【完結】御令嬢、あなたが私の本命です!

やまぐちこはる

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第42話 不機嫌と焦り

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「エル様!お待ち下さい」
「え、あ、すまない」

 ムッとしたまま、孤児院に戻る道を早足で歩いていたエルロールは、メリンダが小さな駆け足で走ってついてきたことに気づかなかったのだ。

「ゴルマス侯爵様のお話し、お受けしてみることにしましたの」
「そうですか」

 さっきまでの胸いっぱいの喜びは、空気が抜けた風船の如く萎んで消えてしまった。
 すると、なんということか!
元気がないエルロールの手をメリンダが急に握り、じっと顔を見上げてきた。

「なっ、なにを」
「エル様は素晴らしい方です、わたくし心から尊敬しております」

 ぎゅううっと握りしめられた手に、メリンダの温かな体温が沁みてくる。

 エルロールは、何かがぷつっと切れた感触にハッとした。

 ─は、鼻血か─

 焦ったが、自分を見つめるメリンダに変化はない。
 いや、その視線が熱っぽく感じるのは気のせいだろうかと、弾けて飛びそうな鼓動に動揺してしまう。

「あ、あ、あのメリンダ嬢」
「あっ、やだ私ったらはしたないことを!し、失礼いたしました」
「い、いや」

 パッと手を放されたのが勿体なくて、メリンダの手を引き戻したくなったエルロールだが。
 メリンダはにこっと笑って、先に行ってしまった。

 まだメリンダの温かさや柔らかさの感触が残っている手を、その感触を逃さないようにぎゅっと握りしめた。


 孤児院に戻ると、珍しく興奮したメリンダがテューダーにも礼を言っている。

「エル様とテューダー様は本当に尊敬されるべき貴族ですわ」

 メリンダはテューダーの前で自分の手を握りしめている。

 ─私のときは手を握ってくれていたが、テューには言葉だけだ─

 ただそれだけのことだったが、エルロールは自分が特別扱いされたと理解でき、今生一の幸せを噛み締めていた。

「それではメリンダ嬢も教室で奉仕活動を?」
「はい、ゴルマス侯爵様からお勧めされましたので」
「それはとても助かります。メリンダ嬢がいらしてくださるなら人見知りのこどもたちも安心できますね」

 ぼんやりとエルロールが幸せに浸る間、テューダーがどんどんと話を進めていく。

「読み書き教室は一時間一コマで、朝8時から夜までを数人の教師が交代して授業を行います。こどもたちの教室は朝から5時まで、大人たちは夜8時までのどの時間でも学べるようになっているんです。
文字が読めないおとなも多いと聞きましたからね。文字が読めれば良い仕事につけるし、俸給を上げられるでしょう。希望があれば計算の教室も開こうと思っています」
「すごいわ。でも費用は本当にエル様とソグ様の私財で賄われるのですか?」
「ええ、今年の分はもう準備できていますよ。来年以降の分はチャリティーで集めます」
「チャリティーはどのようなところで行われるのです?」
「え」
「よろしければ私にもお手伝いをさせていただけませんか?」
「・・・・・・え」

 メリンダのそれは、テューダーには予想外の申し出だった。今のところ、チャリティーは城の大広間で伯爵家以上で行う予定だ。もちろん、エルはエルロール王子として髪を染めたりもせずに出席する。そこにメリンダを連れて行くなど今の時点ではありえない話。

「い、いや。あの、チャリティーはまだ先の話で。とりあえず今はあの読み書き教室を開くことが最優先だから、その後に考えようと思っているんですよ」
「左様でございましたか。ではチャリティーを開催されるときは、ぜひお声をおかけくださいませ。駆けつけますわ」
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