【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる

文字の大きさ
5 / 75

5

しおりを挟む
 別荘地に行ったパルティアは、毎日を散歩と読書と、親しくなった地元の娘たちとお喋りして過ごし、少しづつ元気になっていった。

 散歩の度に見かける青年はしかし、今も悲しげなまま。
いつもひとりで歩いており、話す相手はいないのだろうか?心配してついてくれる使用人たちはいないのだろうかと、パルティアは心配でたまらなくなっていった。

 別荘地に来て7日が経った朝のこと。

 いつものようにパルティアが別荘を出ると、その日は濃い霧が湖面に流れてほんの少し先もよく見えないほど。
危ないので歩くのをやめたほうがと護衛に止められたが、なんとなくロマンチックだからとごねて、護衛を四人に増やして散歩に向かった。

 霧の中を歩くなんて神秘的だと思ったのだが、濃すぎて足元も覚束無い。湖との境はぼんやりとわかるくらいで、ただしっとりとした空気が肌に触れるのは心地よくて、ゆっくり地面を踏みしめながら散歩を続けていた。

「ちゃぽ・・ちゃぽ」

 水音に気づき、目を凝らす。

「あっ、誰か湖に!大丈夫かっ?」

 護衛の一人が気づき、声をかけたが返事がない。
パルティアはあの青年ではないかと思い至り、助けようと走り出した。

「パルティア様!お待ち下さいっ」
「だめ、行ってはだめよっ!待って!誰か彼を助けて!」

 パルティアが靴のまま湖に入ったのを見て、護衛の一人が剣をおろして湖に駆け込むが、薄っすらと霧に影が映るだけですぐには辿り着けない。
見渡していたかと思うと。

「ちゃぽちゃぽちゃぽ」

 護衛が激しく水音を立てて、青年を捕まえた。

「離せ!離してくれ!放っておいてくれ」

 泣き声のような叫びが霧の中に響いたが、屈強な騎士に抱えられて、半ば無理やり青年はこちら側へと引き戻されてきた。

「ジャイロ、ありがとう!怪我はない?」
「はい、私は濡れただけでございます」
「そちらの方、大丈夫ですか?」
「・・・・・なぜ助けた、放っておいてくれと言ったのに」

 昏い声で呟く。

「放ってなどおけません。あなたは私ですもの。さあ、一緒に我が別荘へ参りましょう。ジャイロ、もう少しその方をお願いできるかしら?」
「もちろんです、せっかく助けたのにまた飛び込まれたら厄介ですしね」

 そう言うと青年を肩に担ぎ上げ、バタバタする足をまとめてさっさか歩き出した。

「ジャイロってすごいわね」

 パルティアの声にともに歩いている護衛の一人が笑う。

「奴は剣も上手いですが、一番得意なのは棍棒ですよ。力自慢なんです」

 霧の中をのしのしと歩く大きな背中を、頼もしげに見やるパルティアだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に全力感謝

あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び! 婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。 実はルーナは世界最強の魔導師で!? ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る! 「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」 ※色々な人達の目線から話は進んでいきます。 ※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。 三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。 やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。 するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。 王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ? 

青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。 チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。 しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは…… これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦) それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。

処理中です...