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お花畑の恋人たち
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エスタファドル伯爵の娘との不本意な婚約が決まったペルデルは、それを恋人であるアバリシアにどう伝えるべきか悩んだ。愛しい可憐な恋人はきっと悲しむだろう。だが、伝えなくてはならない。
いつものようにアバリシアの自宅での逢瀬で、ペルデルは己の婚約と結婚について説明した。
「愛しいアバリシア、俺の結婚が決まってしまった! 我が家の窮乏を救ってやると婚姻を押し付けてきたのだ。どこぞの夜会で俺に一目惚れをして、金に物言わせて婚姻を求めてきた! 俺は領地のためにこの身を売らねばならない」
まるで悲劇の主人公気取りでペルデルは父に言われた事実無根の婚姻理由をアバリシアに告げる。
「ペルデルをお金で買うのね。なんて酷い女なのかしら! ああ、可哀そうなペルデル」
話を聞いたアバリシアもまた悲劇の主人公かのように泣き崩れた。現実を見ず自分に都合のいいお花畑妄想の世界で生きている二人はお似合いの恋人たちだった。
自分を思いやって泣くアバリシアにペルデルは自分が如何に愛されているかを感じ取り彼女への愛しさが増す。
だが、アバリシアが泣いたのは決して恋人を思ってのことではない。自分が侯爵夫人になれないことを嘆いているのだ。
エスタファドル伯爵令嬢マグノリアのことはアバリシアもよく知らない。学院では一年だけ一緒だったらしいが、二学年も下の女のことなど意識することはなかった。学生時代のアバリシアは如何にペルデルを篭絡するかしか考えていなかったのだ。
貴族社会においては最下層に位置するブルガル男爵家の娘であるアバリシアが侯爵家の令息を射止めたのだ。両親もペルデルを逃さぬようにと発破をかけた。だから、貴族の令嬢としては有り得ないことに婚前交渉も持った。
「ねぇ、ペルデル、あたしのペルデル。あたしはあなたに捨てられるの?」
「そんなはずないだろう、可愛いアビィ。結婚するのは仕方ないが、お飾りの妻だ。俺の本当の妻はお前だけだ」
家のために引き裂かれようとする悲劇の恋人たちというシチュエーションは二人を燃え上がらせた。涙ながらに縋りつくアバリシアを慰めながら、ペルデルは己の素晴らしい計画をアバリシアに打ち明ける。
エスタファドル伯爵の娘は飽くまでも金を得るためのお飾りの妻。屋敷内で生きてさえいればいい。だから使用人部屋にでも押し込めて、屋敷の夫婦の部屋はアバリシアが使う。本当の女主人はアバリシアになるのだ。
婚姻と同時に父から爵位を受け継ぎ、両親は領地に隠居させてしまえば、アバリシアを屋敷に迎え入れるころに反対できる者もいなくなるから問題ない。
勿論、跡継ぎを生むのだってアバリシアだ。強欲な伯爵家如きの娘を抱く気にもならない。
そう言ってペルデルはアバリシアを宥めた。アバリシアもそれに満足する。
だが、自分たちを悲劇の恋人に見立てそれに酔っていたペルデルはすっかり忘れていた。そもそも彼はアバリシアと結婚するつもりはなかったことを。
ペルデルは選民思想が強く、下位貴族を馬鹿にしている。平民などは同じ人間とも思わず、貴族に尽くすべき家畜と同等だと思っているような男だ。そんな男が男爵家の娘に過ぎないアバリシアを正妻に迎え侯爵夫人とするはずがないのだ。
愛しているのは本当だ。卑しい身分とはいえアバリシアは庇護欲をそそる可憐な美少女だし、身分を弁えて常に自分を立て自分に尽くす可愛い女である。何よりもたわわに実る胸と尻が己の男を惹きつけて止まない。ペルデルの自尊心と虚栄心と有り余る性欲を満たしてくれる存在、それがアバリシアだった。
いずれは自分にふさわしい身分の女と結婚しなければならないが、愛人として別宅を与えるくらいはしてやってもいいと思っていた。
まだ婚約者がいないらしい第二王女が降嫁してくることになったら捨てることになるだろうが、不思議なことに王家からの婚約打診はまだない。名門侯爵家で美貌を誇る素晴らしい自分がなぜ王女の婚約者に選ばれないのか疑問しかないが、領民の怠惰のせいで貧しいのが原因かもしれない。
そんな、初めから結婚する気などなく、状況によっては簡単に捨てるつもりだったことをペルデルは都合よく忘れた。不本意な結婚によって、ペルデルの中でアバリシアとの関係が神聖なもののように都合よく改変されたのだ。強欲な伯爵如きの娘によって引き裂かれようとする哀れな悲劇の恋人たちだと。
その妄想にペルデルは酔い、酔っぱらったペルデルの妄言をアバリシアは信じた。もしここで賢明にもアバリシアが別れを選んでさえいれば、ブルガル男爵家が取り潰されることもなかっただろう。
「ねぇ、ペルデル。あたしたちを引き裂こうとする女はどんな女なの?」
ひとしきり愛を確かめ合った後、アバリシアはライバルになる女について尋ねた。
「さぁ、会ったこともないからな。金で男を買わねばならんような女だ。相当な醜女だろうさ。侯爵家への婚約をごり押しするような恥知らずなのだから、傲慢で我儘な女に違いない」
父侯爵が都合よく捏造した話を更に都合よく改変して信じ込んだペルデルはそんな本当のマグノリアには全く当てはまらない答えを返す。
ペルデルは殆ど社交の場に出ることはない。オルガサン侯爵家を招待するような高位貴族は殆どおらず、困窮している侯爵家がパーティを開くこともない。また、王家主催の社交場には流石に出席するものの、服装や装飾品にかかる費用を抑えるため出席するのは侯爵夫妻のみで、成人しているとはいえまだ爵位を持たないペルデルは参加したことはなかった。
また、アバリシアは男爵家で下位貴族のため、上位貴族の伯爵家であるエスタファドル家とお茶会や夜会で同席することもない。
だから二人とも昨年デビュタントを迎え、それ以降社交界の次世代の華と賞賛を受けているマグノリアのことを全く知らなかった。
可憐な容姿と両親の才能を受け継いだ才色兼備の令嬢と名高いマグノリアを知っていれば、ペルデルもアバリシアももう少しマシな対応をしただろう。しかし、相手のことを何も知らない二人は、貴族として有り得ない、情報収集を怠ったことによって窮地に追い込まれることになるのだ。
「父上が言うには、エスタファドル伯爵は娘を俺の妻に押し込むために、かなりの援助と持参金を用意したらしい。これまでアビィには色々我慢させたが、これからはドレスも宝石も好きなだけ買ってやるからな」
「本当、ペルデル! 嬉しいわ。あなたといられるだけでも幸せだけど、その幸せがドレスや宝石の形をとるのも素敵ね。ああ、愛してるわ、ペルデル!」
結婚に伴う援助は飽くまでも領地経営を立て直すためのものであり、持参金は嫁の財産だ。持参金を夫や婚家が勝手に使うことは出来ないし、領地経営のための援助金を遊興費に使わせるようなことをエスタファドル伯爵が許すはずもない。
エスタファドル伯爵は堅実な領地経営をすることで有名な領主だ。そして、国王の隠れた側近といわれていることを社交に疎く、宮廷での立場もないオルガサン侯爵家は知らなかった。
正式に婚約を交わしたことにより最初の支援金が侯爵家に届けられている。その一部をペルデルは既に持ち出していた。早速明日はアバリシアと買物に出かけよう。ペルデルはこれからの自分の人生が輝かしいものになると確信していた。
自分に惚れて婚約をごり押しした醜女も、己の金が俺の役に立てば満足だろうなどと、愚かなことを考えながら、ペルデルは再びアバリシアを堪能すべくベッドへと沈み込んだのだった。
いつものようにアバリシアの自宅での逢瀬で、ペルデルは己の婚約と結婚について説明した。
「愛しいアバリシア、俺の結婚が決まってしまった! 我が家の窮乏を救ってやると婚姻を押し付けてきたのだ。どこぞの夜会で俺に一目惚れをして、金に物言わせて婚姻を求めてきた! 俺は領地のためにこの身を売らねばならない」
まるで悲劇の主人公気取りでペルデルは父に言われた事実無根の婚姻理由をアバリシアに告げる。
「ペルデルをお金で買うのね。なんて酷い女なのかしら! ああ、可哀そうなペルデル」
話を聞いたアバリシアもまた悲劇の主人公かのように泣き崩れた。現実を見ず自分に都合のいいお花畑妄想の世界で生きている二人はお似合いの恋人たちだった。
自分を思いやって泣くアバリシアにペルデルは自分が如何に愛されているかを感じ取り彼女への愛しさが増す。
だが、アバリシアが泣いたのは決して恋人を思ってのことではない。自分が侯爵夫人になれないことを嘆いているのだ。
エスタファドル伯爵令嬢マグノリアのことはアバリシアもよく知らない。学院では一年だけ一緒だったらしいが、二学年も下の女のことなど意識することはなかった。学生時代のアバリシアは如何にペルデルを篭絡するかしか考えていなかったのだ。
貴族社会においては最下層に位置するブルガル男爵家の娘であるアバリシアが侯爵家の令息を射止めたのだ。両親もペルデルを逃さぬようにと発破をかけた。だから、貴族の令嬢としては有り得ないことに婚前交渉も持った。
「ねぇ、ペルデル、あたしのペルデル。あたしはあなたに捨てられるの?」
「そんなはずないだろう、可愛いアビィ。結婚するのは仕方ないが、お飾りの妻だ。俺の本当の妻はお前だけだ」
家のために引き裂かれようとする悲劇の恋人たちというシチュエーションは二人を燃え上がらせた。涙ながらに縋りつくアバリシアを慰めながら、ペルデルは己の素晴らしい計画をアバリシアに打ち明ける。
エスタファドル伯爵の娘は飽くまでも金を得るためのお飾りの妻。屋敷内で生きてさえいればいい。だから使用人部屋にでも押し込めて、屋敷の夫婦の部屋はアバリシアが使う。本当の女主人はアバリシアになるのだ。
婚姻と同時に父から爵位を受け継ぎ、両親は領地に隠居させてしまえば、アバリシアを屋敷に迎え入れるころに反対できる者もいなくなるから問題ない。
勿論、跡継ぎを生むのだってアバリシアだ。強欲な伯爵家如きの娘を抱く気にもならない。
そう言ってペルデルはアバリシアを宥めた。アバリシアもそれに満足する。
だが、自分たちを悲劇の恋人に見立てそれに酔っていたペルデルはすっかり忘れていた。そもそも彼はアバリシアと結婚するつもりはなかったことを。
ペルデルは選民思想が強く、下位貴族を馬鹿にしている。平民などは同じ人間とも思わず、貴族に尽くすべき家畜と同等だと思っているような男だ。そんな男が男爵家の娘に過ぎないアバリシアを正妻に迎え侯爵夫人とするはずがないのだ。
愛しているのは本当だ。卑しい身分とはいえアバリシアは庇護欲をそそる可憐な美少女だし、身分を弁えて常に自分を立て自分に尽くす可愛い女である。何よりもたわわに実る胸と尻が己の男を惹きつけて止まない。ペルデルの自尊心と虚栄心と有り余る性欲を満たしてくれる存在、それがアバリシアだった。
いずれは自分にふさわしい身分の女と結婚しなければならないが、愛人として別宅を与えるくらいはしてやってもいいと思っていた。
まだ婚約者がいないらしい第二王女が降嫁してくることになったら捨てることになるだろうが、不思議なことに王家からの婚約打診はまだない。名門侯爵家で美貌を誇る素晴らしい自分がなぜ王女の婚約者に選ばれないのか疑問しかないが、領民の怠惰のせいで貧しいのが原因かもしれない。
そんな、初めから結婚する気などなく、状況によっては簡単に捨てるつもりだったことをペルデルは都合よく忘れた。不本意な結婚によって、ペルデルの中でアバリシアとの関係が神聖なもののように都合よく改変されたのだ。強欲な伯爵如きの娘によって引き裂かれようとする哀れな悲劇の恋人たちだと。
その妄想にペルデルは酔い、酔っぱらったペルデルの妄言をアバリシアは信じた。もしここで賢明にもアバリシアが別れを選んでさえいれば、ブルガル男爵家が取り潰されることもなかっただろう。
「ねぇ、ペルデル。あたしたちを引き裂こうとする女はどんな女なの?」
ひとしきり愛を確かめ合った後、アバリシアはライバルになる女について尋ねた。
「さぁ、会ったこともないからな。金で男を買わねばならんような女だ。相当な醜女だろうさ。侯爵家への婚約をごり押しするような恥知らずなのだから、傲慢で我儘な女に違いない」
父侯爵が都合よく捏造した話を更に都合よく改変して信じ込んだペルデルはそんな本当のマグノリアには全く当てはまらない答えを返す。
ペルデルは殆ど社交の場に出ることはない。オルガサン侯爵家を招待するような高位貴族は殆どおらず、困窮している侯爵家がパーティを開くこともない。また、王家主催の社交場には流石に出席するものの、服装や装飾品にかかる費用を抑えるため出席するのは侯爵夫妻のみで、成人しているとはいえまだ爵位を持たないペルデルは参加したことはなかった。
また、アバリシアは男爵家で下位貴族のため、上位貴族の伯爵家であるエスタファドル家とお茶会や夜会で同席することもない。
だから二人とも昨年デビュタントを迎え、それ以降社交界の次世代の華と賞賛を受けているマグノリアのことを全く知らなかった。
可憐な容姿と両親の才能を受け継いだ才色兼備の令嬢と名高いマグノリアを知っていれば、ペルデルもアバリシアももう少しマシな対応をしただろう。しかし、相手のことを何も知らない二人は、貴族として有り得ない、情報収集を怠ったことによって窮地に追い込まれることになるのだ。
「父上が言うには、エスタファドル伯爵は娘を俺の妻に押し込むために、かなりの援助と持参金を用意したらしい。これまでアビィには色々我慢させたが、これからはドレスも宝石も好きなだけ買ってやるからな」
「本当、ペルデル! 嬉しいわ。あなたといられるだけでも幸せだけど、その幸せがドレスや宝石の形をとるのも素敵ね。ああ、愛してるわ、ペルデル!」
結婚に伴う援助は飽くまでも領地経営を立て直すためのものであり、持参金は嫁の財産だ。持参金を夫や婚家が勝手に使うことは出来ないし、領地経営のための援助金を遊興費に使わせるようなことをエスタファドル伯爵が許すはずもない。
エスタファドル伯爵は堅実な領地経営をすることで有名な領主だ。そして、国王の隠れた側近といわれていることを社交に疎く、宮廷での立場もないオルガサン侯爵家は知らなかった。
正式に婚約を交わしたことにより最初の支援金が侯爵家に届けられている。その一部をペルデルは既に持ち出していた。早速明日はアバリシアと買物に出かけよう。ペルデルはこれからの自分の人生が輝かしいものになると確信していた。
自分に惚れて婚約をごり押しした醜女も、己の金が俺の役に立てば満足だろうなどと、愚かなことを考えながら、ペルデルは再びアバリシアを堪能すべくベッドへと沈み込んだのだった。
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