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36話
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静まり返った弓道場では、目から涙を流しながらもマリエンザを睨みつけるダーマ。その隣にいたフェリは頭上の的を割るまで耐えられず、意識を失ったためにすでに運び出されている。
そして涼しい顔で微笑みを浮かべるマリエンザと、息を飲んで見つめるムリエルガの人々、ツィータード、立会人を務める学院理事一人のみとなった。
もちろん理事も目立たぬよう端に椅子を寄せて震えている。
「そうだわ、ナーガ!猿轡を外してやって」
「よろしいのですか?」
また罵ったリして不快な気持ちになるかもしれないのに?そう訊いたのだが
「ええ、今生の別れになるかもしれないのですから、絶叫の一つや二つ聞いて差し上げてもバチは当たらないわ」
余裕を見せたマリエンザに
「やさしいところもあるよなあ」
勘違い発言をくり返す幸せなツィータード。
ナーガが猿轡を外した瞬間から、かすれた声で案の定罵声が飛ぶ。
「ふっざけんな!」
とても令嬢とは思えない言葉遣いに、マリエンザは笑う。
「ううん、いけませんわねえ。お里が知れますわよ」
椅子に座ったツィータードを見つけると、マリエンザを無視して叫んだ。
「ツィータードさまーっ!わたしをたすけてっ!わたしを侯爵夫人にするんでしょーっ!」
ガンザル・ムリエルガが呆れた顔を、イルメリア夫人は眉をあげて怒りを。ツィータードは一瞬ぽかんとしたと思うと、ダーマに向かって訊ねるように話した。
「ダーマ嬢、なぜ今に至っても私の妻になれると思っているんだ?私の婚約者は生まれたときからこの、マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢唯一人だが」
「それは親が決めた意に沿わないものでしょ?想い合ったわたしがいるのだから、そんな伯爵家との婚約なんか解消して、わたしを選んでくれたらいいのっ!」
「いや、だから何故そうなるんだ?私たちは王命によって結ばれ、決してよそみをするなといい聞かされて育ってきた。マリとは確かに距離があったが、裏切ったことはないし今想い合っているのはマリだけだ。ダーマ嬢はただの級友に過ぎない」
「そう言えって言われているのね、かわいそうに」
「違うっ!」
かなりはっきり言ったのにまったく話が噛み合わないダーマに困惑したツィータードはマリエンザに顔を向けると
「もう相手をするだけ無駄だから。下がっていて」
手で、しっしっと指示をする。
「マリ、私はマリだけを想っている!本当だから」
「ええ、わかっているわ」
今やツィータードは、しっぽを振ってマリエンザという名の主人のあとをついて回る子犬となり果てた。
「うそ、つぃーた・・・」
「いや、だから嘘ではないと。婚約者がいるから誤解されることはやめてくれと前にも言っただろう?」
「だってそれは親の手前」
「なぜ親に押しつけられたと思っているのか知らないが、私たちの婚約は国王陛下が決められたものだ。自分たちだけではどうにもならないが、私は自分の婚約者がマリで本当によかったと陛下に感謝している。替えてやると言われても断固お断りするよ」
「・・・・・うそ・・」
「だから嘘ではない、ダーマ嬢のことは好きでもなんでもないっ!本当にもういい加減にしてくれないか!」
ダーマは何も考えられなくなっていた。
いつも一緒にランチを食べ、屋敷にも連れて行ってくれたではないか!
「なぜそんなことをいうの、ツィータードさま?わたしを想っているでしょ?」
「いや。委員として級友として対応していただけだ。私がダーマ嬢を一度でも女性として好きだと言ったことがあったか?」
考えようとしているようだが、いくら考えても無いものは無い。
「もうよろしくて?あなたは私の婚約者を掠めとろうとしたわ。くだらない噂を自ら広めて」
マリエンザもムッとしているが、ダーマは怒りの込もった視線をマリエンザとその後ろに座ったツィータードに向けてくる。
「もうそろそろ先に進めたらどうだ?」
ダーマとの不毛な会話にしびれを切らしたガンザルが促すと、ふふっと笑ったマリエンザは弓に矢をつがえてダーマを狙う。
「どこを狙おうかしら」
そう言って矢を放つと、初めて的を外した。
いや、外れてしまったのではなく、わざと外したのだ。
ダーマの右耳すぐ横にそれは突き刺さった。
「ひぃっ!」
驚いて矢が刺さったほうに顔を向けると、今度は左耳の横にズサッという音と風を感じたが、もう振り返ることはできない。
何が起きたか、マリエンザの怒りや悪意を十分すぎるほどに感じて、恐ろしくて見られないのだ。
「ああ~あ!もうっ頭動かしたから的が落ちちゃったじゃないか」
文句を言いながら、ナーガが的を持って近づいてきた。
「ちゃんと前を向けよ、ったく」
指の間に的を挟んだまま、その長い指先でガシッとダーマの頭を掴むと無理矢理正面に向ける。
イヤでも測ったように顔の左右に刺さった矢羽が見えて、ダーマの何を狙ったかがはっきりとわかってしまうのだ。
目を逸らしたくても、顔を挟むように突き刺さる矢から逃れることはできない。さすがのダーマも、マリエンザへの怒りより恐れが強くなった。
頭の上に小さな的をのせて、落ちないようにぼさぼさに乱れた髪を絡めようとするナーガに、ダーマは上目遣いでもう一度、小首を傾げて甘えるような声で頼み込んだ。
「おねがい、たすけて。助けてくれたら何でもする!本当になんでもするわ、あなたの言うことならなんでも聞く!だからおねがいっ」
自分がこう言えば断る男はいない。
そう自信があったが。
「ふん。何だそれ、くだらねぇ。俺はおまえなんかにしてもらいたいことはねえよ。おまえのまわりの奴らは鼻の下伸ばすかも知れねえけど、俺は違う。ムリエルガの男を甘く見んなよ」
凍りつきそうな冷たい目で蔑んだようにダーマを見ると、小さく呟いた。
「汚らわしい女だ。死ねばいいのに」
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
いつもお読みくださって、ありがとうございます。
本編は次回で完結です。
そのあと四話のダーマ編(ざまぁ編)がありますが、こちらはお好みでどうぞ(^_^;)
本編完結の翌日より新作「貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。」を公開します。
どうぞよろしくお願いいたします。
そして涼しい顔で微笑みを浮かべるマリエンザと、息を飲んで見つめるムリエルガの人々、ツィータード、立会人を務める学院理事一人のみとなった。
もちろん理事も目立たぬよう端に椅子を寄せて震えている。
「そうだわ、ナーガ!猿轡を外してやって」
「よろしいのですか?」
また罵ったリして不快な気持ちになるかもしれないのに?そう訊いたのだが
「ええ、今生の別れになるかもしれないのですから、絶叫の一つや二つ聞いて差し上げてもバチは当たらないわ」
余裕を見せたマリエンザに
「やさしいところもあるよなあ」
勘違い発言をくり返す幸せなツィータード。
ナーガが猿轡を外した瞬間から、かすれた声で案の定罵声が飛ぶ。
「ふっざけんな!」
とても令嬢とは思えない言葉遣いに、マリエンザは笑う。
「ううん、いけませんわねえ。お里が知れますわよ」
椅子に座ったツィータードを見つけると、マリエンザを無視して叫んだ。
「ツィータードさまーっ!わたしをたすけてっ!わたしを侯爵夫人にするんでしょーっ!」
ガンザル・ムリエルガが呆れた顔を、イルメリア夫人は眉をあげて怒りを。ツィータードは一瞬ぽかんとしたと思うと、ダーマに向かって訊ねるように話した。
「ダーマ嬢、なぜ今に至っても私の妻になれると思っているんだ?私の婚約者は生まれたときからこの、マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢唯一人だが」
「それは親が決めた意に沿わないものでしょ?想い合ったわたしがいるのだから、そんな伯爵家との婚約なんか解消して、わたしを選んでくれたらいいのっ!」
「いや、だから何故そうなるんだ?私たちは王命によって結ばれ、決してよそみをするなといい聞かされて育ってきた。マリとは確かに距離があったが、裏切ったことはないし今想い合っているのはマリだけだ。ダーマ嬢はただの級友に過ぎない」
「そう言えって言われているのね、かわいそうに」
「違うっ!」
かなりはっきり言ったのにまったく話が噛み合わないダーマに困惑したツィータードはマリエンザに顔を向けると
「もう相手をするだけ無駄だから。下がっていて」
手で、しっしっと指示をする。
「マリ、私はマリだけを想っている!本当だから」
「ええ、わかっているわ」
今やツィータードは、しっぽを振ってマリエンザという名の主人のあとをついて回る子犬となり果てた。
「うそ、つぃーた・・・」
「いや、だから嘘ではないと。婚約者がいるから誤解されることはやめてくれと前にも言っただろう?」
「だってそれは親の手前」
「なぜ親に押しつけられたと思っているのか知らないが、私たちの婚約は国王陛下が決められたものだ。自分たちだけではどうにもならないが、私は自分の婚約者がマリで本当によかったと陛下に感謝している。替えてやると言われても断固お断りするよ」
「・・・・・うそ・・」
「だから嘘ではない、ダーマ嬢のことは好きでもなんでもないっ!本当にもういい加減にしてくれないか!」
ダーマは何も考えられなくなっていた。
いつも一緒にランチを食べ、屋敷にも連れて行ってくれたではないか!
「なぜそんなことをいうの、ツィータードさま?わたしを想っているでしょ?」
「いや。委員として級友として対応していただけだ。私がダーマ嬢を一度でも女性として好きだと言ったことがあったか?」
考えようとしているようだが、いくら考えても無いものは無い。
「もうよろしくて?あなたは私の婚約者を掠めとろうとしたわ。くだらない噂を自ら広めて」
マリエンザもムッとしているが、ダーマは怒りの込もった視線をマリエンザとその後ろに座ったツィータードに向けてくる。
「もうそろそろ先に進めたらどうだ?」
ダーマとの不毛な会話にしびれを切らしたガンザルが促すと、ふふっと笑ったマリエンザは弓に矢をつがえてダーマを狙う。
「どこを狙おうかしら」
そう言って矢を放つと、初めて的を外した。
いや、外れてしまったのではなく、わざと外したのだ。
ダーマの右耳すぐ横にそれは突き刺さった。
「ひぃっ!」
驚いて矢が刺さったほうに顔を向けると、今度は左耳の横にズサッという音と風を感じたが、もう振り返ることはできない。
何が起きたか、マリエンザの怒りや悪意を十分すぎるほどに感じて、恐ろしくて見られないのだ。
「ああ~あ!もうっ頭動かしたから的が落ちちゃったじゃないか」
文句を言いながら、ナーガが的を持って近づいてきた。
「ちゃんと前を向けよ、ったく」
指の間に的を挟んだまま、その長い指先でガシッとダーマの頭を掴むと無理矢理正面に向ける。
イヤでも測ったように顔の左右に刺さった矢羽が見えて、ダーマの何を狙ったかがはっきりとわかってしまうのだ。
目を逸らしたくても、顔を挟むように突き刺さる矢から逃れることはできない。さすがのダーマも、マリエンザへの怒りより恐れが強くなった。
頭の上に小さな的をのせて、落ちないようにぼさぼさに乱れた髪を絡めようとするナーガに、ダーマは上目遣いでもう一度、小首を傾げて甘えるような声で頼み込んだ。
「おねがい、たすけて。助けてくれたら何でもする!本当になんでもするわ、あなたの言うことならなんでも聞く!だからおねがいっ」
自分がこう言えば断る男はいない。
そう自信があったが。
「ふん。何だそれ、くだらねぇ。俺はおまえなんかにしてもらいたいことはねえよ。おまえのまわりの奴らは鼻の下伸ばすかも知れねえけど、俺は違う。ムリエルガの男を甘く見んなよ」
凍りつきそうな冷たい目で蔑んだようにダーマを見ると、小さく呟いた。
「汚らわしい女だ。死ねばいいのに」
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
いつもお読みくださって、ありがとうございます。
本編は次回で完結です。
そのあと四話のダーマ編(ざまぁ編)がありますが、こちらはお好みでどうぞ(^_^;)
本編完結の翌日より新作「貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。」を公開します。
どうぞよろしくお願いいたします。
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