23 / 80
第1章
第23話 反撃
しおりを挟む
「お母様は大丈夫でしょうか?」
やさしい声が響いて、マーカスが「あっ!」と言った。
「こら!起きたらダメだろう、誰かに見られたらどうするんだ!」
「わかっておりますけど。まさかお母様が気を失われるなんて・・・」
「うっ、私だってリラがかわいそうだとは思っているが、敵を騙すにはまず味方を騙せなくてはダメなんだ!リラの性格では隠し事はできないぞ。トリーもわかっているだろう?」
倒れて臥せっていたはずのユートリーが、自分の額に乗せていた濡れ布巾を冷やし直すと、意識を手放しソファに寝かされた母の額に乗せてやる。
「ええ、わかってはおりますけれど」
「これで敵の目が欺ければユートリーは安全でいられるんだ」
「ええ、それもわかってはおりますけれど」
毒物を仕込まれていると気づいて三日目。
いくら遅効性と言えど何の異変も現れなければさすがに疑われると、皆で相談して倒れたふりをすることに決めたのだ。
「リラは大丈夫だ。どうせ数日ですべてが終わる。そうしたらきっと笑って許してくれるよ」
だといいけどとユートリーは首をひねったが、父の言うことにも一理あると、意識のない振りを始めたのだ。
マーカスの幼馴染みマベル・タス医師も、もちろん共犯者。
ソイスト一家が親しげにマベルと名を呼ぶ男は、ソイスト領隣りのタス子爵次男で、医療学校の研究職に就いており普段診察はしていない。ユートリーの前の記憶ではマベルは来なかったはずだが、今回マーカスが誰より信用できると直々の頼みに、怒りを持って応じてくれた。
「こんな毒を使うとは恐るべき残忍さ、決して許すことはできない」と。
「毒が効き始めたと知れば、奴らも危険を犯してそれ以上飲ませる必要もないのだから、面会謝絶にしてもいいだろう。トリーの部屋の前に護衛を立たせ、私とリラ、タラとマベルのみに面会を許すとすれば、いつも毒が効いた振りをしていなくともよくなるぞ」
「お兄さまとミイヤには面会は許さないのですか?」
「許す必要はない。原因不明の病で感染するかもしれないから最低限の人間しか入れるなとマベルが言ったことにすればいい」
ユートリーは簡単そうに言う父には反論せず、代わりにマベルを見た。
「この毒は専門性の高い医者でなければわかりません。正直私も事前に聞いていなかったら、症状だけではこの毒に辿り着けないでしょう。だから私が感染症と誤診したことにして犯人を近づけないようにします」
バツが悪そうにマベルが言うが、マーカスは首を傾げる。
「誤診したという話が出てもおまえの名に傷がついたりはしないだろうか?大丈夫なのか?」
マーカスの心配にマベルは。
「すべてが明らかになれば問題ない」
「そうか、ありがとう。持つべきものは友だな」
そう言ってうっかり声を立てて笑い合ったので、ユートリーが焦って咎めた。
「お父様、マベル様もお声を小さくなさって下さい。他の者に聞かれたらどうなさいますの」
「あ!そ、そうだった」
「申し訳ない、つい」
じろりと一瞥してから、ユートリーはパタリと横になった。
「何一つとして動かさず、まるで死んだかのようにいるってものすごく大変ですわ」
そう、あの時の絶望的な経験があるからこそできると、ユートリーは思う。
「もしこれが本当に私の身の上に起きていたとしたら、この状態でこんなに近くにいる誰にも気づいてもらえず、助けを呼ぶこともできずにただ死を待つしかないとしたらと思うと、心の底からぞっと致します。本当になんて怖ろしいことかしらと・・・」
それをミイヤはユートリーに対してやってのけたのだ。
心の中で笑いながら、愛している姉をさも心配しているかのように振る舞いながら。
今生でも。
─絶対に許さない─
やさしい声が響いて、マーカスが「あっ!」と言った。
「こら!起きたらダメだろう、誰かに見られたらどうするんだ!」
「わかっておりますけど。まさかお母様が気を失われるなんて・・・」
「うっ、私だってリラがかわいそうだとは思っているが、敵を騙すにはまず味方を騙せなくてはダメなんだ!リラの性格では隠し事はできないぞ。トリーもわかっているだろう?」
倒れて臥せっていたはずのユートリーが、自分の額に乗せていた濡れ布巾を冷やし直すと、意識を手放しソファに寝かされた母の額に乗せてやる。
「ええ、わかってはおりますけれど」
「これで敵の目が欺ければユートリーは安全でいられるんだ」
「ええ、それもわかってはおりますけれど」
毒物を仕込まれていると気づいて三日目。
いくら遅効性と言えど何の異変も現れなければさすがに疑われると、皆で相談して倒れたふりをすることに決めたのだ。
「リラは大丈夫だ。どうせ数日ですべてが終わる。そうしたらきっと笑って許してくれるよ」
だといいけどとユートリーは首をひねったが、父の言うことにも一理あると、意識のない振りを始めたのだ。
マーカスの幼馴染みマベル・タス医師も、もちろん共犯者。
ソイスト一家が親しげにマベルと名を呼ぶ男は、ソイスト領隣りのタス子爵次男で、医療学校の研究職に就いており普段診察はしていない。ユートリーの前の記憶ではマベルは来なかったはずだが、今回マーカスが誰より信用できると直々の頼みに、怒りを持って応じてくれた。
「こんな毒を使うとは恐るべき残忍さ、決して許すことはできない」と。
「毒が効き始めたと知れば、奴らも危険を犯してそれ以上飲ませる必要もないのだから、面会謝絶にしてもいいだろう。トリーの部屋の前に護衛を立たせ、私とリラ、タラとマベルのみに面会を許すとすれば、いつも毒が効いた振りをしていなくともよくなるぞ」
「お兄さまとミイヤには面会は許さないのですか?」
「許す必要はない。原因不明の病で感染するかもしれないから最低限の人間しか入れるなとマベルが言ったことにすればいい」
ユートリーは簡単そうに言う父には反論せず、代わりにマベルを見た。
「この毒は専門性の高い医者でなければわかりません。正直私も事前に聞いていなかったら、症状だけではこの毒に辿り着けないでしょう。だから私が感染症と誤診したことにして犯人を近づけないようにします」
バツが悪そうにマベルが言うが、マーカスは首を傾げる。
「誤診したという話が出てもおまえの名に傷がついたりはしないだろうか?大丈夫なのか?」
マーカスの心配にマベルは。
「すべてが明らかになれば問題ない」
「そうか、ありがとう。持つべきものは友だな」
そう言ってうっかり声を立てて笑い合ったので、ユートリーが焦って咎めた。
「お父様、マベル様もお声を小さくなさって下さい。他の者に聞かれたらどうなさいますの」
「あ!そ、そうだった」
「申し訳ない、つい」
じろりと一瞥してから、ユートリーはパタリと横になった。
「何一つとして動かさず、まるで死んだかのようにいるってものすごく大変ですわ」
そう、あの時の絶望的な経験があるからこそできると、ユートリーは思う。
「もしこれが本当に私の身の上に起きていたとしたら、この状態でこんなに近くにいる誰にも気づいてもらえず、助けを呼ぶこともできずにただ死を待つしかないとしたらと思うと、心の底からぞっと致します。本当になんて怖ろしいことかしらと・・・」
それをミイヤはユートリーに対してやってのけたのだ。
心の中で笑いながら、愛している姉をさも心配しているかのように振る舞いながら。
今生でも。
─絶対に許さない─
29
あなたにおすすめの小説
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる