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32話
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ドロレスト侯爵家では、先に帰宅していたツィータードが両親の帰宅を待ち受けていた。
「ではまずツィータードの話を聞こう」
ハーバル・ドロレスト侯爵が今日学院で起きたことを報告させる。
「ダーマ嬢に襲われたマリは、サッシュベルトを鞭のように振って、ダーマ嬢を弾き飛ばした。それからがすごいんですよ私のマリは!
投擲ナイフでシュタタッて、ダーマ嬢のドレスの裾を床に打ち付けて動けなくしたんだんだ!」
イルメリアも「マリは武術に長けている」と言っていたが。息子から聞いてもなお信じることができずにいた。
「なぜマリエンザ嬢が投擲ナイフを投げたなどというのだ?辺境伯のご令嬢ではないか、できるわけがない!担ぐのはやめろ」
「父上。信じられないかもしれませんが、マリは、いえ、ムリエルガ領では貴族のご令嬢でも平民の婦女でも関係なく幼少から武術を学ぶのです。実は話していませんでしたが、ムリエルガ滞在中に隣国から侵攻があったのですが」
「なに?それは・・・」
─確かにイルメリアもそんなことを言っていた─
「はい、国境ではそれほど珍しくはないそうですが。その時私は確かに見たのです。迎え撃つ騎士を援護するために、砦から弓を打つ女性たちを。そしてほとんどの敵兵をその弓隊が倒していたことを」
ハーバルは顎に手をやり、小さく呻く。
「信じられない。しかし、それが本当なら」
「ええ、本当だからこそ、辺境伯自慢のあの軍事力なのです」
さすがのメルマもただ驚いているだけ。
「あのおとなしいマリエンザ嬢が」
「それがですね」
ツィータードは急にもじもじした。
「実はおとなしいマリは、私によく見られたいとそのように振る舞っていただけなのです」
「え?」
侯爵夫妻は顔を見合わせたかと思うと、吹き出した。笑う両親を見ながら、ツィータードはうっとりと言う。
「本当のマリは、残酷なまでに強くて美しいんだ」
「ん?」
ムリエルガ領から戻ったツィータードが、マリエンザと以前より親しくなったのは侯爵夫妻も気づいていたが、その理由はマリエンザの一途な気持ちに気づいたからだと思っていた。
しかし、なんだかどうも違うらしい。
マリエンザの勇姿を思い出して気持ち悪くにやけるツィータードに、メルマが訊いた。
「そうだわ!イルメリア夫人がおっしゃったの。慰謝料はいらないけれどムリエルガ流の謝罪を関係者に求めると。わが家についてはツィータードが立派な謝罪を行ったからもう謝罪は不要ということだったのだけれど、あなたはどう謝罪したの?」
ツィータードは瞬時に固まった。
にやけ顔も消え、思い出したくないことに触れられたような表情で、油の切れた機械のようにかくかく動きながらメルマを見る。
「あ・・・あ・・れを?や・・・ると・・」
みるみるうちに顔は青ざめ、カタカタと震えだす。
「ツィータード?ターディ大丈夫なの?」
「あ、あ、ああ・・あんな恐ろしいことを・・」
ふらりとバランスを崩してソファに倒れ込むと、頭を抱えて小さく丸くなる。
「あっあっこ、こわい・・怖いよう」
急に様子が変わったツィータードを心配して、メルマがその背に触れると
「ひっ!」
悲鳴を上げて気を失った。
ハーバルが焦ってその体をソファに横たえ、医師と、ムリエルガに同道したロランとトリカルを呼ぶよう言いつけて。
「一体ムリエルガで何があった?」
「私が知っていたら聞いたりしませんわよ」
「ツィータードの様子から察するによほどのことに違いない。大丈夫なのだろうか」
ノック音とともにロランとトリカルがやってきた。
ツィータードが青い顔で横たわっているのを見て驚いたようだ。
「ふたりに訊きたい。ムリエルガの謝罪とはなんだ?」
ハッとした顔をしたが、すぐ済まなそうに頭を下げると
「申し訳ございません。私どもも詳しくは知らないのでございます。わかるのは、弓道場で行われたということだけで」
「弓道場?」
「はい、私どもは締め出されて、次にツィータード様にお会いできたときは気を失われており、目覚めて以後、何があったかには決して触れようとはなさいません」
ロランが一気に話すと、最後にトリカルが付け加えた。
「マリエンザ様やムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるな」
そう自分たちに言い聞かせたと。
本来なら、護衛が主から引き離されるなど許されないが。
項垂れ言葉少なく語るふたりに、それ以上言うのは酷な気がした。
「そうだ、おまえたちもムリエルガ領の女性の弓隊を見たのか?」
一度下がって良いと言ったあと、部屋を出ようというふたりにハーバルが問う。
「弓ですか。はい、この目で確かに。皆、素晴らしい強さでした」
「マリエンザ嬢もか?」
ロランは迷わず「はい」と答える。
今度こそ手を振って使用人を下がらせると、ハーバルはまだ目を覚まさないツィータードを見ながら言った。
「どうやらこれは、謝ればいいという簡単なことではなさそうだ」
「ではまずツィータードの話を聞こう」
ハーバル・ドロレスト侯爵が今日学院で起きたことを報告させる。
「ダーマ嬢に襲われたマリは、サッシュベルトを鞭のように振って、ダーマ嬢を弾き飛ばした。それからがすごいんですよ私のマリは!
投擲ナイフでシュタタッて、ダーマ嬢のドレスの裾を床に打ち付けて動けなくしたんだんだ!」
イルメリアも「マリは武術に長けている」と言っていたが。息子から聞いてもなお信じることができずにいた。
「なぜマリエンザ嬢が投擲ナイフを投げたなどというのだ?辺境伯のご令嬢ではないか、できるわけがない!担ぐのはやめろ」
「父上。信じられないかもしれませんが、マリは、いえ、ムリエルガ領では貴族のご令嬢でも平民の婦女でも関係なく幼少から武術を学ぶのです。実は話していませんでしたが、ムリエルガ滞在中に隣国から侵攻があったのですが」
「なに?それは・・・」
─確かにイルメリアもそんなことを言っていた─
「はい、国境ではそれほど珍しくはないそうですが。その時私は確かに見たのです。迎え撃つ騎士を援護するために、砦から弓を打つ女性たちを。そしてほとんどの敵兵をその弓隊が倒していたことを」
ハーバルは顎に手をやり、小さく呻く。
「信じられない。しかし、それが本当なら」
「ええ、本当だからこそ、辺境伯自慢のあの軍事力なのです」
さすがのメルマもただ驚いているだけ。
「あのおとなしいマリエンザ嬢が」
「それがですね」
ツィータードは急にもじもじした。
「実はおとなしいマリは、私によく見られたいとそのように振る舞っていただけなのです」
「え?」
侯爵夫妻は顔を見合わせたかと思うと、吹き出した。笑う両親を見ながら、ツィータードはうっとりと言う。
「本当のマリは、残酷なまでに強くて美しいんだ」
「ん?」
ムリエルガ領から戻ったツィータードが、マリエンザと以前より親しくなったのは侯爵夫妻も気づいていたが、その理由はマリエンザの一途な気持ちに気づいたからだと思っていた。
しかし、なんだかどうも違うらしい。
マリエンザの勇姿を思い出して気持ち悪くにやけるツィータードに、メルマが訊いた。
「そうだわ!イルメリア夫人がおっしゃったの。慰謝料はいらないけれどムリエルガ流の謝罪を関係者に求めると。わが家についてはツィータードが立派な謝罪を行ったからもう謝罪は不要ということだったのだけれど、あなたはどう謝罪したの?」
ツィータードは瞬時に固まった。
にやけ顔も消え、思い出したくないことに触れられたような表情で、油の切れた機械のようにかくかく動きながらメルマを見る。
「あ・・・あ・・れを?や・・・ると・・」
みるみるうちに顔は青ざめ、カタカタと震えだす。
「ツィータード?ターディ大丈夫なの?」
「あ、あ、ああ・・あんな恐ろしいことを・・」
ふらりとバランスを崩してソファに倒れ込むと、頭を抱えて小さく丸くなる。
「あっあっこ、こわい・・怖いよう」
急に様子が変わったツィータードを心配して、メルマがその背に触れると
「ひっ!」
悲鳴を上げて気を失った。
ハーバルが焦ってその体をソファに横たえ、医師と、ムリエルガに同道したロランとトリカルを呼ぶよう言いつけて。
「一体ムリエルガで何があった?」
「私が知っていたら聞いたりしませんわよ」
「ツィータードの様子から察するによほどのことに違いない。大丈夫なのだろうか」
ノック音とともにロランとトリカルがやってきた。
ツィータードが青い顔で横たわっているのを見て驚いたようだ。
「ふたりに訊きたい。ムリエルガの謝罪とはなんだ?」
ハッとした顔をしたが、すぐ済まなそうに頭を下げると
「申し訳ございません。私どもも詳しくは知らないのでございます。わかるのは、弓道場で行われたということだけで」
「弓道場?」
「はい、私どもは締め出されて、次にツィータード様にお会いできたときは気を失われており、目覚めて以後、何があったかには決して触れようとはなさいません」
ロランが一気に話すと、最後にトリカルが付け加えた。
「マリエンザ様やムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるな」
そう自分たちに言い聞かせたと。
本来なら、護衛が主から引き離されるなど許されないが。
項垂れ言葉少なく語るふたりに、それ以上言うのは酷な気がした。
「そうだ、おまえたちもムリエルガ領の女性の弓隊を見たのか?」
一度下がって良いと言ったあと、部屋を出ようというふたりにハーバルが問う。
「弓ですか。はい、この目で確かに。皆、素晴らしい強さでした」
「マリエンザ嬢もか?」
ロランは迷わず「はい」と答える。
今度こそ手を振って使用人を下がらせると、ハーバルはまだ目を覚まさないツィータードを見ながら言った。
「どうやらこれは、謝ればいいという簡単なことではなさそうだ」
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