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第3部 巴
第56話 誕生日。
しおりを挟む――12月も中旬になると、最高気温が10度を下回る日々が続いていた。
年末へむけて、たまだの来客も順調に増えていた為、俺と小浦はこれまで以上にシフトを多く入れていた。流石の後藤さんはテスト勉強に集中したいと、アルバイトは最低限に控えていた。
「青嶋くん、B卓さんの焼きそばってもう出る?」
「あ、やっべ忘れてた。すぐ作るよ!」
小浦とは、今まで通りに……と言いたいところだが、それは正しくないので訂正する。小浦は、今まで以上に積極的なアプローチをしてくるようになった。もう隠す必要がなくなったから――と、開き直った彼女の行動力は凄まじかった。
「青嶋くん、今週末空いてる?」
中華鍋を振る俺の横で、小浦は立ったまま頬杖をつきながら尋ねた。
「空いてるけど、どうしたんだ?」
「デートしようよ」
「デートって……」
「だってその日、青嶋くん誕生日でしょ? どうしても2人っきりで過ごしたくて……」
小浦は少しだけ顔が赤くなるも、以前より恥じらいの度合いは薄くなっているように見える。このくらいのセリフならば、彼女は平気で面と向かって、それを日常的に俺へ浴びせてくるようになっていたのだ。
「な、なんで俺の誕生日を知ってるんだ? 言ってなかったよな?」
「あたしには有能なスパイがいるからね」
「心当たりが2人程いるな……」
「それで思い出したんだけどね……? 青嶋くんが3回目に告白してくれたのって、確か去年のその日だったのって偶然かなぁー?」
「も、もう許してくれよ小浦……」
「あたしと付き合ってくれたら、許してあげる……」
調理する手元が狂うような言葉を何度も受けながらも、俺はなんとか完成させた焼きそばを手渡して返事をする。
「分かった……デートをしよう」
「ホントに? じゃあプランは全部あたしに任せてね?」
12月19日――それが俺の誕生日だ。今年で17歳……来年には成人となるわけで、まだ全然実感はないけれど、大人になることへの微かな期待感を抱いてはいた。
当日、俺は小浦に呼び出された地元の駅へと向かっていた。てっきり市内で会うとばかり思っていたから、予定の時間より余裕を持って早めに準備していたのを、少し後悔する。
「あ、青嶋くーん!」
いつもの殺風景な見慣れた駅も、小浦が手を振っているだけで何倍も華やかになるのだから不思議だ。
「今日は、なんでこっちなんだ……?」
小浦は俺の質問に、待ってましたと言わんばかりの表情で答え合わせを始める。
「今日は、青嶋くんツアーを企画しました!」
「なんだそれ……?」
「青嶋くんのこれまでの人生を振り返るツアーです!」
小浦が言うには、俺の通っていた幼稚園や小中学校、よく遊んでいた公園や思い出の場所などを巡るのが今日の目的らしい。どこぞのスパイから情報を得て、小浦なりにプランを組んでくれていた。素直に嬉しくて、少し恥ずかしくて、でもやっぱり嬉しくて……もっと俺のことを知りたいと言ってくれる彼女に、昔の自分を重ねてしまう。
「ここが青嶋くんの通ってた幼稚園? あ、外にプールがあるんだ……いつも何して遊んでたの?」
外から眺めるだけだったけど、変な気分だ。懐かしさはさほど感じないのに、心の隙間に風が吹いたような……そんな感じ。
「土遊びが好きで、綺麗な泥団子を作るのに夢中になってた。あとは……紙に迷路を書くのも好きだったかな」
「へぇ……見てみたいなぁ、小さい頃の青嶋くん……」
次に向かったのは小学校。こちらも中へは入れなかったが、外からでも十分に校舎全体が確認できた。グラウンドの周囲の何もない細道を、ぐるっと一周歩いてみる。あの頃はそこそこ大きいと感じていた遊具も、今見るとこんなにも小さかったのかと、自分の成長を実感した。
「青嶋くんは小学校の時、好きな子とかいた?」
「いたよ。ずっと好きだった子が……中学が別々になってからは一度も会ってないけど……。小浦は?」
「あたしもいたよ~。バレンタインにチョコあげたりもしてた。けどおんなじで……中学からは話さなくなった」
「大人になるとその気持ちも、いつか忘れちまうのかな……」
「その人にとって大切な思い出なら、きっと忘れないよ……」
その後も中学校や学校帰りに寄っていた近所のスーパーなど、なんの思い出もない小浦にとっては退屈であろう散歩コースも、彼女は楽しそうに俺の昔話を聞いてくれた。こんなに素敵な女性でも、いくら俺の事を好きだと言ってくれていても、俺にはこの子を抱きしめることは出来ない。罪悪感で痛む心は、既に悲鳴を上げていた。なんでもない道で、立ち止まり涙を流してしまうくらいに。
「ごめん小浦……気持ちに応えられなくて……」
「青嶋くん……怒るよ?」
小浦は、冷たい目をしていた。
「え……?」
「……あたしは、勝手に諦めてないだけ。青嶋くんも去年はそうだったんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「もし青嶋くんが今後何かを決断する時に、あたしへの好意じゃなくて、哀れみの感情を優先するようなことがあったら、絶対許さない……あたしは青嶋くんとは、これからもずっと対等でいたいって思うから」
いつもの愛嬌溢れる小浦舞とは別人のように、彼女は表情を崩さずに淡々と語った。
「小浦……」
「だからね、この先青嶋くんに彼女が出来たって、そんなの知らない。あたしはあたしのやりたいようにやる。それで報われなかったしたとしても、それは全部あたしのせいだし、そこに他人からの哀れみや同情なんていらない。それで駄々をこねるほど、もう子供じゃないし。だから……あたしの覚悟、舐めないでよ」
――小浦舞は、やっぱりすごい。俺なんかには計り知れない。こうやってまだ彼女との関係が続いていくことが奇跡みたいに思えて、なんだか無性に嬉しくなって、思わず笑ってしまった。
「……なんで笑うの?」
「ごめん……俺、小浦を過小評価してた……」
「それは、惚れ直したって意味であってる?」
クールな表情から一転して、いつの間にかいつもの可愛らしい小浦に戻っていた。
「ポジティブだな……でも、そんな次元の話しじゃねーよ」
正午を過ぎていたから昼食の予定を尋ねると、小浦はスマホを確認しだす。店を予約でもしているのだろうかと思ったが、案内された場所は、俺の家だった。
「ここがツアーの最終目的地だよ……どうぞ入って?」
「俺ん家だけどな。なに企んでるんだ?」
家に入りリビングの扉を開けると、クラッカーの音が盛大に鳴り響いた。あまりの爆音に腰を抜かして驚いてしまう。そこには美波と愛里那の姿があり、室内はカラフルに飾りつけられ、テーブルには料理が並んでいた。「サプライズ大成功!」と、はしゃいでいる3人を見て、やられた……と片手で頭を抱える。誕生日のこんな祝われ方は初めてで、小っ恥ずかしくて堪らなかった。
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