闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao

文字の大きさ
149 / 172
幕間

旅の終着点は帝都

しおりを挟む
 衝撃には備えたものの、どれだけ待っても予想していた衝撃は訪れなかった。防壁を張るために突き出した片手を下ろし、つい今し方まで皇帝が立っていた場所を見てみるが、既にそこには誰もいない。リーヴェ――と、ティラというあの女の姿もなかった。

 足元には、リーヴェに巫術ふじゅつを授けた時に渡した守りの剣が落ちていた。淡く輝く様からは守りの術式が読み取れる。……衝撃が訪れなかったのは、これが皇帝の最後の一撃から守ってくれたためだろう。


「(……これを手放してでも、私とグリモアを守ろうとしたのか)」


 この階にも階下にも、奴の気配は既にない。リュゼというあの男と合流し、首尾よく撤退したか。リーヴェと……ティラとかいうあの女を連れて。……あの女はグレイスではないのだが、リーヴェと共にいたことでそう思われたのかもしれないな。


「ヴァージャさーん! どこですかー!?」


 階段の方から耳慣れた声が聞こえてくる。このよく通る声は……フィリアだな。気配から察するに、恐らくエルも一緒だろう。


「上だ」
「あ、よかった! 今行きますね!」


 フィリアの明るい声色を聞いている限りでは、味方に大きな被害は出なかったのだろう。何かと正直なあの娘のことだ、もし仲間に何かがあればこれほど元気に声を張り上げているとは思えない。
 程なくして駆け上がってきた二人の顔には微かな疲労はあれど、目立った外傷もないようだった。


「ヴァージャさん! 言われた通り、屋敷の中にいた人たちは全員外に――」


 嬉しそうに駆け寄ってきたフィリアだったが、その後ろに続くエルと共にすぐに表情を強張らせた。それと同時に顔から血の気が引いていく。その視線を追ってみた先は――私が片腕に抱くグリモアだった。目は完全に伏せられていて、左腕が肩の辺りから失われている。呼吸をしているようにも見えない。

 そのグリモアを目の当たりにして、エルは表情を曇らせ、フィリアは紫紺色の大きな目に涙を溜めた。あまりにも、見ていて痛々しい。


「お前はいつまで死んだフリをしているつもりだ」
「――いだいッ! ちょ、ちょっとヴァージャ様! 僕これでも怪我人なんだよ!?」
「「え?」」


 傍目には死んでいるように見えても、私の目を誤魔化せると思ったら大間違いだ。刀身を消した森羅万象の鍔でグリモアの顔面を叩くと、奴はすぐに喧しい声を張り上げて猛抗議してきた。それを見て、フィリアとエルが揃って同じような声を洩らす。……それはそうだろう、どう見ても死んでいるようにしか見えない男が目の前で元気に声を張り上げたのだから。

 グリモアから向けられる抗議に耳を貸さず、エルに改めて確認することにした。


「エル、全員避難できたか?」
「あ……は、はい、眠っている人たちは全員捕まえてあります、サンセールさんが見張ってるので大丈夫かと。貯蔵庫で姉さんも見つけました。この屋敷に残っているのは、今は僕たちだけです」
「そうか、……お前たちももう少しこちらに寄りなさい、その辺りも危ない」


 先ほどまで聞こえていた争いの音は、今はまったく聞こえない。エルの言うように、この屋敷には私たち以外に残ってる者はもう誰もいないようだ。続いてそう声をかけると、どちらもやや戸惑いながら傍まで寄ってくる。……素直なところが、この子たちの本当にいいところだ。

 身体から余計な力を抜くと同時に、周囲の屋敷全体が唸るような轟音を立てて見る見るうちに崩れ落ち、崩壊していく。両脇からフィリアとエルがそれぞれしがみついてきたが、倒壊に巻き込まれないよう防壁を張ってある。半径二メートル前後の場所なら問題ない。
 支えを失った床は突き抜け、それに倣い壁は前後左右に倒れ、その上に屋根が折り重なるようにして崩れる。様々な調度品の数々や家具類は屋敷の倒壊に巻き込まれ、ほとんど見る影もなくなっていた。

 轟音が止んで数拍――固まっていたエルが見晴らしのよくなった辺りを見回しながら、静かに身を離す。


「……ヴァージャさん、もしかして……屋敷が崩れないように、今までずっと支えてました……?」
「そうだよ。色々な攻撃を受けたから、屋敷を支えてる柱だってあちこちメチャクチャだっただろうからね。ヴァージャ様が支えてなかったらみんなとっくにペチャンコさ。……まあ、そっちの方に力を割かなきゃいけなかったお陰で、皇帝にいいようにやられちゃったけど」
「皇帝……!? って、グ、グリモアさん、大丈夫なんですか!? う、腕、腕が……ない、ですけど……」


 皇帝の話に真っ先に反応したのはやはりフィリアだったが、それよりも気になるのはグリモアの容態のようだった。明らかに重傷人に見える男が饒舌に語る様は、非常に不気味なものだ。だが、グリモアはいつものように腹立たしい笑みを滲ませると、時間でも巻き戻しているかの如く失われたはずの腕を再生させた。そうして、襟元を軽く寛げて胸部なぞ見せつけてくる。そこには、透き通る紅色の宝玉が鎮座していた。


「そういえば、ヴァージャ様とリーヴェしか知らないんだっけ。僕は人造人間だからね、ここにある……この核を破壊されない限りは死なないし、こうやって自由に再生もできるから大丈夫だよ」
「は、爬虫類みたい……」


 自由に再生できるならふざけていないで早々に戻せばいいものを……子供にグロテスクなものを見せるな。
 防壁に包まれたままゆっくりと地上に降り立ったところで、そこでようやくフィリアとエルが安堵したように胸を撫で下ろした。それを見るなり、遠くからサクラが駆けてくる。その彼女の姿にいち早く気付いたフィリアは、一足先にそちらに向かった。


「……まいったねぇ、まさか皇帝が自らお出ましだなんてさ。眠らせるのは失敗だったかな」
「屋敷の者たちが眠っていなければ、こう簡単に制圧はできなかった。今以上に乱戦になっていただろう」
「おや珍しい、あのヴァージャ様がそんなお優しい言葉を僕にかけてくれるなんて。こりゃ明日は雹が降るかな、今夜のうちに帝都まで向かった方がよさそうだ」


 この男は、本当に口が減らない。いちいち相手にするのも面倒だ、神経が余計にすり減る。
 足元に落ちていた守りの剣を拾い上げると、ほのかな輝きが全身に広がる。皇帝の刃に纏わりついていたカースの怨念の粒子が、全身から消えていくようだった。傍でそれを見ていたエルは、心配そうに口を開く。


「ヴァージャさん、リーヴェさんは……」


 エルは賢い子だ、リーヴェがこの場にいないということが何を意味するのか――既に理解しているのだろう。今にも泣き出してしまいそうなエルの頭を軽くひと撫でしてから、南東の空へと視線を投じる。空は橙色に染まり始め、もうじき夜が訪れることを示していた。


「……大丈夫だ、これから迎えに行こう。明日には会える」
「そうだね、周りのことさえ気にしなければ皇帝に勝てるさ。ラピスのみんなは、ヴァージャ様だけを戦わせたりはしないだろうしね」


 ……そうだな、元はと言えば皇帝を倒すことはフィリアの願いでもある。止めても恐らく聞かない。できるだけ危険な目には遭わせたくないのだが、こればかりは仕方がないだろう。
 手にしたままの森羅万象が、力を持て余すようにどくりとひとつ鼓動を打った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

ワケありくんの愛され転生

鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。 アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。 ※オメガバース設定です。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

処理中です...