9 / 41
9話
しおりを挟む
学院では、マリエンザがいないのをいいことに、ダーマがツィータードをせっせと追いかけていた。
ふたりが気軽にランチをしているせいで噂はすでに既成事実の域と化している。
ある日、エスカ家の馬車にトラブルが起きて迎えが来ず、ダーマは車寄せで待ちぼうけをしていた。通りかかったツィータードは先日の礼だとドロレスト家の馬車で送ると言ってしまう。
鈍いところのあるツィータードは未だよく理解できていなかったのだ。
もちろん喜び勇んで馬車に乗りこんだダーマは、また侯爵邸に行きたがった。
「それはちょっと難しいんだ、屋敷で迎える客は執事が調整していて、いろいろうるさいから」
「え?だって執事でしょう?ご令息の言うことが聞けないなら辞めさせればよろしいのに?」
平然とそう言ったダーマに、ツィータードの目が丸くなる。
「だってツィータード様のほうが執事なんかよりえらいでしょ、自分の言うことを聞く者に取替えたらよろしいですわ」
ダーマはもう一度、ツィータードに教えてあげているとでも言わんばかりに言った。
「いや、執事は当主のスケジュールや、賓客を迎えるための警備レベルが変わったりとかそういう都合で言っているのだし、それが彼らの仕事なんだから辞めさせたりは」
「え?それなら、ツィータード様もご自身の大切な客を迎えることを、その都合とやらに入れさせればいいのですわ」
話が噛み合わない。
ふたりともそう感じていた。
─もうっ!ツィータード様ったらじれったいんだから!侯爵家のご令息なんだから、その力で私を招いてくださればいいのに。執事がなんだと言うの!お優しい方だから使用人にまで無理をさせないよう気遣いなさるのね。でも貴族と生まれたからにはその力を行使しなくては。ツィータード様が躊躇われるなら私がお支えして背中を押して差し上げればいいわ─
妄想は広がる。
─私が侯爵夫人になったら、言うことを聞かないような使用人はすぐ取り替えて差し上げなくてはね─
そう考えると、満足感が広がって幸せそうな笑みが浮かんだ。
そしてツィータードは。
─ダーマ嬢は何を言いたいんだ?ロランを辞めさせろだと?一体何のために?第一、家の使用人は父上の使用人なのに勝手にそんなことできるわけがない。家のすべてを取り仕切り、誰が客として相応しいかを判断するのはロランの仕事だ。我が家で大切な客と言ったら父上の客のこと。私の友人程度では話しにならんと言うのに─
一応、その線引きはできていた。
「と、とにかく無理なものは無理だから」
小窓を開け、急ぐよう御者に声をかけるツィータードには、ダーマがはしたなくチッと舌打ちをしたのは聞こえなかった。
エスカ男爵家に着くと、ダーマはツィータードに礼をしたいとなんとか家に入れようとする。
車寄せに止まった立派な馬車に驚いた男爵夫人が出てきて一緒に誘うので、とうとう断りきれなくなり、急ぐので茶だけいただいたらすぐ帰ると念を押したが。
娘が連れてきた素晴らしい客を、その母が簡単に放すわけはない。やれこの茶菓子を食べろ、この飲み物を飲め、家を案内するとあの手この手で絡めようとする。
さすがにツィータードも引き、不躾とは思ったが、出された一切に口をつけずに隙をついて馬車へ飛び乗った。
ろくな挨拶もせずに帰るなんて常識的にどうかと思ったが、初対面というのに夫人があまりに必死に縋りついてくるので怖くなったのだ。
─しつこすぎる!
あの母親には気をつけなくては!─
いや、気をつけるのはそこではない。
ロランがそばにいたら、きっとそう言っただろう。ツィータードの知らぬうちに、ダーマ・エスカの妄想を発端とした小さな渦は、エスカ男爵夫人まで巻き込み始めていた。
ふたりが気軽にランチをしているせいで噂はすでに既成事実の域と化している。
ある日、エスカ家の馬車にトラブルが起きて迎えが来ず、ダーマは車寄せで待ちぼうけをしていた。通りかかったツィータードは先日の礼だとドロレスト家の馬車で送ると言ってしまう。
鈍いところのあるツィータードは未だよく理解できていなかったのだ。
もちろん喜び勇んで馬車に乗りこんだダーマは、また侯爵邸に行きたがった。
「それはちょっと難しいんだ、屋敷で迎える客は執事が調整していて、いろいろうるさいから」
「え?だって執事でしょう?ご令息の言うことが聞けないなら辞めさせればよろしいのに?」
平然とそう言ったダーマに、ツィータードの目が丸くなる。
「だってツィータード様のほうが執事なんかよりえらいでしょ、自分の言うことを聞く者に取替えたらよろしいですわ」
ダーマはもう一度、ツィータードに教えてあげているとでも言わんばかりに言った。
「いや、執事は当主のスケジュールや、賓客を迎えるための警備レベルが変わったりとかそういう都合で言っているのだし、それが彼らの仕事なんだから辞めさせたりは」
「え?それなら、ツィータード様もご自身の大切な客を迎えることを、その都合とやらに入れさせればいいのですわ」
話が噛み合わない。
ふたりともそう感じていた。
─もうっ!ツィータード様ったらじれったいんだから!侯爵家のご令息なんだから、その力で私を招いてくださればいいのに。執事がなんだと言うの!お優しい方だから使用人にまで無理をさせないよう気遣いなさるのね。でも貴族と生まれたからにはその力を行使しなくては。ツィータード様が躊躇われるなら私がお支えして背中を押して差し上げればいいわ─
妄想は広がる。
─私が侯爵夫人になったら、言うことを聞かないような使用人はすぐ取り替えて差し上げなくてはね─
そう考えると、満足感が広がって幸せそうな笑みが浮かんだ。
そしてツィータードは。
─ダーマ嬢は何を言いたいんだ?ロランを辞めさせろだと?一体何のために?第一、家の使用人は父上の使用人なのに勝手にそんなことできるわけがない。家のすべてを取り仕切り、誰が客として相応しいかを判断するのはロランの仕事だ。我が家で大切な客と言ったら父上の客のこと。私の友人程度では話しにならんと言うのに─
一応、その線引きはできていた。
「と、とにかく無理なものは無理だから」
小窓を開け、急ぐよう御者に声をかけるツィータードには、ダーマがはしたなくチッと舌打ちをしたのは聞こえなかった。
エスカ男爵家に着くと、ダーマはツィータードに礼をしたいとなんとか家に入れようとする。
車寄せに止まった立派な馬車に驚いた男爵夫人が出てきて一緒に誘うので、とうとう断りきれなくなり、急ぐので茶だけいただいたらすぐ帰ると念を押したが。
娘が連れてきた素晴らしい客を、その母が簡単に放すわけはない。やれこの茶菓子を食べろ、この飲み物を飲め、家を案内するとあの手この手で絡めようとする。
さすがにツィータードも引き、不躾とは思ったが、出された一切に口をつけずに隙をついて馬車へ飛び乗った。
ろくな挨拶もせずに帰るなんて常識的にどうかと思ったが、初対面というのに夫人があまりに必死に縋りついてくるので怖くなったのだ。
─しつこすぎる!
あの母親には気をつけなくては!─
いや、気をつけるのはそこではない。
ロランがそばにいたら、きっとそう言っただろう。ツィータードの知らぬうちに、ダーマ・エスカの妄想を発端とした小さな渦は、エスカ男爵夫人まで巻き込み始めていた。
37
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。
カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。
「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」
そう、圭吾は約束した。
けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。
問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。
「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」
その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
悪役令嬢は高らかに笑う。
アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。
エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。
たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。
男爵令嬢に教えてもらった。
この世界は乙女ゲームの世界みたい。
なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。(話し方など)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる