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第十章:エアガイツ研究所の天才博士
帝国の諜報部隊
しおりを挟む善は急げとばかりに博士に連れて行かれた先は、森を抜けた先にある南の都ヴェステンだった。
ヘルムバラドもそりゃ賑わっててすごい場所だったけど、このヴェステンはそもそも街全体の規模が他とは比べものにもならない。ヘルムバラドがふたつくらい合体したような大きさだった。
人の数は多いんだけど道が広く造られているせいか、窮屈さはほとんど感じない。通りに出てる屋台もシャレた感じのものが多く、そのほとんどが客で賑わっていた。道に等間隔に植えられた背の高い木々が特にいい味を出してる。遠くには海まで見えて、実に解放感のある景観だった。
「どうだい、ヴェステンは。結構いい場所だろう?」
「あ、ああ、はい」
「やだな、どうして敬語なんだい? 普通に話してくれて構わないよ、僕は貴族でも王族でもないんだから対等にいこう」
一歩先を歩くグリモア博士に声をかけられて、咄嗟に出てきたのは敬語だった。博士にしてみれば聊か不満だったらしく、早々にそんな言葉が返る。……対等に、か。この人も才能とかは気にならないタイプなんだろうか。
近くの出店で買ってきたらしいクレープを渡してくる博士を改めて正面から観察してみる。
何度見てもその顔は中性的で、女性たちが放っておきそうにない綺麗な顔立ちをしてる。にっこり笑う様には毒気がなく、ついつい警戒が弛んでしまう。ヴァージャがあんな顔してたんだから、この人には何かがあると思うんだけど。単純に嫉妬……ってわけじゃないよな、博士が「デート」とか言い出す前にはああいう顔してたし。
「……どうも。それより、なんでオレとデートなの」
「きみが一番、中立の立場で話せそうだったから、かなぁ」
「中立?」
「そう。あの女の子と男の子、それと副隊長さんは反帝国組織寄り、黒髪の綺麗なお姉さんは僕に興味なさそうだった、神さまに至ってはそれ以前の問題があるからね。組織と帝国のことを話すにはきみが一番いいと思ったんだ」
ちなみに、フィリアたちは研究所に残り、捕まえた帝国兵たちが脱走しないかを見張っている。あと純粋に休憩だ。みんなさっきの戦闘で随分疲れただろうから。仲間を研究所に置いていくことに心配はあったけど、ヴァージャがついてるから何かあったとしても大丈夫だろう。
手にしたクレープを食べながら淡々と語る博士の言葉は大体わかるものの、一部不可解な部分がある。
それ以前の問題? ……いや、それよりも――
「……ヴァージャが神さまだって、まだ話してないよな。博士はヴァージャのこと、知ってんの?」
神さまが再臨したって話が博士の元に届いててもおかしくはないけど、ヴァージャが神さまだってことはまだ話してないはずだ。団長の手紙に書いてあったのかもしれないけど、なんとなく背中と腹の辺りがざわざわした。
すると、博士はこちらを振り返ったかと思いきや、改めて目を細めて薄らと笑う。そうして悠々と商店街を抜けて、行き着いた広場に置かれているベンチに静かに腰を落ち着かせた。
「正直言うと、僕も帝国の横暴さには腹を立てているし、できることならきみたちに協力したいとは思ってるんだけどね。けど、きみの神さまがそれを許さないと思うんだ」
「……ヴァージャが?」
「そう。……きみの目に、僕はどう映る? 普通の人間に見えるかい?」
人間にしか見えないけど、人間じゃ……ないの?
ヴァージャとはまたちょっと違う系統の綺麗な顔してて、物腰柔らかで落ち着いてて……のんびりとクレープを頬張る姿はごく普通の人にしか見えないんだけど。いや、多分メチャクチャ頭いいだろうから頭の造りは普通じゃないのかもしれない。
そんなことを悶々考えていると、ベンチに腰掛けたままの博士が愉快そうに声を立てて笑った。そのまま空いてる手でトントンと隣を示してくるものだから、数拍の逡巡の末に大人しくその隣に腰を下ろす。
こうやって間近で見ても、普通の人間にしか見えないんだけど……違うのか? それともからかわれただけ?
「リーヴェは純粋だね、あまり人を疑うってことをしないみたいだ。ちょっと心配になるよ」
なんだよ、じゃあやっぱりからかわれただけなのか。
なんとなく面白くなくて手にしたクレープをもさもさ食べてると、投げ出していた片手に博士の手が上から重なるようにそっと触れた。なに、こういうデートらしい演出すんの? マジ? ……これって浮気になる、のかな。
決して疚しい気持ちはないんだけど、後ろめたさがある。段々とヴァージャに申し訳なくなってきた頃、隣に座っていたグリモア博士がおもむろに立ち上がってポンとオレの頭を撫でた。それと同時に何やら物騒な印象を受けるいくつもの靴音が聞こえてくる。慌てて辺りに目を向けてみると、全身黒の衣服に身を包む集団がこちらを包囲していた。その直後、聞き覚えのある声まで聞こえてくる。
「はっはぁ、俺はツイてるねぇ! ターゲットが二人一緒にいる上に、厄介な護衛がいないときた。よぉ、リーヴェ。お久しぶりじゃねえか!」
「――! リュゼ!」
真っ黒い集団の中の一人が頭部と顔面を覆う覆面を取ると――その下から顔を覗かせたのは、帝国の諜報部隊に所属するリュゼだった。どうやらヴァージャがかけた記憶封印の術はもう完全に解けているらしい。周りがリュゼと同じ格好をしてるってことは……この黒い連中、みんな諜報員か。
「今日はあの色男はいないみたいだなぁ、リーヴェ。さぁて、グリモア博士。そろそろ抵抗はやめてご足労頂きたいんですが? 何度もお迎えに使者を出しているのに、博士は一向に応えて下さらない、あんまりじゃないですかぁ?」
「はは、人質をとったり無抵抗の者を甚振ったり、オマケにこうやって集団で囲んできたり。帝国ではこういうのを使者って言うのかい? 随分と野蛮な教育をしているようだ、やっぱり上に立つ者が野蛮だからかな、その教育を受ける子供たちがかわいそうになってくるよ」
「……今のお言葉、不敬罪にあたりますがよろしいので?」
「僕は帝国に住んでるわけじゃないからね、どうぞご自由に」
人を小馬鹿にしたような言動に対して、グリモア博士は即座に言葉を投げ返してしまう。言葉での殴り合いは、考えるまでもなく博士の方が遥かに上だ。そうなると、リュゼはその顔に不愉快そうな色を乗せて、ひとつ舌を打つ。
「皇帝陛下の前でもその強気を保っていられるかどうか、楽しみですよぉ! ――行け、どっちも捕まえろ!」
「博士!」
リュゼの声に反応して、周囲に展開していた諜報員たちが一気に間合いを詰めてきた。その動きはさっき戦った帝国兵たちとは比べものにもならず、あまりにも素早い。今までに遭遇したこともないくらい、厄介そうな連中だった。
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