高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

50 ロック VS 女教師ニコル

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「ぐっ……97……98……99……」

 腕立てふせをする俺の筋肉が、ギシギシと悲鳴を上げていた。
 上半身裸の身体じゅうから、煙のような熱気が放出され、めちゃくちゃに汗が滴り落ちてくる。

 ぐぉぉぉ! 熱い!

 この俺の筋肉、ロック・コンステラの細胞が喜びに満ちあふれているぜ!
 
「よっしゃぁぁぁ! これで……100だっ……ふんっ!」

 俺は曲げられた腕のほうに体重を移動させると、ふわりと足を浮かせ逆立ちになった。闘技場の地面に、ぽたぽたと汗が滴り落ちて、乾いた土を黒くにじませている。

 ん? だれかきたな……。

 背後から女の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがある声だった。
 
「あら……ひとりで鍛えているの? 朝から偉いわね」

 俺は腕を曲げてから、一気に伸ばして飛び上がる。

 シュタッ! と、身体を声の主のほうに向けた。

 女の正体は、昨日会った人物だった。たしか、彼女の名前は……なんだっけ?
 
「ん? 昨日の女か、忘れ物でもしたか?」
「ロックくん、あなた人の話を聞いてた? 私は拳闘部の顧問になったニコルよ」
「なんだあ? 冗談じゃなかったのか」
「……」

 やれやれ、とばかりに首を横に振る女の髪が揺れ、男臭かった闘技場の匂いが一変。高級なフレグランスの香りにあふれた。
 
 なんだ、この匂いは? 
 
 マリの香りと似ているが、頭がくらくらしてくるスピードは、この女の香りのほうが一段と上だった。

 何者だ、この女?

 俺は上半身裸だったので、ちょうどよく骨盤に両手を当てると訊いた。
 
「で、なんのようだ?」
「早朝会議があるのよ。おかげで早く学園に着いたから暇つぶしによっただけ」
「ふーん」

 変な女だ。

 俺はかまうことなく修行に励んだ。サンドバックに正拳突き、中段蹴り、上段蹴りを打ちこむ。ガンガン、ガンガンと闘技場に響く乱打は、まるで怒涛に鳴る太鼓のようだ。
 
「ふぅー」

 俺が深く息を吐いて、神経を集中させていると、
 
「攻撃力はあるようね。けど、防御力がイマイチかな」

 また、女の声が聞こえてきた。チッ、マジでなんなんだこの女は、ウザいなと思い、俺は女のほうを振り向いて怒鳴った。
 
「おい! 修行中に女がいちいち話しかけてくるな、黙ってろっ」
「……」

 女は何も言わず、じっと俺の身体を舐め回すように見つめてきた。拳闘の試合は半裸でやることなっているから、見られることには慣れている。だが、綺麗な女に自分の裸をここまでじっくりと見られたことは、今までにない。
 
 ん? なんだこの感覚は? 
 
 恥ずかしいような、気持ちいいような。なんだか頭が、くらくら、してきやがる。くそう、身体まで熱い! マジで、なんだこの女は? 魔法でも使ったか? この俺になにをした??
 
「ねえ、ロックくん、あなたはなんで拳闘をやってるの?」
「はあ? なんでよく知らない女に教えないといけないんだ」
「あなた、さっきから、女、女って呼ぶけどなんなの? 私は一応、先生なんだけど、礼儀がなってないわね」
「知るかっ、女は女だろ?」
「ニコル先生って呼びなさい」
「やだね」
 
 俺がそう反発すると、女はにっこりと笑った。

 頭がおかしいなこの女、マジで。っていうか、いくらこの女が先生だろうと関係ない。そもそも、俺はどの先生に対しても名前をつけて呼んだことなんて一度もない。先生のなかで尊敬できるのは老子くらいだ。
 
 老人は小柄だが、その実力は神レベル。風のようなスピードで敵を切り裂く。その身のこなし凄まじく、フルール王国きっての最強の拳闘士。そう呼ばれている。
 
 俺は老子にいまだ、一発も攻撃を与えたことがない。
 
 老子の戦闘スタイルは、一対多数の戦闘を得意とする殺人マシーン。噂では、老子ひとりの力で一国のクーデターが沈下したらしい。老子はちょっとエロいところもあるが、実は、すごい人なんだ。卒業までに、一発だけでも攻撃を当てるのが、俺のいまの目標だったりもする。まあ、こんな話は今はどうでもいい。とりあえず、この女をなんとかしないとな。
 
 あいかわらず、にっこり笑ったままの女は、俺を指さすと言った。
 
「勝負しましょう。私に勝てたら先生って呼ばなくてもいいわ」
「はあ? バカじゃねえの? 俺に勝てるわけないだろ」
「バカはあなたよ、ロック。人の力量を見かけだけで判断していると、いつか痛い目に合うわよ」
「いやいや、女に負けるわけないし」
「今日、痛い目に合うことになりそうね」
「なんだとぉ」

 うふふ、と女は苦笑した。
 
「その自信過剰が命取りね、昨日、シエルくんに負けたことを忘れたの?」
「あ、あれはガキが金的を狙った反則で……」
「でも、戦場ならそんな情けはないわよ」
「ぐぬぬ、たしかに、っていうか、シエルに反則を教えたのは、あんたか?」
「だったらなに?」
「ぶっ飛ばす!」

 俺は闘技場のリングにあがった。
 
「はあっ!」

 と気合を入れて筋肉を盛り上げて誇張させる。ふん、俺様の鋼のボディを見せつければ、女なんかビビって逃げだすに決まっている。
 
 って、え? やる気マンマンじゃん……。
 
 女は靴を脱いで裸足になるとリングにあがってきた。服装はジャケットにスカート、おいおい、そんな格好でやるつもりか? 頭おっかしいんじゃねえの、この女?
 
「ふぅ、子ども相手なら右足一本で十分だわ」

 そう言い放った女は、おもむろにスカートをまくると白い太ももを露出させた。そして、ジャケットを脱ぎ、ブラウスのボタンに手をかける。
 
 いやいやいやいや! 

 ちょっと待って! なんで脱ぐ?
 
 呆然と立ち尽くす俺を尻目に、女はブラウスをはだけさせ、赤いレースのランジェリーをチラ見せすると……。

 え?

 ぬぎ、ぬぎ、とブラウスを脱いでジャケットと一緒に投げ捨てた。放物線を描いた衣類は見事、闘技場にある休憩用の椅子にかかった。

 ん? 

 投げるコントロールが抜群じゃないか、この女、もしかして……只者じゃない!? っていうか……おっぱい見せつけるとか、反則だぜ! うわぁぁ、身体があつい、くそっ!
 
「どうしたの? さあ、試合するわよ」
「……ぐっ」

 女にそう言われたが、俺は反応できず、石のように固まっていた。もう、ガチガチ。
 
「刺激が強すぎたかしら?」

 かろうじて聞こえてくる女の言葉が近づいてくるのがわかる。俺はなんとかファイティングポーズを構えるが、女の動きがまったく読めず、目で追うことしかできない。
 
「ふっ」

 冷笑のような声と同時に、シュッと空気が切れる音が鳴り、女の中段蹴りが俺の脇腹に撃ち込まれた。

 「ぐえっ」
 
 情けない声が漏れた俺は、どさっとリングに倒れた。だが、意識はしっかりとしており、女の美しい脚だけが見えた。

「呆気ないわね……ものすごく弱い」
「ぐぬぬ、服を脱ぐなんて卑怯だ!」
「ロックくん、そんなだと、エロい女の悪者と対峙したときに殺されるわよ」
「うっ、たしかに……」
「じゃあ、とりあえず、ニコル先生と呼びなさい」
「ぐぬぬ、せんせ」
「はい? 聞こえない」
「ニコ、せんせ」

 ダメな子ね、艶っぽい声で言うニコル先生は、グリグリとかかで俺の鍛えられた腹筋を踏んでくる。や、やめろぉぉぉ! さらに、ガッ、と強烈なかかと落としを喰らい、激痛が走る。
 
「ぐっぅぅ!」
「ほら、ニコル先生って、しっかり言いなさい」

 ガッ、ガッ、何度もかかと落としが俺の腹を襲う。
 
「ニコルせんせー! ぐわぁぁぁ!」 

 俺はついに叫んでしまった。
 
 そのとき、闘技場の外から部員たちがやってくる姿が見えた。あ、来るな! いまこっち来んな!
 
 ヤバイ! と思ったが後の祭りだった。

 闘技場に入ってきた部員たちは、ドサっと持っていた荷物を落とし、目を剥いてびっくりしている。部員たちは三人いたが、ひとりの勇気ある男子が尋ねてきた。

「ロ……ロック主将、なにやってるんすか?」

 ああああ、と俺は言葉にならない声を漏らしながら起き上がると、おずおずと説明した。
 
「こ、こちらの方は……拳闘部に新しく顧問になったニコル先生だ」
 
 ニコル先生は、ぷるるんと胸を踊らせると両手を腰に当て、迫力のある美ボディで男子生徒を悩殺。ウィンクすると、名乗りをあげた。
 
「ニコル・シュピオンよ。これからよろしくね」
 
 そのとたん、ドサっと倒れる三人の男子生徒たち。どうやら刺激が強すぎたようで、興奮して意識を失ったみたいだ。
 
「点でダメね、この子たち。これからビシバシ鍛えてあげなきゃ、ねっ、ロックくん」

 そう言って、ウィンクしたニコル先生は大人のくせに可愛らしい。くそう、しかも恐ろしいほど、強い。例え服を着ていたしても、勝てていたかどうか、わからない……。

 俺はぺこりと頭をさげて服従した。

「俺たちを鍛えてください」
「いい子ね」
 
 満面の笑みを浮かべるニコル先生は、すたすたと歩くと投げ捨ててあった衣類を拾い上げると、着替え始めた。その様子を見て、はっとした。脳裏によぎるのは、マリに抱きつくシエルの姿だった。
 
 シエルなら、もしかしたらニコル先生に勝てるかもしれない、そんな期待が頭をかすめた。
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