50 / 102
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
魔物の襲撃
しおりを挟む
捜索隊がダンジョンの中腹に差しかかったとき、先頭を進んでいたルーカスがぴたりと足を止めた。
「……何かおかしいな」
低く発せられた声に、騎士たちが周囲を警戒するように視線を走らせる。
「魔物が一切出てこない。それに、通路がまったく変わっていない」
ダンジョンは生きている──そう呼ばれるほど、侵入者の存在に反応し、構造を自在に変化させる。それゆえ、入る際には必ず“入り口”と“現在地”を魔法でタグしておくのが常識だった。
だが、今回は必要なかった。
「……それが、オルガを連れてきた理由だ」
後方で歩いていたマッシモが、ぼそりと呟く。
「オルガが中に入ると、ダンジョンの機能が鈍くなる。通路は固定され、魔物も出にくくなる。今回のような捜索には最適ってわけだ」
「そんなことって、あるのか……?」
ルーカスが振り返り、無言で苔のついた壁を撫でているオルガを見やる。
マッシモは肩をすくめた。
「詳しいことはわからないが……オルガの両親も似たような感じだったからな。植物系の力があるものがボスコの民やら精霊の末裔やらの話は、あながち間違ってないかもしれんな、ダンジョン自体が精霊や古き神の領域だとすれば、相性が悪いというのも道理だ」
騎士たちが言葉を失う中、場にそぐわぬ声が響いた。
「ねえセレン、わたし前から一緒にダンジョン行きたかったの、いつもダメって言ってたけど、やっと一緒にこれたね!」
ふわりと肩越しに顔をのぞかせたオルガに、セレンが眉をひそめる。
「しょうがないよー。魔物が出ないんじゃドロップアイテムも出なくなるんだもん。わたしの儲けがゼロになるの、つらいんだから」
「まったく魔物が出ないわけじゃないよ? 奥にいる強いやつは普通に襲ってくるからー、気を抜かないでね」
オルガは一拍おいて、ゆっくり首をかしげた。
「それ、先に言ってよ」
セレンが肩をすくめる横で、マッシモが小さく息を吐いた。
「まあ、魔物が減るってだけでもありがたいよ。普段ならここまで来るのに倍はかかる。……もう少し奥に進めば、何か手がかりがあるはずだ」
隊は再び歩き出す。通路の先にかすかな光が揺れている。
オルガが壁を見ながら、ふと立ち止まった。
「……あれ?」
「どうした?」
ルーカスが警戒して振り返ると、オルガは床の隅にしゃがみ込み、何かをつまんでいた。
「この草……焼けてる。誰か戦ったんじゃないかな」
マッシモが目を細める。
「アルデバラン殿下の護衛隊か? それとも……」
「どっちにしても、近いってことだね」
ルーカスが剣の柄に手をかける。
「用心しろ。そろそろ、“出る”ぞ」
そのときだった。奥の暗闇から、ぞり……と何かが這うような音が響いた。
通路の先、影の中からぬるりと現れたのは、獣とも人ともつかぬ、黒く染まった魔物。
ぬるりと通路に這い出したそれは、四肢を持ちながらも骨格がゆがみ、黒く濡れた皮膚がところどころめくれ上がっていた。目はない。ただ、音に反応するように、頭部がぎこちなくこちらを向く。
セレンが短く息を呑む。
ルーカスが剣を抜き放つ。
「マッシモ、後衛を頼む。オルガ、下がれ」
その指示に、オルガはきょとんとした顔をしたまま、じり、と一歩下がった。
「……えっと、あれ持ってきたはず」
ぽつりと呟き、足元の袋から何かを取り出す。
「オルガ、動くな!」
叫ぶルーカスの前で、魔物が跳ねた。異様な速さで距離を詰め、セレンが咄嗟に防御魔法を展開する。
だがその瞬間、オルガが放った小さな葉っぱが空中で弾け、ぱんと乾いた音を立てた。
ふわりと白い粉が舞う。
魔物の動きが、ぴたりと止まった。
足元に広がるのは、瞬時に芽吹いた草の輪。淡い光をまとった花が、一斉に魔物の周囲を包み込んでいた。
「……動けなくなってる?」
セレンが驚いたように呟いた。
オルガは頷く。
「うん、痺れ草」
マッシモが小さく吹き出した。
「……オルガ……まったく、びっくりさせないでくれ」
「うーん、でも止まったから、いいでしょ?」
魔物は、ぎしぎしと歯ぎしりのような音を立てながら、しかし一歩も動けずにいた。
ルーカスが剣を構え直す。
「今のうちに仕留める。援護を頼む!」
ルーカスの剣が、静かに振り下ろされた。
魔物はくぐもった音を立てて崩れ落ちる。血は出ない。ただ、地に染みこむように黒い液体がにじんでいた。
「ふぅ……片付いたか」
セレンが杖を肩に担ぎ直し、ルーカスが通路の奥に目を向ける。
「妙だな。……この通路、ずっとまっすぐ続いている」
その時だった、ずしん、と地鳴りのような音が、通路の奥から響いた。
」
」
「……何かおかしいな」
低く発せられた声に、騎士たちが周囲を警戒するように視線を走らせる。
「魔物が一切出てこない。それに、通路がまったく変わっていない」
ダンジョンは生きている──そう呼ばれるほど、侵入者の存在に反応し、構造を自在に変化させる。それゆえ、入る際には必ず“入り口”と“現在地”を魔法でタグしておくのが常識だった。
だが、今回は必要なかった。
「……それが、オルガを連れてきた理由だ」
後方で歩いていたマッシモが、ぼそりと呟く。
「オルガが中に入ると、ダンジョンの機能が鈍くなる。通路は固定され、魔物も出にくくなる。今回のような捜索には最適ってわけだ」
「そんなことって、あるのか……?」
ルーカスが振り返り、無言で苔のついた壁を撫でているオルガを見やる。
マッシモは肩をすくめた。
「詳しいことはわからないが……オルガの両親も似たような感じだったからな。植物系の力があるものがボスコの民やら精霊の末裔やらの話は、あながち間違ってないかもしれんな、ダンジョン自体が精霊や古き神の領域だとすれば、相性が悪いというのも道理だ」
騎士たちが言葉を失う中、場にそぐわぬ声が響いた。
「ねえセレン、わたし前から一緒にダンジョン行きたかったの、いつもダメって言ってたけど、やっと一緒にこれたね!」
ふわりと肩越しに顔をのぞかせたオルガに、セレンが眉をひそめる。
「しょうがないよー。魔物が出ないんじゃドロップアイテムも出なくなるんだもん。わたしの儲けがゼロになるの、つらいんだから」
「まったく魔物が出ないわけじゃないよ? 奥にいる強いやつは普通に襲ってくるからー、気を抜かないでね」
オルガは一拍おいて、ゆっくり首をかしげた。
「それ、先に言ってよ」
セレンが肩をすくめる横で、マッシモが小さく息を吐いた。
「まあ、魔物が減るってだけでもありがたいよ。普段ならここまで来るのに倍はかかる。……もう少し奥に進めば、何か手がかりがあるはずだ」
隊は再び歩き出す。通路の先にかすかな光が揺れている。
オルガが壁を見ながら、ふと立ち止まった。
「……あれ?」
「どうした?」
ルーカスが警戒して振り返ると、オルガは床の隅にしゃがみ込み、何かをつまんでいた。
「この草……焼けてる。誰か戦ったんじゃないかな」
マッシモが目を細める。
「アルデバラン殿下の護衛隊か? それとも……」
「どっちにしても、近いってことだね」
ルーカスが剣の柄に手をかける。
「用心しろ。そろそろ、“出る”ぞ」
そのときだった。奥の暗闇から、ぞり……と何かが這うような音が響いた。
通路の先、影の中からぬるりと現れたのは、獣とも人ともつかぬ、黒く染まった魔物。
ぬるりと通路に這い出したそれは、四肢を持ちながらも骨格がゆがみ、黒く濡れた皮膚がところどころめくれ上がっていた。目はない。ただ、音に反応するように、頭部がぎこちなくこちらを向く。
セレンが短く息を呑む。
ルーカスが剣を抜き放つ。
「マッシモ、後衛を頼む。オルガ、下がれ」
その指示に、オルガはきょとんとした顔をしたまま、じり、と一歩下がった。
「……えっと、あれ持ってきたはず」
ぽつりと呟き、足元の袋から何かを取り出す。
「オルガ、動くな!」
叫ぶルーカスの前で、魔物が跳ねた。異様な速さで距離を詰め、セレンが咄嗟に防御魔法を展開する。
だがその瞬間、オルガが放った小さな葉っぱが空中で弾け、ぱんと乾いた音を立てた。
ふわりと白い粉が舞う。
魔物の動きが、ぴたりと止まった。
足元に広がるのは、瞬時に芽吹いた草の輪。淡い光をまとった花が、一斉に魔物の周囲を包み込んでいた。
「……動けなくなってる?」
セレンが驚いたように呟いた。
オルガは頷く。
「うん、痺れ草」
マッシモが小さく吹き出した。
「……オルガ……まったく、びっくりさせないでくれ」
「うーん、でも止まったから、いいでしょ?」
魔物は、ぎしぎしと歯ぎしりのような音を立てながら、しかし一歩も動けずにいた。
ルーカスが剣を構え直す。
「今のうちに仕留める。援護を頼む!」
ルーカスの剣が、静かに振り下ろされた。
魔物はくぐもった音を立てて崩れ落ちる。血は出ない。ただ、地に染みこむように黒い液体がにじんでいた。
「ふぅ……片付いたか」
セレンが杖を肩に担ぎ直し、ルーカスが通路の奥に目を向ける。
「妙だな。……この通路、ずっとまっすぐ続いている」
その時だった、ずしん、と地鳴りのような音が、通路の奥から響いた。
」
」
25
あなたにおすすめの小説
力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します
枯井戸
ファンタジー
──大勇者時代。
誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。
そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。
名はユウト。
人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。
そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。
「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」
そう言った男の名は〝ユウキ〟
この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。
「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。
しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。
「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」
ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。
ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。
──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。
この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
【完結】平民聖女の愛と夢
ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる