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パルティアは自分のコテージにジャイロが担いだ青年を連れ帰った。
せっかく助けたのに、目を離すのは危険だと思ったから。
「なぜ助けた、死にたかったのに」
青年はうわ言のようにそう繰り返す。
その隣りでパルティアは、何も言わずただ本を読んだり、時には歌を歌ったりして自分なりの時間を過ごしていた。
四日ほど経った頃。
「貴女は私がここで死にたいと言っていても、気にならないのか?」
青年が初めて会話らしいことを言った。
「やっと口をきいてくださいましたわね。それは気になるに決まっておりますわ。でも貴方には時間が必要のようにお見受け致しましたから」
パルティアにそう言われ、また黙り込む。
「貴方に何があったかは存じませんけれど。辛いことがあって死にたくなるような気持ちは、ほんの少しだけですがわかるような気がするのです。私、婚約者に裏切られて王都から逃げて参りましたの」
青年の瞳が大きく見開かれた。
「わ、わた・・し・・もだ」
顔を見合わせると、青年はそれは美しい青緑の瞳をしており、パルティアは思わずじっと見惚れてしまった。
「あ、失礼いたしましたわ、やっとちゃんとお顔が見られたと思ったら不躾に見つめてしまいました」
頬を赤く染めて俯いたパルティアは、少し痩せて影が深く映る。
「貴女も死にたくなりましたか?」
「・・・いえ、私は貴方ほど追い詰められてはいなかったのだと思います。泣いて、物が食べられなくなって、誰にも会いたくなくなって」
青年はパルティアが一呼吸置くたびに、うんうんと頷いている。
「そのうち、父が静養しろとこちらへ。私、ここで平民のおともだちができましたの。そうしたら貴族の生活とまったく違っていて、貴族にとっては何より大切な体面や誇りも、平民のみなさんが毎日を生きていくために必ずしも重要ではないらしいとわかりました」
青年が、不思議そうに小首を傾げたのを見て、パルティアがくすりと笑う。
「不思議でしょう?私もそう思いましたわ、最初は。物を食べなくとも貴族の矜持をと教育されて参りましたから。でも平民が守らねばならないのは自分の命と家族の命、そして家族と幸せに暮らすためのお金を得る仕事なのですわ。私たちよりもはるかにシンプルで、原始的とも言えるかもしれませんわね。でもそれを知ってから、私肩の力が抜けましたの。貴族でも平民でも同じ人間ですもの。矜持は確かに大切ですけれど、それが大切と言えるのも私が生きていればこそですわ」
パルティアが背後に合図を送ると、ガラガラと乾いた音を立てながら侍女がワゴンを押して来た。
食欲を誘う香りが鼻腔をくすぐる。
「まずはスープのようなものからおあがりになってください。食べたくないなんて仰らないでくださいね、貴方の矜持より貴方の命の方が重いと考えている私のために、どうか一口でもよいので」
パルティアがスープを一掬いすると、ふーふーと冷まして青年の口元へと伸ばした。
「はいっどうぞ」
青年は少し躊躇いを見せたが、にこにこと口に入れるのを待っているパルティアの視線に負け、薄っすらと唇を開く。
わずかな口元の緩みを見逃さなかったパルティアは、さっとスプーンを青年の口に差し込んで彼の口腔内を最上のスープで満たしてやった。
こくん
小さく飲み込む音に、パルティアはすぐ次のスープを掬って口を開けるのを待った。
視線に圧力を込めて。
せっかく助けたのに、目を離すのは危険だと思ったから。
「なぜ助けた、死にたかったのに」
青年はうわ言のようにそう繰り返す。
その隣りでパルティアは、何も言わずただ本を読んだり、時には歌を歌ったりして自分なりの時間を過ごしていた。
四日ほど経った頃。
「貴女は私がここで死にたいと言っていても、気にならないのか?」
青年が初めて会話らしいことを言った。
「やっと口をきいてくださいましたわね。それは気になるに決まっておりますわ。でも貴方には時間が必要のようにお見受け致しましたから」
パルティアにそう言われ、また黙り込む。
「貴方に何があったかは存じませんけれど。辛いことがあって死にたくなるような気持ちは、ほんの少しだけですがわかるような気がするのです。私、婚約者に裏切られて王都から逃げて参りましたの」
青年の瞳が大きく見開かれた。
「わ、わた・・し・・もだ」
顔を見合わせると、青年はそれは美しい青緑の瞳をしており、パルティアは思わずじっと見惚れてしまった。
「あ、失礼いたしましたわ、やっとちゃんとお顔が見られたと思ったら不躾に見つめてしまいました」
頬を赤く染めて俯いたパルティアは、少し痩せて影が深く映る。
「貴女も死にたくなりましたか?」
「・・・いえ、私は貴方ほど追い詰められてはいなかったのだと思います。泣いて、物が食べられなくなって、誰にも会いたくなくなって」
青年はパルティアが一呼吸置くたびに、うんうんと頷いている。
「そのうち、父が静養しろとこちらへ。私、ここで平民のおともだちができましたの。そうしたら貴族の生活とまったく違っていて、貴族にとっては何より大切な体面や誇りも、平民のみなさんが毎日を生きていくために必ずしも重要ではないらしいとわかりました」
青年が、不思議そうに小首を傾げたのを見て、パルティアがくすりと笑う。
「不思議でしょう?私もそう思いましたわ、最初は。物を食べなくとも貴族の矜持をと教育されて参りましたから。でも平民が守らねばならないのは自分の命と家族の命、そして家族と幸せに暮らすためのお金を得る仕事なのですわ。私たちよりもはるかにシンプルで、原始的とも言えるかもしれませんわね。でもそれを知ってから、私肩の力が抜けましたの。貴族でも平民でも同じ人間ですもの。矜持は確かに大切ですけれど、それが大切と言えるのも私が生きていればこそですわ」
パルティアが背後に合図を送ると、ガラガラと乾いた音を立てながら侍女がワゴンを押して来た。
食欲を誘う香りが鼻腔をくすぐる。
「まずはスープのようなものからおあがりになってください。食べたくないなんて仰らないでくださいね、貴方の矜持より貴方の命の方が重いと考えている私のために、どうか一口でもよいので」
パルティアがスープを一掬いすると、ふーふーと冷まして青年の口元へと伸ばした。
「はいっどうぞ」
青年は少し躊躇いを見せたが、にこにこと口に入れるのを待っているパルティアの視線に負け、薄っすらと唇を開く。
わずかな口元の緩みを見逃さなかったパルティアは、さっとスプーンを青年の口に差し込んで彼の口腔内を最上のスープで満たしてやった。
こくん
小さく飲み込む音に、パルティアはすぐ次のスープを掬って口を開けるのを待った。
視線に圧力を込めて。
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