海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ

文字の大きさ
45 / 75
異世界の環境改革

調査と二つの部族

しおりを挟む
渓谷の奥──聖地と呼ばれた場所に足を踏み入れると、空気が一変した。

赤土の岩肌に囲まれた空間の中央、
そこには孵化していない魔獣の卵がいくつも、まるで捨て置かれたかのように静かに並んでいた。

その横では、数頭の魔獣が岩の上に身を横たえ、まるで眠りから覚める気配すらない。

「……ここもか。この時期に目覚めていないとなると、やっぱり魔素に異常があるな」

エネルが警戒を滲ませながら呟く。

「じゃあ、さっそく計測始めちゃいましょう!」

エミリは鞄を開け、トリスタンから預かった魔素計測器を取り出そうと身をかがめた──その瞬間。

ピシッ──空気が裂ける音とともに、エネルが即座に手をかざし、エミリを包むように結界を展開した。

ヒュン──!

直後、岩陰や高所から放たれた光の矢が、次々と空を裂いて降り注いでくる。

「うわっ! 何ですか!?」

「結界内だから当たらない。心配するな。それより、さっさと測れ」

「いや、測れってー!矢が飛んできてるんですけど!?」

「よくあることだ。動け、エミリ」

「こんなこと、よくあったら困ります……!!」

文句を言いながらも、エミリは魔素計測器のスイッチを入れ、卵の近くへとそっと歩を進めた。

すると、岩場の上部から複数の影が現れる。
赤い装束をまとい、額に角を持つ魔族たちが、敵意をあらわにエミリたちを見下ろしていた。

「何をしている!! ここは我らゼル族の聖域だ! 部外者は立ち去れ!!」
「人間か!? ……穢らわしいッ!」


憤怒に燃える目が、まっすぐエミリを射抜く。

その瞬間、矢を構えた一人が飛び降り、エミリに詰め寄ろうとする──

だが、その前に、
エネルが静かに一歩踏み出し、冷えた声で言い放った。

「──ゼル族の戦士たちよ。我らは魔王ゼアの命を受け、この地の魔素調査にあたっている。無用な攻撃は、“反逆”と見なされても文句は言えまい」

空気が一瞬、凍りつく。

魔族たちの表情が変わる。矢を構えていた手がわずかに揺れる。

「魔王様の……命?」

「そうだ。そしてこの人間は、魔王城から任命を受けた者だ」

エネルの言葉に、ざわめきが走る。
その中で、やや年かさの戦士が一歩前に出た。

「……聖地に踏み込む者を簡単には受け入れられん。」

「ならば、俺が直接族長と話す。伝えてくれ。エネルが来たと」

その名に、空気が再び変わった。
魔族たちは一様に驚いた表情を浮かべ、互いに目を見交わす。


「……あのエネル……?」

「……なら、話は変わる。しばし待て。上に伝える」

男たちは警戒を解かないまま引き返し、岩場の奥へと姿を消していった。

矢の音が止み、谷に静寂が戻る。

エミリは大きく息をつき、計測器を見ながらぼそっと呟いた。

「もう……この仕事、危険手当もらえないと割に合いませんってば……」

「そのうち出世すれば、権限で予算つけられるぞ」

「それ、今すぐじゃないやつですね!?」


魔族たちが去り、しばしの静寂が戻った谷に、新たな足音が響く。

「……ゼルの野郎どもが騒いでると思ったら… エネル、お前か」

赤褐色の岩場の陰から現れたのは、アラン族の戦士たちだった。
先頭に立つのは、漆黒の短髪に金の刺繍が入った外套を羽織った壮年の魔族——アラン族の族長・グラズ。

「……グラズか。お前が出てくるとはな。暇なのか?」

エネルが肩をすくめて言うと、グラズは表情ひとつ変えずに答える。

「この騒ぎを見て見ぬふりができるか。だが……」

グラズが視線を向けた先では、先ほどのゼル族の戦士たちが、こちらも族長を連れて戻ってきていた。

「魔王様もようやく調査に乗り出したか。頭の弱いゼルがまた言いがかりをつけてきて、うんざりしていたところだった」

「……おいおい、その挑発的な言い方、どうにかならんのか?アランの犬ども」

ゼル族の族長・プーラが鋭く言葉を投げつけると、アラン族側の戦士たちが一斉に手を武器にかける。

「この聖地は、裏切り者どもが勝手に神託をねじ曲げたせいで魔獣たちがこうなったのだ!」

「寝言も大概にしろ!神託を歪めたのはそっちだろうが!」

いよいよ剣が抜かれかけたその時——

「ちょ、ちょっとちょっとストーーップ!!」

エミリが魔素計測器を掲げながら、慌てて割って入る。

「今ここで喧嘩始めたら、聖地どころか卵も全部割れますよ!? 落ち着いて!! 感情的になることは、解決から遠ざかりますってば!」


だがその声は、怒声にかき消されそうになる。

そこでエネルが静かに手を掲げた。魔力の波動が地面を震わせ、周囲の空気が一気に緊張に染まる。

彼の気配が変わったことに気づき、両部族の戦士たちは一瞬たじろいだ。

「……この場で剣を抜いた者がいれば、それがどちらであれ“魔王への反逆”とみなす」

低く、よく通る声が渓谷に響き渡る。

「それでもいいなら、好きに暴れろ。俺が全員黙らせるだけだ」

重い沈黙が落ちる。
そのあとで、グラズがふっと鼻で笑った。

「……変わってねぇな、お前は」

「お互い様だ」

「だが、ゼル族にだけ好き勝手はさせん。我らアランも、調査には立ち会わせてもらう。よろしいか?」

「……問題ない。むしろ都合がいい」

エネルはちらりとエミリに視線を送る。

「どうする? 交渉が目的だったが、今は双方を同席させるのが一番“安全”だ。……たぶんな」

エミリはうなずき、ポーチからメモ帳を取り出した。

「はい、それでは“共同調査体制”ということでまとめさせていただきまーす。ゼル族3名、アラン族3名ずつ同行していただき、調査終了後、何か分かり次第情報を共有します。以上、異議は?」

「……ない」

「……うむ」

「それに、お話の場も設けましょうね? 何を揉めているのかわかりませんが、第三者がいたほうが話しやすいですから」


こうして、一触即発だった聖地の空気は、かろうじて均衡を保ったまま、“魔素調査”という名のもとに、新たな火種を抱えたまま進んでいくのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……

ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。  そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。 ※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。 ※残酷描写は保険です。 ※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

☆ほしい
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。 ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。 時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。 死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。 彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。 心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。 リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。 やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。

記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい

犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。 異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。 持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。 これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...