婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子

文字の大きさ
6 / 14

06

しおりを挟む
「ルイーズ。何もしなくてもいいと言っているだろう」
呆れたようなダリアの声が響く。

「でも……」
「あんたは自分の身体を大事にするのが仕事なんだから。ほらお茶を淹れるから向こうで休んでな」
そう言うと、ダリアはわたしの手からナイフとジャガイモを取り上げてしまった。


馬車が襲われてから約七ヶ月。
私はエドの妻となっていた。

我ながら、随分と簡単に絆されてしまったと思う。
けれど……一緒に暮らしながら、毎日のように私への愛情を言葉と態度で表してくれるエドに、心を動かされるなという方が難しいと思う。

(それに優しいし、格好良いし……好きにならない要素がないのよね)

私がどんなに無知で世間知らずでも、家事もろくにできなくても。
エドは決して怒ったり、苛つく姿を見せずに『その内出来るようになるから』と許してくれる。
どうしてそんなに優しいのかと聞くと『そりゃあ惚れた弱みだからな』と、照れくさそうに笑うその顔と声に心臓が高鳴って……そんな日々を重ねていくうちに、すっかり彼に心惹かれてしまったのだ。

思えば、アレク様は私を大切に扱ってくれてはいたけれど、一度も好きだといった言葉を貰ったことはなかった。
あの子爵令嬢との関係は偽りだったらしいけれど……それ以前から、私とアレク様の関係は形式的なものだったのだろう。



一ヶ月ほど前、シャンピオン子爵が処刑させれたことをグレンから聞かされた。
彼はいくつもの悪事に手を染めていて、それをアレク様自ら暴いたのだという。
そしてアレク様はそのために、子爵の娘と親しくして父親の悪事の情報を手に入れようとしたのだと。

つまりあのアレク様の子爵令嬢への態度は偽りで……でもそれならば、どうして口づけまでしたのだろう。
そうエドに愚痴ると『あー、まあ多少は本気になっていたか、魔がさしたんだろうな』と苦笑するように答えた。
魔がさして他の女性と口づけなど出来るのか、まさかエドも……とショックを受けていると、『俺はルー一筋だからそんなことは絶対にしないぞ?!』と慌てて否定していた。

(やっぱり……アレク様にとって、私は形ばかりの婚約者だったのね)
今でも、アレク様のことを思い出すと胸が苦しくなる。
彼は私にとって初恋で、大好きだった人だから。




「ルー。帰ったぞ」
部屋でダリアが淹れてくれたお茶を飲んでいると、エドが顔を覗かせた。
「お帰りなさい、エド」
「またつわりが酷いんだって?」
エドは私の隣に腰を下ろすと、肩に手を回して軽く口づけを落とした。
それから空いた手で、私のお腹にそっと触れた。

「でも今は気分がいいのよ。だから夕飯の支度をしようとしたらダリアに怒られてしまったの」
「当たり前だろう、ただでさえルーの料理は危なっかしいのに」
「でももう手を切らずに野菜だけ切れるようになったわ」
「それも……いや、まあ確かにまともにはなったが。ダリアもいるんだし、頼むからじっとしていてくれ」
くるくると、私のお腹を撫でる手が心地良い。
「母親の料理は危なっかしすぎて、この子もおちおち寝てられないだろう」
「まあ、ひどいわ」
確かに最初の頃は、あまりにも下手で落ち込んだけど!



貴族は基本、家事などやらないし台所に入ることすらしない。
私も全く経験がなく、それでももう貴族ではなく平民の妻になるのだからとダリアから家事を学ぶことにした。

私たちが暮らしているのは山間にある小さな村で、住人たちは皆協力しあいながら生活している。
ダリアは十年前、エドがこの村に来た時から、旦那さんと二人で彼の面倒を見ていたのだという。
「二十五歳になっても独り身で心配していたけど……こんな可愛いお嫁さんが来るなんて」と泣いて喜んでくれた。

その、エドの母親代わりのダリアに色々な事を学んでいるのだけれど。
――自分がこんなに不器用だとは思わなかった。

最初の頃は井戸から水を汲むことすらままならず、掃除は何とかできるものの、料理となると壊滅的で。
調理以前に、野菜の皮を剥こうとしては自分の指を切ってすぐ中断するような状態だった。
その度にエドが大慌てで手当てをしてくれて、落ち込む私に『お姫様なんだから出来なくても仕方ないよ』とダリアは慰めてくれた。
それでも妻としてちゃんと出来るようになりたくて、ようやく――まだまだ下手だけれどそれなりに出来るようになった頃。
あの子爵処刑の話を聞いて気分が悪くなった私の様子を見て、妊娠していることにダリアが気づいた。

自分の中に別の命が宿る、それはとても不思議な感覚だ。
まだ胎動も何も感じないし、お腹だって膨らんではいないけれど……それでも、ここに子供がいるのだと自覚すると、身体の奥から何か力が湧き上がってくるような、温かなものが胸に広がるように感じる。
『それが母親になるってことだよ』と教えてくれたダリアには二人の子供がいて、今はどちらも村を出て暮らしているそうだ。

エドは泣いて喜んでくれた。
私もとても嬉しかったけれど……つわりがこんなに辛いものとは思わなかった。
身体がだるく、ふとした匂いに吐き気を覚える。酷い時は起き上がることもままならない。

エドやダリアはそんな私を気遣い、何もしなくていいといってくれている。
それでも体調が良い時には少しくらい家事をやらないとと思うのだけれど。
だって私は……エドの妻なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

愚か者は幸せを捨てた

矢野りと
恋愛
相思相愛で結ばれた二人がある日、分かれることになった。夫を愛しているサラは別れを拒んだが、夫であるマキタは非情な手段でサラとの婚姻関係そのものをなかったことにしてしまった。 だがそれは男の本意ではなかった…。 魅了の呪縛から解き放たれた男が我に返った時、そこに幸せはなかった。 最愛の人を失った男が必死に幸せを取り戻そうとするが…。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

裏切りの街 ~すれ違う心~

緑谷めい
恋愛
 エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定

処理中です...