39 / 103
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
謁見
しおりを挟む
「えーーーっ!?そんなの聞いてないんだけど!?嘘つき!詐欺!石頭!堅物! えーっと、えーっと……」
「無表情鉄仮面とか、どう?」
「無表情鉄仮面ーッ!!」
「冷血漢なんてのもあるぞ」
「冷血漢!!」
──騒々しい罵倒の応酬は、王宮の廊下にまで響いていた。
ことの発端は二日前。レオニダスが森の花屋を訪れ、王宮からの迎えが来るから待てと言い残して去っていった。そして今朝、言葉通りに立派な馬車が現れた。新しい畑の話かも!と期待に胸をふくらませて到着したオルガが、王宮で最初に知らされたのは──
「……皇帝陛下と謁見!?」
寝耳に水とはこのことだ。
「もう王宮に来たんだ、腹を括れ。エリオット殿下も、お礼を言いたいそうだ。元気になった姿を見てさしあげろ」
どんな暴言にも動じず、冷淡な声でそう言い放つレオニダスの図太さは、ある意味で尊敬に値する。
「いやしかし、レオニダスが伝え忘れるとは珍しいな。わざと言わなかったんじゃないのか?」
宰相アーベルの横で、ルーカスがニヤニヤと膝でレオニダスの脇腹をつつく。
「本気で忘れていました。森を出てから思い出しましたが、どうせ王宮には来るのだからと、判断いたしました」
「うわー、まじめなくせにそういうとこズボラだよ!っていうかめんどくさいよー、そのえらい人にありがとう言われたら、すぐ帰っていいよね?」
そう言いつつ、オルガはやれやれと肩をすくめた。
まあ、呪いでぐったりしてた皇子が元気になった姿は、ちょっと見てやってもいいか──そんな気分で、渋々ながら謁見を了承することにしたのだった。
***
天井が高すぎる。
柱が太すぎる。
床、ツルツルすぎる。
「……なんか、歩くたびに転びそうで怖いんだけど」
「転ばぬようお気をつけください」
「うわ、怖い!敬語使われるとムズムズするよー」
レオニダスの案内で通された謁見の間は、噂に聞くよりもずっと静かで、厳かだった。壁には重厚な紋章、窓際には季節外れの花、そして正面には──
「……あれが、一番偉い人かぁ」
皇帝ヘンドリック・ラウエル。
代々続く帝国の頂点に立つ男は、黒の法衣に身を包み、瞳の奥に冷えた光を宿していた。歳は六十を超えているはずだが、威厳に満ちたその姿は、どこか像のように動かぬ印象を与える。
「この者が、“エルバの手”の使い手、オルガ=ファルネーゼでございます」
アーベルの声が空気を震わせ、オルガの肩が一瞬だけピクリと動いた。
「ども。花屋です」
深く頭を下げるでもなく、適当にぺこりとお辞儀するオルガに、背後で誰かが小さく咳払いした。たぶん、ルーカスだ。
「……貴殿が、我が孫エリオットの命を救ったと聞いた。礼を言おう」
皇帝の声は低く、よく通る。だがその礼に、感謝という感情は見えなかった。ただ、事実だけを述べるような、重たい響き。
「いや、別に。育てたのは花であって、わたしはただ種まいただけなんで」
「その“花”が呪いを吸い取ったと聞いた」
「うん。だから、わたしに感謝するのってちょっと違う気がするけど……まぁ、お役に立てたなら何よりです」
そう言って、またぺこりと軽く頭を下げる。まるで、常連客にサービスの品でも渡すかのような軽さだった。
「……面白い娘だな」
皇帝の口元が、かすかに動いた。それが笑みなのか、別の感情なのかは読み取れなかった。
「エリオットは、そなたに会いたがっている。……面会を許可する」
「……わかりました。でもそのあと、帰っていいですか?」
「構わぬ」
オルガは一拍、間を置いてからうなずいた。
「じゃあ、ちょっとだけ。……あ、あと、畑の話とか、もしあったら帰る前にしてもらえると嬉しいです」
ルーカスが肩を震わせ、アーベルが咳をこらえた。
レオニダスだけが、微動だにせず隣に立っている。
謁見の間をあとにしながら、オルガがぽつりとつぶやいた。
「……偉い人って、何考えてるかほんとわかんないねぇ。そういう訓練でもしてるのかな」
そう言って、眉ひとつ動かさず、無表情で遠くを見つめるヘンドリック皇帝の真似をしてみせた。
その横顔を見たレオニダスの口元が、かすかに引きつる。
彼が笑いをこらえたのは──この日が初めてだったかもしれない。
「無表情鉄仮面とか、どう?」
「無表情鉄仮面ーッ!!」
「冷血漢なんてのもあるぞ」
「冷血漢!!」
──騒々しい罵倒の応酬は、王宮の廊下にまで響いていた。
ことの発端は二日前。レオニダスが森の花屋を訪れ、王宮からの迎えが来るから待てと言い残して去っていった。そして今朝、言葉通りに立派な馬車が現れた。新しい畑の話かも!と期待に胸をふくらませて到着したオルガが、王宮で最初に知らされたのは──
「……皇帝陛下と謁見!?」
寝耳に水とはこのことだ。
「もう王宮に来たんだ、腹を括れ。エリオット殿下も、お礼を言いたいそうだ。元気になった姿を見てさしあげろ」
どんな暴言にも動じず、冷淡な声でそう言い放つレオニダスの図太さは、ある意味で尊敬に値する。
「いやしかし、レオニダスが伝え忘れるとは珍しいな。わざと言わなかったんじゃないのか?」
宰相アーベルの横で、ルーカスがニヤニヤと膝でレオニダスの脇腹をつつく。
「本気で忘れていました。森を出てから思い出しましたが、どうせ王宮には来るのだからと、判断いたしました」
「うわー、まじめなくせにそういうとこズボラだよ!っていうかめんどくさいよー、そのえらい人にありがとう言われたら、すぐ帰っていいよね?」
そう言いつつ、オルガはやれやれと肩をすくめた。
まあ、呪いでぐったりしてた皇子が元気になった姿は、ちょっと見てやってもいいか──そんな気分で、渋々ながら謁見を了承することにしたのだった。
***
天井が高すぎる。
柱が太すぎる。
床、ツルツルすぎる。
「……なんか、歩くたびに転びそうで怖いんだけど」
「転ばぬようお気をつけください」
「うわ、怖い!敬語使われるとムズムズするよー」
レオニダスの案内で通された謁見の間は、噂に聞くよりもずっと静かで、厳かだった。壁には重厚な紋章、窓際には季節外れの花、そして正面には──
「……あれが、一番偉い人かぁ」
皇帝ヘンドリック・ラウエル。
代々続く帝国の頂点に立つ男は、黒の法衣に身を包み、瞳の奥に冷えた光を宿していた。歳は六十を超えているはずだが、威厳に満ちたその姿は、どこか像のように動かぬ印象を与える。
「この者が、“エルバの手”の使い手、オルガ=ファルネーゼでございます」
アーベルの声が空気を震わせ、オルガの肩が一瞬だけピクリと動いた。
「ども。花屋です」
深く頭を下げるでもなく、適当にぺこりとお辞儀するオルガに、背後で誰かが小さく咳払いした。たぶん、ルーカスだ。
「……貴殿が、我が孫エリオットの命を救ったと聞いた。礼を言おう」
皇帝の声は低く、よく通る。だがその礼に、感謝という感情は見えなかった。ただ、事実だけを述べるような、重たい響き。
「いや、別に。育てたのは花であって、わたしはただ種まいただけなんで」
「その“花”が呪いを吸い取ったと聞いた」
「うん。だから、わたしに感謝するのってちょっと違う気がするけど……まぁ、お役に立てたなら何よりです」
そう言って、またぺこりと軽く頭を下げる。まるで、常連客にサービスの品でも渡すかのような軽さだった。
「……面白い娘だな」
皇帝の口元が、かすかに動いた。それが笑みなのか、別の感情なのかは読み取れなかった。
「エリオットは、そなたに会いたがっている。……面会を許可する」
「……わかりました。でもそのあと、帰っていいですか?」
「構わぬ」
オルガは一拍、間を置いてからうなずいた。
「じゃあ、ちょっとだけ。……あ、あと、畑の話とか、もしあったら帰る前にしてもらえると嬉しいです」
ルーカスが肩を震わせ、アーベルが咳をこらえた。
レオニダスだけが、微動だにせず隣に立っている。
謁見の間をあとにしながら、オルガがぽつりとつぶやいた。
「……偉い人って、何考えてるかほんとわかんないねぇ。そういう訓練でもしてるのかな」
そう言って、眉ひとつ動かさず、無表情で遠くを見つめるヘンドリック皇帝の真似をしてみせた。
その横顔を見たレオニダスの口元が、かすかに引きつる。
彼が笑いをこらえたのは──この日が初めてだったかもしれない。
18
あなたにおすすめの小説
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
幼馴染パーティーから追放された冒険者~所持していたユニークスキルは限界突破でした~レベル1から始まる成り上がりストーリー
すもも太郎
ファンタジー
この世界は個人ごとにレベルの上限が決まっていて、それが本人の資質として死ぬまで変えられません。(伝説の勇者でレベル65)
主人公テイジンは能力を封印されて生まれた。それはレベルキャップ1という特大のハンデだったが、それ故に幼馴染パーティーとの冒険によって莫大な経験値を積み上げる事が出来ていた。(ギャップボーナス最大化状態)
しかし、レベルは1から一切上がらないまま、免許の更新期限が過ぎてギルドを首になり絶望する。
命を投げ出す決意で訪れた死と再生の洞窟でテイジンの封印が解け、ユニークスキル”限界突破”を手にする。その後、自分の力を知らず知らずに発揮していき、周囲を驚かせながらも一人旅をつづけようとするが‥‥
※1話1500文字くらいで書いております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる