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第3部 巴
第44話 名付け。
しおりを挟む2度目の小浦邸は、やっぱり豪邸すぎて緊張した。部屋に通してくれた小浦は、入室するなり俺の首元に鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「……姫ん家のシャンプーの匂いがするね?」
嘘だろ……? 女子って、そんなことまで分かるのか……?
「……え、えっと、風香さんの誕生日パーティにお呼ばれされて……」
「お泊まりまでしたんだ?」
「はい……」
「ふーん。良かったじゃん……」
「ごめん……」
「なんで謝るの? 何かあたしにやましいことでもあるの?」
「そうじゃないけど……」
俺の困り果てた姿を見た小浦は、予想外にも、次の瞬間には笑い出した。
「イジワルしてごめんね青嶋くん、ホントは全部知ってたんだ」
「え……どういうことだ?」
「姫が青嶋くんに彼氏のフリをしてって頼んだこと、前に聞いてたの」
「前って、いつから……?」
「青嶋くんが初めて風香さんに会った日だよ。昨日もそれが原因でパーティに呼ばれてることも、全部知ってて、イジワルしてみた……。泊まりになるって情報も、逐一メールきてたの。姫はホント、律儀だよ……」
「そうだったのか……」
「でもあたしからしてみれば、青嶋くん頑張れーって感じだったけど……それで、なんか進展あった?」
「進展と言えるようなことは、何も……」
「そっか……」
「でも、嘘つくのはもうやめたんだ。風香さんにもお母さんにも全部、本当の事を話した」
「なんで? 青嶋くんにとっては、その関係を続けた方が得じゃないの?」
「小浦は、嘘もズルも嫌いだろ? アルバムで中学生時代の小浦を見て、これじゃ駄目だって思い直したんだ」
「へ、へぇ~……そうなんだぁ。そっかそっか~……」
小浦は分かりやすく、顔を背けた。でも、俺は嘘なんてついていない。
彼女は早々に思い出したような表情でこちらを向く。
「……って、勝手に写真見ないでよ! あたし、変な顔で写ってなかった!?」
「いや、すげぇ可愛かったけど……」
「ならいいや……それで、今日は何するの!?」
「業務用スーパー回ったり、もし夜まで時間あったら、たまだに食事しに行かないか?」
この提案に彼女は顔を赤らめると、俺には聞こえなかったが、なにやらボソッと呟いた。
「なんか……デートみたい……」
「今なんて言ったんだ?」
「なんでもない……やっぱりあたしもう一回着替えるから、青嶋くん少し部屋の外出てて!」
廊下で待っていると、髪型を見慣れないお団子ヘアに変えた小浦が出てきた。この日のコーディネートは、チェックのミニスカートに上は紺のカーディガンで、インナーの純白が小浦の透明感をさらに引き立てていた。肩から下げている、濃い茶色の小さな皮製バッグが差し色となり、秋っぽさも演出していた。
「青嶋くん、今日自転車で来た?」
「そうだけど」
「じゃあ、後ろ乗せてよ……」
「でも、そんな短いスカートだと……」
「横向いて乗るから大丈夫……それに、警察に見つからないように裏道を通る時だけでいいから……」
小浦がこんなお願いをするなんて、珍しいと思った。俺たちは、なるべく人通りの少ない路地を選んで、自転車を2人乗りしてスーパーへと向かう。小浦は後ろで嬉しそうに、まるで子供みたいにはしゃいでいた。秋晴れの過ごしやすい気温でも、2人分の体重がかかった自転車を漕いでいると、上着を脱ぎたくなる程度の汗をかいた。
「あたし、自転車の後ろ乗るの初めて! 意外と難しいんだね」
「あんまりはしゃぐと危ないから、ちゃんと掴まってろよ?」
「うん……」
俺が脱ぎたいと思っている上着の裾を、ギュッと掴む小浦の力が、服越しに伝わる。
1軒目のスーパーに着くと、冷凍食品のコーナーへと直行した。
「あ、あったよ青嶋くん! 鶏もも串50本入りで大体1,300円ってことは、1本当たり26円だね」
「小浦、計算早いな……値段と本数をメモって、他のも見てみよう」
社長が教えてくれた通り、焼鳥自体は安く仕入れられそうだった。後は焼き方さえマスターすれば、いいものが提供出来る。
「炭はお店で使ってる業者さんに頼むんだよね?」
「ああ、社長が話を通してくれるって」
「じゃあ炭の注文はあたしが担当するから、青嶋くんは焼鳥に集中して?」
「ありがとう小浦、助かるよ。せっかくだからもう何軒か回ってもいいか?」
「当たり前でしょ? 運転お願いね?」
数軒のスーパーを巡って、焼鳥は最初のスーパーで見つけたものを注文することに決めた。気が付くと、もうお昼を回っていた。
「お昼ご飯どうしよっか? 夜はたまだに行くから、軽いものにした方がいいよね?」
「色々決めてしまいたいから、ゆっくり出来るところの方がいいよな」
結局、高校生には定番の人気ハンバーガーチェーンへとやってきた。祝日も相まって店内は混んでおりカップルも多かったけど、小浦はここでも一際光ってた。
「お店の名前、どうしよっか?」
「あ、ヤベ、何も考えてなかった」
「たまだ2号店とか……?」
「それは荷が重すぎるな……」
ふと顔を上げると、小浦の口元にケチャップが付いていた。これは指摘していいんだろうか。でも、その顔すらも可愛らしい。悩んだ末に紙ナプキンを手渡しながら言うことにした。
「小浦、口にケチャップついてる……」
「えっ……!? どこ」
すぐに手鏡を取り出して確認すると、恥ずかしそうに周りを気にしながら拭う。
「いつからついてたの? もっと早く教えてよ、超ハズイじゃん……」
「たぶん誰も見てないって」
「青嶋くんは見たでしょ……」
「うん、ばっちり……子供みたいだった」
小浦はこの時文句を言っていた気がするが、俺は今朝の後藤さんとの会話を思い出していた。
「名前さ……『焼鳥一歩』ってどうかな?」
「え、なんかかっこいいね! どんな意味なの?」
俺は今朝、後藤さんに話した内容を、もう一度語った。
「――そんな夢の一歩目になればいいなと思ったんだ。でも、クラスの出し物に個人的な意見入れるのは、やっぱダメかな?」
「……ううん。もしも文句言う人がいたら、あたしが説得してあげる。それにしようよ、青嶋くん!」
親になった訳でも、ペットを飼い始めた訳でもないのに、俺は初めて何かに名前を付けた。この不思議な感情は、しばらく忘れられそうにない。
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