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34話
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弓道場で、体中の水分が汗となって流れ出ているようなスメロニ校長は、マリエンザに狙われていた。
「ムリエルガ嬢、や、やめてくれっ!このとおりだ、謝罪ならいくらでも、土下座でも、なんなら靴でも舐める!頼むからやめて!やめてくれーっ」
一度弓をおろしたマリエンザは、呆れたようにくるりと弓を回して、自分の懇願を聞き届けてやめてくれたのだとほっとしたスメロニ校長に笑いかけた。
「校長先生?ムリエルガでは、そんな命乞いされる殿方は軽蔑されますのよ?すぐ済みますから、覚悟を決めて黙っていらしてくださいませんこと?」
─くくっ、その冷たく見下ろした感じがなんとも凛々しくてかっこいいな!─
両手を祈るように握りしめてにやける情けないツィータードとは反対に、弓を持ち見たことのない気迫を感じさせるマリエンザに、ハーバルは圧倒されている。メルマもだ。
─これが未来のドロレスト侯爵夫人?─
体は弱いが、その精神力や決断力で女傑と呼ばれるメルマですら想像もしなかった、貴族令嬢の枠にはおさまらないマリエンザの姿を見て、トリカルがツィータードから言われたと話してくれたことを思いだした。
『マリエンザやムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるなよ』
仲良くなったと思ったらすっかり尻に敷かれたなと侯爵夫妻は笑ったのだが、その言葉の意味がようやく正しく理解できた。
ツィータードもムリエルガでこれを経験したのだ!だから許された!
ハーバルとメルマは目を見合わせて、ぶるぶると震え上がった。
「さあ、校長先生!お口を閉じてくださいませ」
スメロニ校長は既に涙を流している。
わざとでは?というほど大きく震えて、目をぎゅうっと強く瞑って。何か祈りの言葉をブツブツと呟いているようだ。
「行きますっ」
ひゅんっ!
矢はスメロニ校長の頭にあった的を真っ二つに割り落としている。
「うわあ、さすがだマリ!」
怖くて見ていられない!と矢を放った瞬間に目を瞑った者は、どすっと矢が的に中った音と、ツィータードの歓声にそろそろと瞼を開けた。
スメロニ校長はがっくりと頭を下げて縄にもたれかかっている。気絶したようだが、怪我はしていないようだ。
「すごい!なんという腕だ」
ハーバルが呻くと、イルメリアがうれしそうに
「お褒めに預かりあの子も喜びますわ。申しましたでしょう、ムリエルガの赤い弓と呼ばれておりますと」
そう、本当にそれは貴族のご令嬢のものとは思えないものだった。
「だから言ったではありませんか!マリは侵略者をあの弓でほぼ全滅させたんですよ。しかも笑いながら。あの余裕はすごかったなぁ」
ツィータードはマリエンザを褒めたのだが『笑いながら敵を全滅』と聞いた、縄をかけられている者はさらに震え上がった。
猿轡をされたダーマも、目から涙をぽろぽろとこぼしながら、うぐうぐと言って身を捩らせている。
侯爵夫妻も歯を食いしばって我慢しているが、未来の嫁が怖すぎて気を緩めたら倒れてしまいそうだった・・・・・。
「見事だマリエンザ!では次。エスカ男爵かドレロ先生のどちらにしようか、迷うところなんたが」
男爵とドレロはお互いを見た。
ふたりとも顔が真っ青だ。
「考えても仕方ないから、ふたり一緒に並べよう!」
ガンザルの言葉に、ナーガとドランが二人を引きずって的場へと連れて行く。
「いや、あの、だれかぁったす、たすけてぇ」
助けられる者はここには誰もいない。腹を括るしかないのである。
今度は頭の上と両手に的を持たせて、マリエンザが狙いを定めた。
「どちらからにしようかしら」
小さな呟きのあと、うふふと楽しそうな笑い声がもれて、マリエンザの背後に控えている侯爵夫妻とダーマ、フェリは体の芯から凍りついている。
「行きますっ」
最初にドレロの右手を狙った。
どすっと的に中てて割れたが、他の的を落としてしまったので、もう一度頭の上と左手に的を持たされる。
「ドレロ先生、続きはあとにいたしますわね。ちょっとおやすみになって」
─蛇の生殺しだ!武士の情けで一気にやってやれ─
泣きながら固まっているドレロに、ハーバルは同情した。
マリエンザは次にエスカ男爵に視線をやると、左手を狙う。
これも真っ二つに割ったが、男爵はスメロニと同じように気絶してしまった。
「もう、だらしないですわねえ。これでは謝罪したとはなりませんことよ」
ドレロの耳にも聴こえたそれは、恐ろしさに自分も気を失ってしまいたかったドレロの意識を保たせるのに十分な役割を果たした。
意識を失ったら・・・マリエンザが謝罪と認めるまで叩き起こされやり直し続けるかもしれないと、空恐ろしい考えが頭をよぎったからだ。
ドレロは死ぬ気でがんばった。
幸いマリエンザは弓の腕が素晴らしいようだ。足はガクガクしているが、目をギュッと力を込めて瞑り、時間が経つのを待った。
右手の的、頭上の的が割られると、ムリエルガ勢から拍手と歓声が上がって、ナーガが縄を解きに来てくれた。
「おめでとうございます!これであなたは謝罪をしたと見做されましたよ。よかったですね」
しかし縄を解かれたら足がもつれて倒れてしまう。
「意外と根性があるな!と思ったが、ヤセ我慢だったか。まあよいわ。これにて謝罪を受けたと見做そう」
ガンザルが宣言し、ドレロの謝罪は正式にマリエンザに受け入れられた。
「ムリエルガ嬢、や、やめてくれっ!このとおりだ、謝罪ならいくらでも、土下座でも、なんなら靴でも舐める!頼むからやめて!やめてくれーっ」
一度弓をおろしたマリエンザは、呆れたようにくるりと弓を回して、自分の懇願を聞き届けてやめてくれたのだとほっとしたスメロニ校長に笑いかけた。
「校長先生?ムリエルガでは、そんな命乞いされる殿方は軽蔑されますのよ?すぐ済みますから、覚悟を決めて黙っていらしてくださいませんこと?」
─くくっ、その冷たく見下ろした感じがなんとも凛々しくてかっこいいな!─
両手を祈るように握りしめてにやける情けないツィータードとは反対に、弓を持ち見たことのない気迫を感じさせるマリエンザに、ハーバルは圧倒されている。メルマもだ。
─これが未来のドロレスト侯爵夫人?─
体は弱いが、その精神力や決断力で女傑と呼ばれるメルマですら想像もしなかった、貴族令嬢の枠にはおさまらないマリエンザの姿を見て、トリカルがツィータードから言われたと話してくれたことを思いだした。
『マリエンザやムリエルガの人間には、けっして!けーっして逆らってはダメだ。私は炎の女神のように気高く美しく、そして鬼のように恐ろしいマリエンザと結婚したら、一生逆らわないし、絶対に裏切らない!おまえたちもそれを忘れるなよ』
仲良くなったと思ったらすっかり尻に敷かれたなと侯爵夫妻は笑ったのだが、その言葉の意味がようやく正しく理解できた。
ツィータードもムリエルガでこれを経験したのだ!だから許された!
ハーバルとメルマは目を見合わせて、ぶるぶると震え上がった。
「さあ、校長先生!お口を閉じてくださいませ」
スメロニ校長は既に涙を流している。
わざとでは?というほど大きく震えて、目をぎゅうっと強く瞑って。何か祈りの言葉をブツブツと呟いているようだ。
「行きますっ」
ひゅんっ!
矢はスメロニ校長の頭にあった的を真っ二つに割り落としている。
「うわあ、さすがだマリ!」
怖くて見ていられない!と矢を放った瞬間に目を瞑った者は、どすっと矢が的に中った音と、ツィータードの歓声にそろそろと瞼を開けた。
スメロニ校長はがっくりと頭を下げて縄にもたれかかっている。気絶したようだが、怪我はしていないようだ。
「すごい!なんという腕だ」
ハーバルが呻くと、イルメリアがうれしそうに
「お褒めに預かりあの子も喜びますわ。申しましたでしょう、ムリエルガの赤い弓と呼ばれておりますと」
そう、本当にそれは貴族のご令嬢のものとは思えないものだった。
「だから言ったではありませんか!マリは侵略者をあの弓でほぼ全滅させたんですよ。しかも笑いながら。あの余裕はすごかったなぁ」
ツィータードはマリエンザを褒めたのだが『笑いながら敵を全滅』と聞いた、縄をかけられている者はさらに震え上がった。
猿轡をされたダーマも、目から涙をぽろぽろとこぼしながら、うぐうぐと言って身を捩らせている。
侯爵夫妻も歯を食いしばって我慢しているが、未来の嫁が怖すぎて気を緩めたら倒れてしまいそうだった・・・・・。
「見事だマリエンザ!では次。エスカ男爵かドレロ先生のどちらにしようか、迷うところなんたが」
男爵とドレロはお互いを見た。
ふたりとも顔が真っ青だ。
「考えても仕方ないから、ふたり一緒に並べよう!」
ガンザルの言葉に、ナーガとドランが二人を引きずって的場へと連れて行く。
「いや、あの、だれかぁったす、たすけてぇ」
助けられる者はここには誰もいない。腹を括るしかないのである。
今度は頭の上と両手に的を持たせて、マリエンザが狙いを定めた。
「どちらからにしようかしら」
小さな呟きのあと、うふふと楽しそうな笑い声がもれて、マリエンザの背後に控えている侯爵夫妻とダーマ、フェリは体の芯から凍りついている。
「行きますっ」
最初にドレロの右手を狙った。
どすっと的に中てて割れたが、他の的を落としてしまったので、もう一度頭の上と左手に的を持たされる。
「ドレロ先生、続きはあとにいたしますわね。ちょっとおやすみになって」
─蛇の生殺しだ!武士の情けで一気にやってやれ─
泣きながら固まっているドレロに、ハーバルは同情した。
マリエンザは次にエスカ男爵に視線をやると、左手を狙う。
これも真っ二つに割ったが、男爵はスメロニと同じように気絶してしまった。
「もう、だらしないですわねえ。これでは謝罪したとはなりませんことよ」
ドレロの耳にも聴こえたそれは、恐ろしさに自分も気を失ってしまいたかったドレロの意識を保たせるのに十分な役割を果たした。
意識を失ったら・・・マリエンザが謝罪と認めるまで叩き起こされやり直し続けるかもしれないと、空恐ろしい考えが頭をよぎったからだ。
ドレロは死ぬ気でがんばった。
幸いマリエンザは弓の腕が素晴らしいようだ。足はガクガクしているが、目をギュッと力を込めて瞑り、時間が経つのを待った。
右手の的、頭上の的が割られると、ムリエルガ勢から拍手と歓声が上がって、ナーガが縄を解きに来てくれた。
「おめでとうございます!これであなたは謝罪をしたと見做されましたよ。よかったですね」
しかし縄を解かれたら足がもつれて倒れてしまう。
「意外と根性があるな!と思ったが、ヤセ我慢だったか。まあよいわ。これにて謝罪を受けたと見做そう」
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