54 / 72
第3部 巴
第43話 29。
しおりを挟む目が覚めると、右腕に温もりを感じた。見慣れない天井だったから、恐る恐る顔を右側へ向ける。嫌な予感がした通り、風香さんが俺の右腕を、抱き枕のように使っていた。眼前にあるパイナップルみたいなバストが肩に当たっていて、手は股に挟まれている。これは――寝起きドッキリだとしても一線を越えている。
「風香さん、風香さん起きてください!」
「ん~……むにゃ……」
「んぅ……どうしたの……青嶋君……」
先に後藤さんが目覚めてしまった。この状況を目をこすりながら目視した彼女は、しばし固まった。
「……なぜ、無理やり手を離さないの?」
「後藤さん、手の位置をよく見てくれ! これを無理やり動かすのは流石に……」
「変態……」
「失敬な! 俺が本物の変態なら今頃もっとすごい事になってるぞ?」
すると、枕元の方から声がする。
「へえ、どんな事になるの……?」
「風香さん、起きてたんですか?」
風香さんは俺の耳元で、後藤さんには聞こえない声量で恐ろしいことを囁いた。
「君の布団の中が今どうなっているか、確認してもいい……?」
「すみません……なんでもするんで、勘弁してください」
「君はすぐになんでもするねぇ~。でも、この場合は何もしないって言うのが正しい逃れ方じゃないかな?」
風香さんは挟み込む力を強めた。俺は恐怖と愉悦の狭間に迷い込み、身体のあちらこちらが固まった。
「姉さん、早く手を放してあげて……」
「仕方ないなぁ。はい、ご褒美タイム終了~」
「あ、ありがとうございました……」
後藤さんは、まるで小浦のようなジト目をここで初披露した。
「青嶋君、今、お礼言ったわよね?」
「え……手を放してくれて、ありがとうって意味だぞ……?」
「今日のところは姉さんの寝相の悪さが原因だから、そういうことにしておいてあげるわ」
諸事情でしばらく布団から出られなかったが、落ち着くと、後藤家で朝食をいただいた。
「青嶋君がくれたコーヒー美味しいわぁ……ねぇ姫華?」
「えぇ、そうね……」
「良かったです。俺あんまり詳しくないんで店員さんに選んでもらったんですけど……」
食後のコーヒーを飲み終わると、お母さんは慌ただしく仕事の準備を始めた。
「私はもう仕事に行かないとだけど、青嶋君はゆっくりしてていいからね?」
「そんな……俺も一緒に出ますよ!」
「いいからいいから、テレビでも見てて?」
そう言いながら肩を掴まれ、半ば強引にソファに座らされてしまった。お母さんが仕事へ出かけると、すぐに風香さんはシャワーを浴びると部屋を出ていった。
「風香さんが戻ってきたら、帰るよ……」
「分かったわ……あの、青嶋君……」
「なに?」
「本当に、迷惑じゃなかったかしら……?」
「全然。むしろこの体験にお金を払ってもいいくらいだ」
「……なによそれ。じゃあ、遠慮せずにいただこうかしら?」
ファミレスでの「お手」を彷彿とさせるように手を差し出す後藤さん。
「出世払いでもいいか?」
「あなたにちゃんと出世する見込みはあるの……?」
彼女が横目で尋ねたこの質問に、いつもならば冗談で返すところだけど、今回は少しだけ真面目に答えた。
「クラスで文化祭の準備を進めてるうちに、俺もやっと将来の夢っていうか、目標みたいなのが出来たんだ……」
「聞いてもいい?」
「まだ詳しいことは決めてないけど、大人になったら、自分の店を持ちたい。それまでに沢山経験を積んで、いつか自宅兼店舗の家を建てるんだ! 理想は1階が店で2階が自宅。それで結婚した奥さんと一緒に店を盛り上げて、子供が生まれたら、学校から帰ってきた子供達が店の中で遊んだり宿題をしたり。オープンの時間になったら『そろそろ自分の部屋に戻れよー!』なんて言ったりして……そんな未来が、きたらいいなって……」
「素敵ね……」
後藤さんは、片方の目から一滴だけ、涙を溢した。
「え、なんで泣いてるの?」
「ごめんなさい……その風景を想像したら、子供たちの顔が浮かんできてしまって。きっと、その子たちは家族とずっと一緒に居られて幸せなんだろうなって……」
「まぁ、彼女もいない奴が言うのもおかしな話だけどな……」
「いいえ……きっと実現するわ。私にもその光景を、いつか見させて……?」
やっと俺にも、憧れの会話が出来た。あの時の竜の気持ちが、分かったような気がした。でも俺が夢見る大人になった姿の、隣にいるのは、君なんだ。だから竜よりもきっと、この夢を応援された俺の方が、喜びは大きい。表情は隠したつもりだけど、この文化祭がその第一歩だと思うと、居ても立っても居られなくなった。
「ごめん、後藤さん。俺やっぱもう帰るわ!」
「え……?」
「文化祭の準備しないと。俺が初めて作るお店だから、やれる事は全部やっておきたい」
「そう……私も、楽しみにしているわ」
「絶対美味いって言わせるから」
「じゃあ青嶋君の焼鳥を食べるまで、何も口にしないで出前を待っているわね?」
「だから自分で買いに来いよ!」
俺は後藤さんの家を出ると、すぐに小浦に電話をかけた。
「もしもし、どうしたの青嶋くん?」
「小浦、今から会えないか? 文化祭の事で話があるんだけど……」
「急だね……いきなりどうしたの?」
「予定とかあったら、俺一人でやるから無理しなくていいぞ?」
「無理なんて言ってないじゃん……準備する。今どこにいるの?」
「え、えーと……駅の近く」
「今日は学校もバイトもお休みなのに、こっちにいるの珍しいね……」
「ま、まあな……」
「ふーん、分かった。じゃあまだしばらく準備かかるから、ウチ来て待ってて?」
「え……」
まさか……言い方は悪いが、学園の2大アイドルの家をハシゴすることになろうとは。
10
あなたにおすすめの小説
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2025.12.18)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる