悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃

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〖権利②〗

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「セドリック様。噂って何ですか?」
「兄上が、ベアトリスを正妃にと望んでいるという恐ろしい噂だ」


 地獄を見たかのような顔のセドリックの言葉に、ナイジェルはグッと奥歯を噛みしめた。
 そうしないと、余計なことを口走ってしまいそうだった。


「ええっ⁉ ということはまさか、ベアトリス様が、私たちのお義姉様になる可能性が……!?」
「そのまさかだ……」
「おやおや。おふたりとも、顔色が悪いですよ」


 ユリシーズに指摘されても、セドリックとミッシェルは取り繕う余裕もないらしい。
 やはり元悪女へのトラウマは相当根深いようだ。
 役目を終えたというのにこの怯えられようは、ベアトリスが真摯に全力で悪役に徹した成果でもあるのだろう。それでも、もう悪女の役目を終えた彼女に対し失礼ではないかと、ナイジェルは彼らを反応を見るたび憤りたくなる。
 そんな権利など、自分にはないというのに。


「枢機卿。それで、ベアトリス様は承諾されたのですか?」
「おや。気になりますか?」


 質問に質問で返され、ナイジェルはつい目の前の聖者を睨んでしまった。
 この男の胡散臭さや余裕、そしてベアトリスの一番傍にいるのが当然といった態度がどうしても好きになれない。それがナイジェルの片思いが原因のただの嫉妬なのか、純粋にユリシーズという男の人間性がそうさせるのか、自分では判断がつかないが、とにかく気に入らない。
 そんなナイジェルの胸の内を見透かしたような目で、ユリシーズは更に質問をかぶせてきた。


「ナイジェル卿も、ベアトリス様をエスコートされたいですか?」


 その問いかけに、頭を殴られたかのような気分だった。
 急速に、愚かな自分への嫌悪が強まり、相手へのそれを易々と上回っていく。


「……いや、私は――」


 思いを伝える度胸すらないくせに、ベアトリスに理不尽な怒りをぶつけた自分にその資格はない。
 まず相手は公爵令嬢。騎士爵しか持っていない、伯爵家の次男坊では身分差がありすぎる。それなら皇太子がエスコートをしたほうが……いや、ユリシーズのほうがマシか。どちらを想像しても気分が悪くなった。
 ユリシーズは小さなため息をつき、顎に手を当て思案する素振りを見せた。


「ベアトリス様は、そもそも式典に参加されることに消極的です。使命を果たした自分は、表舞台から消えるべきだとおっしゃっていまして」
「そんな……私、ベアトリス様には出席していただきたいです」


 先ほどまでベアトリスが義姉になる可能性に顔を青くしていたくせに、ミッシェルはそんなことを言い出した。


「ミッシェル!?」
「だってセドリック様……私たちと、私たちの子どもの為に、ベアトリス様はこれまで悪役を引き受けてくださっていたんですよね? つまりあの方は私たちの恩人ですから、見届けていただきたいです」


 まだ、ちょっと怖いですけど。
 ぼそりと付け加えるミッシェルに、セドリックも「確かにそうだな」と葛藤を滲ませながら同意した。
 恩人、という言葉にナイジェルは複雑な気持ちになる。
 ふたりにとってベアトリスは恩人らしい。そしてベアトリスはナイジェルを恩人だと言う。恩人とは一体、何なのだろう。


「お伝えしておきましょう。きっとベアトリス様も出席を考えてくださいますよ」
「ありがとうございます! ところで、聖職者の方もパーティーとかでエスコート可能なんですね?」
「ええ。宴に参加する機会はそう多くありませんが、可能ですよ」


 ユリシーズは自分の胸に手を当て、今日一番のにこやかな笑みを浮かべた。



「聖者は妻帯できますし」


 沈黙の流れた一瞬が、随分と長く感じた。
 まるで秘密の告白かのようなユリシーズの発言に、その場にいた全員が驚きの声を上げた。


「ええっ⁉ そうなんですか?」
「本当か? それは、知らなかったな……」


 聖職者は生涯未婚のまま女神に仕えるのが教会の決まりだ。歴代教皇も皆独身のはず。
 だが、ユリシーズはただの聖職者ではない。女神に選ばれた聖者だ。


「仕方ありません。何しろ聖者の現出が百年振りですから」


 ユリシーズ曰く、神託を受けた者は女神の大きな加護を授かるという。ユリシーズは希少な聖属性魔法の適性と魔力が跳ね上がった。その恩恵を一代で途切れさせるのは女神の意に反すると、聖者の婚姻が認められているらしい。


「じゃあ……もしかして、枢機卿もベアトリス様と――」


 ミッシェルが恐る恐るといった風にユリシーズに何かを確認しようとした。
 ナイジェルは咄嗟にそれを遮るようにして、護衛任務も忘れ前に出ていた。


「聖者殿。少しよろしいか」


 驚くセドリックたちの視線は感じていたが、そちらを見る余裕はない。
 目の前の男から視線を外すことは出来なかった。


「何でしょう? 構いませんよ」


 にこやかに了承するユリシーズに、やはりこの男は好きになれないと改めて思うのだった。




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