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人を招くための応接室にエンフィが到着すると、中にはイヤルとロイエが、まるでこの屋敷の主人のように並んでいた。
「エンフィ、そこに座って」
「そこって……」
イヤルが指し示したのは、客を座らせる位置。本来なら、彼女が座るべき女主人の席には、余裕の笑みを浮かべたロイエが座ったのである。
「あの、そこは……」
「取り敢えず、立ったままだと話ができない。フィ、座ろうか。僕が隣りにいるから」
「ルド……」
イヤルは、そんなふたりの様子を見て少し眉間にシワを寄せる。そんなイヤルの横顔が視野に入ったのか、ロイエが彼の袖をそっと擦った。すると、イヤルははっと我に返り、ロイエと微笑み合う。
その姿は、長年連れ添った夫婦のように思えて、エンフィは胸の中がしゅるしゅるしぼむような悲しさ、情けなさでいっぱいになった。
「エンフィ、今までご苦労だったね。君の実家の支援おかげで、うちの領地は以前よりも発展することができた。これからは、オレたちの力だけでも、もっと大きくさせることができる。だから、オレは本当に愛する人と連れ添いたい。別れてくれ」
この国では、女性は生きづらい。数が少ないこともあり、社会で活躍する女性が極端に少ないからだ。とはいえ、夫や家内、領地を立派に支えることも妻にとっては大事な仕事だ。
エンフィは、その役目を立派に果たしていた。いや、困窮する領地のために、彼女がどれほど尽くしてきたのか計り知れない。
子供は、あの日以外は避妊していたためにいない。子がいれば、まだ生母ということで尊重されて離婚されるようなことにはならないのであるが、エンフィはそれに該当しない。
子供もおらず、ふたりめの夫を迎え入れたエンフィに、もう片方の夫が離婚を要求することは珍しくないのである。
エンフィは、もう何もかもがぐちゃぐちゃでわけがわからず呆然とするばかり。ほんの数ヶ月前までは、確かに彼からの愛を受けていた。そのはずだったのにと、これまでの彼との一日一日ががらがらと音をたててくずれさったような気がする。
「いきなりそんなことを言われても納得できないわ。だって、わたしはあなたを愛していたから妻になったのよ。今も愛している。それに、わたしたちうまくやってきたじゃない」
「うまく? それは、オレが必死で働いて君を守ってきたからだ。仕事のしの字も知らない、君にはわからないだろうがね」
「そんな。わたしだって、ここで遊んでいたわけじゃ……」
「あの、イヤルを責めないであげて。彼の苦労をわかりもせずに、ただ守られて領地でぬくぬくしていたあなたに、彼の苦労はわからないわ。私は、辛いときも、嬉しいときも、どんな時だってイヤルと支え合ってきたの。そんな私たちが、惹かれ合うのに時間はかからなかった。それに、私はイヤルとの愛の結晶を身ごもっているわ。元奥様には申し訳ないのだけれど、産まれてくる子供のために、素直に出ていってくれないかしら?」
イヤルと口論など、彼と知り合ってから初めてだ。互いにヒートアップしてきたとき、ふたりの言葉をさえぎったロイエの言葉に、エンフィはコレ以上は落ちることのない奈落の底の地面が割れて、さらに奥底にオチていくようなめまいに襲われた。
崩れ落ちそうになる体を起こすだけでも必死だが、看過するわけにはいかない。
「なんですって? イヤル、どういうこと?? あなた、まだ子供はほしくないって。そう言ってたから、だから、私は……!」
心の叫びが体に伝わる。声が震えて、両方の瞳から涙が流れ落ちた。
自分の何が悪かったのだろう。これから、彼の思う通りに過ごせば、もう一度彼が自分を見てくれるだろうかと、流れ落ちる涙もそのままにすがりつきたいくらい愛しているのに、指一本動かすことができなくなった。
「まあ、そんなわけだ。ロイなら、子供や家庭のことだけでなく仕事のことも理解して支え合っていける。それに、オレの心は、もうロイだけのものなんだ。王都で、すでに離婚のための書類は提出した。もうすでに受理されているだろう。これ以上、君が何をいっても覆ることはない」
完全に、イヤルはエンフィを追い出す気だ。そう悟ったのは、役所に提出した離婚申立書の控えを見せられたからだ。エンフィが署名する欄には、エンフィと記入されていた。彼女の筆跡に見える。一体、誰が書いたのかなどという考えが浮かばないほど、ショックで現状を受け入れることなどできなかった。
「そ、そんな……。犬や猫だって、そんな急に捨てるような人なんてそうはいないわ。それなのに、あなたは事前に相談もなく勝手に……」
「事前に言えば、反対しただろう? とにかく、今から女主人はロイなんだ。なあ、エンフィ。子爵家があるじゃないか。早く家に帰るといい」
「新しい女主人になる私と産まれてくる子供のために、家財などは置いていってね。全部、イヤルが稼いだお金で揃えたものでしょう?」
クスクスと、勝ち誇ったように笑いながら、ロイエがイヤルにしなだれかかる。ずいぶんと無礼でひとでなしのような内容なのに、その言葉が当然とばかりに、イヤルもうなづいて更にエンフィに出ていくように促した。
「エンフィ、彼らには何を言っても無駄だ。離婚申請の不服申し立てをしなければ、このまま離婚も確定だし。取り敢えず、彼らの言う通りにしないと、君がいつまでもこの家に留まり、彼らの邪魔をしたと警察に捕まりかねない」
「ルド? あなたまで、何を言って? このまま、わたしに出て行けというの?」
「はあ、まだわからないかい? 君の居場所は、もうこの家にはないんだよ」
いつもの彼らしからぬ、冷たい声と視線。ルドメテはそう言うと立ち上がり、イヤルとは反対側の、ロイエの隣に座ったのであった。
「エンフィ、そこに座って」
「そこって……」
イヤルが指し示したのは、客を座らせる位置。本来なら、彼女が座るべき女主人の席には、余裕の笑みを浮かべたロイエが座ったのである。
「あの、そこは……」
「取り敢えず、立ったままだと話ができない。フィ、座ろうか。僕が隣りにいるから」
「ルド……」
イヤルは、そんなふたりの様子を見て少し眉間にシワを寄せる。そんなイヤルの横顔が視野に入ったのか、ロイエが彼の袖をそっと擦った。すると、イヤルははっと我に返り、ロイエと微笑み合う。
その姿は、長年連れ添った夫婦のように思えて、エンフィは胸の中がしゅるしゅるしぼむような悲しさ、情けなさでいっぱいになった。
「エンフィ、今までご苦労だったね。君の実家の支援おかげで、うちの領地は以前よりも発展することができた。これからは、オレたちの力だけでも、もっと大きくさせることができる。だから、オレは本当に愛する人と連れ添いたい。別れてくれ」
この国では、女性は生きづらい。数が少ないこともあり、社会で活躍する女性が極端に少ないからだ。とはいえ、夫や家内、領地を立派に支えることも妻にとっては大事な仕事だ。
エンフィは、その役目を立派に果たしていた。いや、困窮する領地のために、彼女がどれほど尽くしてきたのか計り知れない。
子供は、あの日以外は避妊していたためにいない。子がいれば、まだ生母ということで尊重されて離婚されるようなことにはならないのであるが、エンフィはそれに該当しない。
子供もおらず、ふたりめの夫を迎え入れたエンフィに、もう片方の夫が離婚を要求することは珍しくないのである。
エンフィは、もう何もかもがぐちゃぐちゃでわけがわからず呆然とするばかり。ほんの数ヶ月前までは、確かに彼からの愛を受けていた。そのはずだったのにと、これまでの彼との一日一日ががらがらと音をたててくずれさったような気がする。
「いきなりそんなことを言われても納得できないわ。だって、わたしはあなたを愛していたから妻になったのよ。今も愛している。それに、わたしたちうまくやってきたじゃない」
「うまく? それは、オレが必死で働いて君を守ってきたからだ。仕事のしの字も知らない、君にはわからないだろうがね」
「そんな。わたしだって、ここで遊んでいたわけじゃ……」
「あの、イヤルを責めないであげて。彼の苦労をわかりもせずに、ただ守られて領地でぬくぬくしていたあなたに、彼の苦労はわからないわ。私は、辛いときも、嬉しいときも、どんな時だってイヤルと支え合ってきたの。そんな私たちが、惹かれ合うのに時間はかからなかった。それに、私はイヤルとの愛の結晶を身ごもっているわ。元奥様には申し訳ないのだけれど、産まれてくる子供のために、素直に出ていってくれないかしら?」
イヤルと口論など、彼と知り合ってから初めてだ。互いにヒートアップしてきたとき、ふたりの言葉をさえぎったロイエの言葉に、エンフィはコレ以上は落ちることのない奈落の底の地面が割れて、さらに奥底にオチていくようなめまいに襲われた。
崩れ落ちそうになる体を起こすだけでも必死だが、看過するわけにはいかない。
「なんですって? イヤル、どういうこと?? あなた、まだ子供はほしくないって。そう言ってたから、だから、私は……!」
心の叫びが体に伝わる。声が震えて、両方の瞳から涙が流れ落ちた。
自分の何が悪かったのだろう。これから、彼の思う通りに過ごせば、もう一度彼が自分を見てくれるだろうかと、流れ落ちる涙もそのままにすがりつきたいくらい愛しているのに、指一本動かすことができなくなった。
「まあ、そんなわけだ。ロイなら、子供や家庭のことだけでなく仕事のことも理解して支え合っていける。それに、オレの心は、もうロイだけのものなんだ。王都で、すでに離婚のための書類は提出した。もうすでに受理されているだろう。これ以上、君が何をいっても覆ることはない」
完全に、イヤルはエンフィを追い出す気だ。そう悟ったのは、役所に提出した離婚申立書の控えを見せられたからだ。エンフィが署名する欄には、エンフィと記入されていた。彼女の筆跡に見える。一体、誰が書いたのかなどという考えが浮かばないほど、ショックで現状を受け入れることなどできなかった。
「そ、そんな……。犬や猫だって、そんな急に捨てるような人なんてそうはいないわ。それなのに、あなたは事前に相談もなく勝手に……」
「事前に言えば、反対しただろう? とにかく、今から女主人はロイなんだ。なあ、エンフィ。子爵家があるじゃないか。早く家に帰るといい」
「新しい女主人になる私と産まれてくる子供のために、家財などは置いていってね。全部、イヤルが稼いだお金で揃えたものでしょう?」
クスクスと、勝ち誇ったように笑いながら、ロイエがイヤルにしなだれかかる。ずいぶんと無礼でひとでなしのような内容なのに、その言葉が当然とばかりに、イヤルもうなづいて更にエンフィに出ていくように促した。
「エンフィ、彼らには何を言っても無駄だ。離婚申請の不服申し立てをしなければ、このまま離婚も確定だし。取り敢えず、彼らの言う通りにしないと、君がいつまでもこの家に留まり、彼らの邪魔をしたと警察に捕まりかねない」
「ルド? あなたまで、何を言って? このまま、わたしに出て行けというの?」
「はあ、まだわからないかい? 君の居場所は、もうこの家にはないんだよ」
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