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〖権利①〗
しおりを挟む「げっ。ベアトリスがいる」
そう言うなり、ナイジェルの目の前で柱の影にかくれたのは第二皇子セドリックだ。
主の視線の先には、庭園を挟んだ向こう側の回廊を歩くベアトリスの姿があった。
「殿下。その言葉遣いは下品なうえに失礼では」
「うるさいナイジェル。仕方ないだろう。反射で出るんだ」
「隠れるのも反射ですか? ベアトリス様はもう悪役ではありませんよ」
わかっている、とセドリックは言うが、柱の影から出ようとはしない。悪役令嬢ベアトリス・ガルブレイスへのトラウマは、そう簡単に消えるものではないようだ。
しかしそう言うナイジェルもセドリック同様、影からベアトリスをそっと伺っていた。
先日、晩餐会と言う名の男一人に対し女複数の集団お見合いをさせられそうになり、怒りのまま公爵邸を辞してしまってから、ベアトリスの姿を目にするのははじめてだった。
つまり、ベアトリスが突然押しかけてくることがなくなったのだ。
頻繁にあった恩返しの押し売りがピタリと止み、ナイジェルの周囲は平穏を取り戻したが、逆にナイジェルの心は不穏だった。
ベアトリスに恩返しをする必要はないと言い続けてはいたものの、恩返しという名目があったからこそ彼女に頻繁に会うことが出来ていたのだ。
ベアトリスが恩返しを止めてしまえば、彼女がセドリックの婚約者ではなくなったいま、ほとんど顔を合わせる機会がないことに気づいてしまった。
しかもあの夜、ナイジェルは動揺のあまりベアトリスにひどい言葉を投げつけた。
あれは完全に八つ当たりだった。そもそもベアトリスはナイジェルの秘めたる思いに気づいていないのだ。それなのに勝手に傷ついたうえ、彼女を責めてしまった。なんという理不尽。
嫌われてしまったかもしれない。もう会えないかもしれない。
恋に破れた男のように、ナイジェルの心は乱れに乱れていた。
(お変わりは……なさそうだ)
数日ぶりにベアトリスを見て、ほっとしたような寂しいような複雑な気持ちになる。
彼女の隣には先日大司教の任を離れたユリシーズ・マニング枢機卿もいた。
ベアトリスは相変わらず無表情だが、ユリシーズは笑顔だ。いつもの貼り付けたような笑顔ではなく、自然な微笑みを浮かべているように見えるのは気のせいか。
「ふん。元婚約者の私より、よほど絵になるふたりだな」
「殿下、それは……」
「別に傷ついてなどないぞ! 最初から婚約者なんて関係ではなかったのだからなっ。同じ立場のマニング枢機卿のほうが、似合いなのも当然だ」
若干面白くなさそうなセドリックの呟きに、ナイジェルは肯定も否定も出来ずに、ただ拳をギュッと握りしめた。
*
*
剣技、魔法、体術と、様々な鍛練の合間を縫うようにして、セドリックとミッシェルは逢瀬を交わしている。
束の間のティータイムを庭園でとるふたりを、ナイジェルはすぐそばで護衛していた。
学生時代と比べるとふたりは相当疲れているようだが、あの頃よりふたりの醸す雰囲気は穏やかだ。
神託の内容は衝撃的だったが、吹っ切れたのだろう。あとは倒すべき敵だったベアトリスの存在がふたりの前から消えたことも大きいようだ。
「あ! マニング枢機卿!」
談笑していたミッシェルが、聖職者を数名連れて回廊を歩くユリシーズを見つけ手を振る。
ベアトリスは宮殿をすでに出たのか、姿は見えない。そのことに自分がほっとしたのか残念に思ったのか、ナイジェルにはわからなかった。
ユリシーズはわざわざ庭園に降りてきて、祈りの礼をとった。
いつ見ても中性的な美貌に作った笑顔を貼り付けている、胡散臭い男だ。
「運命の乙女、ごきげんよう。鍛錬は順調ですか?」
「はい! セドリック殿下と一緒にがんばっています。枢機卿は今日は何の御用で?」
「皇太子殿下から呼び出されまして。あなた方の婚約式典についてです」
あなた方、と手で示され、ミッシェルとセドリックはぽっと頬を染めた。
皇子妃になるのはまだ先だが、ミッシェルが養子入りし貴族令嬢となった為、婚約だけ先に済ませることになったのだ。同時に周辺国の来賓の前で、神託内容を公開することにもなっている。
そんななかなか重要な式典になるのだが、そこのところを現在頭の中がお花畑になっているふたりは理解しているのか。互いに目を合わせてはパッと顔を背けもじもじとしている。
近い将来勇者の親となるのに、焦りや緊張感がまるでない様子で、護衛しながら不安になってくる。
「あっ。そ、そうですか」
「す、枢機卿も出席してくれるのか」
「ええ。出席し、ベアトリス様をエスコートする予定でした」
「……でした?」
言葉尻に引っ掛かりを覚えナイジェルが問うと、ユリシーズはさも困ったという顔で答えた。
「それが、皇太子殿下がぜひベアトリス様をエスコートしたいとおっしゃって」
「兄上が? 側妃を伴うと思っていたが……まさか、あの噂は本当なのか?」
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