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第十一章:城塞都市アインガング
皇帝VS神さま
しおりを挟むヴァージャは今まで誰にも負けたことがないし、グリモア博士だって集団に襲われても軽々勝ってしまうような力の持ち主だ。どっちも規格外で、とんでもなくて、この二人が苦戦するなんて有り得ないし、そんな光景がまったく想像できない。
それなのに――目の前でヴァージャと斬り結ぶ皇帝は、その有り得ないをいとも容易くぶち破ってみせた。
ヴァージャが使う例の気性難の武器は、今回は指輪の形ではなくて片手剣に形状を変えた。と言っても、指輪から鍔付きの柄になっただけで、鍔から先の刃はヴァージャの力を凝縮してできているようだった。透き通る黄金色の光が刀身となり、振るうたびに星屑のように辺りに散る。
対する皇帝は、持ち手の上下に刃がついた両刃剣を使うようだった。ヴァージャと互角に、それも決して必死に喰らいついているわけでもない立ち回りは、実に戦い慣れた様子だった。それでも最初はヴァージャが押してたはずなのに、皇帝は段々とヴァージャの攻撃や出方を見極めているらしい。今やすっかり互角と言える状態だ。
それに……オレが気付いてるくらいなんだから、ヴァージャが気付かないわけがない。皇帝が振るう両刃剣の刀身には、おどろおどろしい黒いものが巻き付いている。あれには見覚えがある、カースが放つあの力だ。まるで炎のように揺らめいて、刀身から離れようとしない。
互いに思い切り得物を叩きつけ一旦距離を取ったところで、ヴァージャの後方で様子を窺っていたグリモア博士が片手を突き出す。すると、皇帝の足元に赤い魔法陣が展開し、デカい火柱が勢いよく噴出した。それは天井を突き破り、屋敷の屋根さえもぶち壊して天へと立ち昇る。
「ま、魔法円を展開しないで魔術を使えるなんて……ど、どうなってるの……?」
「(……そうだ、言われてみれば)」
オレの隣で食い入るように戦況を見つめていたティラが、そんなことを呟いた。
魔術も法術も、そのほとんどが自分の周囲に魔法円を展開して扱うものだ。オレがディーアに使った法術は本当に極々簡単な初歩級の初歩だから、魔法円を展開するなんてことも必要なかったけど、普通はそうなんだ。フィリアが魔術使う時も、エルが天術を使う時だって変わらない。
それなのに、グリモア博士は自分の周囲に魔法円を展開することなく、更に無詠唱で魔術を放っている。
「クックック……どうした、神も天才博士もまさかこの程度なのか?」
けど、火柱の直撃を受けたはずの皇帝はまったく堪えていなかった。
立ち昇った火柱が消えた時、皇帝の全身は刀身に絡みつくドス黒いオーラで守られていた。まるでオーラそのものが意思を持っているかのように皇帝を身を守っているらしく、その身には火傷ひとつ見えない。
「ど、どうなってるのよ、あんな……」
かつて、自分たちをあっさりと倒してみせたヴァージャが楽に皇帝を制圧できないことが、ティラには不思議で仕方ないみたいだった。そうだよ、オレだってそうだ。
……でも、なんとなくわかってきた。皇帝は無能狩りで大勢のグレイスを手に入れたと同時に、カースも手に入れたはずだ。きっとグレイスよりもカースの方が多かったことだろう。大勢のカースの力を武器に纏わせることで、自分と戦う相手の力を――ヴァージャを弱らせながら戦ってるんだ。刀身にあのドス黒いオーラを纏わせれば、攻撃を防がれたとしても対峙する相手に少しずつでも降りかかり、蓄積していく。
どうやってるのかはわからないけど防御にも使えるみたいだし、どうしようもなく嫌な相手だ。
「(そうくるなら、こっちだって――!)」
一度だけでいい、ヴァージャに簡単な法術でもぶつけられれば、それ以上低下することは――
腰裏の錫の剣に手を伸ばしたところで、不意に軽い衝撃を感じた。えっと思った時には隣にいたティラが悲鳴を上げ、同時にぐらりと視界が傾く。足に上手く力が入らなくて、その場に崩れ落ちるしかできなかった。ヴァージャと博士のこちらを呼ぶ声が聞こえた気がした。
視界の片隅を掠めたのは、いくつもの丸い珠。いつだったかマックに喰らった――魔力を飛び道具にして飛ばせる初歩的な魔術によるものだ。マックが無詠唱で使えるくらいなんだから、当然皇帝だって詠唱を必要としないわけで。こちらをひと睨みしただけで、皇帝の魔力が飛び道具になってオレとティラの身を撃ったようだった。一拍ほど遅れて身体のあちこちに激痛が走る。
「(腕と足と、肩に脇腹か……くそっ、目敏いやつめ……)」
ヴァージャの援護をしようにも、まったく油断ならない。こんなやつをどう倒せばいいんだ。
「ふう……やれやれ、神という存在ならば俺の渇きを満たしてくれるかと期待したのだが……どうやら俺の見込み違いだったようだ。いいや、単純に俺が神を超えるほどの力を身につけてしまったのか」
「……よく言う、大勢のグレイスたちのお陰だろう」
「そのグレイスどもを囲ってやったのが、この俺だ。この俺の力と人望あってこそ、だ!」
皇帝は高らかにそう声を上げるなり、手に持つ得物を叩きつけた。ヴァージャが咄嗟に剣でその一撃を防いだものの、刀身から飛び散る黒いオーラの粒子が容赦なくヴァージャの全身に降りかかる。皇帝は叩きつけた反動で再び大きく後退すると、全身から魔力を放出した。肉眼でもハッキリと見える魔力は次々に皇帝が持つ両刃の剣に集束していく。
――ヤバい、これはヤバい。とんでもなくヤバいのが来る。
「(……オレのことはいい。いいから、お前のご主人さまを守ってくれ)」
痛む身を叱咤しながら上体を起こして腰裏の錫の剣を取り外すと、力を込めて柄を握り込む。初歩的な法術の便利なところは、大掛かりな詠唱の必要がないところだ。
今まで、ヴァージャなら大丈夫っていう信頼があったけど、今回の敵はこれまでとは比較にならない。徐々に弱体化されていく上にとんでもない魔力による攻撃なんて喰らったら、いくらヴァージャでもヤバい。
「はは、これはヤバいね……ヴァージャ様、僕の後ろに――」
「グリモアよ、大人しく俺の力になるのならと思ったが、そうまで反抗的なやつならば必要ない! 俺に逆らったことを後悔しながら、神と共にここで果てよ!」
グリモア博士がヴァージャを庇うように駆け寄るけど、皇帝にしてみればそんな行動も気に入らないものだったらしい。逆手の五指を揃え手刀のように構えると、下から勢いよく振り上げる。すると、魔力が巨大な刃のようになり床の上を猛スピードで疾走した。
「え……」
その一撃は――博士の左肩を直撃。それと共に何かが吹き飛んだ。
あまりにも信じたくないことすぎて脳が理解を拒否するようだったけど、それは切断された博士の腕だった。肩から先の部分が今の一撃で切断され、博士の腕が投げ出されたんだ。それにはさしものヴァージャも驚きを隠せない様子で、倒れ込む博士の身を咄嗟に支える。
「これで終わりだ! くたばれ!」
皇帝が武器を振りかぶった直後、勢いをつけて錫の剣をヴァージャの元へと思い切り投げつけた。今はせめて、ヴァージャだけでも――
直後、視界が白一色で満たされる。強風を真正面から浴びたような衝撃を受けて思わず片腕で目元を覆ったけど、その程度じゃ到底守り切れるものじゃない。投げつけた錫の剣の守りが間に合ったのかどうかは――当然ながら確認できなかった。
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