小石の恋

キザキ ケイ

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番外

小石の想い 02

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 それから日と打ち合わせを重ねて、三上先輩と渡くんの店のウェブサイトが完成した。
 二人から交互に繰り出される要望をさばいてさばいて、さばききったのだ。
 あの人たち、こういうときこそケンカしてくれれば「ではこちらでいい感じにしときますね」って言えるのに、いつのまにか仲直りしてるし、こんなときばっかり連帯して全然仲違いしないので、ぼくの苦労が偲ばれる。

「新しいサイト、評判いいよ。ありがとな、律紀」
「よかった。苦労した甲斐が……すごく苦労した甲斐がありました」
「言い直すほど?」

 今日はお店にお呼ばれしている。
 ガラスのテーブルの向こうに二人並んでぼくを褒めちぎるのは、三上先輩と渡くんだ。今はケンカしてないみたい。
 このお店にはお客さんのコーディネートの相談を聞くための応接スペースがある。
 ここにも服を置けばいいのにと素人は思ってしまうけど、雑誌やスマホの画像を見ながら膝を突き合わせて相談したいってお客さんは案外いるらしい。
 そんなスペースにお茶を出されて、適度に愚痴も織り交ぜつつ、ささやかな打ち上げをしているのである。
 そういう集まりの都合上、あまりお客さんが来ない平日の昼頃を狙ってきたのだけど、空いている時間とはいえ来客はあるらしい。
 ドアベルが鳴り、渡くんが接客のために出ていって……ほどなくして戻ってきた。

「あれ? 朝川じゃん」
「三上。それと……こんにちは、僕のこと覚えてますか?」
「あ、はい、覚えてます。朝川さん」

 ぼくは軽く頭を下げた。
 以前この店で会った、服飾デザイナーの朝川さんだ。三上先輩たちの案件が忙しくて今の今まで忘れていたけど、なんとか思い出せた。
 初対面ではしゃれたジャケットスタイルだった彼は、今は長袖シャツをボタン二つゆるめた固めのカジュアルルック。縁の太いメガネもかけているのでだいぶ印象が変わる。

「ここの新しいホームページ、見ましたよ。すごいですね」
「いえ、ぼくは先輩たちの意見通りに作っただけなので」
「なわけあるか。俺たちがどんだけふわっとした意見出しても、律紀がびしっと決めてくれたおかげだよ」

 三上先輩、まれにいいこと言う。
 ぼくは口では謙遜しつつ、嬉しさを大事に胸にしまった。渡くんも頷いているので、それもしまう。

「あの、ご相談なんですけど」
「はい?」
「僕の個人ページのデザインも、お願いできないかなと」

 新しい案件が向こうから転がってくるなんて。
 ぼくは素早く脳内でスケジュールを確認し、過密にはならないと判断、にこやかに朝川さんを席にうながした。
 細かいところを詰めたいので時間をとってほしい、よかったらうちの事務所に来て、と申し出ると、朝川さんは顔つきをきりりとさせて頷いた。仕事の話がスムーズにできる人は助かる。
 先日はずいぶんと謙遜していた朝川さんだが、三上先輩いわく、彼の作るものはきちんとしたブランドとして駆け出したところで、今が一番大事な時期とのこと。
 SNSや通販のためのプラットフォームはあるが、朝川ブランドの情報を集約したウェブサイトも作りたいと思っていたこと。そんなときに先輩からぼくの話を聞き、出来上がりを見て、同じ人にお願いしたいと思ったこと。

「トップから次に移るとき、雨みたいなエフェクトが入るところがあるでしょう。それが三上の店のコンセプトに不思議と合っていて、すごく気に入ったんです」

 熱心に褒めてくれる朝川さんにぼくは、得意げな顔をしてしまいそうなのを必死に堪えてお礼を言った。
 ホームページなんて誰が作ってもいっしょだと諦めることはいつでもできる。
 でもなるべくなら、コンセプトのニーズに応えつつ、見る人にわかりやすく、管理する人に寄り添えるものを作り上げられたらいい。
 そんな些細なこだわりをわかってもらえるのは、嬉しくてこそばゆい。
 これでぼくもデザイナーの端くれくらいにはなれただろうか。

 後日朝川さんは事務所に来てくれて、正式に仕事を依頼された。
 ブランドの服をいくつも見せてもらって、その流れで専門学校時代の写真なども見た。
 朝川さんは今より少し若いくらいで、あまり変わってないけど、時折写りこんでいる三上先輩が宇宙人みたいな格好をしていることがあって、何度も二度見してしまった。

「専門時代の三上はずいぶんと荒れてましたよ。でもその怒りのエネルギーが創作意欲になってて、学内の賞を取ってました。同じ学年の中であいつは近寄りがたい憧れ、みたいな人間でしたね」
「へぇ……」

 近寄りがたい憧れ、だなんて、まるで誰かさんみたい。
 そしてそんな三上先輩と、卒業後も交流のある朝川さんはつまり、憧れが近寄りがたさを上回った猛者ということだ。
 朝川さんが三上先輩に気に入られてるの、わかる気がする。

 最初に大まかなイメージを聞いて、設計図を作って確認してもらい、デザインを作って確認してもらい。
 朝川さんの本業は服を作ることなので、あまりわずらわせないほうがいいかとメールで連絡していたのに、気がつくと対面で打ち合わせすることになっている。
 三上先輩たちの店で仕事を打診されてから、顔を合わせての打ち合わせはもう3回目だ。

「朝川さん、忙しいなら打ち合わせはメールでも、ビデオ通話でも構いませんよ?」

 その日、朝川さんは目の下にくっきりと黒いくまを作っていた。

「ホームページは僕にとって大事な、仕事をするための足掛かりですから。妥協したくないんです」
「でも、とてもお疲れのように見えます」

 打ち合わせの最中も明らかに眠そうで、見かねて進言したのだけど、朝川さんは申し訳なさそうに笑うだけで肯定しない。

「仕事が立て込んでいて……ご迷惑じゃなければ、今後もこうしてご相談したいです」
「ぼくは、大丈夫ですが」
「よかった。よろしくお願いします」

 打ち合わせはなんとか終わり、店を出たけれど、眠気のためか朝川さんの足元がおぼつかない。
 あわてて横から支えて、ふと、かつてとても忙しかった同居人の世話をやいていた頃を思い出す。
 もしかしたら朝川さんも、無理してでもがんばらなきゃいけない時期なのかも。
 それなら部外者であるぼくがどうこう言うことはできない。支えてあげることしかできない。
 心配だし、駅までついていこうか。
 と、目の前に誰かが立った。
 お店に入る人かな。朝川さんの腕を引いて避けようとした。
 が、なぜかぼくの腕が前に向かって強く引っ張られて、目の前の誰かの胸にぽすんと墜落する。

「え? 至さん?」

 間違いない、この胸筋の感触。
 顔を上げると、見慣れた同居人のあまり見慣れない角度の顔があった。
 ぼくが至さんとくっつくときは、至さんの顔がこっちを向いている。今みたいに、そっぽを向く至さんを見上げることなんかなくて、めずらしい画角。顎と喉仏がよく見える。
 それにしてもなぜここに至さんが。
 今日は朝川さんと打ち合わせだから少し遅くなると言ってあったはずだけど。

「こいつ誰」
「ぁ、朝川さん。今の仕事の依頼人さん」
「へぇ」

 低くて小さな声で問われ、返事をすると、くっついたままの胸郭が低い声で震わせられる。
 なんなんだ、と思っていたら、至さんのまとう雰囲気がぱっと変わった。

「いやぁどうも、うちの律紀がお世話になってるそうで」

 うわっなんだこの気持ち悪い猫撫で声。
 至さんのこんな声色はじめて聞いた。驚愕するぼくに気づいているのかいないのか、頭の上で会話が飛び交う。

「あ、いえ。お世話になってるのはこっちのほうでして」

 困惑しながらも、大人な対応をしてくれている朝川さん。
 ぼくは振り向きたいのに、至さんのおっぱいに頭を押しつけられて回れない。
 奇妙な作り声のままの至さんが応じる。

「すみません、律紀・・の帰りが遅いので心配になっちゃいまして。打ち合わせはもうおしまいですか?」
「あ、はぁ」
「そうですか、では我々はここで。お気をつけて帰ってください、アサカワさん」

 なんと至さんは勝手に朝川さんを帰してしまった。
 拘束する腕をもぎ離して振り向いたときには、朝川さんは雑踏に紛れ込むところで、ぼくはぽかんと立ち尽くす。

「え、なに? さっきのなに、至さん?」
「べつに。帰るぞリツ」

 声低っ。あの声はどっから出てたんだろ。

「というかなんでいるの?」
「迎えに来たって言ったろ」
「えぇ~?」

 時計を見ても、言うほど遅い時間じゃない。それに打ち合わせで遅くなることは言ってあったのに、心配で迎えに来るなんてことあるかな。家の最寄りじゃなく、店にまで。
 そういえば打ち合わせする店の場所教えてないな。GPS見てまで来ることあるかな。
 不可解な行動に首を傾げる。
 一方至さんのほうはなぜか上機嫌で、ぼくの手にでっかい手を絡みつけてふわふわ振っている。

「帰るぞ。晩飯準備してあっから」

 不可解だけど、至さんが嬉しそうだから、まぁいいか。
 まぁいいかと思ったら、ぼくも嬉しくなってきた。
 仕事の帰り道はいつもやることがなくて、仕事内容の振り返りか、早く家につかないかなぁと考えるだけだから、至さんがいっしょだと嬉しい。

「へへ。おむかえありがと、至さん」
「おう」

 握った手にきゅっと力を込めると、ぎゅっと握り返された。
 スキップでもしそうなくらい楽しい気持ちで帰ったけれど、この日の余波は後日現れた。
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