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第3章 惹かれる心
03
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全く、面倒だ。
廊下を歩きながらヴァイスはため息をついた。
騎士団長としての仕事は大変な事も多いが充実している。
だがそこから出て貴族子息の立場となると———途端に煩わしく息苦しいものになる。
家に寄り付かないのも兄と顔を合わせたくないというのもあるが、自分が貴族である事を忘れていたいからという理由もあった。
ただ血筋や家柄だけで判断される貴族社会より、身分よりも実力で判断される騎士団の方がどれだけ心地が良いか。
自身がこの年齢で団長となっているのはその身分のおかげという事はよく分かっているが、部下に対しては身分の事など気にした事はないし、彼らも自分を公爵家の人間だからと見てはいないと、そう信じている。
———だが。
ヴァイスの脳裏に愛らしい笑顔が浮かんだ。
…確かに、あの笑顔をこの先ずっと側に置くためには。
「腹をくくれ、か」
呟いて、ヴァイスは足を止めた。
「ヴァイス様」
前方にロゼが立っていた。
ヴァイスの姿を認めた顔がぱっと明るくなる。
「ロゼ。…こんな所でどうした」
侍女を一人後ろに従えてはいるが、他に連れがいる様子はない。
「図書館長室へ行く所です」
「…ランドの所へ?一人で?」
「ランド様に私の魔力の事を調べて頂いているんです」
ロゼは目の前に立ったヴァイスを見上げた。
「本当はお兄様と一緒に行くはずだったのですが…オリエンス様に緊急事態だと呼び出されて」
「緊急事態?」
「何でもユーク殿下が無茶を仰っているとか」
「…ああ、いつもの事だな」
ユークの我儘には騎士団も時々巻き込まれる事がある。
大体は子供じみた我儘が多いが、時に本当に面倒な事が混ざっているからタチが悪い。
———それにしても。
ヴァイスはロゼの口から出た名前の数々に眉をひそめた。
「ロゼ、君は他の公爵家の者達と親しくしているのか」
「はい」
ロゼはこくりと頷いた。
「皆様にはよくして頂いています」
「…そうか」
ヴァイスはロゼに手を差し出した。
「え、あの…」
「ランドの所へ連れて行こう」
「でもヴァイス様はお仕事中なのでは…」
「送って行くくらいの時間ならある」
差し出された手がエスコートするためのものだと気付いて、ロゼは戸惑ったように後ろのルーチェを振り返った。
そんなロゼに向かってルーチェは小さく頷いた。
「…お願い、いたします」
恐る恐る手のひらに乗せられた小さな手をヴァイスはそっと握りしめた。
「珍しい組み合わせだな」
入ってきた面子にランドはわずかに目を見開いた。
「フェールは?」
「オリエンス様に連れていかれました」
「ああ、殿下か」
納得したように頷くと、何かに気づいたようにランドは眉をひそめた。
「ヴァイス、お前胸に何を入れている?」
「何?」
「ロゼの魔力を感じる」
ランドは立ち上がるとヴァイスの前に立ち、その胸元を指差した。
「私の…?」
「ああ、これか」
ヴァイスは懐からハンカチを取り出した。
「ロゼから貰ったものだ」
「———へえ」
刺繍されたハンカチと、それを見て顔が赤くなったロゼを見比べてランドは笑みを浮かべた。
「何だ、お前たちそういう関係だったのか」
「え、あのっ」
「魔力というのは物にも込められるのか」
ますます顔が赤くなったロゼに視線を送ってから、ヴァイスはハンカチを見た。
刺繍された部分から心地の良い気のようなものを感じるとは思ったが、これはロゼの魔力だったか。
「入れようと思えば入れられる。…だが」
ランドはロゼを見た。
「今ロゼの魔力はほとんどない状態だ」
「魔力がない?」
「幼い頃はかなり高かったが、今は身体の奥にかすかに感じる程度だ。だがこうやって作ったものにはっきりと魔力が残るという事は…」
ふうむとランドは唸った。
「やはり表に出ていないだけでまだロゼの魔力は相当あるのだろうな」
「魔力がまだ…」
「ロゼ、今他に君が作ったものを持っているかい」
「…このリボンの刺繍がそうです」
ロゼはハーフアップにまとめた髪に結ばれたリボンを解いた。
赤いリボンには白い花がいくつか刺繍されていた。
「見せて。…ここからは何も感じないな」
リボンを手に取ってランドは言った。
「時間が経って消えたか、あるいは」
ランドはヴァイスを見た。
「贈る相手の事を思いながら作ったから魔力も入ったか」
「っ」
再びロゼの顔が赤くなった。
「今度は刺繍道具を持ってきてくれ。上手く使えば魔力を放出したり制御できるようになるかもしれない」
「は、はい…」
顔を赤くしたままロゼは頷いた。
廊下を歩きながらヴァイスはため息をついた。
騎士団長としての仕事は大変な事も多いが充実している。
だがそこから出て貴族子息の立場となると———途端に煩わしく息苦しいものになる。
家に寄り付かないのも兄と顔を合わせたくないというのもあるが、自分が貴族である事を忘れていたいからという理由もあった。
ただ血筋や家柄だけで判断される貴族社会より、身分よりも実力で判断される騎士団の方がどれだけ心地が良いか。
自身がこの年齢で団長となっているのはその身分のおかげという事はよく分かっているが、部下に対しては身分の事など気にした事はないし、彼らも自分を公爵家の人間だからと見てはいないと、そう信じている。
———だが。
ヴァイスの脳裏に愛らしい笑顔が浮かんだ。
…確かに、あの笑顔をこの先ずっと側に置くためには。
「腹をくくれ、か」
呟いて、ヴァイスは足を止めた。
「ヴァイス様」
前方にロゼが立っていた。
ヴァイスの姿を認めた顔がぱっと明るくなる。
「ロゼ。…こんな所でどうした」
侍女を一人後ろに従えてはいるが、他に連れがいる様子はない。
「図書館長室へ行く所です」
「…ランドの所へ?一人で?」
「ランド様に私の魔力の事を調べて頂いているんです」
ロゼは目の前に立ったヴァイスを見上げた。
「本当はお兄様と一緒に行くはずだったのですが…オリエンス様に緊急事態だと呼び出されて」
「緊急事態?」
「何でもユーク殿下が無茶を仰っているとか」
「…ああ、いつもの事だな」
ユークの我儘には騎士団も時々巻き込まれる事がある。
大体は子供じみた我儘が多いが、時に本当に面倒な事が混ざっているからタチが悪い。
———それにしても。
ヴァイスはロゼの口から出た名前の数々に眉をひそめた。
「ロゼ、君は他の公爵家の者達と親しくしているのか」
「はい」
ロゼはこくりと頷いた。
「皆様にはよくして頂いています」
「…そうか」
ヴァイスはロゼに手を差し出した。
「え、あの…」
「ランドの所へ連れて行こう」
「でもヴァイス様はお仕事中なのでは…」
「送って行くくらいの時間ならある」
差し出された手がエスコートするためのものだと気付いて、ロゼは戸惑ったように後ろのルーチェを振り返った。
そんなロゼに向かってルーチェは小さく頷いた。
「…お願い、いたします」
恐る恐る手のひらに乗せられた小さな手をヴァイスはそっと握りしめた。
「珍しい組み合わせだな」
入ってきた面子にランドはわずかに目を見開いた。
「フェールは?」
「オリエンス様に連れていかれました」
「ああ、殿下か」
納得したように頷くと、何かに気づいたようにランドは眉をひそめた。
「ヴァイス、お前胸に何を入れている?」
「何?」
「ロゼの魔力を感じる」
ランドは立ち上がるとヴァイスの前に立ち、その胸元を指差した。
「私の…?」
「ああ、これか」
ヴァイスは懐からハンカチを取り出した。
「ロゼから貰ったものだ」
「———へえ」
刺繍されたハンカチと、それを見て顔が赤くなったロゼを見比べてランドは笑みを浮かべた。
「何だ、お前たちそういう関係だったのか」
「え、あのっ」
「魔力というのは物にも込められるのか」
ますます顔が赤くなったロゼに視線を送ってから、ヴァイスはハンカチを見た。
刺繍された部分から心地の良い気のようなものを感じるとは思ったが、これはロゼの魔力だったか。
「入れようと思えば入れられる。…だが」
ランドはロゼを見た。
「今ロゼの魔力はほとんどない状態だ」
「魔力がない?」
「幼い頃はかなり高かったが、今は身体の奥にかすかに感じる程度だ。だがこうやって作ったものにはっきりと魔力が残るという事は…」
ふうむとランドは唸った。
「やはり表に出ていないだけでまだロゼの魔力は相当あるのだろうな」
「魔力がまだ…」
「ロゼ、今他に君が作ったものを持っているかい」
「…このリボンの刺繍がそうです」
ロゼはハーフアップにまとめた髪に結ばれたリボンを解いた。
赤いリボンには白い花がいくつか刺繍されていた。
「見せて。…ここからは何も感じないな」
リボンを手に取ってランドは言った。
「時間が経って消えたか、あるいは」
ランドはヴァイスを見た。
「贈る相手の事を思いながら作ったから魔力も入ったか」
「っ」
再びロゼの顔が赤くなった。
「今度は刺繍道具を持ってきてくれ。上手く使えば魔力を放出したり制御できるようになるかもしれない」
「は、はい…」
顔を赤くしたままロゼは頷いた。
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