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第1部 夏
第11話 WANIBUCHI。
しおりを挟む俺こと青嶋将は現在、未曾有の事態に直面中である。どこから説明したらいいのか分からんが、とりあえず俺は女子と2人で今、ラブホテルの一室にいる。
もちろん、俺が連れ込んだ訳ではなく、むしろ俺が連れ込まれた側だ。それも無理やり、強制的に、強引にだ。
だだっ広いベッドの上で横になり、相手の女がシャワーを浴びている音が聞こえてくると、途端に冷静になった。
「一体なぜこうなった……」
何か考えていないと頭が変になりそうだから、このタイミングでアイツとのことを振り返ろうと思う。
まずはあの女、『鰐渕 愛里那』との出会いから。それは今年の2月頃のこと。
――知り合ったのは、とあるSNSがきっかけだった。
俺がそのSNSへ投稿した写真に、知り合いでもフォロワーでもなかった愛里那からコメントがきたのが始まりだった。そのコメントを返すと、気が合った俺たちはしばらくメッセージのやりとりを続けた。お互い同い年の高校生だと分かると、せっかくだから会おうという話になったのだ。
この犯罪の多いネット社会で、SNSで知り合った人に会う事になんの警戒心も抱かなかったのは、メッセージ相手が男だと勘違いしていたからだ。そのくらいメッセージ上の愛里那は、サバサバしていて、どこか竜と似た雰囲気を感じていた。
だから待ち合わせ場所に、女子が来たときは本当に驚いた――
「将くん、だよね?」
「え? もしかしてWANIさん? 女だったの? でも自分のことオレって言ってなかった?」
「途中から勘違いしてるんだろうなって気付いてたけど、おもしろそうだし男のフリしてたんだよね」
「マジかよ、超ビックリしたわ……」
白を基調とした、襟が紺色で赤いスカーフという昔ながらのセーラー服のスカートを、出来る限り短くしている。青紫の髪はショートボブで、それが似合う小顔に、吸い込まれそうな青い瞳。俺の中での愛里那の第一印象は、「少しチャラそうな女」だった。
「改めて鰐渕愛里那です。よろしくね、将」
「いきなり呼び捨てかよ」
「将もウチのことは愛里那でいいから」
「おぅ……」
女子を下の名前で呼び慣れていない俺は、慣れるまでに少しだけ時間が必要だった。
愛里那は俺の通う学校と同じ市内の高校へ通っていた。うちの制服はブレザーだったから、彼女と会う度にどこか新鮮で、少し優越感のようなものを感じていた。俺たちは思っていた通り、やっぱり気が合って、少なくとも週に1度は必ず遊ぶようになった。
「ねぇウチらさぁ、付き合わない?」
――そう告白してきたのは、愛里那からだった。
俺は女子から告白されたのが人生で初めてだったのもあり、すぐには返事が出来なかったけど、愛里那のことは嫌いではなかったし、一緒にいると楽しいとも思えていたから、その申し出を受けることにした。
付き合っていくうちに、好きになることもある。誰かが教室で、そんな話をしていた。その言葉の意味を俺は身をもって知ってしまう。彼女のことを知れば知るほど、もう他に何も考えられないくらい、好きになった。
美波の事もあり、愛里那は自分から進んで、わざわざ距離のある俺の家までよく遊びにきてくれた。家で過ごす時間が増えた俺たちは、何度か身体を重ね合った。愛里那も俺が初めての相手だと言っていたが、本当なのかは知らない。
あの日々は本当に幸せだった。好きだと伝えると、好きだと返ってくる。散々好きな人に振られ続けた俺にとって、これがどれほど嬉しい事なのか、想像に難くないだろう。
でもその楽しい時間は唐突に終わりを迎える。前触れも何もなかったと思う。学校帰りに映画を観ようと、駅で待ち合わせをしていると、そこへやって来た愛里那は少し元気がないように思えた。
映画を観終わり、駅の構内を歩いていると、彼女の足が突然止まる。
「まさかラストで主人公が死ぬとは思わないよなぁ……ん? 愛里那、どうした?」
「将、ごめん……」
「いや別に映画がつまんなかった訳じゃないぞ? 面白いシーンはたくさんあったし、総合的には満足してる!」
「そうじゃなくて……」
「なんだよ、遠慮せずに言えよ」
「好きな人、出来たの」
「俺のことだろ? やめろよこんな所で公開告白なんて恥ずかしい」
「そうじゃなくて、将の他に、好きな人が出来たの……」
「そっか……こういうのってホントに突然やってくるんだな」
「ホント、ごめん……」
「振られるのは、慣れてるよ……」
「……将のこと、嫌いになった訳じゃない……から」
「最後に聞いていいか?」
「うん、なに?」
「俺といた時間は楽しかった?」
「うん……すっごく」
振った側の愛里那だけが泣いていた。俺はめちゃくちゃ悲しい筈なのに、何故か泣けなかった。
「なら良かった。今度はその人と幸せな時間、過ごせるといいな」
決してカッコつけていた訳ではない。彼女の魅力を知れば知るほど、不安になる自分がいた。だから心の片隅では、いつかこうなることを覚悟していたんじゃないだろうか。
でもやっぱり家に帰ると涙が溢れてきて、次の日、その腫れた顔を竜に大笑いされてしまった。
それからは一度も会っていなかった。それどころか連絡すらとっていなかったのに……
本日、俺はたまだでのアルバイトを終えて自転車で駅に向かっていた。いつものように駐輪場に自転車を停めて駅に入ろうとすると、入り口の横に、体育座りで俯く女性を発見する。その雰囲気から泣いているように見えたのが心配になり、声をかけたのがいけなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫なんで、気にしないで下さい」
女性が顔を上げると、それが愛里那だった。
「あ、りな……」
「将……?」
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