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第17章
彩芽、駆け付ける
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エドワルドの部下達にストラディゴスがヴェンガンの所へと乗り込んだ事を聞いた彩芽は、ボロボロのローブで変装し、闘技場へと来ていた。
城の方で騒ぎが起き、ストラディゴスの計画が失敗した事は分かっていた。
モサネドの部下からの報告で、逃げた囚人達を闘技場で公開処刑する情報が入ったため、その中にいるかもと思いフードで顔を深く隠して彩芽は群衆に紛れて確認に来たのだ。
闘技場を一望できる観客席へのゲートを出ると、そこには血生臭い光景が広がっていた。
数万を超え、立ち見まで出ている衆人環視の中心では、ストラディゴスと、その肩の上に座るルカラを始めとした百人近い囚人達が獣の群と戦わされていた。
ストラディゴスが中心となって、襲い来る虎程もある狼の群れをなんとか防いでいる様だが、獣の数が減るとヴェンガンが次の獣を次々と投入していく。
彩芽は群衆に紛れながら、周囲を盗み見た。
闘技場の外柱の影には、まるでガーゴイルの様にリーパー達が息を殺しているのが見えた。
隠れてこそいるが、リーパー達は姿を完全に消す気は無いらしく、その瞳は一様にストラディゴスに向けられているが、ヴェンガンも含め誰一人として彩芽には目もくれない。
空を見ると、月が重なるまで一刻の猶予も無かった。
カタコンベに二人を連れて行くのは無理だろう。
囚人達は、ストラディゴスが即席でやらせた防御陣形のおかげで怪我人こそ出たが死者を出さずに獣達をあらかた狩り尽くす。
その時、主催者席で見ていたヴェンガンが拍手をしながら立ち上がり、囚人達に語りかけ始めた。
「素晴らしい戦いぶりだった。脱獄囚で無ければ健闘を称えたい所だ!」
ヴェンガンの声を聞こうと観衆は静かになる。
「ご来場の皆様、あの巨人は、誰かご存知でしょうか? 彼こそが竜殺しと名高い巨人、ストラディゴスです。彼は私を暗殺しようと城に忍び込んだ大罪人にして、フィデーリスを苦しめてきた……あの連続殺人犯なのです」
ヴェンガンによるストラディゴスへの紹介で、観客達は先ほどにも増して「処刑」コールを強める。
ストラディゴスはと言うと、嘘を並び立てられて嫌そうな顔こそしているが、ヴェンガンの悪意にも慣れたのだろう。
下手に訂正する事も無い。
「脱獄囚達に問おう。咎人ストラディゴスにそそのかされて、犯した罪も償わずに檻を出たのであろう?」
ヴェンガンの言葉に、囚人達は誰一人答えない。
ストラディゴスが脱獄を手伝ったのは間違い無いが、下手な事を言えばストラディゴスに殺されるのではと、ストラディゴスを知らない囚人達は一様に思った。
「……竜殺しを恐れて言葉も出ないか……では、答えなくて良い。咎人ストラディゴスを、この私に、生かしたまま差し出した者には、特別に恩赦を与える物とする。行動で誠意を示したまえ」
ヴェンガンの言葉で迷う囚人が出始めたのが客席から見ていても分かった。
どうにかして、この流れを変えなければと彩芽は客席を離れた。
* * *
「恩赦……」
ストラディゴスは、協力して獣の群れを退け、連帯感が出来て来た囚人達の葛藤する視線に囲まれていた。
仲間を殺されて剣闘フィールド内をうろつくだけになった獣は、放置しても良い。
囚人達には、ここで最初に檻の鍵を開けた巨人を助けるメリットが、何も無い様に思えた。
このままでは、闘技場の底でヴェンガンに処刑されるか、牢獄に戻されて拷問の日々に戻る事になる。
だが、公衆の面前で恩赦を約束したと言う事は、巨人を捕えれば本当に釈放して貰えるのかもしれない。
「お前ら、恩赦なんて本当にされると思ってるのか!」
マリードが言うが、ヴェンガンは囚人達にストラディゴスを協力して差し出す以外の道を残してはいない。
「巨人さんよ、手荒な真似はしたくねぇ……大人しくしてくれよ」
囚人達は、ストラディゴスに対して、投降を求め始めた。
目の前で獣の群を最も多く切り捨てた巨人を相手になどしたく無い。
説得でどうにかしようとする。
囚人達は、兜と剣と盾こそ大半が装備しているが、ストラディゴスは全身フル装備の状態で、囚人達の身の丈を超える大剣以外にまだ使ってさえいない。
臆病と言うよりは、真っ当な判断であった。
「このままじゃ全員殺されちまう! あんた一人が諦めれば、他は助かるかもしれないんだ!」
一人の囚人がストラディゴスを説得しようと叫ぶと、他の囚人達も口々に言い分をぶつけ始めた。
「俺は人を傷つけた事も無い! たった八千フォルトが返せなくてここに! 妻と娘もいるんだ頼む!」
「私だって子供がいるの!」
「病気の妻の為に薬を盗んでここに!」
囚人達の言い分を聞けば聞く程に、そこにいる全員がヴェンガンの被害者の様にさえ思えて来る。
それでも、ストラディゴスはここで投降を選ぶ事は出来ない。
投降しても、全員が酷い目に遭うとストラディゴスは確信していた。
「悪いが、お前らの為に死ぬ気は無い。あいつの言う恩赦って奴を信じるなら、かかってこい」
ストラディゴスは、ルカラを肩に乗せ、その下にゾフルか抱えたまま剣を囚人達へと向けた。
囚人達は、全員で襲い掛かろうが囲もうが、巨人を捕える事が難しいのは分かっていた。
そのまま膠着状態になると思われた矢先、ストラディゴスは足に痛みを覚えた。
「てめぇ……」
ゾフルがストラディゴスの足に短剣を突き立てていた。
ゾフルに対して、ルカラがやった様に。
膝をつくストラディゴスにゾフルは泣いて謝ってくる。
ルカラは、ストラディゴスの肩から落ちそうになって着地すると、ゾフルから短剣を取り上げ、その首に突きつけた。
「すまねぇ……これしかないんだ俺達には……」
* * *
ストラディゴスが足の怪我を押さえてかがみ込むと、今の今まで言葉で説得しようとしていた囚人達が我先にとストラディゴスに群がり、捕らえるのに貢献したとヴェンガンにアピールする。
それを見ていてヴェンガンは「興覚め」だと思った。
ストラディゴスが囚人達を処刑する様こそ見たかったのに、あのゾフルとか言う小男の邪魔のせいで。
ヴェンガンは司会者に耳打ちをすると、椅子に座り直して様子を見守る。
『咎人ストラディゴスを捕えし勇者達よ。慈悲深きヴェンガン伯爵様から、巨人に手をかけし全員に恩赦を与える物とする!』
マリードとルカラを除く全員である。
囚人達は喜ぶが、それは束の間の事であった。
『しかし、卑怯な手を使いアリーナを汚した罪は、その身をもって償って貰わねばならない。恩赦を受けた全員には、この場で剣闘士として正々堂々と戦って貰うものとする!』
闘技場のゲートが開く。
すると、漆黒の竜騎士が暗がりから静かに現れた。
闘技場での剣闘と競争、その両方に於ける現在の不動のチャンピオンである。
揃いの漆黒の鎧に身を包んだ翼の無い竜にまたがり、右手にはランスが装備されていた。
竜が地面をガリリと削りながら、足慣らしをする。
囚人の誰もが、絶望した。
恩赦と言う希望を一度与えてからの、勝ち目のない試合と言う絶望。
巨人相手に正々堂々と勝てる筈がない。
つまり、どの道囚人達は全員殺す気だったのだと皆が悟る。
囚人達側の中で唯一、竜騎士と戦えそうなストラディゴスは、足を怪我して、立てたとしても万全ではない。
そして、何よりも裏切った囚人達を庇う筈も無い。
誰もが、そう思った。
「お前ら、とっとと、どけ。邪魔だ」
ストラディゴスは、剣を杖に立ち上がった。
「やっぱり、としか思えねえよ。あいつには」
ストラディゴスがヴェンガンを見上げると、ヴェンガンは嬉しそうに見つめ返し、目と目が合う。
「ヴェンガン! あの騎士を俺が倒したら、褒美を貰えないか!」
「ストラディゴス君、君には恩赦など与えられないよ! 君は私を暗殺しようとした。凶悪な連続殺人犯なのだからね」
「欲しいのは恩赦じゃない。お前の首だ。サディストの死霊術師さんよ」
ストラディゴスの言葉に、ヴェンガンは最後まで吠える奴だと笑いながら足を組み替えた。
「始めろ」
ドンドンドンと太鼓の音が響き、レースを前にした様な緊張感に包まれる闘技場。
銅鑼の音が響くと同時に、竜騎士が膝をついたストラディゴス目掛けて土ぼこりを巻き上げて疾走し始める。
すれ違いざまの一撃。
ストラディゴスは、久々に受けた横からの飛んでくるランスでの重い攻撃を受け、歯を食いしばる。
竜の重さと速度が乗った一撃は、ただのランスから繰り出されているとは思えない程に重く、相当の手練れでも何度も受けて良い攻撃では無い。
竜騎士はストラディゴスと距離を取ってからUターンすると、十分に速度を乗せてすれ違いざまの一撃を加えて来る。
ストラディゴスが腰に差していた長剣程の長さもある短刀も構えての二刀流で構え、大剣で攻撃を防ぎながらの短刀での竜への直接攻撃で足を止めようとするが、鎧に弾かれてしまい斬撃が通らない。
何度も往復する竜騎士が、上に上げたランスを持ち直した。
決めに来るのだろうとストラディゴスが読み、ギリギリまで引き付ける。
足を怪我しているとは思えない身のこなしで竜騎士から見て左側へと飛び、渾身の力で大剣を竜の首へと叩き下ろした。
ストラディゴスは、この時を待っていたのだ。
ゾフルからの足への不意打ちは、マリードが囚人達を説得している裏でゾフルから直前に提案されたフェイクであった。
ヴェンガンの本性を知れば、囚人達は一つになるしか無くなる。
ゾフルは、ヴェンガンの本性を囚人達に暴くための捨て駒を買って出たのだ。
当然、その事を知らなかった囚人達は、我が身大事さにストラディゴスを取り押さえたので、こちらも本性である。
竜騎士は竜の首が邪魔となるランスの対角線にいるストラディゴスからの、予想もしていない動きからの攻撃を防ぐ事も避ける事も出来ない。
速度が付きすぎて止まる事も曲がる事も出来ない。
もろに入った斬撃で鎧ごと竜の首が落ち、ガランガランと音を立てて転がると、竜騎士は竜を乗り捨てて受け身を取って地面へと転がった。
囚人達は、今なら竜騎士が倒せると取り囲もうとするが、ストラディゴス達が止める間もなく竜騎士によって全員が切り捨てられ、地面を舐める事になった。
竜騎士は、竜に乗っていなくても十分過ぎる程に強かった。
囚人の持っていた剣を二本拾い上げると、両手に持った剣を構え、ストラディゴスに歩み寄った。
ストラディゴスに加勢しようと、マリードとルカラが剣を拾う。
しかし、その剣は竜騎士の振るった剣の一撃で、刃を切り裂かれてしまう。
その時、ストラディゴスは違和感を覚えた。
竜騎士に対して、デジャヴュに似た感覚が思い起こされたのだ。
ストラディゴスがその正体を分からないまま剣を構えると、竜騎士との激しい一騎打ちが始まる。
観衆だけでなく、兵士や騎士、ヴェンガンやリーパーまでもが、その見事な戦いに、興奮から目が離せない中。
空では静かに月が重なったのであった。
城の方で騒ぎが起き、ストラディゴスの計画が失敗した事は分かっていた。
モサネドの部下からの報告で、逃げた囚人達を闘技場で公開処刑する情報が入ったため、その中にいるかもと思いフードで顔を深く隠して彩芽は群衆に紛れて確認に来たのだ。
闘技場を一望できる観客席へのゲートを出ると、そこには血生臭い光景が広がっていた。
数万を超え、立ち見まで出ている衆人環視の中心では、ストラディゴスと、その肩の上に座るルカラを始めとした百人近い囚人達が獣の群と戦わされていた。
ストラディゴスが中心となって、襲い来る虎程もある狼の群れをなんとか防いでいる様だが、獣の数が減るとヴェンガンが次の獣を次々と投入していく。
彩芽は群衆に紛れながら、周囲を盗み見た。
闘技場の外柱の影には、まるでガーゴイルの様にリーパー達が息を殺しているのが見えた。
隠れてこそいるが、リーパー達は姿を完全に消す気は無いらしく、その瞳は一様にストラディゴスに向けられているが、ヴェンガンも含め誰一人として彩芽には目もくれない。
空を見ると、月が重なるまで一刻の猶予も無かった。
カタコンベに二人を連れて行くのは無理だろう。
囚人達は、ストラディゴスが即席でやらせた防御陣形のおかげで怪我人こそ出たが死者を出さずに獣達をあらかた狩り尽くす。
その時、主催者席で見ていたヴェンガンが拍手をしながら立ち上がり、囚人達に語りかけ始めた。
「素晴らしい戦いぶりだった。脱獄囚で無ければ健闘を称えたい所だ!」
ヴェンガンの声を聞こうと観衆は静かになる。
「ご来場の皆様、あの巨人は、誰かご存知でしょうか? 彼こそが竜殺しと名高い巨人、ストラディゴスです。彼は私を暗殺しようと城に忍び込んだ大罪人にして、フィデーリスを苦しめてきた……あの連続殺人犯なのです」
ヴェンガンによるストラディゴスへの紹介で、観客達は先ほどにも増して「処刑」コールを強める。
ストラディゴスはと言うと、嘘を並び立てられて嫌そうな顔こそしているが、ヴェンガンの悪意にも慣れたのだろう。
下手に訂正する事も無い。
「脱獄囚達に問おう。咎人ストラディゴスにそそのかされて、犯した罪も償わずに檻を出たのであろう?」
ヴェンガンの言葉に、囚人達は誰一人答えない。
ストラディゴスが脱獄を手伝ったのは間違い無いが、下手な事を言えばストラディゴスに殺されるのではと、ストラディゴスを知らない囚人達は一様に思った。
「……竜殺しを恐れて言葉も出ないか……では、答えなくて良い。咎人ストラディゴスを、この私に、生かしたまま差し出した者には、特別に恩赦を与える物とする。行動で誠意を示したまえ」
ヴェンガンの言葉で迷う囚人が出始めたのが客席から見ていても分かった。
どうにかして、この流れを変えなければと彩芽は客席を離れた。
* * *
「恩赦……」
ストラディゴスは、協力して獣の群れを退け、連帯感が出来て来た囚人達の葛藤する視線に囲まれていた。
仲間を殺されて剣闘フィールド内をうろつくだけになった獣は、放置しても良い。
囚人達には、ここで最初に檻の鍵を開けた巨人を助けるメリットが、何も無い様に思えた。
このままでは、闘技場の底でヴェンガンに処刑されるか、牢獄に戻されて拷問の日々に戻る事になる。
だが、公衆の面前で恩赦を約束したと言う事は、巨人を捕えれば本当に釈放して貰えるのかもしれない。
「お前ら、恩赦なんて本当にされると思ってるのか!」
マリードが言うが、ヴェンガンは囚人達にストラディゴスを協力して差し出す以外の道を残してはいない。
「巨人さんよ、手荒な真似はしたくねぇ……大人しくしてくれよ」
囚人達は、ストラディゴスに対して、投降を求め始めた。
目の前で獣の群を最も多く切り捨てた巨人を相手になどしたく無い。
説得でどうにかしようとする。
囚人達は、兜と剣と盾こそ大半が装備しているが、ストラディゴスは全身フル装備の状態で、囚人達の身の丈を超える大剣以外にまだ使ってさえいない。
臆病と言うよりは、真っ当な判断であった。
「このままじゃ全員殺されちまう! あんた一人が諦めれば、他は助かるかもしれないんだ!」
一人の囚人がストラディゴスを説得しようと叫ぶと、他の囚人達も口々に言い分をぶつけ始めた。
「俺は人を傷つけた事も無い! たった八千フォルトが返せなくてここに! 妻と娘もいるんだ頼む!」
「私だって子供がいるの!」
「病気の妻の為に薬を盗んでここに!」
囚人達の言い分を聞けば聞く程に、そこにいる全員がヴェンガンの被害者の様にさえ思えて来る。
それでも、ストラディゴスはここで投降を選ぶ事は出来ない。
投降しても、全員が酷い目に遭うとストラディゴスは確信していた。
「悪いが、お前らの為に死ぬ気は無い。あいつの言う恩赦って奴を信じるなら、かかってこい」
ストラディゴスは、ルカラを肩に乗せ、その下にゾフルか抱えたまま剣を囚人達へと向けた。
囚人達は、全員で襲い掛かろうが囲もうが、巨人を捕える事が難しいのは分かっていた。
そのまま膠着状態になると思われた矢先、ストラディゴスは足に痛みを覚えた。
「てめぇ……」
ゾフルがストラディゴスの足に短剣を突き立てていた。
ゾフルに対して、ルカラがやった様に。
膝をつくストラディゴスにゾフルは泣いて謝ってくる。
ルカラは、ストラディゴスの肩から落ちそうになって着地すると、ゾフルから短剣を取り上げ、その首に突きつけた。
「すまねぇ……これしかないんだ俺達には……」
* * *
ストラディゴスが足の怪我を押さえてかがみ込むと、今の今まで言葉で説得しようとしていた囚人達が我先にとストラディゴスに群がり、捕らえるのに貢献したとヴェンガンにアピールする。
それを見ていてヴェンガンは「興覚め」だと思った。
ストラディゴスが囚人達を処刑する様こそ見たかったのに、あのゾフルとか言う小男の邪魔のせいで。
ヴェンガンは司会者に耳打ちをすると、椅子に座り直して様子を見守る。
『咎人ストラディゴスを捕えし勇者達よ。慈悲深きヴェンガン伯爵様から、巨人に手をかけし全員に恩赦を与える物とする!』
マリードとルカラを除く全員である。
囚人達は喜ぶが、それは束の間の事であった。
『しかし、卑怯な手を使いアリーナを汚した罪は、その身をもって償って貰わねばならない。恩赦を受けた全員には、この場で剣闘士として正々堂々と戦って貰うものとする!』
闘技場のゲートが開く。
すると、漆黒の竜騎士が暗がりから静かに現れた。
闘技場での剣闘と競争、その両方に於ける現在の不動のチャンピオンである。
揃いの漆黒の鎧に身を包んだ翼の無い竜にまたがり、右手にはランスが装備されていた。
竜が地面をガリリと削りながら、足慣らしをする。
囚人の誰もが、絶望した。
恩赦と言う希望を一度与えてからの、勝ち目のない試合と言う絶望。
巨人相手に正々堂々と勝てる筈がない。
つまり、どの道囚人達は全員殺す気だったのだと皆が悟る。
囚人達側の中で唯一、竜騎士と戦えそうなストラディゴスは、足を怪我して、立てたとしても万全ではない。
そして、何よりも裏切った囚人達を庇う筈も無い。
誰もが、そう思った。
「お前ら、とっとと、どけ。邪魔だ」
ストラディゴスは、剣を杖に立ち上がった。
「やっぱり、としか思えねえよ。あいつには」
ストラディゴスがヴェンガンを見上げると、ヴェンガンは嬉しそうに見つめ返し、目と目が合う。
「ヴェンガン! あの騎士を俺が倒したら、褒美を貰えないか!」
「ストラディゴス君、君には恩赦など与えられないよ! 君は私を暗殺しようとした。凶悪な連続殺人犯なのだからね」
「欲しいのは恩赦じゃない。お前の首だ。サディストの死霊術師さんよ」
ストラディゴスの言葉に、ヴェンガンは最後まで吠える奴だと笑いながら足を組み替えた。
「始めろ」
ドンドンドンと太鼓の音が響き、レースを前にした様な緊張感に包まれる闘技場。
銅鑼の音が響くと同時に、竜騎士が膝をついたストラディゴス目掛けて土ぼこりを巻き上げて疾走し始める。
すれ違いざまの一撃。
ストラディゴスは、久々に受けた横からの飛んでくるランスでの重い攻撃を受け、歯を食いしばる。
竜の重さと速度が乗った一撃は、ただのランスから繰り出されているとは思えない程に重く、相当の手練れでも何度も受けて良い攻撃では無い。
竜騎士はストラディゴスと距離を取ってからUターンすると、十分に速度を乗せてすれ違いざまの一撃を加えて来る。
ストラディゴスが腰に差していた長剣程の長さもある短刀も構えての二刀流で構え、大剣で攻撃を防ぎながらの短刀での竜への直接攻撃で足を止めようとするが、鎧に弾かれてしまい斬撃が通らない。
何度も往復する竜騎士が、上に上げたランスを持ち直した。
決めに来るのだろうとストラディゴスが読み、ギリギリまで引き付ける。
足を怪我しているとは思えない身のこなしで竜騎士から見て左側へと飛び、渾身の力で大剣を竜の首へと叩き下ろした。
ストラディゴスは、この時を待っていたのだ。
ゾフルからの足への不意打ちは、マリードが囚人達を説得している裏でゾフルから直前に提案されたフェイクであった。
ヴェンガンの本性を知れば、囚人達は一つになるしか無くなる。
ゾフルは、ヴェンガンの本性を囚人達に暴くための捨て駒を買って出たのだ。
当然、その事を知らなかった囚人達は、我が身大事さにストラディゴスを取り押さえたので、こちらも本性である。
竜騎士は竜の首が邪魔となるランスの対角線にいるストラディゴスからの、予想もしていない動きからの攻撃を防ぐ事も避ける事も出来ない。
速度が付きすぎて止まる事も曲がる事も出来ない。
もろに入った斬撃で鎧ごと竜の首が落ち、ガランガランと音を立てて転がると、竜騎士は竜を乗り捨てて受け身を取って地面へと転がった。
囚人達は、今なら竜騎士が倒せると取り囲もうとするが、ストラディゴス達が止める間もなく竜騎士によって全員が切り捨てられ、地面を舐める事になった。
竜騎士は、竜に乗っていなくても十分過ぎる程に強かった。
囚人の持っていた剣を二本拾い上げると、両手に持った剣を構え、ストラディゴスに歩み寄った。
ストラディゴスに加勢しようと、マリードとルカラが剣を拾う。
しかし、その剣は竜騎士の振るった剣の一撃で、刃を切り裂かれてしまう。
その時、ストラディゴスは違和感を覚えた。
竜騎士に対して、デジャヴュに似た感覚が思い起こされたのだ。
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