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第一部 春
75 ありがとう、お父さん! 大好き♡
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黒執事が手綱を引く馬車は走りだした。
わたしと父は、王宮の背景に沈む夕陽の影に吸いこまれていく馬車を眺めていた。屋根のない馬車はどこか滑稽で、しばらく手を振っていたソレイユだったけど、ふいに物憂げな表情を隠すように下を向いた。
「キラキラ王子、ちょっと泣いていたな」父がぼそっと言った。
そう? わたしはとぼけた。
陽が長くなり、南から吹く風が温かい。夏がもうそこまで来ていた。王都の商店街は活気に満ちており、花屋へ夢と希望を買い求める客は、いっこうに途絶えることがない。すると、やはりと言うべきか、母の大きな声が響いてきた。
「マリ~! 手伝って~」
ほらきたな、と肩をすくめる父に、後で話があるから、と言ってわたしは父と別れた。
わたしが店のなかに入ると、メイドさんが泣きながら訴えてきた。「お嬢様ぁ、花束を作ってくださいまし~」
メイドさんは不揃いな花々を掴んであわてている。
あらあら、まるでなっていないアンバランス。
わたしはさっと花々を受け取ると、丁寧に茎の向きを揃え、逆手に持ち構えるとハサミで切って茎の長さをそろえた。「ありがとうございます。お嬢様」
わたしは微笑みで返した。「あなたは本来の仕事である夕飯の支度をしてください」
ぺこりと頭をさげるメイドは、うやうやしく店の奥へとはけていった。
それから、わたしは閉店まで花屋の手伝いをした。
花を売る。
それは幸せのお手伝い。わたしから花を受け取った、お客さんたちは、みなそれぞれ大切な人、かけがえのない人のその花を贈る。そうしたら、愛が生まれるだろう。または、観葉植物であれば、枯れた生活のなかに潤いを与えてくれるだろう。
とはいえ、仕事はやはり疲れるけど、心地いい鼓動のリズムが誇らしい。わたしは社会の役に立っていると実感する。
「ありがとうございました」
最後の御婦人の接客を済ましたわたしは、肩を落とした。やれやれ、と。
「お疲れ、マリ。夕飯まで休んでて、後はやっておくわ」母が快活に言った。算盤を弾いて売り上げを計算している。
はーい、と返事したわたしはレジカウンターにある金庫を開けた。
なかにある小さな小瓶を取り出す。中身の種が緑色に怪しく輝いている。邪悪な色さえ見える。しかし、心なしか、美しいとも思う。それくらい奇妙な色合いを放つ種。レレリーという植物は、いったい、どんな花を咲かせるのだろうか、大きな花びらだろうか、葉っぱはどんな形だろうか、その花弁の香りは……と想像をめぐらしながら、金庫の扉を閉めた。
その足で向かった先は父のところ。常に温度の調節ができる魔法のような部屋だ。湿度もある。高嶺真理絵の記憶から引っ張り出すと、ここは亜熱帯。アマゾンの湿地帯を思わせる。そんな温室に父はいた。わたしは声をかける。
「お父さん、ちょっといいかしら」
ん? 父は葉っぱに水を吹きかけていた。芋科の植物で太い蔓が珍獣のような雰囲気がある。奇怪な姿をした観葉植物だけど、売れば数千万もするから驚きだ。誰に売るのかって、そんなの貴族に決まってる。そして、その金はもともと農民の働いた金だ。シュシュ、と霧吹きをしている父はつぶやいた。
「こいつもそろそろ出荷だな……で、マリエンヌどうした?」
あのね……わたしは父に頼みたいことがある時は必ずこのように言葉をおいてから話す。両手を合わせて首を傾ける愛嬌も忘れずに。
「レレリーって知ってる?」
「ああ、たしか南にある温暖な国の植物だろう。ある民族が催眠術に使用していると言われる不思議な効能があるんだが……マリ、手に入れたのか?」
ええ、とわたしはうなずいた。
「すごいじゃないか! さすが俺の娘だ! どうやって手に入れた?」
「フィレ教授からもらったの。研究に材料らしいわ」
「あいつか……またマリを利用してこの温室に目をつけたな」
「お父さん、そんな言い方しないでよ。わたしがフィレ教授に頼んでたの。不思議な植物の種があったらちょうだいって」
やれやれ、と父はため息をついた。「マリエンヌの学者肌には敵わないな」わたしの手に持っていた小瓶を取った父はつづけた。「よし、俺が花を咲かせてやろう」
「ありがとう、お父さん! 大好き♡」
わたしは父に抱きついてほっぺにキスをした。満更でもなく喜ぶ父は、
「ま、まかせろ……」
と言って身体を硬くさせた。父もやっぱり男ね。照れちゃってかわいい。
そうだ、ついでに欲しかった物も手に入れよう。
「ねえ、お父さん。このシャワーノズルもらってもいい?」
「ん? いいよ。でもどこで使うんだ?」
「ありがとう。花壇の水やりに使うの」
なるほど、とうなずいた父は微笑んだ。「大事に使えよ」
うん、とわたしはにっこり笑顔で返事をした。いつまでも大切にするよ。だって、父と母の思い出の場所である、伝説の花壇を手入れするんだから。
わたしと父は、王宮の背景に沈む夕陽の影に吸いこまれていく馬車を眺めていた。屋根のない馬車はどこか滑稽で、しばらく手を振っていたソレイユだったけど、ふいに物憂げな表情を隠すように下を向いた。
「キラキラ王子、ちょっと泣いていたな」父がぼそっと言った。
そう? わたしはとぼけた。
陽が長くなり、南から吹く風が温かい。夏がもうそこまで来ていた。王都の商店街は活気に満ちており、花屋へ夢と希望を買い求める客は、いっこうに途絶えることがない。すると、やはりと言うべきか、母の大きな声が響いてきた。
「マリ~! 手伝って~」
ほらきたな、と肩をすくめる父に、後で話があるから、と言ってわたしは父と別れた。
わたしが店のなかに入ると、メイドさんが泣きながら訴えてきた。「お嬢様ぁ、花束を作ってくださいまし~」
メイドさんは不揃いな花々を掴んであわてている。
あらあら、まるでなっていないアンバランス。
わたしはさっと花々を受け取ると、丁寧に茎の向きを揃え、逆手に持ち構えるとハサミで切って茎の長さをそろえた。「ありがとうございます。お嬢様」
わたしは微笑みで返した。「あなたは本来の仕事である夕飯の支度をしてください」
ぺこりと頭をさげるメイドは、うやうやしく店の奥へとはけていった。
それから、わたしは閉店まで花屋の手伝いをした。
花を売る。
それは幸せのお手伝い。わたしから花を受け取った、お客さんたちは、みなそれぞれ大切な人、かけがえのない人のその花を贈る。そうしたら、愛が生まれるだろう。または、観葉植物であれば、枯れた生活のなかに潤いを与えてくれるだろう。
とはいえ、仕事はやはり疲れるけど、心地いい鼓動のリズムが誇らしい。わたしは社会の役に立っていると実感する。
「ありがとうございました」
最後の御婦人の接客を済ましたわたしは、肩を落とした。やれやれ、と。
「お疲れ、マリ。夕飯まで休んでて、後はやっておくわ」母が快活に言った。算盤を弾いて売り上げを計算している。
はーい、と返事したわたしはレジカウンターにある金庫を開けた。
なかにある小さな小瓶を取り出す。中身の種が緑色に怪しく輝いている。邪悪な色さえ見える。しかし、心なしか、美しいとも思う。それくらい奇妙な色合いを放つ種。レレリーという植物は、いったい、どんな花を咲かせるのだろうか、大きな花びらだろうか、葉っぱはどんな形だろうか、その花弁の香りは……と想像をめぐらしながら、金庫の扉を閉めた。
その足で向かった先は父のところ。常に温度の調節ができる魔法のような部屋だ。湿度もある。高嶺真理絵の記憶から引っ張り出すと、ここは亜熱帯。アマゾンの湿地帯を思わせる。そんな温室に父はいた。わたしは声をかける。
「お父さん、ちょっといいかしら」
ん? 父は葉っぱに水を吹きかけていた。芋科の植物で太い蔓が珍獣のような雰囲気がある。奇怪な姿をした観葉植物だけど、売れば数千万もするから驚きだ。誰に売るのかって、そんなの貴族に決まってる。そして、その金はもともと農民の働いた金だ。シュシュ、と霧吹きをしている父はつぶやいた。
「こいつもそろそろ出荷だな……で、マリエンヌどうした?」
あのね……わたしは父に頼みたいことがある時は必ずこのように言葉をおいてから話す。両手を合わせて首を傾ける愛嬌も忘れずに。
「レレリーって知ってる?」
「ああ、たしか南にある温暖な国の植物だろう。ある民族が催眠術に使用していると言われる不思議な効能があるんだが……マリ、手に入れたのか?」
ええ、とわたしはうなずいた。
「すごいじゃないか! さすが俺の娘だ! どうやって手に入れた?」
「フィレ教授からもらったの。研究に材料らしいわ」
「あいつか……またマリを利用してこの温室に目をつけたな」
「お父さん、そんな言い方しないでよ。わたしがフィレ教授に頼んでたの。不思議な植物の種があったらちょうだいって」
やれやれ、と父はため息をついた。「マリエンヌの学者肌には敵わないな」わたしの手に持っていた小瓶を取った父はつづけた。「よし、俺が花を咲かせてやろう」
「ありがとう、お父さん! 大好き♡」
わたしは父に抱きついてほっぺにキスをした。満更でもなく喜ぶ父は、
「ま、まかせろ……」
と言って身体を硬くさせた。父もやっぱり男ね。照れちゃってかわいい。
そうだ、ついでに欲しかった物も手に入れよう。
「ねえ、お父さん。このシャワーノズルもらってもいい?」
「ん? いいよ。でもどこで使うんだ?」
「ありがとう。花壇の水やりに使うの」
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