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16話
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『ムリエルガ領では全員が武器を持って戦う!』
そう言われたツィータードは、まだ信じられずにいた。
ロランとふたり、細い鎖を編んだ帷子を着せられて、細い剣を握らされ、大広場へと連れて行かれるところだ。
まわりを見ると既に支度をした騎士たちが馬を引いて並ぶ。女性たちもたくさんおり、そのほとんどは裾が細い動きやすそうなキュロットを履いて、肩には弓と矢入れをかけて落ち着いた様子で佇んでいる。
「全員って嘘じゃなかったんだ」
「ええ、女性たちまでも弓を引けるとは、さすがムリエルガ」
小さな声でロランと話していると、壇上にガンザルが現れた。
「皆、よく聞いてくれ。国境は越えられたが奴らはまだ砦の向こうにいる。弓隊は砦の上から騎士隊の援護を、騎士隊はラーダ、弓隊はマイガーの指示で動け」
壇上から叫んだあと。
飛び降りてツィータードのところにまっすぐやって来たガンザルが
「ほお、なんとか見られるようになったな」
片頬だけで馬鹿にしたようにくすりと笑った。
「ツィータード殿に万一のことがあると困るのだが、ここにいながら参戦しないなどとなれば我がムリエルガの民はマリエンザの夫とは永久に認めないだろうからな。マリエンザと結婚するためには形だけでも砦に上がらねばならん。
しかし、それだけで我らのツィータード殿への印象は格段に良くなるのだから、安いものだろう?
心配せずとも、砦の中でも安全なところにいさせてやるから安心しろ。そこの侍従もな」
ツィータードたちの護衛トリカルはそのままついていてよいと言われ、皆ムリエルガ家の馬を借りて砦へと向かわされた。
砦の上に上がると、多くの女性が既に待機しており、いつでも向かい撃てる状態だとわかる。
「弓隊のところまで襲撃されることはないと思いますが、この辺が一番安全ですからここにいてくださいよ」
案内にそう言われても、どこにいれば邪魔にならないのやらときょろきょろしてしまう。
ツィータードもロランも、本当の戦闘は初めてなのだから。
落ち着かずにいると、砦の下で歓声が上がった。
「マリ様!」
「マリ様ー!」
それが聞こえたツィータードは顔色を青く変え、階段を覗き込む。
下から真っ赤な髪がなびくのが見えた。
「マ・・リエン・・・ザ?」
「え?うそ!ツィータード様?なぜここに?」
「ガンザル様に連れてこられた」
「まあっ、お父さまってばお客様になんていうことを!申し訳ございません!敵兵の侵入を砦の中まで許すつもりはございませんけれど、ツィータード様は下がっていらしてください」
最早挨拶どころではない。
それだけ言うとテキパキと動き回り始めた細い肩にも、皆と同じように赤い弓をかけ矢入れを背負っている。
(まさかな)
そのまさかなのである。
息を殺し、来たるべき時を皆で待ち受けていると。
「来たぞーっ敵襲だーっ!」
遠くで叫び声が上がると、マイガーの指示で弓隊が配置につき、弓を構える。
その中にマリエンザがいた。
全身黒い出で立ちで他の女性たちと同じようにキュロットを履いているが、よく馴染んでいる赤い革製の保護具はマリエンザだけのようだ。
砦のもっとも突き出した所に陣取り、狙いを定めている。
「撃てっ!」
マイガーの号令で一斉に矢を放ち始めた。
何もできずにツィータードはただ、マリエンザの弓を引く姿に見惚れていた。
弓を得意とはしないツィータードでもわかるほどに、彼女は素早く次々と弓を放ち確実に仕留めていく素晴らしい射手だった!
─どうなっているんだ?これは誰だ?本当にマリエンザか?学院でいつもめそめそしていたマリエンザはどこにいったんだ?─
自分が知っている婚約者とは全く違う、凛々しく美しいマリエンザが敵を倒し続けていた。
「後方支援と言われたはずですが、マリ様お一人の攻撃で相手が全滅しそうですぞ」
マイガーが呆れたように言うと、まわりの女性たちがくすくすと笑うが、本当にそうなってもおかしくないほどの命中率だ。
「マリ様、お疲れになったでしょう?少し交代されては?」
「いいえ全然疲れてないわ、きっとあとで腕はぱんぱんになるだろうけど、今は楽しくてたまらないからいくらでも弓が引けるの。ほら見て!バタバタ倒れていくわ。私の矢をもっと持ってきてちょうだい」
にっこりと美しい笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言ったマリエンザだが、その一言にツィータードの胸は撃ち抜かれていた。
日差しを受け、燃えるような赤い髪を靡かせながら弓を引く姿は、まさに炎と戦いの女神ブライザのようですさまじい神々しさだ。
─マリエンザ、これは本当に私の婚約者なのか?・・・なんて、なんてかっこいいんだ!
ボーっと見惚れて立ち尽くすツィータードにマリエンザが声をかけたとき、既に勝負は決していた。
「ツィータード様?大丈夫ですか?ねえ」
ゆさゆさと揺さぶられてハッとすると、心配気にマリエンザが覗き込んでいる。
「あっ、ああ私は大丈夫、マリエンザは?」
「わたくし?大丈夫に決まってますわ。全滅させてやりましたもの。ふふふ」
─ぜ、全滅?
砦から下を覗き込むと、確かにほとんどの者にマリエンザ用の赤い矢が刺さって倒れている。
─嘘?本当に?
マイガーが笑いながら近づき褒める。
「あいかわらず見事な腕だ。すべて膝かアキレス狙いですか?」
「ええ。死なさず逃がさず捕虜にするには一番いいでしょう?彼らを引取らせるときに、あちらにたっぷり賠償金を払わせましょう」
そういうとふふっと笑う。
「しかしですな、マリ様。これはあまりに早すぎます。少しは他の者にも活躍の場を与えてやらねばいけませんよ。これではマリ様しか褒賞が貰えないではありませんか!」
「ちょっとやりすぎたかしら?ごめんなさいね。あまりに楽しくって止められなかったんですもの。私は褒賞はいらないから、参戦した者たちにそれでおいしいものを振る舞ってあげて。
それよりマイガー、聞いていたより敵兵はだいぶ少なかったのではないかしら?あっと言う間に終わってしまったけど、後続がいると厄介だから調べたほうがいいと思うわ」
そう言うと弓をくるりとまわして肩にかけた姿を、めちゃくちゃかっこいい!とツィータードが蕩けて見つめていた。
「ん?あのマリ様、こちらは?」
マイガーの視線は、マリエンザを見つめるツィータードを捉えている。
「ああ、紹介するわね、私の婚約者様」
砦の上にいた女性たちが、えっ!とざわめいた。
「ツィータード様よ。みなさんよろしくね」
そう言われたツィータードは、まだ信じられずにいた。
ロランとふたり、細い鎖を編んだ帷子を着せられて、細い剣を握らされ、大広場へと連れて行かれるところだ。
まわりを見ると既に支度をした騎士たちが馬を引いて並ぶ。女性たちもたくさんおり、そのほとんどは裾が細い動きやすそうなキュロットを履いて、肩には弓と矢入れをかけて落ち着いた様子で佇んでいる。
「全員って嘘じゃなかったんだ」
「ええ、女性たちまでも弓を引けるとは、さすがムリエルガ」
小さな声でロランと話していると、壇上にガンザルが現れた。
「皆、よく聞いてくれ。国境は越えられたが奴らはまだ砦の向こうにいる。弓隊は砦の上から騎士隊の援護を、騎士隊はラーダ、弓隊はマイガーの指示で動け」
壇上から叫んだあと。
飛び降りてツィータードのところにまっすぐやって来たガンザルが
「ほお、なんとか見られるようになったな」
片頬だけで馬鹿にしたようにくすりと笑った。
「ツィータード殿に万一のことがあると困るのだが、ここにいながら参戦しないなどとなれば我がムリエルガの民はマリエンザの夫とは永久に認めないだろうからな。マリエンザと結婚するためには形だけでも砦に上がらねばならん。
しかし、それだけで我らのツィータード殿への印象は格段に良くなるのだから、安いものだろう?
心配せずとも、砦の中でも安全なところにいさせてやるから安心しろ。そこの侍従もな」
ツィータードたちの護衛トリカルはそのままついていてよいと言われ、皆ムリエルガ家の馬を借りて砦へと向かわされた。
砦の上に上がると、多くの女性が既に待機しており、いつでも向かい撃てる状態だとわかる。
「弓隊のところまで襲撃されることはないと思いますが、この辺が一番安全ですからここにいてくださいよ」
案内にそう言われても、どこにいれば邪魔にならないのやらときょろきょろしてしまう。
ツィータードもロランも、本当の戦闘は初めてなのだから。
落ち着かずにいると、砦の下で歓声が上がった。
「マリ様!」
「マリ様ー!」
それが聞こえたツィータードは顔色を青く変え、階段を覗き込む。
下から真っ赤な髪がなびくのが見えた。
「マ・・リエン・・・ザ?」
「え?うそ!ツィータード様?なぜここに?」
「ガンザル様に連れてこられた」
「まあっ、お父さまってばお客様になんていうことを!申し訳ございません!敵兵の侵入を砦の中まで許すつもりはございませんけれど、ツィータード様は下がっていらしてください」
最早挨拶どころではない。
それだけ言うとテキパキと動き回り始めた細い肩にも、皆と同じように赤い弓をかけ矢入れを背負っている。
(まさかな)
そのまさかなのである。
息を殺し、来たるべき時を皆で待ち受けていると。
「来たぞーっ敵襲だーっ!」
遠くで叫び声が上がると、マイガーの指示で弓隊が配置につき、弓を構える。
その中にマリエンザがいた。
全身黒い出で立ちで他の女性たちと同じようにキュロットを履いているが、よく馴染んでいる赤い革製の保護具はマリエンザだけのようだ。
砦のもっとも突き出した所に陣取り、狙いを定めている。
「撃てっ!」
マイガーの号令で一斉に矢を放ち始めた。
何もできずにツィータードはただ、マリエンザの弓を引く姿に見惚れていた。
弓を得意とはしないツィータードでもわかるほどに、彼女は素早く次々と弓を放ち確実に仕留めていく素晴らしい射手だった!
─どうなっているんだ?これは誰だ?本当にマリエンザか?学院でいつもめそめそしていたマリエンザはどこにいったんだ?─
自分が知っている婚約者とは全く違う、凛々しく美しいマリエンザが敵を倒し続けていた。
「後方支援と言われたはずですが、マリ様お一人の攻撃で相手が全滅しそうですぞ」
マイガーが呆れたように言うと、まわりの女性たちがくすくすと笑うが、本当にそうなってもおかしくないほどの命中率だ。
「マリ様、お疲れになったでしょう?少し交代されては?」
「いいえ全然疲れてないわ、きっとあとで腕はぱんぱんになるだろうけど、今は楽しくてたまらないからいくらでも弓が引けるの。ほら見て!バタバタ倒れていくわ。私の矢をもっと持ってきてちょうだい」
にっこりと美しい笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言ったマリエンザだが、その一言にツィータードの胸は撃ち抜かれていた。
日差しを受け、燃えるような赤い髪を靡かせながら弓を引く姿は、まさに炎と戦いの女神ブライザのようですさまじい神々しさだ。
─マリエンザ、これは本当に私の婚約者なのか?・・・なんて、なんてかっこいいんだ!
ボーっと見惚れて立ち尽くすツィータードにマリエンザが声をかけたとき、既に勝負は決していた。
「ツィータード様?大丈夫ですか?ねえ」
ゆさゆさと揺さぶられてハッとすると、心配気にマリエンザが覗き込んでいる。
「あっ、ああ私は大丈夫、マリエンザは?」
「わたくし?大丈夫に決まってますわ。全滅させてやりましたもの。ふふふ」
─ぜ、全滅?
砦から下を覗き込むと、確かにほとんどの者にマリエンザ用の赤い矢が刺さって倒れている。
─嘘?本当に?
マイガーが笑いながら近づき褒める。
「あいかわらず見事な腕だ。すべて膝かアキレス狙いですか?」
「ええ。死なさず逃がさず捕虜にするには一番いいでしょう?彼らを引取らせるときに、あちらにたっぷり賠償金を払わせましょう」
そういうとふふっと笑う。
「しかしですな、マリ様。これはあまりに早すぎます。少しは他の者にも活躍の場を与えてやらねばいけませんよ。これではマリ様しか褒賞が貰えないではありませんか!」
「ちょっとやりすぎたかしら?ごめんなさいね。あまりに楽しくって止められなかったんですもの。私は褒賞はいらないから、参戦した者たちにそれでおいしいものを振る舞ってあげて。
それよりマイガー、聞いていたより敵兵はだいぶ少なかったのではないかしら?あっと言う間に終わってしまったけど、後続がいると厄介だから調べたほうがいいと思うわ」
そう言うと弓をくるりとまわして肩にかけた姿を、めちゃくちゃかっこいい!とツィータードが蕩けて見つめていた。
「ん?あのマリ様、こちらは?」
マイガーの視線は、マリエンザを見つめるツィータードを捉えている。
「ああ、紹介するわね、私の婚約者様」
砦の上にいた女性たちが、えっ!とざわめいた。
「ツィータード様よ。みなさんよろしくね」
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