婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子

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「これが今回の最終報告書です」
「ああ」
差し出された書類を、アレクサンドは無表情で受け取った。

「子爵の処刑は三日後ですが。立ち合われますか?」
「――いや、いい。あの男の顔など見たくもない」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
「待てユーゴ」
離れようとした青年を呼び止める。
「……ルイーズの件は……」

「相変わらずですよ。妹の消息は全く掴めません」
「……そうか」
「さすがに半年ですからね。父は最悪の事態も想定しています。殿下もお覚悟を」
「それは」
顔色をなくしたアレクサンドを残し、ユーゴ・グレゴワールは公太子の執務室を後にした。


「ユーゴ」
執務室から出ると、騎士服に身を包んだ男が立っていた。
「マクシム、どうだ?」
「相変わらずだ。もっと表立って捜索できれば人員を増やせるのだが」
「それは難しいな」
「殿下は?」
「――この半年は子爵の犯罪を暴くのに必死だったが、それも一段落ついて時間に余裕ができたせいで、今はルイーズのことで頭がいっぱいだ」
「だからあんな色仕掛けなど、すべきではなかったのだ」
「言うな。過ぎたことだ……もう取り返しがつかないんだ」
足元に視線を落としそう言うとユーゴは唇を噛み締めた。

「本当に愚かだよ」
歩き出したユーゴの背中に向かって、マクシム・ジルベールは小さく呟いた。



商人として財を成し、二年前に爵位を得たシャンピオン子爵には黒い噂がまとわり付いていた。
人身売買や武器の闇取引など、幾つもの噂があるがその実態が掴めない。
やがて裏にある高位貴族がいるらしいとの情報が入り、公太子アレクサンド自らが調査に乗り出すこととなった。

調査を始めてしばらくすると、子爵の娘がアレクサンドの周囲に現れるようになった。
エマという娘は子爵の実の娘ではなく、その男好きする容姿を見込んで養女となったようだった。
恐らく、娘を使い公太子を籠絡するなり情報を手に入れさせようとしているのだろう。
そう判断し、アレクサンドたちはあえてエマを拒まず、彼女に好意があると思わせて逆に子爵の情報を得ようと考えた。

この計画には大きな問題があった。
アレクサンドの婚約者、ルイーズの存在だ。
当初、ルイーズの兄ユーゴや第二騎士団副団長マクシムは、ルイーズにもこの計画を明かすべきだと言った。
だがアレクサンドは彼女を巻き込みたくないと、それを拒否した。

それが大きな過ちだった。
婚約者が他の女性と親しくする姿を見せつけられたルイーズは深く傷つき、その姿を見かねた父親のグレゴワール侯爵が領地で過ごすよう勧めた。
そうして領地へ移動する道中、ルイーズの乗った馬車が襲われたのだ。

知らせを受け駆けつけたマクシムが見たのはまさに地獄絵図だった。
馬車の周囲に横たわる何人もの死体と立ち込める血の匂い。
だが、そこにルイーズの姿はなかった。

馬車を襲った犯人のうち、一人だけ生存者がいた。
その男への尋問で、馬車を襲わせたのはシャンピオン子爵の指示だと判明した。
娘をアレクサンドの妃にするために邪魔な存在であるルイーズを攫い、他国に売り飛ばそうとしたのだ。
だが襲撃犯は返り討ちにあい壊滅、ルイーズはその姿を消してしまった。


この事件を契機に子爵の犯罪が次々と暴かれた。
結果、子爵は絞首刑、娘のエマは修道院送りとなった。
また子爵の背後にいた侯爵家の存在も明らかとなり、廃爵の上、当主もまた処刑されることになった。

ルイーズ襲撃から約半年。
全ての罪は暴かれ処分も決まった。
ただルイーズの行方だけが分からなかった。




ユーゴが出て行くと、アレクサンドは手にしていたペンを置き天を仰いだ。
それから長く息を吐き、顔を伏せる。

「ルイーズ……」
喉の奥から絞り出すようにその名を呼んだ。

(どうして……私は彼女を苦しませることばかりしてしまったのだ)

一目惚れだった。
あれはアレクサンドが十歳、ルイーズが七歳の時だった。
父親に連れられ、初めて城を訪れた少女を一目見て恋に落ちたのだ。

柔らかな亜麻色の髪が肩先で揺れていた。
よく晴れた空のような青い瞳がまっすぐにアレクサンドを見上げる。
その純粋な瞳と、花のような笑顔に惹きつけられた。

すぐに父親の大公に彼女がいいと伝え、ルイーズが十歳になると同時に婚約した。
見た目は愛らしく、心根も優しくそして努力家で、何事も一生懸命なルイーズに会うたびに惹かれていった。
けれどアレクサンドは、自身の気持ちをルイーズに伝えることはしなかった。

アレクサンドはルイーズに対し、常に適度な距離を置いて接していた。
本当は彼女を抱きしめ、愛の言葉を思う存分囁き、彼女の存在全てを自身のものにしたいと、そう思っていた。
そんな己の欲望に忠実な願望を、純真な彼女に知られたら怖がられ、嫌われてしまうのではと恐れたのだ。

だが、そんなアレクサンドの判断は逆効果だったのだろう。
アレクサンドが子爵の娘と親しくなるにつれ、ルイーズは自分はアレクサンドに好かれていないと思い詰めるようになったのだ。

それは違う、とアレクサンドはルイーズに伝えたかった。
だが今更顔を合わせるのも気まずく……己の本当の心を伝えることができないまま、ルイーズは行方不明になってしまった。

死んだ形跡も、どこかに売られた影もなく……マクシムを中心に騎士団に捜索させているが、全く彼女の居場所は分からなかった。

「ルイーズ……」
静かな執務室にアレクサンドのため息だけが響く。
「私は……本当に愚かだ」
自分には、彼女しかいないのに。
それなのに、悪事を暴くためとはいえ他の女と親しくし……それをルイーズに見せつけてしまうとは。

あの時はあれが最善と信じていたけれど、終わった今となってはただ後悔ばかりが残る。

(ルイーズ、どうか……無事でいてくれ)
そしてあの笑顔をもう一度見せて欲しい。

何度願ったか分からない望みを、今日もまた深く心に刻み込んだ。
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