【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ

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王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん

魔物の襲撃2

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誰もが、声を飲む。



次の瞬間、通路の壁が、脈打つように膨らんだ。

「……おい」

ルーカスが低く唸る。

壁が崩れ、中から何かが“押し出される”。



巨大な、黒い胴体。異常に長い四肢。ぬるりとした皮膚に、花弁のような骨が何枚も重なり、歪んだ顔の奥で、赤い光がぎらりと動いた。


「でっか……」

オルガが、ぽつりと呟く。
セレンがすぐさま結界を展開する。


「これは……通常の魔物じゃない。”親玉”じゃないか?!」

マッシモが歯を食いしばる。

「こいつはやばいな…!」


大気が揺れるような咆哮が、洞窟の奥に響いた。


ルーカスが剣を構え直し、オルガの前に出る。
魔物が地を這うたびに、周囲の空間がわずかに歪んだ。


「……あれが、ダンジョンの番人か」

ルーカスの声が低く響く。



セレンが前に出て、震える手で空気を撫でるように結界を補強する。

オルガが袋の中を探りながら、じっと番人を見つめた。

「なんか……この子、すごく怒ってる」

「怒ってる……?」

オルガは頷く。

「うん。仲間がやられちゃったのかな?」


そのとき、番人の足元、半ば飲み込まれるように埋もれていた金属の破片が目に入った。


それは、折れた剣。帝国騎士団の刻印がかすかに残っていた。



ルーカスが目を細める。

「殿下の護衛の剣?」

ぎちぎちと軋む音を立て、顔とも呼べない器官をこちらへ向けた。

次の瞬間、番人の体から、黒い根のようなものが一斉に飛び出した。



「構えろ! 来るぞ!」


地を割って跳ねた根が、セレンの結界を破りかける。マッシモが咄嗟に刃で弾き、ルーカスが踏み込んで応戦する。

オルガは、その場にとどまり、先ほどの痺れ草を魔物に向けて投げる。



ひらりと宙を舞った葉が、番人の胸元に触れた。



ぱん。

乾いた音とともに、粉が舞う。番人は痺れたように動きが止まる。


「効いた……?」

セレンが息をのむ。


しかし──次の瞬間、番人の肩がぴくりと震えた。



 ごぎり。ぎちぎち──


嫌な音を立てながら、番人の体がゆっくりと傾き、膝をついた。だが、それは倒れたわけではなかった。

「効いてるけど……まだ動ける!」


オルガがもう一枚、葉を取り出そうとしたそのとき──



「下がれ!」



ルーカスが叫び、黒い根の一閃が床を薙ぐ。土が弾け、爆風のように巻き上がる瓦礫。その合間を縫って、マッシモが飛び出し、番人の腕を斬りつけた。



金属のような硬質な音。
その腕は──ほんの僅かに、軌道を逸れた。

「今のうちに距離を取れ!」


セレンがオルガの腕を引いて後退する。


番人は、まるで傷などなかったかのように立ち上がった。

黒い根が、再び、空間全体を覆うようにうねりはじめる。
番人の黒い根が再び宙を這い、空間を飲み込むように蠢いていた。


ルーカスとマッシモが前線で応戦し、セレンが結界を張りながら援護に回る。

そんな中、オルガはふと、壁際の土に目をとめた。



(……この壁、なんか、違う)


植物の力が微かに脈打つように伝わってくる。石と土の間に紛れるように、かすかな水脈──いや、風の流れ?

オルガはすっとしゃがみこみ、足元の草に手を添えた。

「ちょっと、そこ、開けられないかな?」

囁くように問いかけると、小さな双葉が揺れた。瞬く間にその蔓が伸びて、壁の一部をなぞるように絡んでいく。

すると──かちりという乾いた音が響いた。

直後、重たい石の壁が、ごとりと音を立ててわずかにずれる。



「……え?」

呆然とするオルガの背後で、セレンが目を見開いた。

「オルガ、それ、隠し通路よ!」


振り返ると、戦いのさなかにあっても、番人の動きがほんの一瞬、鈍ったのがわかった。


まるで──そこを通られるのを拒むかのように。


マッシモが低く唸るように言った。

「番人は、この扉を守ってる……?」


ルーカスが剣を構え直し、セレンが魔力を集中させる。

オルガはぐっと口を引き結んだ。

「うん、ここ…呼んでる気がする」



オルガは石の壁にそっと手を当てた。

ごとり、と奥から低い音が返る。



扉がゆっくりと、地を這うように横へ滑っていく。

その向こうには──冷たい空気が満ちた、黒い回廊が口を開けていた。



「抜け道か……?」

マッシモが一瞬だけ番人に目を向ける。

──その番人が、咆哮とともに暴れ出した。


黒い根が暴風のように四方へ吹き荒れ、地面がめくれあがる。

 セレンがすかさず防御魔法を強化し、ルーカスが立ちはだかる。

「やっぱり……この先、通られたくないんだ」

オルガがぽつりと呟く。



「何があるんだ、ここには……」

 ルーカスの顔が険しくなる。



 その奥──かすかに、風に乗って誰かの声のようなものが聞こえた気がした。
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