王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第12章 私を見つけるための旅

15 伝承と真名

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 桜の樹の下には死体が埋まっているという話は、前々世での日本で聞き覚えがあった。既におぼろげな記憶ではあるが、たしか桜の花の咲かせ方や色を比喩したものだったはずだ。

「……そのような伝承があるのですか?」

 だが、ラティアーナやティアとして生きている間には聞いたことがない。私が知っている話と同じかも分からないため聞いてみることにした。

「半分くらいは御伽噺に近いがな。桜に限らず植物は霊力を吸い取っているだろう?だから生き物の死体が樹の近くに埋まっているとして養分になるってのは、まぁ割とよくあることだ。そして、億年桜は普通の植物よりも生命力に近い霊力が循環している。億年桜が咲かせる花弁にはこの地で眠る者たちの力が宿っていることも間違いではない」

「では桜月の力は億年桜の周囲から力を吸い取るものだと?」

 けれど、その性質だと桜陽の力と近すぎる気がした。対になると言われているくらいなのだから考え辛い。

「ここからは過去の記録や桜月の伝承を基にした推測だが……桜月は持ち主の力や経験を蓄え続けるんじゃないかと考えている。そして過去の持ち主の者を一時的に降ろせるのではないかとも」

 斑の推測に私は思わず息を呑んだ。
 もしも、斑の推測が正しいとすれば桜陽よりも凄まじいかもしれない。それこそ単純な破壊力などは及ばないだろうが、今までの持ち主の経験や技術を自身に投影できるということになる。
 私のような例外は別にしても人の一生分の時間では得られないような経験や技術を習得できる可能性があるわけだ。

「それは……下手をすれば桜陽よりも凄まじいのでは?」

「いや、そうとも限らない。桜陽の霊力の許容量は凄まじく多い。やろうとすれば何日、何年と長い年月をかけて霊力を蓄積させることもできる。今ではそのようなことは危険すぎて禁止しているがな」

 過去には桜陽に数人掛かりで力を込めた時や一人の人間が数十年という年月を掛けて力を込めたことがあったそうだ。
 だが、制御できない力は災害そのもの。桜陽の解放をした際には使い手だけでなく周囲までも破壊しつくされたらしい。

「嬢ちゃん。悪いことは言わないが桜月を解放しないことだ。この国を離れてから桜月がどのような時間を辿ってきたのかは分からん。だが妖刀と呼ばれているくらいなんだろう?どんな修羅場をくぐっているか想像もできない」

 夜月に初めて触れたときのことを思い出す。
 触れた瞬間に流れ込んでくる様々な負の感情や呪いとも言えるような怨念の数々。その全てを一身に受けたときにどうなるのかは想像もできない。
 けれど、恐怖を感じると同時にこうも思う。もし、悪魔のような全てを掛けても勝てるか分からない戦いになったとき、きっと使うだろうと。

「できる限りは気をつけます……前に何回か解放したと思っていたんですけど、特別な方法ってあるんですか?」

 私は今まで膨大な魔力や生命力を流し込むことで刀の力を解放していたと思っていた。それは夜月も例外ではないが、斑の言葉が正しいのであれば今までも完全には解放できていなかったのかもしれない。
 そう考えて斑に問いかけてみると少し逡巡した後に口を開いた。

「一番無難なのは、膨大な霊力を流し込み真名を呼ぶことが最低限の条件だ」

「真名……ですか?」

「他の国だと馴染みがないかもしれないが桜花皇国では名前をつけて長年大切にしている物には魂が宿ると言われている。それは霊力の中の生命が物に流れ込むからだ」

 一つの物を長年に渡って使い続けていると持ち主の生命力を僅かに帯びるらしい。武具であれば力を纏わせることもあってより顕著になるそうだ。

「名と言うのは個を特定するために大切なもの。どのような状態でも、名と生命力を持ち合わせているなら個の存在として生きていると言っても過言じゃない」

「じゃあ桜月のことを夜月と呼んだから解放されてないってことですか?」

「それは見てみないと何とも言えんな」

 元の名前は桜陽だったが、長い年月を夜月として存在していたのも事実だ。だから、夜月と呼んでいたとしても間違いではないらしい。

「さっき解放に膨大な霊力が必要と言っただろう?あれは霊力によって帯びている生命力を活性化させて、さらに素材の本来の力を引き出すためだ」

 魔物や植物を素材としている場合だと本来の力を引き出すこともできるらしい。それは素材が持つ特性や性質はもちろんのこと、魔物などであれば経験なども引き出せる可能性もあるそうだ。

「ま、これは俺が知っている一部だがな。結局は物が相手でも対話が大事だってことだ。同じ刀でも使い手が違えば方法も違うし解放した強さも変わるだろう」



 それから少しだけ雑談を交わしていると思ったよりも時間が経っていつことに気付いた。あまり長居しても悪いので、桜月のことやお茶を頂いたことにお礼を言って帰ろうとしたところ、屋敷の門を潜ったところで「少し待ってくれ」と呼び止められる。

「これを嬢ちゃんにやる。桜陽の手入れに仕えるはずだ」

 そう言って渡されたのは黒い金属のようなものでできているコップくらいの大きさの筒だった。受け取って見ると中に液体が入っているように感じる。

「ありがとうございます。これは一体?」

「億年桜の樹液だ。いつも桜陽の手入れに物だから使って欲しい。恐らく桜月でも問題ないはずだ」

 刀身に億年桜の枝を使っているため樹液をしみこませると徐々に修復されるらしい。布などに染み込ませて刀身を磨き上げれば良いそうだ。

「ありがたいですけど……こんな貴重なものを頂いてもいいのですか?」

「俺が管理している物だから問題ない。その代わりと言っては何だが……直ぐとは言わない。数年後とかでもいいから、いつか桜月と会わせてくれないか?」

「分かりました。桜花皇国を訪れるのは大分先になると思いますけど……次に来るときには必ず」

 私は斑と約束をして別れた。
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