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第3部 巴
第47話 愛里那と美波。
愛里那はこの日、青嶋家へと遊びに来ていた。それは舞と将がたまだに行ったのと同じ週の土曜日のこと。美波の部屋で愛里那が持参した手土産のシュークリームを食べながら、向かい合う2人。
クリームを口の周りにベットリとつけた美波が、兄への不満を漏らす。
「最近、おにぃが変」
「どう変なの?」
「なんか、いつもよりボーっとしてる」
「へぇ……」
もちろん愛里那は、舞から先日起きたこと全てを聞いている。将の様子を伺うのも、この日の目的のひとつだったのだ。
「美波ちゃん、今日将は?」
「バイトは休みって言ってたから、すぐ帰ってくると思う。それよりアリナちゃん、ゲームする? それかアニメ見る?」
「じゃあアニメ見よ! この前の続き気になってたんだぁ」
「やっぱりアリナちゃんはおにぃと違って話が分かる」
「そういえば今まで勿体なくて使えなかったバスボム、昨日初めて使ったらめっちゃ良かったよ! ありがとね美波ちゃん」
「よかった」
美波は、相変わらずの不器用な笑みを浮かべる。彼女にとって愛里那は、一番気を許せる友達と呼んで差し支えない。年齢こそ違うけれど、気を使わなくていい関係は、お互いに居心地が良かったのだ。
「ただいまー」
「あ、将帰ってきた」
部屋を出ていこうとする愛里那に、ハの字になった眉で振り返った美波は、寂しそうに呟く。
「アリナちゃん行っちゃうの……?」
「違うよ、将もここに呼んでくるだけ! 久しぶりに3人で遊ぼ?」
「うん!」
普段、将には素直に見せない表情で返事をした美波は、兄が来る前にたるんだ頬を元に戻した。
「なぁ……このアニメ、何話だよ」
画面にかじりつくように見入る美波が答える。
「6話」
「せめて1話から見せてくれよ。全然内容分かんないんだけど」
「おにぃ、今いいとこだから黙って」
「部屋、戻ってもいいか?」
「まぁまぁ、将も見てればそのうち分かるよ」
立ちあがろうとしところを愛里那に引き留められ、もう一度座り直す将。
「なんでこのヒロインは腕に包帯巻いてるんだ? 主人公ボコボコにされてるし。これ絶対死んだだろ」
「おにぃうるさい、黙って見て」
妹から再三の注意勧告を受けた将は愛里那に耳打ちをする。
「なんか用があったのか? 要件を言えよ?」
「別に? 久しぶりに3人で遊びたかっただけ」
アニメのエンディングが流れ出すと、美波が振り返る。
「続き見る?」
「軽く休憩しよ? 将、ちょっとそこに立って」
「なんだよ」
将がしぶしぶ立ち上がると、愛里那は彼のみぞおちめがけて強烈なボディブローをお見舞いした。
「ガッハ……ちょ、お前……なんのつもり、だ……」
「顔は目立つから、カラダにしといた」
「いや、この部位を選んだ理由を聞いた訳じゃなくて……」
「本当に分かんない? だったら、もう一発いっとく?」
もう一度拳を構えた愛里那と将の間に入り込んだ美波は、両手を広げてそれを止める。
「アリナちゃんダメ! おにぃが悪いことしたなら、わたしも謝るから、アニメ邪魔されたのウザかった……?」
「違うよ美波ちゃん……」
「じゃあアリナちゃんはおにぃのこと、嫌いになった……?」
「ううん、好きだよ。大好き」
「じゃあ、なんで……?」
「好きだから、大切だから、殴った」
「分かんないけど、なら……いいよ」
美波はスタスタと歩き出すと、ベッドに腰掛けた。
「ありがと……美波ちゃん」
観念した将は、その場で仰向けに寝そべった。
「煮るなり焼くなり好きにしろぃ……」
それを見た愛里那は何を思ったのか、将の腹を枕にして寝転がる。
「美波ちゃんもこっち来なよ?」
「うん……」
まるで「小」という漢字のような並びで横になった3人は、何もない天井を見つめた。
「将と付き合ってた頃はよく、こうやって3人で遊んでたよね」
「別れたっておにぃから聞いた時、もうアリナちゃんに会えないのかと思った……」
「ウチも……美波ちゃんにサヨナラも言わずに別れちゃったのは、ずっと心残りだったんだ」
将は何も言わずに、黙って2人の枕になる事に徹していた。
「なんでまたウチに遊びに来てくれるようになったの?」
「将がね、そうしてもいいよって言ってくれたんだ」
「わたしの為?」
「それもあると思うけど、ウチの為でもあったんだと思う……ウチはそれが嬉しかった。頼ってくれるのも、頼っていいって言われるのも、どっちも嬉しかったんだ」
「アリナちゃんは、今楽しい?」
「楽しいよ。将と美波ちゃんと舞と、仲良くなれて本当に良かったって思ってる」
「そっか……嬉しい」
「所詮この世は男と女だからさ、何もないことの方が珍しいんだから、もしかしたらこの先どっかでこの関係が今とは変わっちゃうかもしれない。でも、こうやってまたウチらが仲良くなれたように、何か方法はあるはずなんだよ」
「アリナちゃんとおにぃ、復縁するの?」
「人生何があるか分からないから、そうなる未来も、もしかしたらあるかもね……」
「もしそうなったら、次は別れないでね?」
「それは将次第かなぁ……ウチ、今度は泣かされちゃうかも」
「アリナちゃん泣かしたら、次はわたしがおにぃを蹴る」
「だってさ?」
「聞いてるよ……」
愛里那が自分に伝えたかったことが、なんとなくだが分かった将は、今まで気にも留めていなかった天井の模様を、意味もなく目に焼き付けていた。
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