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20話
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ムリエルガ辺境伯家の弓道場で、マリエンザはその素晴らしい弓の腕を披露し、ツィータードの頭上に乗せられた小さな的を撃ち抜いた。
しかし、その瞬間にツィータードは恐怖に負けたらしく、がっくりと力なく項垂れている。
「大丈夫ですか?」
そばに控えていた騎士が声をかけるも反応がない。
しゃがんで覗き込むと、白目を剥いて気絶していた。
「ふっ」
笑っては気の毒だと思ったが、堪えきれず漏れてしまう。
容姿端麗の男でも、白目を剥くとこうなるのかと思うと、我慢できずに肩が揺れてしまった。
「ツィータード様は大丈夫?」
射場からマリエンザが声をかけてきたので、親指と人さし指で丸くして見せ、
「気を失われたようです」
とだけ答えて、ツィータードを揺さぶった。
目は白目を剥いたまま、揺さぶられると口も開いていってしまう。
「こりゃひどいな」
いくらなんでもかわいそうかと、ツィータードの体を押さえながら的に拘束していた紐をほどき、肩に担ぎながらハンカチを握った手で口を閉じてやる。
「いくらかマシになったか」
マリエンザが弓を置いて駆けつけてきたときは、騎士により、やや白目が見える程度に整えられて、ただ気を失っているツィータードにしか見えなかった。
「悪いけど、そのまま客間へ運んでやってもらえるかしら」
騎士は無言で頷く。
弓道場の扉を開けると、ロランとトリカルが気絶したツィータードを見て絶句し掴みかかってきたが、マリエンザが止めて大事になることは避けられた。
「落ち着いて。ちょっと刺激が強すぎたみたいで気を失っているけど、傷一つないから安心なさい」
「そう言われても自分で確認しないと信じられません」
ロランが言い返すと、
「そうね、このまま客間へ連れて行くから、そちらで好きなだけ確認するといいわ」
客間に寝かされたツィータードは、確かに怪我などは一つもなかった。
弓道場は閉め切られて中が見えなかったので、一体何があり、この事態に陥ったのかがまるっきりわからない。ロランもトリカルも止められても中に入るべきだったと悔やみながら、意識が戻らぬツィータードの手を擦り続ける。
血の気は引いて白ずんでいるが温かさを保った大きな手。
「ツィータード様、早くお目覚めください」
マリエンザが様子を見に行く度、ロランは双眸に涙をため、主の目が覚めるまで寄り添い続けていた。
まる一日経って漸く目覚めたツィータードは、
「生きてる?生きてたぁぁぁーっ!」
と一言叫ぶと、また気を失った。
寝ずについていたロランは安堵し、そのままツィータードの寝台に突っ伏して眠りに落ちて。トリカルが主の声に部屋を覗くと、二人揃ってすやすやと寝息を立てているところで。
「お目覚めになったようだが、また眠られたのか?」
生きてたー!と叫んだのがツィータードだと確信があったので、トリカルは二人をそのまま寝かせておくことにした。
夕餉の時刻が近づいた頃、やっとツィータードが起き出してくる。
「おい、ロラン起きろ」
寝台に上半身をうつ伏せに、気持ち良さそうに眠る侍従を揺り起こす。
「う、うん」
「ロランっ!」
耳元で大きな声で呼ぶと、ガバッと起き上がってきょろきょろとした。
目があうと
「ツィータードさまぁ!ご無事で本当によかったぁぁ!」
情けない声で喜んだ。
後ろに立つトリカルがにやにやと笑っている。
「ツィータード様、弓道場でいったい何があったんですか?」
気になっていたことをトリカルが訊ねると、スッキリ目覚めたはずのツィータードは顔色が青くなり、カタカタ震え始めた。
「うっ、うん・・・・人生で一番おそろしいことが起きた・・・・。ムリエルガの者が強いというのは、ただ武力があるというだけじゃない。あんな恐ろしいことを平気でやってのけ、耐えられる・・・・」
「も、もうやめましょう!違うことを考えてね、ほら、もうドロレスト領に帰れるんですから」
震えるツィータードの気持ちを切り替えさせようと、ロランが話題を変えようとしたが。
「いいか。マリエンザやムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるなよ」
真剣に、ほんの少しの浮つきもない声で、ツィータードは侍従と護衛に言い聞かせると、ホッと息を吐いて。
「腹が減ったな。湯浴みをして、なにか食べ物をもらうとしよう」
ロランに湯の準備を促した。
「なあ、トリカル」
何か話したそうなので、護衛は黙ってそばに寄る。
「私たちの結婚は、国王陛下が解消しない限り、自分たちの気持ちにどんな変化があろうとも成さねばならない。私はかねてよりもっと、マリエンザと向き合うべきだった。まあ、彼女もよく見せようといろいろ隠していたようだが」
「そのようですね」
「ここで見たマリエンザは学院にいたときと別人だが、学院のマリエンザは彼女がそう見せようと作り出した幻のようなものだ」
うまいことを言うなとトリカルは思っていた。
「令嬢としては、学院のマリエンザが正しいのだろうな。笑いながら敵をバタバタ倒して全滅させて楽しかったなどという令嬢は、たぶんこの国にマリエンザ唯一人だ」
淡々と話しているが、よく聞くと恐ろしいことを言っている。
「私は」
トリカルが、遠く窓の外を見るツィータードの青い目に映るものを探すと、庭園で花を愛でるマリエンザがいる。
「めそめそ泣く彼女より、数万倍恐ろしい、まさに苛烈と言えるマリエンザに憧れている。おかしいと思うか?」
そう言ったツィータードの顔は、やさしく微笑んでいて。
「いえ、どんなマリエンザ様でもお心が変わらないと言えるのは素晴らしいことと思いますよ」
笑いを堪えたトリカルに視線を戻すと、ツィータードはカラカラと笑いながら言った。
「いや、お心は変わったんだよ。おとなしくて美しいご令嬢然としていたマリエンザはそれほど興味がなかったのに、鬼神のようなマリエンザが好きだなんて頭がおかしいんじゃないかと、我ながら心配になったのさ」
しかし、その瞬間にツィータードは恐怖に負けたらしく、がっくりと力なく項垂れている。
「大丈夫ですか?」
そばに控えていた騎士が声をかけるも反応がない。
しゃがんで覗き込むと、白目を剥いて気絶していた。
「ふっ」
笑っては気の毒だと思ったが、堪えきれず漏れてしまう。
容姿端麗の男でも、白目を剥くとこうなるのかと思うと、我慢できずに肩が揺れてしまった。
「ツィータード様は大丈夫?」
射場からマリエンザが声をかけてきたので、親指と人さし指で丸くして見せ、
「気を失われたようです」
とだけ答えて、ツィータードを揺さぶった。
目は白目を剥いたまま、揺さぶられると口も開いていってしまう。
「こりゃひどいな」
いくらなんでもかわいそうかと、ツィータードの体を押さえながら的に拘束していた紐をほどき、肩に担ぎながらハンカチを握った手で口を閉じてやる。
「いくらかマシになったか」
マリエンザが弓を置いて駆けつけてきたときは、騎士により、やや白目が見える程度に整えられて、ただ気を失っているツィータードにしか見えなかった。
「悪いけど、そのまま客間へ運んでやってもらえるかしら」
騎士は無言で頷く。
弓道場の扉を開けると、ロランとトリカルが気絶したツィータードを見て絶句し掴みかかってきたが、マリエンザが止めて大事になることは避けられた。
「落ち着いて。ちょっと刺激が強すぎたみたいで気を失っているけど、傷一つないから安心なさい」
「そう言われても自分で確認しないと信じられません」
ロランが言い返すと、
「そうね、このまま客間へ連れて行くから、そちらで好きなだけ確認するといいわ」
客間に寝かされたツィータードは、確かに怪我などは一つもなかった。
弓道場は閉め切られて中が見えなかったので、一体何があり、この事態に陥ったのかがまるっきりわからない。ロランもトリカルも止められても中に入るべきだったと悔やみながら、意識が戻らぬツィータードの手を擦り続ける。
血の気は引いて白ずんでいるが温かさを保った大きな手。
「ツィータード様、早くお目覚めください」
マリエンザが様子を見に行く度、ロランは双眸に涙をため、主の目が覚めるまで寄り添い続けていた。
まる一日経って漸く目覚めたツィータードは、
「生きてる?生きてたぁぁぁーっ!」
と一言叫ぶと、また気を失った。
寝ずについていたロランは安堵し、そのままツィータードの寝台に突っ伏して眠りに落ちて。トリカルが主の声に部屋を覗くと、二人揃ってすやすやと寝息を立てているところで。
「お目覚めになったようだが、また眠られたのか?」
生きてたー!と叫んだのがツィータードだと確信があったので、トリカルは二人をそのまま寝かせておくことにした。
夕餉の時刻が近づいた頃、やっとツィータードが起き出してくる。
「おい、ロラン起きろ」
寝台に上半身をうつ伏せに、気持ち良さそうに眠る侍従を揺り起こす。
「う、うん」
「ロランっ!」
耳元で大きな声で呼ぶと、ガバッと起き上がってきょろきょろとした。
目があうと
「ツィータードさまぁ!ご無事で本当によかったぁぁ!」
情けない声で喜んだ。
後ろに立つトリカルがにやにやと笑っている。
「ツィータード様、弓道場でいったい何があったんですか?」
気になっていたことをトリカルが訊ねると、スッキリ目覚めたはずのツィータードは顔色が青くなり、カタカタ震え始めた。
「うっ、うん・・・・人生で一番おそろしいことが起きた・・・・。ムリエルガの者が強いというのは、ただ武力があるというだけじゃない。あんな恐ろしいことを平気でやってのけ、耐えられる・・・・」
「も、もうやめましょう!違うことを考えてね、ほら、もうドロレスト領に帰れるんですから」
震えるツィータードの気持ちを切り替えさせようと、ロランが話題を変えようとしたが。
「いいか。マリエンザやムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるなよ」
真剣に、ほんの少しの浮つきもない声で、ツィータードは侍従と護衛に言い聞かせると、ホッと息を吐いて。
「腹が減ったな。湯浴みをして、なにか食べ物をもらうとしよう」
ロランに湯の準備を促した。
「なあ、トリカル」
何か話したそうなので、護衛は黙ってそばに寄る。
「私たちの結婚は、国王陛下が解消しない限り、自分たちの気持ちにどんな変化があろうとも成さねばならない。私はかねてよりもっと、マリエンザと向き合うべきだった。まあ、彼女もよく見せようといろいろ隠していたようだが」
「そのようですね」
「ここで見たマリエンザは学院にいたときと別人だが、学院のマリエンザは彼女がそう見せようと作り出した幻のようなものだ」
うまいことを言うなとトリカルは思っていた。
「令嬢としては、学院のマリエンザが正しいのだろうな。笑いながら敵をバタバタ倒して全滅させて楽しかったなどという令嬢は、たぶんこの国にマリエンザ唯一人だ」
淡々と話しているが、よく聞くと恐ろしいことを言っている。
「私は」
トリカルが、遠く窓の外を見るツィータードの青い目に映るものを探すと、庭園で花を愛でるマリエンザがいる。
「めそめそ泣く彼女より、数万倍恐ろしい、まさに苛烈と言えるマリエンザに憧れている。おかしいと思うか?」
そう言ったツィータードの顔は、やさしく微笑んでいて。
「いえ、どんなマリエンザ様でもお心が変わらないと言えるのは素晴らしいことと思いますよ」
笑いを堪えたトリカルに視線を戻すと、ツィータードはカラカラと笑いながら言った。
「いや、お心は変わったんだよ。おとなしくて美しいご令嬢然としていたマリエンザはそれほど興味がなかったのに、鬼神のようなマリエンザが好きだなんて頭がおかしいんじゃないかと、我ながら心配になったのさ」
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