9 / 27
隣を選ぶということ
しおりを挟む
■ 夜更け
――選ばれるということ
その晩、屋敷には来客があった。
街の流通組合の若いオークだ。仕事の相談で、長居はしない――はずだった。
私は応接間で対応しながら、意識の端を、どうしても別の場所に向けていた。
廊下の奥。
書斎。
あなたが本を読んでいるはずの場所。
談笑が、少しだけ弾む。
若いオークが、何気なく言った。
「――しかし、あの方は……見事ですね」
言葉は慎重だった。
だが、視線の含みは、十分すぎるほどだった。
私は微笑を崩さない。
崩さないが――胸の奥で、何かが、わずかに音を立てた。
……これが、嫉妬か。
怒りではない。
独占欲とも、少し違う。
ただ、知られたくなかったのだ。
あなたの静けさを。
あの、安心したときだけ見せる表情を。
「……用件は以上でしょうか」
声は、普段より低かったかもしれない。
来客はすぐに察し、席を立った。
扉が閉まる。
私は一人、深く息を吐く。
――みっともないな。
だが、否定はしない。
それもまた、本心だ。
書斎へ向かうと、あなたが顔を上げた。
「……お客さま、帰りました?」
その問いは、ただの確認。
だが、私は気づいてしまう。
あなたが、こちらの帰りを待っていたことに。
「ええ。もう静かですよ」
そう言って、いつもの距離を取ろうとした――
だが、あなたが先に言った。
「……ここに、いてもいいですか」
短い言葉。
だが、それは――
選択だった。
私は頷き、椅子を引く。
二人で、同じ机を挟む。
灯りは一つ。
影は、自然と重なる。
しばらく沈黙。
やがて、あなたがぽつりと言う。
「……さっきの方、
すごく、ガスパールさんのこと、信頼してましたね」
私は一瞬、返答に迷う。
……名前を呼ばれた。
それだけで、胸の奥が、静かに揺れる。
「長い付き合いですから」
そう答えると、あなたは、少し考えてから続けた。
「……自分は、
ガスパールさんのそばにいると、落ち着きます」
それは告白ではない。
だが、逃げ場を選んだ言葉だった。
私は、意識して姿勢を正す。
触れない。
だが、誤魔化さない。
「……それは、光栄です」
そう言いながら、
私は、外套を脱ぎ、あなたの肩にそっと掛けた。
これが――
今夜の、最も重たい行為だった。
抱きしめない。
手も取らない。
だが、
「あなたを包むもの」を、
私のものとして差し出した。
あなたは驚いたように目を見開き、
それから、何も言わず、外套を握った。
拒まれない。
返されない。
私は確信する。
――選ばれたのは、私だ。
嫉妬は、もう音を立てない。
不安も、ない。
あなたは、言葉にしないまま、
それでも確かに、私の隣を選んでいる。
暖炉の火が、静かに爆ぜる。
私は思う。
手を繋ぐよりも、
口づけよりも、
この選択のほうが、ずっと深い。
幸せは、
いつの間にか、
私の名を呼ぶ声の中に、根を下ろしていた。
――選ばれるということ
その晩、屋敷には来客があった。
街の流通組合の若いオークだ。仕事の相談で、長居はしない――はずだった。
私は応接間で対応しながら、意識の端を、どうしても別の場所に向けていた。
廊下の奥。
書斎。
あなたが本を読んでいるはずの場所。
談笑が、少しだけ弾む。
若いオークが、何気なく言った。
「――しかし、あの方は……見事ですね」
言葉は慎重だった。
だが、視線の含みは、十分すぎるほどだった。
私は微笑を崩さない。
崩さないが――胸の奥で、何かが、わずかに音を立てた。
……これが、嫉妬か。
怒りではない。
独占欲とも、少し違う。
ただ、知られたくなかったのだ。
あなたの静けさを。
あの、安心したときだけ見せる表情を。
「……用件は以上でしょうか」
声は、普段より低かったかもしれない。
来客はすぐに察し、席を立った。
扉が閉まる。
私は一人、深く息を吐く。
――みっともないな。
だが、否定はしない。
それもまた、本心だ。
書斎へ向かうと、あなたが顔を上げた。
「……お客さま、帰りました?」
その問いは、ただの確認。
だが、私は気づいてしまう。
あなたが、こちらの帰りを待っていたことに。
「ええ。もう静かですよ」
そう言って、いつもの距離を取ろうとした――
だが、あなたが先に言った。
「……ここに、いてもいいですか」
短い言葉。
だが、それは――
選択だった。
私は頷き、椅子を引く。
二人で、同じ机を挟む。
灯りは一つ。
影は、自然と重なる。
しばらく沈黙。
やがて、あなたがぽつりと言う。
「……さっきの方、
すごく、ガスパールさんのこと、信頼してましたね」
私は一瞬、返答に迷う。
……名前を呼ばれた。
それだけで、胸の奥が、静かに揺れる。
「長い付き合いですから」
そう答えると、あなたは、少し考えてから続けた。
「……自分は、
ガスパールさんのそばにいると、落ち着きます」
それは告白ではない。
だが、逃げ場を選んだ言葉だった。
私は、意識して姿勢を正す。
触れない。
だが、誤魔化さない。
「……それは、光栄です」
そう言いながら、
私は、外套を脱ぎ、あなたの肩にそっと掛けた。
これが――
今夜の、最も重たい行為だった。
抱きしめない。
手も取らない。
だが、
「あなたを包むもの」を、
私のものとして差し出した。
あなたは驚いたように目を見開き、
それから、何も言わず、外套を握った。
拒まれない。
返されない。
私は確信する。
――選ばれたのは、私だ。
嫉妬は、もう音を立てない。
不安も、ない。
あなたは、言葉にしないまま、
それでも確かに、私の隣を選んでいる。
暖炉の火が、静かに爆ぜる。
私は思う。
手を繋ぐよりも、
口づけよりも、
この選択のほうが、ずっと深い。
幸せは、
いつの間にか、
私の名を呼ぶ声の中に、根を下ろしていた。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる