王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第13章 2度目の学園生活

99 領都での休息

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 朝食を食べて外に出た頃には、大分日差しが高くなっていた。
 気温も少し高く日向にいれば汗ばむくらいには暑く感じる。日陰にいて風通しが良ければ過ごしやすいといった感じだ。

「どこから向かいますか?」

「とりあえず商業区を見て回りたいけど……職人街にも行きたいところね」

 ノーティア公爵領はエスペルト王国内でも有数の職人を抱えている領地だ。服飾店や工房は、数だけでなく質も王都と並ぶほどで、特に装飾品の加工技師や武具職人、デザイナーなどが集まっているくらいだ。

「あとは可能であれば質の良い宝石も買っておきたいかな」

「お守りですか?」

「それもあるけど……補填もしておきたいから」

 ラティアーナの頃に準備していた魔力が込められた宝石や水晶類は、文官たちや王立研究所に作成を依頼していた物のため隠れ家のストックには余裕がある。けれど最近の戦いでもいくつか消費していて、悪魔のような上位存在と戦いを想定しておくためにはストックが多いに越したことはない。

「ま、順番に見ていきましょうか」

「そうですね。ここからですとマーケット広場でしょうか」

 マーケット広場は商業区の中でも入り口に近いところにあるため数分歩けば着くくらいの距離だ。
 リーベを真ん中にして私とカレナが両脇から手を繋ぐ家族みたいなスタイルでリーベに街の紹介をしながら、ゆっくりと歩いていく。

「たまにはこんな穏やかな時間も悪くないかもね」

 いつも私のことを監視している王の影もカレナのおかげか監視を緩めているらしい。
 そのことも穏やかに感じる理由の一つかもしれなかった。

「いらっしゃいませ!」

 広場で見つけた服飾店に入ると元気そうな女性の店員が笑みを浮かべて出迎えてくれた。

「この子に合う服が欲しいです。質が良くて似合いそうな物をいくつか持ってきて貰えませんか?」

 店員が「かしこまりました」と言って奥に下がると隣に視線を向けて尋ねた。

「リーベはどんな服が好き?」

「……動きやすい服が良いかな?」

 リーベによると普段は森の中を跳び回れるように動きやすいシャツやズボンを着ていることがほとんどらしい。エルフの礼装としてドレスなども着ることはあるようだが、服装自体は私たちとあまり変わらないそうだ。

「とりあえず持ってきてもらった服は全部試着して……似合っている物は全て買ってしまおうか」

「そうですね。多い分には困らないでしょう」

「え……?」

 私たちの会話を聞いて戸惑っているリーベを傍目にリーベの服選びは順調に進んでいった。
 買い物の合間に昼食やお茶をしつつ、服だけでなく靴や鞄などの小物も購入していく。
 本来であれば三人でも持ちきれずに馬車で運んでもらうくらいの量になっていくのだろうが、私とカレナの魔法袋に収納してしまえば少し重いくらいで済む。

「衣服はこれくらいかな……リーベは他に欲しいものとかある?」

「だ、大丈夫」

「わかった。そうしたら次は職人街の方に行こうか」

「でしたら私が案内しますよ。一つ行きつけの工房がありますから」

 商業区での買い物を終えた私たちは、カレナの案内で職人街の中へと入って行った。
 この辺りは商業区とは違い人通りが少ない場所だ。一般の人々が買い物に来ることはなく職人や商人のような関係者が数人歩いている程度しか見当たらない。
 カレナが案内してくれた工房は、質素な作りどころか看板すら見当たらず一階部分には窓もないため中の様子が一切わからなくなっているようだった。

「ここは普段開いてないのでこちらに」

 カレナは建物の裏手に回るとドアノッカーを独特なテンポで叩く。
 少ししてから鍵が開く音が聞こえ、ゆっくりとドアが開けられた。中から現れたのは、凄く鍛えられていて体付きが良い大柄の男性だった。

「誰かと思ったらカレナか。この前納品した石に問題でもあったか?」

「そちらについては有り難く使わせて貰ってますよ。今日は別件でティアさん……私の友人の買い物で来ました」

「カレナの紹介なら構わないが……とりあえず入ると良い」

 工房はとても質素な造りをしていて、一階の半分くらいはお店になっているようだった。ケースに置かれている物を見ると相当質の良い品を扱っていることが見て取れる。奥の方には金属や宝石を加工する道具や魔術刻印用の道具も置いてあって高度な魔術具も作成しているらしい。

「どういった品をお探しで?希望を言ってくれればいくつか品を持ってくるが……もし新しく加工するとなれば数日かかるぞ」

「そうですね……既製品のアクセサリーに魔術を刻印してもらうことはできますか?」

「それくらいなら少し待ってくれれば可能だ。刻みたい効果はあるか?」

 極小の探知魔術を薄く展開することで置かれている品に付与されている魔術を検分してみた。
 強化や保護など品質を上げるためのものが多いが、中には持ち主への危害を和らげるお守りのような効果のものもある。その刻印されている魔術は繊細で美しいものだった。

「この魔術を付与してもらえませんか?」

 私は右手に最低限の魔力を集めて術式のみを顕現させた。

「これは……持ち主への一定以上の衝撃を和らげるだけじゃないな。簡易的な治癒と解毒の魔術も加えているのか。半刻くらいあれば付与することは可能だが、こんな上級な付与なんて一般向けどころか貴族相手でさえ扱わない代物だぞ?」

「貴族ではないですけど、王立学園で魔術を学んでいますから」

 実際のところは王立学園でも学ばないような魔術だが、学園内の図書館で調べれば知ることはできるため嘘ではない。

「なるほどな……今の学園は随分と進んでいるのか。だが、このレベルの付与ができる宝石は限られてくる。素材込みで相当な額になるぞ?」

「冒険者としての稼ぎがあるのでご心配なく。お金に糸目をつけるつもりもありませんので最高の物をお願いします」

「わかった。となれば……このあたりだな。あわせてチェーンも選んで欲しいがどれがいい?」

 彼は引き出しの中からいくつかの大きく綺麗な宝石とネックレス用のチェーンを見せてくれた。
 魔力を目に流して視力を強化して詳しく見てみると、宝石はどれもが希少で不純物がなく、チェーンも金や白金、ミスリルなどを魔術で強化した美しい物が揃っているようだ。

「市場では出回らない物もあるんですね……この宝石とこのチェーンでお願いしても?」

 私が選んだ物は漆黒の宝石と銀色のチェーンだ。
 色合いが綺麗で見栄えが良いことも理由の一つだが、この素材は魔力の保有量が他よりも高いため魔術具の素材として相性がかなり良い。

「ミスリルのチェーンとジェットを選ぶか……因みに選んだ理由を聞いてもいいか?」

「どちらも魔力と相性が良いですから。本当はダイヤモンドを選ぼうと考えていましたが、まさかジェットがあるとは思わなかったです」

 宝石の種類によって込めることができる魔力量や相性のいい属性は異なるものだ。例えばダイヤモンドの場合は炎熱属性以外の魔術と相性が良く、宝石の中では最も多くの魔力を込めることができる。
 けれど、魔力を通しやすい樹木が化石となったジェットは、ダイヤモンド程の魔力が込められない代わりに全ての属性と相性が良く術式を効率よく付与することができる。
 そうした理由から昔から癒しや守護のお守りとして利用されていた。

「素材を見る目だけじゃなく知識もあるか。全く最近の学生は凄いものだな」

「ありがとうございます。それから宝石のままで、このルベライトとルビー、アイスクリスタルをいただけますか?」

「わかった。全部で加工費込みで金貨3枚だ」

 魔法袋から金貨を取り出して渡すと、彼は驚いた様子を見せながらもアクセサリーの作成に取り掛かってくれた。

 それからしばらくして完成したアクセサリーを受け取り、工房を出た頃には空が茜色に染まりかけていた。

「寝てしまったようですね」

「あれだけはしゃいでいたし……工房では思ったよりも長居しちゃったからね。けれど……うん。やっぱり良い笑顔だわ」

 カレナに背負われているリーベは、口元を笑みを浮かべたまますやすやと寝息をたてている。その表情はとても穏やかで楽しそうだった。

「リーベのことで提案ですがティアさんが王立学園を卒業するまでの間、学園都市にも居を構えようかと思います……その方が色々と都合が良いでしょうし」

「それは私としてもありがたいけど……いいの?」

 リーベが先の選択をするまでは私もカレナと一緒に彼女のことを守るつもりだったため、カレナの提案はありがたいことだった。
 加えて私個人の事情についてもカレナと連絡を取りやすいことは都合が良いことでしかない。今のところはカレナの力を借りるつもりはないが、それでも情報を手に入れることができることはとても大きいことだ。
 けれど、学園都市は特別な場所になっていて外部から移住することは難しくなっている。基本的には学園都市内に家族がいるか商業上の許可を貰ってお店を開くなどの理由が必要とされていた。
 だが、騎士爵を持つカレナであれば貴族としての特権で許可も降りることだろう。

「かまいませんよ。リーベも貴方と近くにいた方が安心でしょうから」

「ありがとう。それじゃあ遠慮なくお願いするわ」

 私たちは互いに笑みを浮かべるとノーティア公爵領を後にした。
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