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<最終章>お花屋さんと森の記憶
始まりの鐘
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「おい! レオニダス、集中しろ!」
マッシモの怒声が、獣の唸り声と鉄のぶつかり合う音と共に森に響き渡る。
オルガが光の道を駆けて消えたあと、
森の奥から湧き出るように、得体の知れない魔物たちが群れをなして襲いかかってきた。
それはまるで、レオニダスにオルガを追うという選択肢を与えまいとするかのように数を増やし、四方から牙を剥いていた。
「くそっ……」
レオニダスは剣を振るうたび、魔物が裂け黒い血が飛び散る。
怒りと焦りが入り混じり、剣筋がいつになく荒い。
マッシモが仲間の指揮を取りながら、彼の背後を守っていた。
やがて最後の一体が地に沈み、動かなくなったとき、すでに一刻が過ぎていた。
荒い息のまま、レオニダスは返り血を拭いもせず、光が消えた森の奥へ足を踏み出す。
だがそこには、もう道など残っていなかった。目の前には、ただ沈黙と瘴気だけが広がっている。
拳を握り締めたまま、レオニダスは一歩も進めずに立ち尽くす。
その背後からマッシモが近づき、ため息まじりに水筒の水を彼の頭からぶっかけた。
「おい、しっかりしろ。今村に残ってる者たちの避難を急がせるぞ」
冷たい水が頬を伝って落ちても、レオニダスは何も反応を示さない。
ただオルガが消えた光の方向を、虚ろな目で見つめていた。
ボスコの血を持たぬ者には開かれぬ領域。
それを頭では理解している。
けれど体がその理を拒むように、足が勝手に前へ踏み出そうとしていた。
返り血と共に水が滴り落ち、土に落ちるたびに黒く染まる。
レオニダスはぼんやりと、その色を見つめた。
「なんだその顔は。オルガがあの場所へ行くことが、今回の目的だっただろう」
レオニダスは無言のまま、マッシモを一瞥した。その目には、怒りとも絶望ともつかない影が宿っている。
「……もし、オルガが戻ってこなかったら……どうすればいい」
低く震える声が、森の空気を震わせた。
「オルガの両親も、ライラさんも戻ってきていない。あの光の先がどんな場所かもわからない……」
マッシモは肩で笑い、泥のついた手でレオニダスの鎧を叩いた。
「副団長ともあろう男が、今さら弱気か? オルガをお前が信じなくてどうする」
レオニダスは唇をかみしめた。
彼は戦場で何度も冷静さを保ってきた。
仲間を失っても、決断を迫られても、決して揺らがなかった。
だがオルガのことになると、自分でもどうしようもなくなる。
避けられている理由も、わからないままだ。
今、彼女がいないだけで、心の奥にぽっかりと穴が空いたように痛い。
「……俺は、何も伝えられていない」
その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
彼は胸元にぶら下げた、オルガから渡された種をそっと握りしめる。
彼女と同じ色、淡い光を帯びた金。握る手に力がこもるたび、指先が震えた。
まるで、その小さな光が、彼の中の祈りに応えて脈を打っているように。
森を抜け村の外れが見えたとき、太陽はすでに高く昇っていた。
だが空の色は鈍く濁っている。まるで森の瘴気が空そのものを侵しているかのようだった。
レオニダスは歩きながら、拳を固く握りしめた。あの光の中で消えたオルガの姿が何度も脳裏に焼きついて離れなかった。
「……副団長!」
門の前にいた若い騎士が駆け寄る。
「外の見回り組から報告が入りました! 森の北側に、複数の魔物が集結しているとのことです!」
「数は?」
「正確には……もう、数えきれないほどだと!」
レオニダスの眉がぴくりと動いた。
背後に立つマッシモが低く息を吐く。
「スタンピード……いよいよだな」
森の奥から、地鳴りのような唸りが響いてくる。瘴気が渦を巻き、黒い影が波のように押し寄せていた。
レオニダスは剣を握る手に力を込める。
オルガなら、きっとうまくやれる。
ならば、俺も。
俺は俺の場所で、果たすべき責任を果たすだけだ。
「——全員、配置につけ。村の防衛線を張り直せ。北の森を中心に、第一陣を構築する。村人は避難路を確保しろ。鐘を鳴らせ!」
命令が響いた瞬間、騎士たちは一斉に走り出す。金属の擦れる音、焦げた風の匂い、ざわめく不安。
そのすべてが、戦の予兆だった。
「レオニダス様!」
アマンダが息を切らして駆け寄ってきた。
「お願いです、私のそばにいてくださいませんか?」
「下がれ、邪魔だ」
短く言い放つ声に、彼女は息を飲んだ。
レオニダスは剣を握り直し、森の方へ視線を向ける。
低い唸りが聞こえた。
地面が微かに震える。
マッシモが呟く。
「来るぞ……。奴らが、一斉に動き出した」
「……上等だ」
レオニダスのマントが風を裂く。
「全員、構えろ!」
村の鐘が高く鳴り響いた。
その音が、スタンピードの始まりを告げた。
マッシモの怒声が、獣の唸り声と鉄のぶつかり合う音と共に森に響き渡る。
オルガが光の道を駆けて消えたあと、
森の奥から湧き出るように、得体の知れない魔物たちが群れをなして襲いかかってきた。
それはまるで、レオニダスにオルガを追うという選択肢を与えまいとするかのように数を増やし、四方から牙を剥いていた。
「くそっ……」
レオニダスは剣を振るうたび、魔物が裂け黒い血が飛び散る。
怒りと焦りが入り混じり、剣筋がいつになく荒い。
マッシモが仲間の指揮を取りながら、彼の背後を守っていた。
やがて最後の一体が地に沈み、動かなくなったとき、すでに一刻が過ぎていた。
荒い息のまま、レオニダスは返り血を拭いもせず、光が消えた森の奥へ足を踏み出す。
だがそこには、もう道など残っていなかった。目の前には、ただ沈黙と瘴気だけが広がっている。
拳を握り締めたまま、レオニダスは一歩も進めずに立ち尽くす。
その背後からマッシモが近づき、ため息まじりに水筒の水を彼の頭からぶっかけた。
「おい、しっかりしろ。今村に残ってる者たちの避難を急がせるぞ」
冷たい水が頬を伝って落ちても、レオニダスは何も反応を示さない。
ただオルガが消えた光の方向を、虚ろな目で見つめていた。
ボスコの血を持たぬ者には開かれぬ領域。
それを頭では理解している。
けれど体がその理を拒むように、足が勝手に前へ踏み出そうとしていた。
返り血と共に水が滴り落ち、土に落ちるたびに黒く染まる。
レオニダスはぼんやりと、その色を見つめた。
「なんだその顔は。オルガがあの場所へ行くことが、今回の目的だっただろう」
レオニダスは無言のまま、マッシモを一瞥した。その目には、怒りとも絶望ともつかない影が宿っている。
「……もし、オルガが戻ってこなかったら……どうすればいい」
低く震える声が、森の空気を震わせた。
「オルガの両親も、ライラさんも戻ってきていない。あの光の先がどんな場所かもわからない……」
マッシモは肩で笑い、泥のついた手でレオニダスの鎧を叩いた。
「副団長ともあろう男が、今さら弱気か? オルガをお前が信じなくてどうする」
レオニダスは唇をかみしめた。
彼は戦場で何度も冷静さを保ってきた。
仲間を失っても、決断を迫られても、決して揺らがなかった。
だがオルガのことになると、自分でもどうしようもなくなる。
避けられている理由も、わからないままだ。
今、彼女がいないだけで、心の奥にぽっかりと穴が空いたように痛い。
「……俺は、何も伝えられていない」
その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
彼は胸元にぶら下げた、オルガから渡された種をそっと握りしめる。
彼女と同じ色、淡い光を帯びた金。握る手に力がこもるたび、指先が震えた。
まるで、その小さな光が、彼の中の祈りに応えて脈を打っているように。
森を抜け村の外れが見えたとき、太陽はすでに高く昇っていた。
だが空の色は鈍く濁っている。まるで森の瘴気が空そのものを侵しているかのようだった。
レオニダスは歩きながら、拳を固く握りしめた。あの光の中で消えたオルガの姿が何度も脳裏に焼きついて離れなかった。
「……副団長!」
門の前にいた若い騎士が駆け寄る。
「外の見回り組から報告が入りました! 森の北側に、複数の魔物が集結しているとのことです!」
「数は?」
「正確には……もう、数えきれないほどだと!」
レオニダスの眉がぴくりと動いた。
背後に立つマッシモが低く息を吐く。
「スタンピード……いよいよだな」
森の奥から、地鳴りのような唸りが響いてくる。瘴気が渦を巻き、黒い影が波のように押し寄せていた。
レオニダスは剣を握る手に力を込める。
オルガなら、きっとうまくやれる。
ならば、俺も。
俺は俺の場所で、果たすべき責任を果たすだけだ。
「——全員、配置につけ。村の防衛線を張り直せ。北の森を中心に、第一陣を構築する。村人は避難路を確保しろ。鐘を鳴らせ!」
命令が響いた瞬間、騎士たちは一斉に走り出す。金属の擦れる音、焦げた風の匂い、ざわめく不安。
そのすべてが、戦の予兆だった。
「レオニダス様!」
アマンダが息を切らして駆け寄ってきた。
「お願いです、私のそばにいてくださいませんか?」
「下がれ、邪魔だ」
短く言い放つ声に、彼女は息を飲んだ。
レオニダスは剣を握り直し、森の方へ視線を向ける。
低い唸りが聞こえた。
地面が微かに震える。
マッシモが呟く。
「来るぞ……。奴らが、一斉に動き出した」
「……上等だ」
レオニダスのマントが風を裂く。
「全員、構えろ!」
村の鐘が高く鳴り響いた。
その音が、スタンピードの始まりを告げた。
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