよくなりかけてるぼくも、変態の領域に引きずり込まれかけてる。変態は伝播するらしい。はた迷惑な男すぎる。

「あ、ぁ……あっ」

 みっともない声を漏らすぼくを楽しそうにいじりたおし、体を触られるだけで反応してしまうようになった正直すぎるぼくの分身に、至さんのご立派すぎてもはや鈍器か兵器か、と見るたびおののく至さんの分身を押し当てて、なぜかぼくの手まで動員してそこをしごいて終わる。
 ぼくのお腹のへこんだとこに白い液体が二人ぶん飛び散って、後ろがぎゅっと締まって、至さんの指の存在をまざまざと感じさせられる。

「重い」
「拭いてやるからちょっと待っとけ」
「ん……」

 尊大で偉そうな至さんだけど、こういうことをしたあとは優しくて甲斐甲斐しい。
 男はこういうことをすると、すっきりしてやる気がなくなったり、優しさとは無縁の振る舞いをしてしまうものだと聞いたことがある。正直言ってぼくもそういうタイプだ。出したあとはもう全体的に億劫で、最低限処理したらあとは寝てしまってた。
 でも至さんは終わったあとまでしっかりしたいタチらしい。
 されるがままに体を拭いてもらって、横に滑り込んできた至さんのほうへ寝返る。
 彼はぼくにさっきの凶器を入れたいという。
 そのために少し前から後ろの拡張をしてる。こういうことをするとき必ず指を入れられて慣らされてる。
 ぼくは後ろに入れられたいとはまったく思わない。なぜそんなことをしたいのか、そこはそういう目的の場所ではないと声を大にして言いたい。が。

「痛みは? つらくなかったか?」
「痛くない、つらくない」
「そうか。そろそろ、試してみる?」
「……ん」

 どうしてそこまで、と思うし、未知の行為は怖い。
 彼の分身はほんとに、本当に立派な大きさと質量で、ふつうに考えれば絶対入らない。それを入れようというのだから当然怖い。
 でもそれ以上にぼくは、至さんに望まれることは全部応えたいと思ってしまう。
 ぼくを見つけて、その手に包んで持って帰ってくれたこのひとのために、無力な小石にできることがあるのならなんでもしてあげたい。
 だから心がかたこと不安を訴えても、ぼくは気にしない。
 じょうずにできたらきっと彼は、嬉しそうにほころんで、ぼくをぎゅっと抱きしめてくれるから。そのためならなんでもがんばれる。

「無理してないか?」
「んーん、しよう。できるなら」
「リツ……ありがと」

 ついにこのときがきた。きてしまった。
 さっき出したことで霧散した淫靡な雰囲気が再び立ち込める。
 夕暮れをわずかに過ぎた日没の気怠さ、見えにくくなった視界でくっきり浮き上がる、大好きなひとの姿。いつ運動してるのか知らないが、彼の体はまんべんなく筋肉がついていて立派だ。ぼくが縋りついても爪を立てても悔しいくらいちっとも揺らがない。
 ぼくを安心させるようにキスを落としながら、再び猛った至さんの鈍器が押し当てられる。
 じゅうぶんに濡らされたそこは、きちんと女のひとの代わりを果たせるんだろうか。

「せんぱい」
「なに」
「期待はずれだったら、ごめんね」

 至さんの動きが止まる。
 薄暗闇のなかで光る瞳は、複雑な色を湛えていた。

「また変なこと考えてんな、リツ。期待はずれとかそんなんじゃない」
「でも、ぼく……」
「俺はリツがいいんだ。何かの代わりじゃない。おまえじゃなきゃダメなんだ」

 絶対目を逸らせないように真上からがっちり固定されて、絡められた視線から愛情が溢れ出てぼくの瞳孔へ流れ込む。

「愛してる。俺のものになって」
「せんぱいのものだよ。ずっと」
「知ってる」

 大好きなひとの気持ちを信じきれない代わりに、ぼくを全部あげたい。
 やわらかくなったそこは、太くて大きなものを少しずつ従順に飲み込んでいった。異常な行為だという感覚が強い。それに、とても熱い。

「せんぱ……せんぱい……」
「ほら、名前」
「いたるさ、ぁあ、あっ……」

 至さんに必死でしがみついていたら、口をつつかれて呼吸を促された。
 息をするのを忘れるくらい不明な行為は、本当に必要なのだろうか。

「あぁ、リツ……」

 ずりずりと入ってくる感覚が止まり、お腹の奥がずっしりと重く、そんな中で至さんは満足そうに微笑んでぼくに何度も唇を押し付けた。
 こんなに嬉しそうな至さんはなかなか見られない。
 こんな彼が見られるのなら、不要なことではなかったと思える。

「いたるさん、きもちい?」
「あぁ、気持ちいいよ。最高だ」
「最高は言いすぎじゃない?」
「言いすぎじゃない。やっとリツを俺のものにできたんだから」
「ぼくはずっと至さんのなのに」
「はは。できれば俺も、リツのものになりたいんだけどね」
「至さんはおっきいからぼくの手に余る」
「でかく育ちすぎたか」

 ころころと笑いあってじゃれあっていると、ずっしり苦しかったお腹の違和が少しやわらいできた。
 下半身に意識を向けると、きゅ、と締まって中に入っているものの存在感がうきぼりになる。形までわかりそうなほど重みが伝わる。ぼくは思わず変な声を漏らして、お腹をさすった。

「ほんとおっきい。もっと小さければよかったのに」
「悪いな、でかくて。苦しいか?」
「ん、ちょっと楽になってきた。どこまで入ってるんだろ……ぼくのお腹、破れないよね?」
「大丈夫、そっとするから」

 至さんはくすりと含み笑って、小刻みにぼくを揺らした。
 すると、今まで苦しさに紛れて消えていた気持ちのよさが顔を出してくる。
 ぼくのそこにはどういうわけか、至さんの長い指で探られると気持ちよくなってしまうポイントがあって、だから本来の用途じゃないのにこういう行為にもつれ込むことができる。そのポイントを、至さんの鈍器でもうまくやれば刺激できるらしい。
 びりびりと、気持ちいいと言うには暴力的な波が全身を駆け抜けて、ぼくは素っ頓狂な声をあげた。

「あぁっ、至さん、こわい、いたるさんっ!」
「大丈夫だ、リツ……」

 打ち付けられる衝撃に体が跳ねる。熱い吐息が切羽詰まってくる。ぼくの名前を呼ぶ声が脳髄を揺らして、思わずぎゅっと縮こまる。
 そんな刺激もお互いの気持ちよさに変換されてしまう。

「ん……っ」

 長かったようにも、短かったようにも思えた。
 ぼくはひと足先に前を弾けさせ、至さんはあとから追いかけてきてぼくの中で出し切った。全部出すために腰を揺する至さんの動きにまで必要以上に感じてしまい、最後のほうはだいぶ苦しかった。あと酸欠。
 全力疾走よりずっと苦しい仕上がりに指一本動かせそうにない。
 一方の至さんはいかにも満足げに、まだ小さく跳ねているぼくの肌を撫で回している。
 二人ともびっしょり汗をかいて、なるほどこの行為がスポーツだとされる意見にも納得だ。

「……鍛えようかな、体」
「第一声がそれか。シャワー浴びる?」
「うん……もうちょっとあとで」
「ん」

 ちゅ、と軽い口付けが一回のあと、調子乗って深いのをしてこようとする至さんを拒否する。さすがにもう一回は無理。
 残念そうに笑う至さんを見て、このひと笑顔が増えたなぁ、と思う。
 至さんは高校時代、どちらかというと無表情で言葉も少なかった。
 周囲が察して勝手に動くこともままあって、なにかが起きても至さん自身が動くことは少ないから、大きな岩山のような印象を受けることもあった。
 今の至さんはよく笑う。
 もう岩の親分のように感じることはない。風雨で形が変わる、熱の冷めた火山岩。ぼくにとっては落石ってところかな。凶暴さが増してるな。
 しばらく休憩して、固まってしまいそうだった腰をなんとか動かしてよろめきながら浴室へ。
 至さんもついてきて、介助されながら洗われた。
 汗と涙とそれ以外の体液を洗い流すとすっきりして、とてつもなく眠い今。

「ぼく寝る……」
「疲れた?」
「ん……」

 よろよろベッドに戻ってもそもそ潜り込むと、睡魔がもう目の前にいた。瞼が開かない。秒で寝る。
 寝落ちる前、至さんが優しくぼくの髪を撫でてくれたのを感じた。

 少し前まで寝かしつけはぼくの仕事だった。
 大忙しの至さんの、忙しすぎて眠るときにも回転しようとする脳をなんとか宥めて睡眠に転がり落とす。それから家のことをして、そうっとベッドにもぐり込む日々だった。
 今はぼくのほうがやや忙しい。
 至さんは無事に難関試験を突破し、資格をとった。
 資格をとることを前提とした採用だった会社で、無事にちょっと良いお給料で働けるようになった。
 ぼくは大学三年生になり、尊敬できる先生に師事しながら卒業と就職を見据えて色々動きはじめるところだった。仲間内で情報交換がはじまり、SNS上でいくつかのグループができ、そのうちのひとつか二つにもぐり込んだところだった。
 そんな折、至さんの「就活不要宣言」である。
 ぼくはベッドでぱっちり目を覚まし、そのことをようやく思い出したのだった。

「至さんっ! ぼくの就活どうなるの?」
「ん、ぁー……おはよリツ。早い……いや早すぎるな」
「おはよう! 起きて至さん、説明して」
「ちょ、待って待って。頭動いてない……」

 寝起きが悪くベッドにへばりつく至さんと、それを丁寧に剥がして起こそうとするぼくの攻防がしばし続き、ついに至さんは起床した。

「あー、そうそう。おまえが働いてるデザイン事務所。就活するから辞めるんだろ?」
「えーと、まだ辞めないけど」

 実は、バイト先からは「うちに就職しないか」とありがたいお声がけを頂いている。
 所長が親戚なので紛うことなきコネ入社、縁故採用となるわけだが、決めてしまえばバイトはインターンに早変わり、今まではちょっとだけ触らせてもらうだけだったお高い専用ソフトを本格的にいじらせてもらえるようになる。
 不思議なもので、デザインの事務所で下っ端をやっていると自然と街中のデザインに目が向く。すてきなものを見ると感心するし、自分でもやってみたいと思うようになる。
 今まで自分の中に美的センスに関する回路なんてなかったと思うのに、びびっと電気を流されたように目が開く。だからバイト先へ就職するのも悪くないかも、と思っていた。
 その辺をかいつまんで話すと、至さんは大きめに舌打ちした。こわ。

「あのオッサン、やっぱリツに粉かけてやがったか」
「ちょっと違う気がするけどそれは」
「リツ、インターンはうちの事務所にしろ。土曜出勤だろ、バ先に辞めるって言ってこい」
「えっ」

 どうやらぼくは学生の身空でヘッドハンティングを受けているらしい。
 まだ青田も青田、種蒔きたてのぽやぽや大学生なのに。

「今のうちにこっちの仕事の把握しとけ。俺が独立したら連れてく」
「は……もう独立するの?」
「まだ先だが、独立するのは決まってる。こういうのは早いほうがいい」
「そりゃそうだろうけど、ぼくが至さんとこ行く理由は?」

 至さんは、まるきり予想外のことを聞かれたと言わんばかりに目を丸くした。

「リツは俺のものだろ?」

 ぼくは、まるきり予想外のことを言われて固まった。

「そうだけど、仕事をいっしょにするのも『所有』の範囲?」

 大事な宝物を得たとして、それを学校にも職場にも持っていこうと思うかどうか。
 ぼくは大事なものにはおうちの安全なところに在ってほしい。ベルベットで包んで、暑くも寒くもない場所で静かに眠っていてほしい。至さんは違うのだろうか。同じタイプだと認識していたけれど。
 この日は結局話がまとまらず、至さんは考える人みたいなポーズで思考に没入してしまったので、ぼくは読書などして静かに過ごした。
 掃除でもしようかと腰を上げて、あらぬところに違和感があってそっと腰を下ろすシーンがあった。
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