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 イヤルは、車から降りた女性を隣に立たせた。

 エンフィだけでなく、この場の全員が、イヤルと彼女がどんな関係なのだろうと思っていると、その女性の腰に、彼の手がそっと添えられた。それと同時に、彼女もまたゆったりと彼に身を寄せる。
 どうみても、ビジネス上の関係ではなさそうだ。彼らを見守る各々が複雑な思いを抱きながら、イヤルの言葉を待つ。

「エンフィ、ただいま。ルドメテも、ここに来たばっかりなのに、不在にしてすまなかった。慣れない中、オレがいない間、領地を守ってくれてありがとう。各地の長もご苦労様。無事に今年も冬を乗り越えて、春を迎えることができたのも、君たちのおかげだ」

 いつもの彼の帰還。いつものねぎらいの言葉。いつもの元気そうな声。いつものたくましい体躯。いつもの耳にすっと入ってくる素敵な声。
 何もかもが、エンフィたちの知るイヤルなのに、隣にいる女性だけがいつもと違う。ふたり以外の全員が彼の隣にいる女性に視線を注いでいた。

「あ、の? イヤル、その方はいったい?」

 数分の膠着状態の後、誰しもが聞きたかった言葉をエンフィが尋ねる。

「ああ、彼女は……。そういえば、こうして、君に紹介するのは初めてだったね」

 エンフィは、少しバツが悪そうな、いたずらがバレてはにかんでいる子供みたいに笑いながらそう言う彼をまじまじと見る。こちらは全員戸惑っているというのに、さも当たり前のように彼女を隣においている彼に、嵐が始まりつつあるような強い風が心の中に吹き始めた。嫌な予感がして、思わず手を握る。その手のひらは、じんわり汗ばんでいて気持ちが悪い。

「皆様はじめまして。わたしはロイエ。皆からはロイと呼ばれています。

 艶やかで色気のあるその女性は、舞台中央で立ちながら挨拶をしている美しい女優のようだ。エンフィとは違う、大人の魅力が十分すぎるほどある彼女の圧倒的な存在感に、自分に挨拶がなかったという彼女の無礼など気づく余裕がなかった。

「ロイって、この地方の特産品について研究をして、販路を拡大するためにに尽力してくれた人よね。てっきり、男性かと思っていたわ」

 エンフィが、彼女を無視してイヤルをじっと見つめながらそう言うと、彼は一瞬あった視線をすっとそらした。普段なら、自分の視線からこんなふうに逃げようとしない。そんな彼の小さくて大きな変化が、先程の嫌な予感を増長する。

「そうなのか? イヤルのビジネスパートナーが切れ者の美しい女性だということは王都では有名だったんだが。イヤルが今の今まで、エンフィに彼女のことを紹介どころか説明すらしていなかったとは……」

 エンフィの言葉を聞き、ルドメテはびっくりしてそう言った。セバスたちも、「ロイ」のことは男性と思っていたため、エンフィと同じようにびっくりしている。その様子を見て、ルドメテはイヤルの愚かに見える言動に、信じていた友人の知らなかった一面が垣間見えたことで、頭の片隅に小さな点のような疑惑がもちあがる。その点は、まるで透き通った水に垂らされたインクのように、いびつに広がりやがて真っ黒にそめてしまいそうで、その疑惑を打ち払うかのように小さく首を横にふった。

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。ロイがオレや領地にとってとても有益なパートナーだってことは、最初から伝えていたさ。性別のことは、言わなかったかな? 当然知っているものだと思っていただけさ」

 数分前の、バツの悪いような表情を見なければ、今もなお腰に手をおいたままのイヤルが視界にうつっていなかれば、彼がついうっかり言いそびれていたことを信じたかもしれない。しかし、一生懸命良い方向に考えようとしても、そうすればするほど確信犯だったのだと思えて仕方がなかった。

 ロイとは、海外など長期出張も一緒に行っていたのを聞いている。新規契約の状況をイヤルから説明を受けた際、ロイとふたりきりのときも少なくなかった。

 ロイと知り合ってから、2年以上。上司と部下という関係だけなら、まだ良かったと、地面が真っ暗な底抜けの地の底に向かう入口になったかのように、その場に立ちすくんだエンフィの横を、イヤルはロイと体を寄せ合い談笑しながら通り過ぎていったのである。

「エンフィ、僕たちも行こう。セバス、このような状況になったからには、取り敢えずイヤルから説明を聞く必要がありそうだ。もてなす準備が改めて完了するまで、せっかく来てくださった各地の長たちのことを頼む」

 ルドメテが、今にも倒れそうになっている顔面蒼白のエンフィをたくましい腕で支える。

 彼女を抱き上げて移動するのは簡単だ。しかし、ロイの存在とイヤルとの関係が不明瞭で、愛人とも思しき女性と一緒にいる今、エンフィが頼りない姿を見せるわけにはいかないだろう。震える彼女が転ばないようにゆっくりエスコートした。
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