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「ルイーズ。何もしなくてもいいと言っているだろう」
呆れたようなダリアの声が響く。
「でも……」
「あんたは自分の身体を大事にするのが仕事なんだから。ほらお茶を淹れるから向こうで休んでな」
そう言うと、ダリアはわたしの手からナイフとジャガイモを取り上げてしまった。
馬車が襲われてから約七ヶ月。
私はエドの妻となっていた。
我ながら、随分と簡単に絆されてしまったと思う。
けれど……一緒に暮らしながら、毎日のように私への愛情を言葉と態度で表してくれるエドに、心を動かされるなという方が難しいと思う。
(それに優しいし、格好良いし……好きにならない要素がないのよね)
私がどんなに無知で世間知らずでも、家事もろくにできなくても。
エドは決して怒ったり、苛つく姿を見せずに『その内出来るようになるから』と許してくれる。
どうしてそんなに優しいのかと聞くと『そりゃあ惚れた弱みだからな』と、照れくさそうに笑うその顔と声に心臓が高鳴って……そんな日々を重ねていくうちに、すっかり彼に心惹かれてしまったのだ。
思えば、アレク様は私を大切に扱ってくれてはいたけれど、一度も好きだといった言葉を貰ったことはなかった。
あの子爵令嬢との関係は偽りだったらしいけれど……それ以前から、私とアレク様の関係は形式的なものだったのだろう。
一ヶ月ほど前、シャンピオン子爵が処刑させれたことをグレンから聞かされた。
彼はいくつもの悪事に手を染めていて、それをアレク様自ら暴いたのだという。
そしてアレク様はそのために、子爵の娘と親しくして父親の悪事の情報を手に入れようとしたのだと。
つまりあのアレク様の子爵令嬢への態度は偽りで……でもそれならば、どうして口づけまでしたのだろう。
そうエドに愚痴ると『あー、まあ多少は本気になっていたか、魔がさしたんだろうな』と苦笑するように答えた。
魔がさして他の女性と口づけなど出来るのか、まさかエドも……とショックを受けていると、『俺はルー一筋だからそんなことは絶対にしないぞ?!』と慌てて否定していた。
(やっぱり……アレク様にとって、私は形ばかりの婚約者だったのね)
今でも、アレク様のことを思い出すと胸が苦しくなる。
彼は私にとって初恋で、大好きだった人だから。
「ルー。帰ったぞ」
部屋でダリアが淹れてくれたお茶を飲んでいると、エドが顔を覗かせた。
「お帰りなさい、エド」
「またつわりが酷いんだって?」
エドは私の隣に腰を下ろすと、肩に手を回して軽く口づけを落とした。
それから空いた手で、私のお腹にそっと触れた。
「でも今は気分がいいのよ。だから夕飯の支度をしようとしたらダリアに怒られてしまったの」
「当たり前だろう、ただでさえルーの料理は危なっかしいのに」
「でももう手を切らずに野菜だけ切れるようになったわ」
「それも……いや、まあ確かにまともにはなったが。ダリアもいるんだし、頼むからじっとしていてくれ」
くるくると、私のお腹を撫でる手が心地良い。
「母親の料理は危なっかしすぎて、この子もおちおち寝てられないだろう」
「まあ、ひどいわ」
確かに最初の頃は、あまりにも下手で落ち込んだけど!
貴族は基本、家事などやらないし台所に入ることすらしない。
私も全く経験がなく、それでももう貴族ではなく平民の妻になるのだからとダリアから家事を学ぶことにした。
私たちが暮らしているのは山間にある小さな村で、住人たちは皆協力しあいながら生活している。
ダリアは十年前、エドがこの村に来た時から、旦那さんと二人で彼の面倒を見ていたのだという。
「二十五歳になっても独り身で心配していたけど……こんな可愛いお嫁さんが来るなんて」と泣いて喜んでくれた。
その、エドの母親代わりのダリアに色々な事を学んでいるのだけれど。
――自分がこんなに不器用だとは思わなかった。
最初の頃は井戸から水を汲むことすらままならず、掃除は何とかできるものの、料理となると壊滅的で。
調理以前に、野菜の皮を剥こうとしては自分の指を切ってすぐ中断するような状態だった。
その度にエドが大慌てで手当てをしてくれて、落ち込む私に『お姫様なんだから出来なくても仕方ないよ』とダリアは慰めてくれた。
それでも妻としてちゃんと出来るようになりたくて、ようやく――まだまだ下手だけれどそれなりに出来るようになった頃。
あの子爵処刑の話を聞いて気分が悪くなった私の様子を見て、妊娠していることにダリアが気づいた。
自分の中に別の命が宿る、それはとても不思議な感覚だ。
まだ胎動も何も感じないし、お腹だって膨らんではいないけれど……それでも、ここに子供がいるのだと自覚すると、身体の奥から何か力が湧き上がってくるような、温かなものが胸に広がるように感じる。
『それが母親になるってことだよ』と教えてくれたダリアには二人の子供がいて、今はどちらも村を出て暮らしているそうだ。
エドは泣いて喜んでくれた。
私もとても嬉しかったけれど……つわりがこんなに辛いものとは思わなかった。
身体がだるく、ふとした匂いに吐き気を覚える。酷い時は起き上がることもままならない。
エドやダリアはそんな私を気遣い、何もしなくていいといってくれている。
それでも体調が良い時には少しくらい家事をやらないとと思うのだけれど。
だって私は……エドの妻なのだから。
呆れたようなダリアの声が響く。
「でも……」
「あんたは自分の身体を大事にするのが仕事なんだから。ほらお茶を淹れるから向こうで休んでな」
そう言うと、ダリアはわたしの手からナイフとジャガイモを取り上げてしまった。
馬車が襲われてから約七ヶ月。
私はエドの妻となっていた。
我ながら、随分と簡単に絆されてしまったと思う。
けれど……一緒に暮らしながら、毎日のように私への愛情を言葉と態度で表してくれるエドに、心を動かされるなという方が難しいと思う。
(それに優しいし、格好良いし……好きにならない要素がないのよね)
私がどんなに無知で世間知らずでも、家事もろくにできなくても。
エドは決して怒ったり、苛つく姿を見せずに『その内出来るようになるから』と許してくれる。
どうしてそんなに優しいのかと聞くと『そりゃあ惚れた弱みだからな』と、照れくさそうに笑うその顔と声に心臓が高鳴って……そんな日々を重ねていくうちに、すっかり彼に心惹かれてしまったのだ。
思えば、アレク様は私を大切に扱ってくれてはいたけれど、一度も好きだといった言葉を貰ったことはなかった。
あの子爵令嬢との関係は偽りだったらしいけれど……それ以前から、私とアレク様の関係は形式的なものだったのだろう。
一ヶ月ほど前、シャンピオン子爵が処刑させれたことをグレンから聞かされた。
彼はいくつもの悪事に手を染めていて、それをアレク様自ら暴いたのだという。
そしてアレク様はそのために、子爵の娘と親しくして父親の悪事の情報を手に入れようとしたのだと。
つまりあのアレク様の子爵令嬢への態度は偽りで……でもそれならば、どうして口づけまでしたのだろう。
そうエドに愚痴ると『あー、まあ多少は本気になっていたか、魔がさしたんだろうな』と苦笑するように答えた。
魔がさして他の女性と口づけなど出来るのか、まさかエドも……とショックを受けていると、『俺はルー一筋だからそんなことは絶対にしないぞ?!』と慌てて否定していた。
(やっぱり……アレク様にとって、私は形ばかりの婚約者だったのね)
今でも、アレク様のことを思い出すと胸が苦しくなる。
彼は私にとって初恋で、大好きだった人だから。
「ルー。帰ったぞ」
部屋でダリアが淹れてくれたお茶を飲んでいると、エドが顔を覗かせた。
「お帰りなさい、エド」
「またつわりが酷いんだって?」
エドは私の隣に腰を下ろすと、肩に手を回して軽く口づけを落とした。
それから空いた手で、私のお腹にそっと触れた。
「でも今は気分がいいのよ。だから夕飯の支度をしようとしたらダリアに怒られてしまったの」
「当たり前だろう、ただでさえルーの料理は危なっかしいのに」
「でももう手を切らずに野菜だけ切れるようになったわ」
「それも……いや、まあ確かにまともにはなったが。ダリアもいるんだし、頼むからじっとしていてくれ」
くるくると、私のお腹を撫でる手が心地良い。
「母親の料理は危なっかしすぎて、この子もおちおち寝てられないだろう」
「まあ、ひどいわ」
確かに最初の頃は、あまりにも下手で落ち込んだけど!
貴族は基本、家事などやらないし台所に入ることすらしない。
私も全く経験がなく、それでももう貴族ではなく平民の妻になるのだからとダリアから家事を学ぶことにした。
私たちが暮らしているのは山間にある小さな村で、住人たちは皆協力しあいながら生活している。
ダリアは十年前、エドがこの村に来た時から、旦那さんと二人で彼の面倒を見ていたのだという。
「二十五歳になっても独り身で心配していたけど……こんな可愛いお嫁さんが来るなんて」と泣いて喜んでくれた。
その、エドの母親代わりのダリアに色々な事を学んでいるのだけれど。
――自分がこんなに不器用だとは思わなかった。
最初の頃は井戸から水を汲むことすらままならず、掃除は何とかできるものの、料理となると壊滅的で。
調理以前に、野菜の皮を剥こうとしては自分の指を切ってすぐ中断するような状態だった。
その度にエドが大慌てで手当てをしてくれて、落ち込む私に『お姫様なんだから出来なくても仕方ないよ』とダリアは慰めてくれた。
それでも妻としてちゃんと出来るようになりたくて、ようやく――まだまだ下手だけれどそれなりに出来るようになった頃。
あの子爵処刑の話を聞いて気分が悪くなった私の様子を見て、妊娠していることにダリアが気づいた。
自分の中に別の命が宿る、それはとても不思議な感覚だ。
まだ胎動も何も感じないし、お腹だって膨らんではいないけれど……それでも、ここに子供がいるのだと自覚すると、身体の奥から何か力が湧き上がってくるような、温かなものが胸に広がるように感じる。
『それが母親になるってことだよ』と教えてくれたダリアには二人の子供がいて、今はどちらも村を出て暮らしているそうだ。
エドは泣いて喜んでくれた。
私もとても嬉しかったけれど……つわりがこんなに辛いものとは思わなかった。
身体がだるく、ふとした匂いに吐き気を覚える。酷い時は起き上がることもままならない。
エドやダリアはそんな私を気遣い、何もしなくていいといってくれている。
それでも体調が良い時には少しくらい家事をやらないとと思うのだけれど。
だって私は……エドの妻なのだから。
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