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第3部 巴
第46話 焼き鳥たまだ。
しおりを挟む焼き鳥たまだのオープンは午後5時。営業時間は深夜0時までで、ラストオーダーは午後11時。駅前の好立地にビルを構えているが、この店には後継ぎがいない。社長ご夫妻の間に息子はおらず、2人の娘さんがいる。2人ともすでにお嫁に出ており、たまに娘さんがヘルプで入ることもあるが、旦那さんには元々の仕事がある為、社長の代で店はたたむかもしれないと聞いていた。
「青嶋くん、後継ぎなよ!」
カウンターに並んで座った俺たちは、社長と話しながら食事を楽しんでいた。
「そりゃあいい、どうだ青嶋!」
「さすがに荷が重いですよ……」
「小浦ちゃんも一緒にどうだ? なんなら高校を卒業したら、上の社員寮で一緒に住むなんてことも出来るぞ!」
「え……ど、同棲はまだ早いですよ社長……」
小浦さん、まだ早いって何……?
「まあ気が向いたら言うといい。お前らなら月5千円で住まわせてやる」
「そ、それは破格ですね! ってそうじゃなくて、焼鳥のタレのことで相談したいんですが……」
「そうだったな。ほら、これ使っていいぞ」
社長は俺にメモ書きを手渡す。
「こ、これって、もしかしてお店のタレのレシピですか? いいんですか、使っても……」
「後継ぎにはタレの味も守ってもらわんとな」
「責任重大過ぎますよ……」
「それは冗談としても、そのレシピをベースに自分なりにアレンジしてみるといい」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
「良かったね、青嶋くん」
今日ここにきて本当に良かった。初めて座ったカウンター席は、お酒の飲めない俺にはまだ少し敷居が高く感じたけど、落ち着いていてどこか安心できた。
「青嶋くん、食べたことないメニュー全部食べたい!」
「よーし、今日は俺が奢るから、なんでも頼んでくれ!」
「じゃあお言葉に甘えて、ここからここまで全部下さい!」
俺はこの人がセレブだということを、すっかり忘れていた。
「小浦さん、現実にそんな頼み方する人初めて見たよ……?」
「だって、青嶋くんがいいって言った……」
あからさまにわざとらしく、しんみりと見せた演技を見破ってはいても、それを全て許せてしまうのが彼女の恐ろしさだ。
「さすがにもうお腹いっぱいかも……」
「小浦、たぶん俺よりも食ってたぞ……」
思っていた通り、苦しいくらいの満腹状態にうなだれていると、食後に温かいお茶を出してもらった。
「お前ら、よく残さず全部食ったな……」
驚く社長を横目に、小浦はメニューを手に取る。
「なにをしてらっしゃるんですか、小浦さん」
「なにって、デザート選んでるんだよ?」
「もしかして、デザートは別腹星人ですか?」
「青嶋くんは何にする?」
「いや、そんな当たり前みたいに聞かれてももう無理だぞ?」
「あたしも正直キツいから、2人で半分こしよっか?」
「人の話聞いてますかー?」
「バニラでいいよね?」
「……チョコだな」
「は? 青嶋くん、喧嘩売ってる?」
「どちらかと言うと、ふっかけてきたのはそっちだけどな」
「食後のアイスはバニラでしょ。チョコだともっさりするじゃん」
「それがいいんだろ、バニラだと少し寂しい」
「出るとこ出てもいいんだよ?」
小浦が言うと、別の意味に聞こえてしまう。思わずもう出てるだろって、ツッコミたくなった。
「じゃあ、じゃんけんで決めようぜ」
「文句なしだからね?」
「「じゃんけん――」」
すぐに届いたバニラアイスを美味そうに味わう小浦。
「おいしぃ……はい、次は青嶋くんの番」
ひと口食べただけのアイスの器を渡してくる小浦。もちろん用意されているスプーンはひとつだった。
「俺は小浦が食べた後でいいぞ?」
「だって、それじゃ溶けるかもじゃん。交互に食べれば平等でしょ?」
それはつまり食べ終わるまで、無限間接キス地獄なのでは? ――いや地獄ではなく天国か。
「わ、分かった……」
何口で食べ終わったのか、そこまで数えてはいなかったが、これは実質1回のキス以上の接触度合いだったのではなかろうか。
小浦がトイレへ立った間にお会計を済ませると、奥さんがかなりサービスしてくれたのが、表示された料金を見てすぐに分かった。
「いいんですか? こんなに安くしてもらって……」
「タダにしてもいいくらいなんだけど、それだと遠慮するだろう?」
「じゃあ、今後ももっと頑張ってお返しします!」
「そうしておくれ」
戻ってきた小浦は、自分も払うと言ってしばらく粘られたが、次の機会にと伝えると、嬉しそうに財布をしまってくれた。
「もう遅いし、送ってくよ。」
「ありがと、じゃあすぐそこだけど、お願いしよっかな……」
小浦の家は、橋を渡ったすぐそこ。その短い帰り道の風景を、目に焼き付けるようにゆっくりと歩いていた。
「青嶋くんって、実は結構スマートだよね」
「そうかな、まぁ全部漫画で得た知識なんだけど」
「その漫画にも、おっぱい大きい子が出てくるの?」
「出てこない漫画の方が少ないよ。むしろ存在しないんじゃないか?」
「そんなのヤダなー。でも、なんでなのかな?」
「そりゃ、男の夢だからだろ……」
「そんな夢、夢ないなー」
「夢に大きいも小さいもないだろ」
「でもおっぱいには大きいも小さいもあるよ?」
「うぉ、これが矛盾か……?」
「なんの話ししてんだろーね……」
「ホントだな……」
「…………責めないの?」
「何を……?」
「あの時、勝手に居なくなったこと……」
「……どうせ、俺が見当違いなこと言ったんだろうなと思ったら、責める気になんてなれねーよ」
「そっか……じゃあ、あたしも謝らない」
「それでいいよ……」
「ねぇ、一個だけお願いしてもいい?」
「何個でも聞くよ」
「じゃあ、あの星見て?」
小浦は、空を指差した。
「どれ……?」
俺が顔をそこへ向けると、自転車を挟み込むように近寄ってきた小浦の唇が、右の頬へ当たった。ヒンヤリとしたその感触は、麻酔のように俺の体の動きを止める。
「え……」
顔を離して距離をとった小浦の髪がふわりと揺れて、何度も嗅いだことのある良い匂いが、俺の鼻腔を麻痺らさる。
「今日のお礼……」
「そんな、俺、お釣り払えないぞ?」
「なにおつりって……あたしが払いたいくらいなんだけど?」
「小浦、俺……」
「何も言わないで……ただのお礼だよ? 深く考えて欲しくもないし、楽しかった今日の思い出として、勢いでしちゃっただけだから」
「なら、俺も思い出として、預かっておく事にする」
「預かるって、いつか返すつもりなの? どうやって?」
「そ、それもそうだな……」
「もうここでいいや。家見えてるし……」
「分かった。じゃあまた明日、学校で……」
「うん。気をつけてね?」
俺はこの日、ここからどうやって帰宅したか、スッポリと記憶が抜け落ちていた。幻だったんじゃないかと思うほど、嘘みたいに次の場面には既に自分の部屋の中にいた。
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