高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら

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第一部 春

74 乙女ゲームのヒロインは

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「うわっ! 王宮御用達の馬車なのに屋根がないじゃないか」

 わたしの父、マティウが驚きの声をあげた。
 花屋に着いたとき、たまたま父も畑から帰ってきたばかりで、長靴には土がいっぱい付着している。べっとりと汗をかいた額をぬぐう仕草が男臭い。
 ソレイユが苦笑いを浮かべる。「あはは、たまには空を見ながら馬車に乗りたいと思いまして、な、マリエンヌさん」
 
 馬車が壊れたことを誤魔化したソレイユに向かってわたしは相槌を打つ。

「ええ、空が見えて、とっても気持ちよかったわ~」

 花屋のまえに馬車を停めた黒執事がこちらに歩いてきた。

「久しぶりマティウ」

 と挨拶すると、父は黒執事に右手を軽く掲げた。「よっ、黒執事」
 
 父と黒執事は同級生らしい。学生時代の話を訊くと、どうやらわたしの母を取り合っていたとかなんとか、今のロックとソレイユの姿と重なるところがあるわね。

「ねえ、お父さん、温室の事務所かりるわね」
「ん、どうした?」

 ソレイユが怪我して、とわたしは答えると、父はソレイユの赤くなった右手を見て目を剥いた。ソレイユはたいしたことなですよ、あはは、とふざける。「ほっとけば治ります」
 
「いや、いかんよ。マリ、王太子様を手当してさしあげろ」

 ええ、とわたしはうなずいた。「じゃあ、ソレイユいくわよ、きて」
 わたしの後ろについてくるソレイユは嬉しそうに微笑んだ。素直なんだから。
 すると、父もついていこうした。だけど、黒執事が父の腕を引いてウィンクした。あ、そっか、とつぶやいた父は後頭部をポリポリとかく。なにそれ? わたしは首を傾けながらソレイユを案内していった。

 フローレンスの屋敷は広大な敷地のなかにある。大通りに面した花屋から少し離れたところに温室があり、その作業部屋の扉を、わたしは開けた。
 
「入って」

 ソレイユを招き入れ、負傷した手に包帯を巻いて処置をする。

「ごめんね、わたしのために怪我をしてしまって」
 
 ソレイユは首を小さく振った。「いいんだ。マリが怪我したほうが嫌だから」
 バカ、と言ったわたしは微笑みを漏らした。ソレイユの笑顔は太陽のようにまぶしかった。わたしたちは笑い合った。しかし、ソレイユはすぐに真面目な顔に変貌。なにかに吹っ切れたようにも見えた。
 
「マリエンヌ、説明してくれないか? さっきの現象を」

 椅子に腰を下ろすソレイユはわたしに尋ねてきた。

「さっきの現象?」
「馬車の屋根が一瞬で消えた……あれはなんだ?」
「見てのとおりよ、あなたがわたしにキスすると世界が崩壊する」
 
 その原因は? ソレイユはさらに追及してくる。わたしはソレイユの腕に包帯を巻き終わり、ぽんっと患部を叩いた。「はい、できた」
 
 いってぇぇ! とソレイユは痛がって悲鳴をあげた。

「ちょっと、男でしょ」
「マリには敵わないな……で」

 ソレイユはそう言って区切ると、わたしの唇を見つめてきた。
 
「キスしちゃダメなのかい?」

 わたしは、キリッとソレイユをにらんだ。
 ドキッとするソレイユを見てから、ふっと鼻で笑うと説明した。
 
「ダメよ、あなたは主人公だから」
「主人公?」
「ええ、この世界は乙女ゲームなの……よって、主人公のあなたにはヒロインと結ばれる運命が待っている。ちなみに、ヒロインは……わたしではない」

 え? そんな……ソレイユは瞳を大きく開いて身体を震わせた。かなり驚愕しているようだ。顔から一気に血の気が引いて蒼白。しかし、次の瞬間には叫んでいた。
 
「私の好きな女性はマリ! 君なんだ! 君以外は考えられない!」

 迫真に、そう宣言するソレイユの顔は真剣そのもので、わたしの胸のうちは張り裂けそうなほど、トゥンク、と激しく鼓動した。苦しい。痛いほどだった。身体も熱くなっていく。
 
 でも……でも……ダメなの、ソレイユ。
 
「ごめん、ヒロインはわたしじゃないから、わたしのことを好きなままだと、この乙女ゲームの世界が崩壊してしまうの……だからわかってよ、ソレイユ」

 わからない……ソレイユはかぶりを振った。眉根を寄せてわたしをきつく見つめてくる。その真剣な眼差しが痛い。胸に刺さる。ソレイユはわたしが嘘をついて、自分のことを欺いていると、疑っているようだ。
 
 どうしたら、信じてもらえるだろうか?
 この世界が乙女ゲームであることに。
 わたしは、うーん、黙考する。やがて、答えは胸のなかにあると結論がでた。
 
 ズボッ……。
 
 おもむろに、わたしは胸元をひっぱり、そのなかに手を入れた。もぞもぞ……。
 
「え? マリ、何してるの?」ソレイユの顔は真っ赤に染まっていた。わたしのおっぱいを意識しているのだろう。ふっくらとして、むっちりとして、または、ぽむんっと丸くなった巨乳を、チラッとソレイユは盗み見ている。

 いやん、あんま見ないで……見られるって実は快感で、わたしの顔は赤く染まってしまった。本来の目的を忘れそうになる。しかし、手のなかに掴んだ羽の生えた妖精を実感すると、わたしは我に返った。

「ソレイユ、これが証拠よ」わたしは掴んだものを掲げた。

 ん? 人形だね、とソレイユはわたしの手もとを観察してきた。握られていたのは花の妖精のフェイ。しかし、ソレイユにとってはただの人形と説明してあった。わたしはフェイに向かって、起きて、と言った、すると……。
 
 ぱちくりっとフェイの瞳が開く。そのとたん、ソレイユは飛び跳ねた。「うわぁ!」
 当然の反応だろう。座っていた椅子をから転げ落ちそうになっている。うふふ。わたしは笑ってしまった。
 
「やあ、ソレイユ」フェイは挨拶をした。

 しゃ、しゃ、ソレイユは言葉を飲みこんでから吐きだした。
 
「しゃべったーーー!」

 まるで子どもみたいに騒ぐソレイユにわたしは呆れた。「ソレイユ、うるさいわよ」
 なんだこれ、なんだこれ? ソレイユは興味津々でフェイのあらゆる部位をさわった。むすっと眉をひそめるフェイは怒った。
 
「羽はさわらないで」
「あ、すまない……君は、妖精なの?」
「うん、そうだよ。この世界を創造したのは僕だ」
「……そうか」

 ソレイユは腕を組んで黙考した。こういうソレイユの知的なところ、わたしは好きだ。ソレイユは美少年で髪もサラサラしていて完全無敵のイケメン。しかも、博識で頭がいいこともタイプ。それに……もう、ヤダあぁ、どうしてもソレイユの唇に目が奪われる。
 
 あなたしか見えないのって感じ。
 
 ああん、わたしがヒロインだったら、今すぐにでも抱きついて、キスしまくってるわぁぁぁ!

「にわかには信じられないが、君みたいは羽の生えた不思議な生物がいることを受け入れるならば、この世界がゲームなのも納得しなければならないな」
「乙女ゲームね」フェイは修正してくる。細かいわね、この妖精。
「ああ……。して、その乙女ゲームとはいったいなんだ?」

 それに関してはわたしが説明するわ、とわたしは言った。ざっと乙女ゲームについてソレイユに話す。攻略対象者、つまりソレイユ、ロック、シエルがいて、彼らと恋に落ちるヒロインが存在するのだと。
 
「じゃあ、ヒロインとは誰だ?」ソレイユは尋ねる。
 
 それは……わたしは口ごもる。ヒロインの名前を言ってしまったら、ソレイユのことを完全にあきらめたことになると思ったからだ。
 
 しかも、わたしはマリエンヌではない。
 
 本当は日本の女子高生、高嶺真理絵なのだ。ちゃんと前世に帰って、普通に恋に落ちたほうが論理的だろう。そうよ……マリエンヌ、ごめんね。わたしは心を鬼にして、ソレイユから嫌われて悪役令嬢に徹しよう、と覚悟を決めた。
 
「ルナよ。ルナスタシア・リュミエール、彼女がこの乙女ゲームのヒロイン」
 
 ソレイユはしばらく息をするの忘れているかのように、呆然と虚空を見つめていた。やがて、ふと立ち上がると、にっこりと笑顔を取り戻していく。曇天の空から、さっと射しこむ太陽の光のように、煌々とわたしに向けて注いでいた。
 
「わかったよ……マリエンヌ」
 
 そう言ったソレイユは部屋から出ていった。
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