【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ

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先生がお花屋さん

素直

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鉄のぶつかる音と、男たちの怒号が炎天下に響く。

剣を構え、汗を滴らせながら打ち合う騎士たちの様子を、オルガは日陰から眺めていた。
目を細めて、目当ての人物を探す。見つけたその瞬間、彼女の顔にぱっと驚きの色が浮かぶ。

「……へえ。けっこう、強いんだねぇ……」


普段とはまるで違う、荒々しくも俊敏な身のこなし。片っ端から騎士たちを薙ぎ倒すその姿に、思わず口が開いた。


と、その隣から、間の抜けた大声が飛んでくる。

「オルガちゃーん!!久しぶりー!癒し成分が枯渇して、干からびそうだったよー!」


手を振るのは、例によって軽薄な笑みの団長・ルーカス。その声に反応して、彼の隣にいた男も振り向いた。

真面目一徹な顔をこちらに向け、静かに眉をひそめる副団長・レオニダス。

「……団長、気持ち悪いです」


「え? 今のはレオニダスの気持ちを代弁したつもりだったんだけどなあ?」


じゃれ合う二人を見ながら、オルガはくすりと笑みをこぼした。



最近、ギルドで開いた「高ランク冒険者向けの薬草講座」が思いのほか反響を呼び、次々と講座の依頼が舞い込んでいる。国全体に広がる魔物の異変のせいで、誰もが警戒心を高めているせいかもしれない。

そのせいで、しばらく騎士団塔の畑に顔を出す暇もなかったのだ。


「二人がこうして外で剣を振ってるの、ちょっと新鮮ー。いつも執務室で、書類とにらめっこしてるとこしか見てなかったから」

「やっと色々片付いてきたからね! 魔物討伐も本格化するし、鈍った体を動かしておかないと、“名ばかり団長”になっちゃうでしょ?」

自信満々に笑うルーカスを、レオニダスはじっと無言で見下ろしている。

その様子に、今度はオルガがレオニダスの方へと目を向けた。



「レオニダスが剣を振ってるとこ、初めて見たかも。うちのソファーで本読んでるか、ルーカス怒ってるか、書類の山と格闘してる姿しか思い出せないもん」

その一言に、ルーカスが飛びつくように食いついた。

「えー? 本を読むなら騎士団の寮でもできるのにー? なんでわざわざオルガちゃんちで読んでるのー? ねぇねぇ、それ以外のこともしてないのー? もーいくじなしっ」

頭に拳骨が落ちたのは、言うまでもない。

ルーカスの頭を軽く殴って黙らせると、レオニダスは少しだけ表情を和らげ、オルガへと向き直った。



「……忙しさは落ち着いたのか? 例の講座、俺も気になっていたが、時間が取れずにいてな」

「うん、少しずつはね。今日は畑の様子を見がてら、ルーカスとレオニダスに講座の話もしようと思って来たんだよ」

オルガはにこりと笑って続ける。

「レオニダス、うちで植物図鑑読んでたし。せっかくだから、魔物討伐の足しになればいいなって」

その言葉に、レオニダスは一瞬まばたきをしたのち、わずかに目を伏せた。

「……感謝する」

「レオニダス、いつからこんなに素直になっちゃったの?」

「いやー、オルガちゃん限定じゃないかなぁ」



と、ルーカスは意外と真面目な顔で笑った。



 陽光の中、騎士たちの掛け声と剣の音が、風に乗って遠くへ消えていく。



***



騎士団塔の執務室で、オルガが作成した講座資料を広げたまま、ルーカスとレオニダスが唸り声をあげた。



「へー! 知らなかったよ、ルルの実にこんな使い道があるなんて」

「ドラゴン討伐はなかなか大変ですからね。鱗が固くて剣がダメになるので、やり合ったあとは騎士団の経費が吹き飛ぶ。……ルルの実一つで、こんな効果があるとは思わなかった」

レオニダスの言葉に、オルガは「えへへ」と照れくさそうに笑う。

「んー、これはね、母さまと父さまが森を歩いてる時に、魔物と出くわした時の話を教えてくれたの。母さまたちも、はばさまとじじさまに教えてもらったって」

「なるほどね。代々受け継がれてきた知恵かぁ。種をつくる生成本もそうだって言ってたし、やっぱり植物系の家って、他と一味違うなぁ」

ルーカスが感心したようにうなずく。その横で、レオニダスがふと表情を曇らせ、口を開いた。



「……弱い魔物は寄ってこないとは言っていたが。もしかして、オルガの両親は高レベルの魔物と何度も遭遇していたのか? それも、オルガを連れてる時に?」

「うん、ドラゴンとも何回か会ったよ。父さまがサクッと倒してた。ルルの実がなかったらどうなってたかわかんないけどねぇー」



さらっと笑いながら、あり得ないことを言う娘。
その無邪気な顔を見て、ルーカスとレオニダスは同時に視線を交わした。



(……今、サラッと“ドラゴンを何度も倒した”って言わなかったか?)



(しかも子連れで冷静に?)


二人とも声には出さないが、心の声が聞こえるかのようだった。

オルガの両親、ただの花屋ではなかった。むしろ“あえて花屋をやっている何か”である可能性が高まっただけである。



「……君のお父上、実は騎士団より強い説あるんだけど」

「むしろ騎士団の方が教えを乞うべきかもしれませんね」



 二人の呟きをよそに、オルガはのんびりと次の資料を取り出していた。



「あとね、トゲヌキ草ってのも便利なんだよー。魔物の毒棘を溶かしてくれるの。母さまがぶっ刺されたときに役立ってたー」


再び走る寒気を、ルーカスとレオニダスはただ黙って見守るしかなかった。







日が傾きはじめた頃、講座の話を終えたオルガは、騎士団塔の前でレオニダスと並んで歩き出した。

塔の門をくぐり、外に出たところで、彼がふいに立ち止まった。すると、その傍に、いつの間にか一頭の馬が引かれてきていた。



「……送る。乗れ」



「え、馬? ほんとに? 徒歩じゃなくて?」

「この時間、街道は人通りも少ない。あまり遅くなるな」


それだけ言って、彼はオルガの手から抱えていた資料を取り、自分の鞍袋に入れてしまった。

「そっかー、じゃあお言葉に甘えて!」

オルガはひょいっと軽やかに鞍にまたがった。ほんの少し体が揺れて、「おっとっと」と声を上げた瞬間、後ろからレオニダスが支えるように乗ってくる。


「わっ、近っ……!」

「動く。掴まれ」


言葉通り、馬が静かに歩き出した。ひづめの音が、夕方の石畳に響いていく。


背後から伝わるレオニダスの体温と、手綱を握る腕が、自分を囲うように差し出されていることに、オルガは内心少しだけそわそわした。



(うわー……なんか距離、近いなあ……)


そのとき、不意に耳元で彼の声が落ちてきた。



「最近……あまり顔を見なかった」

「え?」



「講座で忙しかったんだろうが、……少し気になっていた」


オルガは目を丸くし、そしてふっと笑った。



「もしかして寂しかった?」

「……少しな」



即答だった。


その正直すぎる言葉に、思わず吹き出してしまう。



「じゃあ今度、うちの庭でお茶でもどう? 新しく育てた甘い葉っぱ、味見してほしいんだよねー」



「ああ。行く」


「ふふっ、ほんとに今日のレオニダスは素直だね」


「俺はいつも素直だが?」


そう言いながら、彼の腕がそっと手綱を引いて、オルガの体がより安定するように支えられる。

夕暮れの風が心地よく吹き抜け、騎士団塔が遠ざかっていく。



 オルガの頬に当たる風は、どこか甘くてやわらかかった。






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