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第四章
『新年度に向けて』
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賑やかな披露宴を経て遊牧民たちは帰って行った。
その時に思ったのだが、前世と比べて思った程に食事は劣化していない。もちろん上を見ればキリはないが、肉に香辛料や塩を振って食べるだけあれば当然のように彼らも工夫しているからだ。厚切りに行くもあれば薄切り肉もあるしミンチだって存在する。醤油や味噌を食べたく成れば、夏王朝性の類似品を手に入れることが出来ない訳ではない。
勿論、そんなに都合よく全てが美味いわけではない。
正確には努力して日常生活を創意工夫しても、大儲けが出来ない程度の発展性だと言い換えても良いだろう。
「もう直ぐ二年目だが、年度の頭からこの地方に手を掛けられるな」
「おめでとうございます。今度は伯爵を目指し、まずはアンドラ領の整備ですね」
駆け抜けただけの一年目だが、やれる事はやった。
二年目はそれらを改良して、確実に良い物とする事が目的だと言えるだろうか。アレクセイを送り出す前に早めの総決算を終えているので、急ぎの用事は既に無い。だが、目指すべき目標を考えれば動き出すのは少しでも早い方が良いのは確かだろう。
まずは王領代官であるアレクセイを協力させるために、彼が赴任している筈の旧アンドラ領の整備である。
「ゴーレムの貸し出しに物資の売却。これに関して格安に設定するが、金は取る。その金で向こうの資源を買う。後は向こうの領府で金が要る時は、商人より安く貸し出すってところかな。その上で『他』とはレートを変えるってのはどうだろう?」
「領主はともかく陛下は考慮されるでしょうし、良いのではないかと」
旧アンドラ領はユーリ姫の実家だが、王家が接収している。
それを姫の持参金にするという話はないが、仮に寄り子の下級貴族が寄り親に頼み込んだくらいの最低価格に設定しておく。その上で、他の領主が頼んだ場合の価格差を付けておけば、『身内価格』で頼む時の有難味が判るし、そのあたりの数値を踏まえて、王家が俺に何かを頼んで国家経営に貢献させる時の目安が出来上がる。こういう時に『はい、やります! 貢献させていただきます!』という態度は、足元を見透かされるし、その後の悪い慣例になるのでやらない方が良いらしい。
ひとまずこのくらいの金額であれば、アレクセイの視点から見て『俺の力を借りたくなる』というレベルに抑えておく。伯爵になる為の過程としてアンドラの再興も試されて居るならば、どっちの地方も黒字にする必要があるだろうしな。
「よし。ならアレクセイは次に行く時は集団農法も含めて経験を伝えてくれ。向こうの承諾を経てから、二回目にゴーレムを送り込む。その過程をレポートしてくれれば次回以降の判り易い例に成るはずだ」
「では疑うモノがいれば見学に連れて来ましょう」
いきなりゴーレムを連れて行っても良いのだが、一応止めておく。
話を通しておかないと移動途中の領地で揉めるかもしれないし、『無料なら良いが金をとるならば嫌だ』という地主も居ない訳ではないのだ。騎士身分以下の田舎郷士というか、あるいは従卒の中でも兵を率いることのある軍曹クラスの家柄の連中という奴だな。彼らの暮らしも楽ではないので、商人の利子より低い価格で金を貸せば大人しくなるのではないかと思う。
それはそれとして、いきなりゴーレムを出荷する余裕がないとも言うが。根回しというやつは重要だろう。
「集団農法のテストだけど、考えてみたらうちで試して、次に王領ってのは都合が良いな。隠そうと思えば隠せるし、『万が一の時』は成果を期待して他の領地に導入し易い」
「万が一……流石に早々戦争はないと思いたいですけどね」
農業に関して万が一というのは早々起きない事だ。
基本的には国力競争になって、オロシャ国が攻め込まれそうになった時。次にありえるのは記録的な飢饉になって、他国が攻め入る可能性以上に、自国が他国に攻め入らなければならない可能性だ。何のかんのと言って、正義で戦争するよりも国が滅びない為に戦争する方がハードルが低いと言える。
何がそう思わせるかと言うと、異常気象よりも先に目の前の難民問題があるのだ。彼らはちゃんと管理できなければ労働力ですらなく、『何もできないから難民と呼ぶ』状態の人々に過ぎない。食料の生産量は大きく増えないので、他所の国から難民が増えすぎると許容量を超えてしまうのだ。
「難民たちは五つ前後の家族単位で互いに把握させろ。あいつは誰か、仕事したのは誰なのか、それを説明できる奴も居ないってのが一番困る。食料を渡したか、作業をしたのかも判らないんじゃ評価しようがない」
「誰も知らない、食料は念の為に幾らでも欲しいですからねえ」
施しのパンとスープもただではないし、無限には湧いて出ない。
幸いにもゴルビー地方には難民が少ないが、それはあくまでこの地が砂漠と荒野ばかりで、来ても食料がないと判り切っているからだ。だが、今後に生産が上向くと知れば話は別だし、それこそ遊牧民が慶事に際して肉を安く売ってくれたので『なけなしの金で買えた』という話が広まってもおかしくはないのだ。
そして何より、ここよりマシなアンドラ領にはもっと難民が居るだろう。肥沃な穀倉地帯の辺りには、それこそ無数に居るに違いない。そんな彼らに何時までも施しなど出来ないのだ。
「どんなに大した事が無くても良い。種まきだろうが田起こしだろうが働いたら最低限の飯をやり、もっと働いたらさらにくれてやる。そのサイクルで回さないと駄目だろうな。偶に派遣する監査官なんぞ全員で嘘を吐かれたら判らんし、最小単位で管理するっきゃないだろうよ」
「世知辛い世の中ですね。まだマシな地域と言うのが何とも」
繰り返すがゴルビー地方は採算が採れ始め、アンドラは援助を受ける。
流石に食料を回す余裕なんかないが、資金とゴーレムを回せるので互いにwin-winの関係は築けるはずなのだ。それほど額の高くない援助で、将来を見越した開発が出来る。しかも最悪の場合、俺たちの評価が下がるだけで、王領だから王様に泣きつけば生きていけるのがアンドラだった。
もっとも、どっちも黒字に成って初めて、俺は伯爵への一歩を踏み出せるので俺としても手を抜く意味はないんだよな。
「用水路と新規の開墾があれば来年以降は何とか回せるんじゃないか? それまでは木材と岩にそこそこの高値を付けるよ」
「出来れば煉瓦もお願いできませんか?」
「……全然足りてないしな。お前さんに限り了解した」
資材を代価として受け取るのではなく、高値で買い取る。
こうするからこそ特に産業の無いアンドラにも正当な報酬が入り、その値付けの理由は俺と良い関係にある間柄だからだ。それでも賦役で造らせている煉瓦はまった区別で、自分の所で粘土の層さえあれば延々と作れるからこそ不要なのだ。煉瓦造りは掘り出す事さえできれば大して能力は要らない。あえて言うならば、真面目に作る気持ちと根気だけだ。それを培わせるという意味でも、何もできない相手に仕事を与える意味でも、アレクセイとしては作業自体はさせたいのだろう。畑仕事が無い時期もあるし、そういう時に作って俺に売れれば、煉瓦造りは利益に成るのだから。
だがしかし、ここに例外が存在する。
アレクセイとは寄り親と寄り子よりも『近い』、持ちつ持たれつの関係にある。この地方や行政に詳しくないので、彼の知識と経験を借りることが出来るのは重要だからだ。彼としても俺から色々と引き出して利用したいだろうし、気分よく貸し借りを延長する間柄でいたいと言えた。
「とりあえず煉瓦を作るペースが増えるなら、オアシスが早回しで行けそうだな。別荘で試してることも順調だし、新しい領主館を立てるまでには何とかなりそうか」
「領主さまの計画を真面目に検討するなら、幾らでも欲しいですけどね」
まずは煉瓦で壁を作り、日避け風除けを作る。
熱風からの陰となる部分を多く作り、そこへ用水路で水が流れ込むようにする。そうすれば荒れ地でも耕作出来るようになるし、砂漠も徐々に緑化が可能な筈であった。アレクセイは半信半疑ですらなかったが、少なくとも壁の手前までは期待を抱いているようだ。太陽も風も直ぐに向きが変わるので、壁は何枚でも欲しいというのが現状だろう。
ともあれ、賦役で造る煉瓦の使い道があるのは良い事だ。
仮に緑化が終わっても、遊牧民対策の防衛に幾らでもあって損はない資材だと言えた。無条件で買うと他の領主から『俺の所からも買え』なんて言われるのでやらないが。
「重要なのは室内温度を下げられるって事だな。俺らはまだ良いが、ユーリ姫が来るなら必須だぞ」
「……権威はともかく、その辺りは必要ですか」
「城塞なんぞ必要ないが、生き死にの問題だからな」
俺が順調に領地経営をこなせば、ユーリ姫が輿入れする。
そうなると権威付け以外に、王都暮らしの彼女が生活できるだけの快適さは必要だった。旧アンドラ領はこの近くだったが、妾だった母以外の家族が全滅して、一人取り残されて領地を接収されるくらいである。おそらくずっと王都でひそやかに生活している筈だった。そんな子に暑いこの地方で暮らせと言うのも不憫だろう。
まあ、それはそれとして、俺も空中庭園を造りたいんだけどな。
(上層まで敷いた竹の水道から水を落下させ、熱交換を起こした)
(暑い空気は減り冷たい空気が混ざる。風さえ吹けば涼しくなるのが道理)
(別荘ではゴーレムで済ませたが、水車と風車を組み合わせる方が楽だ)
(他にもシーソーみたいな感じに梃子の原理で反対側の水を持ち上げるとか、幾つもの方法で循環させれば涼しくなるよな。後はどうにか霧吹きを作るとか、呪文も併用して地下で氷でも作れたら、快適な館に成るだろうよ。そんでバルコニーやら中間層で花でも育てりゃ言う事はねえ。使い終わった水はそのまま堀に成るから防衛面でも活かせるからな)
別荘では大きめの家屋でしかなかったので、試せることに限界があった。
しかし、そこで丘の上から落とした水で、家の中を涼しくすることは出来た。風を起こすためにゴーレムで扇風機を作ったが、それで十分に涼しく感じたのだ。実際には我々がゴルビーの厚さに慣れて体感温度が変わった為でしかないが、それを多層構造にする予定の空中庭園で実行すれば本当に涼しくなるだろう。少なくとも、日光が当たらない区画で実行するだけでもかなり涼しくなるはずだ。
そして常に日光が当たらない区画を広くできるという事は、天然の冷蔵庫を所有できるという事であり、もし氷を作る呪文を誰かが容易出来れば地下で冷蔵庫も用意可能だろう。そうなれば家畜と予算次第で、様々な料理を再現可能な筈だ。魔法が存在するこの世界の技術や発想が、決して低いわけではないのだから。
(領地だけでなく、衣食住の向上は全部出来そうだよな。だとしたら後はなんだ? 扇風機も水車と風車の組み合わせで良いならいらないし、汲み上げもシーソーで良いなら不要になる。そりゃ他の地域の手前、どっちもゴーレムで効率化するべきだが……俺は何をするべきなんだ?)
「領主さま?」
「悪い、考え事してた」
全てが……とは言わないが順調だからこそ迷う事はある。
今やってることを全力でやり遂げれば、更に良く成る事は判って居るのだ。その一方で、『目の前には無い出来事』には全く関与が出来ない。陰謀を巡らせるのは得意ではないし、交渉であちこちを動かすのも得意ではない。あくまで目の前の、手に届く範囲の事を、自分のリソースを割いて良くしていくだけで限界なのだ。
要するに、俺が次の『やるべき事』に悩んでいた。
「竹の使い道はどうしましょうか? 編み込みを埋める程には緑化計画はまだ進んで居ないのですよね? 水道は最低数は揃いましたし、予備は何時でも切り出せますから不要です。竹炭が上手く行ってないので、これ以上は不要になります」
「別荘の村に送ってくれ。桟橋と筏の他の色々試したい」
おれが聞き逃したのは、取水場の下に埋めた竹の件だった。
他の漁師たちにバレない内に、こっそり水道を延ばして水を止められても良い様にしておいたのだ。ついでに上水道としてダイレクトに村やゴルベリアスに届けるようにしていたが、繋ぐだけなのでそれほど時間も掛からない。二年目に突入する段階では、それほど使い道がなのが現状なのだろう。竹炭が現実の物となれば、幾らでも必要なんだろうけどな
そこで俺は残ってる産業計画で、まるで進んでない漁業に+@して考える事にした。最近はセシリアたちの面倒もあまり見ていないし、授業を増やす傍ら新型のゴーレムを考える事にしようと思う。
賑やかな披露宴を経て遊牧民たちは帰って行った。
その時に思ったのだが、前世と比べて思った程に食事は劣化していない。もちろん上を見ればキリはないが、肉に香辛料や塩を振って食べるだけあれば当然のように彼らも工夫しているからだ。厚切りに行くもあれば薄切り肉もあるしミンチだって存在する。醤油や味噌を食べたく成れば、夏王朝性の類似品を手に入れることが出来ない訳ではない。
勿論、そんなに都合よく全てが美味いわけではない。
正確には努力して日常生活を創意工夫しても、大儲けが出来ない程度の発展性だと言い換えても良いだろう。
「もう直ぐ二年目だが、年度の頭からこの地方に手を掛けられるな」
「おめでとうございます。今度は伯爵を目指し、まずはアンドラ領の整備ですね」
駆け抜けただけの一年目だが、やれる事はやった。
二年目はそれらを改良して、確実に良い物とする事が目的だと言えるだろうか。アレクセイを送り出す前に早めの総決算を終えているので、急ぎの用事は既に無い。だが、目指すべき目標を考えれば動き出すのは少しでも早い方が良いのは確かだろう。
まずは王領代官であるアレクセイを協力させるために、彼が赴任している筈の旧アンドラ領の整備である。
「ゴーレムの貸し出しに物資の売却。これに関して格安に設定するが、金は取る。その金で向こうの資源を買う。後は向こうの領府で金が要る時は、商人より安く貸し出すってところかな。その上で『他』とはレートを変えるってのはどうだろう?」
「領主はともかく陛下は考慮されるでしょうし、良いのではないかと」
旧アンドラ領はユーリ姫の実家だが、王家が接収している。
それを姫の持参金にするという話はないが、仮に寄り子の下級貴族が寄り親に頼み込んだくらいの最低価格に設定しておく。その上で、他の領主が頼んだ場合の価格差を付けておけば、『身内価格』で頼む時の有難味が判るし、そのあたりの数値を踏まえて、王家が俺に何かを頼んで国家経営に貢献させる時の目安が出来上がる。こういう時に『はい、やります! 貢献させていただきます!』という態度は、足元を見透かされるし、その後の悪い慣例になるのでやらない方が良いらしい。
ひとまずこのくらいの金額であれば、アレクセイの視点から見て『俺の力を借りたくなる』というレベルに抑えておく。伯爵になる為の過程としてアンドラの再興も試されて居るならば、どっちの地方も黒字にする必要があるだろうしな。
「よし。ならアレクセイは次に行く時は集団農法も含めて経験を伝えてくれ。向こうの承諾を経てから、二回目にゴーレムを送り込む。その過程をレポートしてくれれば次回以降の判り易い例に成るはずだ」
「では疑うモノがいれば見学に連れて来ましょう」
いきなりゴーレムを連れて行っても良いのだが、一応止めておく。
話を通しておかないと移動途中の領地で揉めるかもしれないし、『無料なら良いが金をとるならば嫌だ』という地主も居ない訳ではないのだ。騎士身分以下の田舎郷士というか、あるいは従卒の中でも兵を率いることのある軍曹クラスの家柄の連中という奴だな。彼らの暮らしも楽ではないので、商人の利子より低い価格で金を貸せば大人しくなるのではないかと思う。
それはそれとして、いきなりゴーレムを出荷する余裕がないとも言うが。根回しというやつは重要だろう。
「集団農法のテストだけど、考えてみたらうちで試して、次に王領ってのは都合が良いな。隠そうと思えば隠せるし、『万が一の時』は成果を期待して他の領地に導入し易い」
「万が一……流石に早々戦争はないと思いたいですけどね」
農業に関して万が一というのは早々起きない事だ。
基本的には国力競争になって、オロシャ国が攻め込まれそうになった時。次にありえるのは記録的な飢饉になって、他国が攻め入る可能性以上に、自国が他国に攻め入らなければならない可能性だ。何のかんのと言って、正義で戦争するよりも国が滅びない為に戦争する方がハードルが低いと言える。
何がそう思わせるかと言うと、異常気象よりも先に目の前の難民問題があるのだ。彼らはちゃんと管理できなければ労働力ですらなく、『何もできないから難民と呼ぶ』状態の人々に過ぎない。食料の生産量は大きく増えないので、他所の国から難民が増えすぎると許容量を超えてしまうのだ。
「難民たちは五つ前後の家族単位で互いに把握させろ。あいつは誰か、仕事したのは誰なのか、それを説明できる奴も居ないってのが一番困る。食料を渡したか、作業をしたのかも判らないんじゃ評価しようがない」
「誰も知らない、食料は念の為に幾らでも欲しいですからねえ」
施しのパンとスープもただではないし、無限には湧いて出ない。
幸いにもゴルビー地方には難民が少ないが、それはあくまでこの地が砂漠と荒野ばかりで、来ても食料がないと判り切っているからだ。だが、今後に生産が上向くと知れば話は別だし、それこそ遊牧民が慶事に際して肉を安く売ってくれたので『なけなしの金で買えた』という話が広まってもおかしくはないのだ。
そして何より、ここよりマシなアンドラ領にはもっと難民が居るだろう。肥沃な穀倉地帯の辺りには、それこそ無数に居るに違いない。そんな彼らに何時までも施しなど出来ないのだ。
「どんなに大した事が無くても良い。種まきだろうが田起こしだろうが働いたら最低限の飯をやり、もっと働いたらさらにくれてやる。そのサイクルで回さないと駄目だろうな。偶に派遣する監査官なんぞ全員で嘘を吐かれたら判らんし、最小単位で管理するっきゃないだろうよ」
「世知辛い世の中ですね。まだマシな地域と言うのが何とも」
繰り返すがゴルビー地方は採算が採れ始め、アンドラは援助を受ける。
流石に食料を回す余裕なんかないが、資金とゴーレムを回せるので互いにwin-winの関係は築けるはずなのだ。それほど額の高くない援助で、将来を見越した開発が出来る。しかも最悪の場合、俺たちの評価が下がるだけで、王領だから王様に泣きつけば生きていけるのがアンドラだった。
もっとも、どっちも黒字に成って初めて、俺は伯爵への一歩を踏み出せるので俺としても手を抜く意味はないんだよな。
「用水路と新規の開墾があれば来年以降は何とか回せるんじゃないか? それまでは木材と岩にそこそこの高値を付けるよ」
「出来れば煉瓦もお願いできませんか?」
「……全然足りてないしな。お前さんに限り了解した」
資材を代価として受け取るのではなく、高値で買い取る。
こうするからこそ特に産業の無いアンドラにも正当な報酬が入り、その値付けの理由は俺と良い関係にある間柄だからだ。それでも賦役で造らせている煉瓦はまった区別で、自分の所で粘土の層さえあれば延々と作れるからこそ不要なのだ。煉瓦造りは掘り出す事さえできれば大して能力は要らない。あえて言うならば、真面目に作る気持ちと根気だけだ。それを培わせるという意味でも、何もできない相手に仕事を与える意味でも、アレクセイとしては作業自体はさせたいのだろう。畑仕事が無い時期もあるし、そういう時に作って俺に売れれば、煉瓦造りは利益に成るのだから。
だがしかし、ここに例外が存在する。
アレクセイとは寄り親と寄り子よりも『近い』、持ちつ持たれつの関係にある。この地方や行政に詳しくないので、彼の知識と経験を借りることが出来るのは重要だからだ。彼としても俺から色々と引き出して利用したいだろうし、気分よく貸し借りを延長する間柄でいたいと言えた。
「とりあえず煉瓦を作るペースが増えるなら、オアシスが早回しで行けそうだな。別荘で試してることも順調だし、新しい領主館を立てるまでには何とかなりそうか」
「領主さまの計画を真面目に検討するなら、幾らでも欲しいですけどね」
まずは煉瓦で壁を作り、日避け風除けを作る。
熱風からの陰となる部分を多く作り、そこへ用水路で水が流れ込むようにする。そうすれば荒れ地でも耕作出来るようになるし、砂漠も徐々に緑化が可能な筈であった。アレクセイは半信半疑ですらなかったが、少なくとも壁の手前までは期待を抱いているようだ。太陽も風も直ぐに向きが変わるので、壁は何枚でも欲しいというのが現状だろう。
ともあれ、賦役で造る煉瓦の使い道があるのは良い事だ。
仮に緑化が終わっても、遊牧民対策の防衛に幾らでもあって損はない資材だと言えた。無条件で買うと他の領主から『俺の所からも買え』なんて言われるのでやらないが。
「重要なのは室内温度を下げられるって事だな。俺らはまだ良いが、ユーリ姫が来るなら必須だぞ」
「……権威はともかく、その辺りは必要ですか」
「城塞なんぞ必要ないが、生き死にの問題だからな」
俺が順調に領地経営をこなせば、ユーリ姫が輿入れする。
そうなると権威付け以外に、王都暮らしの彼女が生活できるだけの快適さは必要だった。旧アンドラ領はこの近くだったが、妾だった母以外の家族が全滅して、一人取り残されて領地を接収されるくらいである。おそらくずっと王都でひそやかに生活している筈だった。そんな子に暑いこの地方で暮らせと言うのも不憫だろう。
まあ、それはそれとして、俺も空中庭園を造りたいんだけどな。
(上層まで敷いた竹の水道から水を落下させ、熱交換を起こした)
(暑い空気は減り冷たい空気が混ざる。風さえ吹けば涼しくなるのが道理)
(別荘ではゴーレムで済ませたが、水車と風車を組み合わせる方が楽だ)
(他にもシーソーみたいな感じに梃子の原理で反対側の水を持ち上げるとか、幾つもの方法で循環させれば涼しくなるよな。後はどうにか霧吹きを作るとか、呪文も併用して地下で氷でも作れたら、快適な館に成るだろうよ。そんでバルコニーやら中間層で花でも育てりゃ言う事はねえ。使い終わった水はそのまま堀に成るから防衛面でも活かせるからな)
別荘では大きめの家屋でしかなかったので、試せることに限界があった。
しかし、そこで丘の上から落とした水で、家の中を涼しくすることは出来た。風を起こすためにゴーレムで扇風機を作ったが、それで十分に涼しく感じたのだ。実際には我々がゴルビーの厚さに慣れて体感温度が変わった為でしかないが、それを多層構造にする予定の空中庭園で実行すれば本当に涼しくなるだろう。少なくとも、日光が当たらない区画で実行するだけでもかなり涼しくなるはずだ。
そして常に日光が当たらない区画を広くできるという事は、天然の冷蔵庫を所有できるという事であり、もし氷を作る呪文を誰かが容易出来れば地下で冷蔵庫も用意可能だろう。そうなれば家畜と予算次第で、様々な料理を再現可能な筈だ。魔法が存在するこの世界の技術や発想が、決して低いわけではないのだから。
(領地だけでなく、衣食住の向上は全部出来そうだよな。だとしたら後はなんだ? 扇風機も水車と風車の組み合わせで良いならいらないし、汲み上げもシーソーで良いなら不要になる。そりゃ他の地域の手前、どっちもゴーレムで効率化するべきだが……俺は何をするべきなんだ?)
「領主さま?」
「悪い、考え事してた」
全てが……とは言わないが順調だからこそ迷う事はある。
今やってることを全力でやり遂げれば、更に良く成る事は判って居るのだ。その一方で、『目の前には無い出来事』には全く関与が出来ない。陰謀を巡らせるのは得意ではないし、交渉であちこちを動かすのも得意ではない。あくまで目の前の、手に届く範囲の事を、自分のリソースを割いて良くしていくだけで限界なのだ。
要するに、俺が次の『やるべき事』に悩んでいた。
「竹の使い道はどうしましょうか? 編み込みを埋める程には緑化計画はまだ進んで居ないのですよね? 水道は最低数は揃いましたし、予備は何時でも切り出せますから不要です。竹炭が上手く行ってないので、これ以上は不要になります」
「別荘の村に送ってくれ。桟橋と筏の他の色々試したい」
おれが聞き逃したのは、取水場の下に埋めた竹の件だった。
他の漁師たちにバレない内に、こっそり水道を延ばして水を止められても良い様にしておいたのだ。ついでに上水道としてダイレクトに村やゴルベリアスに届けるようにしていたが、繋ぐだけなのでそれほど時間も掛からない。二年目に突入する段階では、それほど使い道がなのが現状なのだろう。竹炭が現実の物となれば、幾らでも必要なんだろうけどな
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