65 / 103
先生がお花屋さん
寄生花
しおりを挟む
日がすっかり傾いた頃、レオニダスとオルガを乗せた馬が、森の中の家へたどり着いた。
オルガはレオニダスの腕に掴まりながら、ふわりと馬から飛び降りる。
その様子を見て、レオニダスもすぐに下馬し、軽く手綱を引いた。
「ありがとう、送ってくれて。やっぱり馬って気持ちいいねぇ、森を走るの大好き」
「……それなら、また送る理由ができるな」
レオニダスの口調は相変わらず淡々としていたが、どこか照れたように目線を逸らした。その横顔に、オルガは少しだけ口元をほころばせた。
だが次の瞬間。
「オルガさーん!」
明るい声が、家の前から聞こえた。
「……マルタ?」
見慣れた新人の少女が、手に包みを持ってこちらを見ていた。
いつものように笑っているが、どこか表情が硬い。
「マルタ!どうしたの?もう日が暮れるよー?」
「先生に、お届け物です。今日、ギルドで会えなかったので……」
マルタは包みを両手に抱え、静かに微笑んでいた。
いつもと同じ声。けれど、そこに「マルタらしさ」が見えない。
オルガが笑顔で駆け寄ろうとした瞬間、背後から伸びた手が彼女の肩を掴んだ。
「待て」
レオニダスの声は静かだったが、明確な警告の色を帯びていた。
「……あれは、おかしい」
「え?」
レオニダスはゆっくりと前へ出た。彼の視線はマルタの足元と手の動きに注がれている。
「歩幅が均等すぎる。目線が、まばたきの間隔が、一定だ……」
そして、包みからかすかに漂う香りに鼻を寄せた。
「これは……“ミカリウム油”。隣国で使われる、神経を麻痺させる香油だ。吸い込むだけでも反応が鈍る」
オルガが目を丸くする。
「え、それ、ただの柑橘系じゃなかったの!?でもたしかに、なんか奥に……ツンってするね?」
レオニダスが短くうなずく。
「皮膚からも吸収される。気を抜くと——」
「オルガ先生」
マルタの声が遮った。
その瞳はまっすぐにオルガを見つめていた。まるで「そこに本人はいない」かのように。
「この香り……先生に似合うと思います」
そして、スッと一歩、踏み出した。
オルガが「?」と首を傾げた、その時。
レオニダスは剣を抜かずに、マルタの手首をつかんだ。
「動くな」
マルタは笑った。
だがその笑みの奥で、花が咲いていた。
首筋の下、衣の内側。寄生の花が小さく脈動している。
根のような筋が、皮膚の内側にうっすらと広がっていた。
「なにかに寄生されている……?」
レオニダスが即座にマルタの腕をひねる。
しかしマルタは全く痛がらず、無表情のまま香油の包みを手放そうとしない。
「マルタっ、やめてっ!その花——!」
オルガの叫びに、マルタの指先がピクリと動いた。
その瞬間、オルガは自らの「エルバの手」を発動。地面に根を走らせて、マルタの足を絡め取る。
ぎりぎりのところで、暴走は食い止められた。
レオニダスが無言でマルタの後頭部を軽く打ち、彼女の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
すかさず腕を抱きとめたオルガは、そっと地面に寝かせ、首元の服をかき分ける。
「……花が咲いてる」
彼女の声は、震えていた。
マルタの鎖骨の下、皮膚のすぐ内側に、小さな花が咲いていた。
花弁は透き通った紫。だが、根のようなものが身体の内へ、脈のように這い込んでいる。
レオニダスが見下ろす。
「何かわかるか?」
「この質感……葉脈の流れ……あと、反応の仕方。どう考えても……これ、エルバの手で生成された花だよ」
「お前以外にも使える者がいるのか?」
「いると思う……」
オルガは眉を寄せた。
「……こんな花、生成本には載ってない。“寄生される花”なんて、見たことも聞いたこともないよ」
彼女の手が、マルタの胸元で止まる。
呼吸は浅く、意識もない。だが命の気配はまだある。
「エルバの手って、基本的には“癒す”とか“守る”のが中心。毒とか攻撃系の花もあるけど、ここまで人を支配するような作り方は、見たことない……」
沈黙が落ちる。
風が木々を揺らし、森の影が濃くなっていく。
「……じゃあこれは、“載ってない”けど、誰かが作ったということか」
レオニダスの言葉に、オルガはゆっくりと頷いた。
「うん。“知られてない種”が使われたか、もしくは……エルバの手の使い方そのものを歪めた誰かがいる。こんな花、人に植えるためだけに作られたような……気味が悪いよ」
彼女はマルタの手を握る。
「マルタは悪くない。誰かに、使われたんだよ……」
レオニダスはオルガの肩に手を置いた。
「この花を、取り除く方法は?」
「やってみる。でも、うまくいくかわかんない。普通の花じゃないし、反応がエルバの手に近すぎる。力を流しすぎると、マルタの方が耐えられないかもしれない」
彼女の手は震えていたが、瞳は揺れていなかった。
「でもやる。……マルタを、助ける」
レオニダスは短く頷いた。
「支える。失敗しても、俺が止める」
森の空気は、夜の気配を孕みはじめていた。
けれどその静けさの中に、確かな決意の灯が、ふたりの間に灯っていた。
オルガはレオニダスの腕に掴まりながら、ふわりと馬から飛び降りる。
その様子を見て、レオニダスもすぐに下馬し、軽く手綱を引いた。
「ありがとう、送ってくれて。やっぱり馬って気持ちいいねぇ、森を走るの大好き」
「……それなら、また送る理由ができるな」
レオニダスの口調は相変わらず淡々としていたが、どこか照れたように目線を逸らした。その横顔に、オルガは少しだけ口元をほころばせた。
だが次の瞬間。
「オルガさーん!」
明るい声が、家の前から聞こえた。
「……マルタ?」
見慣れた新人の少女が、手に包みを持ってこちらを見ていた。
いつものように笑っているが、どこか表情が硬い。
「マルタ!どうしたの?もう日が暮れるよー?」
「先生に、お届け物です。今日、ギルドで会えなかったので……」
マルタは包みを両手に抱え、静かに微笑んでいた。
いつもと同じ声。けれど、そこに「マルタらしさ」が見えない。
オルガが笑顔で駆け寄ろうとした瞬間、背後から伸びた手が彼女の肩を掴んだ。
「待て」
レオニダスの声は静かだったが、明確な警告の色を帯びていた。
「……あれは、おかしい」
「え?」
レオニダスはゆっくりと前へ出た。彼の視線はマルタの足元と手の動きに注がれている。
「歩幅が均等すぎる。目線が、まばたきの間隔が、一定だ……」
そして、包みからかすかに漂う香りに鼻を寄せた。
「これは……“ミカリウム油”。隣国で使われる、神経を麻痺させる香油だ。吸い込むだけでも反応が鈍る」
オルガが目を丸くする。
「え、それ、ただの柑橘系じゃなかったの!?でもたしかに、なんか奥に……ツンってするね?」
レオニダスが短くうなずく。
「皮膚からも吸収される。気を抜くと——」
「オルガ先生」
マルタの声が遮った。
その瞳はまっすぐにオルガを見つめていた。まるで「そこに本人はいない」かのように。
「この香り……先生に似合うと思います」
そして、スッと一歩、踏み出した。
オルガが「?」と首を傾げた、その時。
レオニダスは剣を抜かずに、マルタの手首をつかんだ。
「動くな」
マルタは笑った。
だがその笑みの奥で、花が咲いていた。
首筋の下、衣の内側。寄生の花が小さく脈動している。
根のような筋が、皮膚の内側にうっすらと広がっていた。
「なにかに寄生されている……?」
レオニダスが即座にマルタの腕をひねる。
しかしマルタは全く痛がらず、無表情のまま香油の包みを手放そうとしない。
「マルタっ、やめてっ!その花——!」
オルガの叫びに、マルタの指先がピクリと動いた。
その瞬間、オルガは自らの「エルバの手」を発動。地面に根を走らせて、マルタの足を絡め取る。
ぎりぎりのところで、暴走は食い止められた。
レオニダスが無言でマルタの後頭部を軽く打ち、彼女の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
すかさず腕を抱きとめたオルガは、そっと地面に寝かせ、首元の服をかき分ける。
「……花が咲いてる」
彼女の声は、震えていた。
マルタの鎖骨の下、皮膚のすぐ内側に、小さな花が咲いていた。
花弁は透き通った紫。だが、根のようなものが身体の内へ、脈のように這い込んでいる。
レオニダスが見下ろす。
「何かわかるか?」
「この質感……葉脈の流れ……あと、反応の仕方。どう考えても……これ、エルバの手で生成された花だよ」
「お前以外にも使える者がいるのか?」
「いると思う……」
オルガは眉を寄せた。
「……こんな花、生成本には載ってない。“寄生される花”なんて、見たことも聞いたこともないよ」
彼女の手が、マルタの胸元で止まる。
呼吸は浅く、意識もない。だが命の気配はまだある。
「エルバの手って、基本的には“癒す”とか“守る”のが中心。毒とか攻撃系の花もあるけど、ここまで人を支配するような作り方は、見たことない……」
沈黙が落ちる。
風が木々を揺らし、森の影が濃くなっていく。
「……じゃあこれは、“載ってない”けど、誰かが作ったということか」
レオニダスの言葉に、オルガはゆっくりと頷いた。
「うん。“知られてない種”が使われたか、もしくは……エルバの手の使い方そのものを歪めた誰かがいる。こんな花、人に植えるためだけに作られたような……気味が悪いよ」
彼女はマルタの手を握る。
「マルタは悪くない。誰かに、使われたんだよ……」
レオニダスはオルガの肩に手を置いた。
「この花を、取り除く方法は?」
「やってみる。でも、うまくいくかわかんない。普通の花じゃないし、反応がエルバの手に近すぎる。力を流しすぎると、マルタの方が耐えられないかもしれない」
彼女の手は震えていたが、瞳は揺れていなかった。
「でもやる。……マルタを、助ける」
レオニダスは短く頷いた。
「支える。失敗しても、俺が止める」
森の空気は、夜の気配を孕みはじめていた。
けれどその静けさの中に、確かな決意の灯が、ふたりの間に灯っていた。
8
あなたにおすすめの小説
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
「ときめかない」ものなど捨てておしまいなさい
megane-san
ファンタジー
私、クリスティーナは、前世で国税調査官として残業漬けの日々を送っていましたが、どうやら過労でぶっ倒れそのまま今の世界に転生してきたようです。
転生先のグリモード伯爵家は表向きは普通の商会を営んでおりますが裏では何やら諜報や暗部の仕事をしているらしく…。そんな表と裏の家業を手伝いながら、前世で汚部屋生活をしていた私は、今世で断捨離に挑戦することにしたのですが、なんと断捨離中に光魔法が使えることが発覚!
魔力があることを国にバレないようにしながら、魔術師の最高峰である特級魔術師を目指します!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる