【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる

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9話

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 学院では、マリエンザがいないのをいいことに、ダーマがツィータードをせっせと追いかけていた。
ふたりが気軽にランチをしているせいで噂はすでに既成事実の域と化している。

 ある日、エスカ家の馬車にトラブルが起きて迎えが来ず、ダーマは車寄せで待ちぼうけをしていた。通りかかったツィータードは先日の礼だとドロレスト家の馬車で送ると言ってしまう。
 鈍いところのあるツィータードは未だよく理解できていなかったのだ。

 もちろん喜び勇んで馬車に乗りこんだダーマは、また侯爵邸に行きたがった。

「それはちょっと難しいんだ、屋敷で迎える客は執事が調整していて、いろいろうるさいから」
「え?だって執事でしょう?ご令息の言うことが聞けないなら辞めさせればよろしいのに?」

 平然とそう言ったダーマに、ツィータードの目が丸くなる。

「だってツィータード様のほうが執事なんかよりえらいでしょ、自分の言うことを聞く者に取替えたらよろしいですわ」

 ダーマはもう一度、ツィータードに教えてあげているとでも言わんばかりに言った。

「いや、執事は当主のスケジュールや、賓客を迎えるための警備レベルが変わったりとかそういう都合で言っているのだし、それが彼らの仕事なんだから辞めさせたりは」

「え?それなら、ツィータード様もご自身の大切な客を迎えることを、その都合とやらに入れさせればいいのですわ」

 話が噛み合わない。
ふたりともそう感じていた。

─もうっ!ツィータード様ったらじれったいんだから!侯爵家のご令息なんだから、その力で私を招いてくださればいいのに。執事がなんだと言うの!お優しい方だから使用人にまで無理をさせないよう気遣いなさるのね。でも貴族と生まれたからにはその力を行使しなくては。ツィータード様が躊躇われるなら私がお支えして背中を押して差し上げればいいわ─

 妄想は広がる。

─私が侯爵夫人になったら、言うことを聞かないような使用人はすぐ取り替えて差し上げなくてはね─

 そう考えると、満足感が広がって幸せそうな笑みが浮かんだ。



 そしてツィータードは。

─ダーマ嬢は何を言いたいんだ?ロランを辞めさせろだと?一体何のために?第一、家の使用人は父上の使用人なのに勝手にそんなことできるわけがない。家のすべてを取り仕切り、誰が客として相応しいかを判断するのはロランの仕事だ。我が家で大切な客と言ったら父上の客のこと。私の友人程度では話しにならんと言うのに─

 一応、その線引きはできていた。

「と、とにかく無理なものは無理だから」

 小窓を開け、急ぐよう御者に声をかけるツィータードには、ダーマがはしたなくチッと舌打ちをしたのは聞こえなかった。

 エスカ男爵家に着くと、ダーマはツィータードに礼をしたいとなんとか家に入れようとする。
 車寄せに止まった立派な馬車に驚いた男爵夫人が出てきて一緒に誘うので、とうとう断りきれなくなり、急ぐので茶だけいただいたらすぐ帰ると念を押したが。
 娘が連れてきた素晴らしい客を、その母が簡単に放すわけはない。やれこの茶菓子を食べろ、この飲み物を飲め、家を案内するとあの手この手で絡めようとする。

 さすがにツィータードも引き、不躾とは思ったが、出された一切に口をつけずに隙をついて馬車へ飛び乗った。
 ろくな挨拶もせずに帰るなんて常識的にどうかと思ったが、初対面というのに夫人があまりに必死に縋りついてくるので怖くなったのだ。

─しつこすぎる!
あの母親には気をつけなくては!─

 いや、気をつけるのはそこではない。

 ロランがそばにいたら、きっとそう言っただろう。ツィータードの知らぬうちに、ダーマ・エスカの妄想を発端とした小さな渦は、エスカ男爵夫人まで巻き込み始めていた。
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