【完結】哀しき竜王の血~番召喚の儀で竜族しかいない世界にやって来た私に愛を囁いた竜王さまには、すでに12人の妃がいました~

鬼ヶ咲あちたん

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四話 失われた500年

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「そういうわけだから、ミコとすぐに番うのは難しい。ミコのいた世界のやり方で、私はミコと夫婦になろうと思っている。無理やりというのは承諾できない案だ」



 竜王は、美子との性交を早くと勧める大臣たちに、きっぱりとその気はないと宣言する。

 竜王は美子から教えてもらった交際を始めているところだ。

 二人の関係を深めるために、お互いをもっと知りあう。

 素晴らしい考えだと思った。

 竜王は美子のことを知りたい。

 どんなことでもいい。

 交際をしている間は、美子に何を尋ねても教えてもらえる。

 ずっと口をきいてもらえなかった暗黒の時期が嘘のようだ。

 美子の声が聞ける。

 美子が日本のことを話してくれる。

 こちらを見て笑ってくれることもある。

 竜王は幸せだった。

 狂っていた500年間、肉欲を発散することしか出来なかった苦しみの時代。

 決して望んで妃を娶ったわけではないと、分かってもらえた。

 それが美子との関係に溝をつくったことは間違いないが、美子は溝を埋める機会をくれた。

 ただ、理解はするが気持ちがついてこないと言われたので、竜王は美子のやり方で夫婦になろうと思ったのだ。

 一対一で、伴侶になる。

 そうすれば美子の気持ちも、ついてくるのではないか。

 竜王と番として、愛し合ってくれるのではないか。

 ジリジリとした関係の改善であるが、竜王は自分の意思で何かを決めて実行することに喜びを感じた。

 だから竜王は、大臣たちに妃たちを後宮から出すことを提案する。



「これまで長らく務めてくれた12人の妃たちだが、美子が召喚されたことで私の気持ちも落ち着いた。もう私が後宮に通うことはない。ゆえに、妃たちを労った後に、後宮を解散する。美子の世界では伴侶は一対一の関係なのだそうだ。言われてみれば番もそうだ。ほかに妃がいる状況は、当たり前ではない。大臣たちよ、早急にことにあたれ」



 これまで、「任せる」と言うばかりだった竜王が、大臣たちに指示を飛ばす。

 すっかり変わってしまった竜王への驚きを大臣たちは顔には出さず、目配せだけで合図を送りあう。

 ここは一旦、竜王の顔を立てて、下がるべき場面だ。

 そう判断がなされた。



「かしこまりました」

「すべては竜王さまの御心のままに」

「手配は我々にお任せください」

「早急に取り掛かります」



 12人の大臣たちは、しおらしく王の間を退いた。

 

「これはどうしたことだ、竜王さまがすっかり変わってしまわれた」



 大臣たちは大臣たちの執務室に集まり、すぐさま意見のやり取りがなされる。



「これも、番さまのせいでしょうなあ」

「我々に任せてくださっていたのに」

「ニホンとかいう世界のことを、こちらの世界に持ち出されても困りますな」

「なにが交際期間だか、まどろっこしい!」

「なんのために召喚されたのか、番さまは理解されていないようだ」

「竜王さまが成人されてからの500年を、我々は無駄にしてしまいましたからな」



 それは大臣たちにとって痛い失策だった。

 番との間に竜王が子をなすことは知られていた。

 そしてその子が竜王の印を持っている可能性が高いことも。

 でも、可能性が低いだけで、雌との間にも子はできるのではないか。

 大臣のうちの誰かがそう言い出した。

 それから競うように一族の中から一番強く美しい雌を選び出し、12人の妃として竜王にあてがった。

 番を求めて狂う竜王の精を受け止めても、妃が誰も孕まなかったことで、500年後にこの説は流れた。

 大臣たちは、一族から次代の竜王を輩出するという栄誉に目がくらみ、竜王の苦しみを二の次にして駄策に堕ちたのだ。

 

 ◇◆◇



「ねえ、私も聞いていい? どうして竜王には名前がないの?」



 美子と交際中だと思っている竜王に、質問責めにされている美子は、負けずと質問を返すようになっていた。



「竜王とは存在なのだ。ただあるだけで、竜族に繁栄の加護をもたらす。いわば竜族の神、個人ではないということなのだろう」

「名前がなくて不便だと思ったことは?」

「今世では、竜王は私しかいないからな、不便と感じたことはない。もっと竜王の血が濃かった時代は、何人もの竜王がいたという。そうであれば、名前もあったほうがよかったのかもしれないが」



 竜王の顔はすこし寂しそうだった。

 たった一人の竜王。

 薄まる血の力。

 力があれば、竜族は竜型にもなれるのだそうだ。

 だが竜王からもその力は失われて久しく、興奮したときに目の色が変わったり、牙や爪が鋭くなったり、竜族特有のわずかな変化だけが今は残っているという。



「私が名前をつけてあげようか? 日本風の名前になるけど」

「私に名前を? ミコがつけてくれるのならば、どんな名前でも欲しい」



 竜王は嬉しそうに笑う。

 美子は考える。



「日本人はね、漢字っていう文字を使うの。竜族には文字がないって言ってたよね?」

「そうなのだ、だいたいが口伝で知識や文化を後世に残す。そのため、どうしても途中で歪むことがあるという。文字という概念は見習いたいものだ」

「私のいた世界ではたくさんの文字があって、その中でも日本は文字の種類が多いんだよ。漢字はひとつひとつに意味を持っていて、私の美子って名前はうつくしい子って意味なの」



 美子は自分の手のひらに漢字を書いて見せる。

 竜王はそれを覗き込み、自分の手のひらに書いてみようとする。

 そもそも文字がないせいか、線を引くのもおぼつかない。

 美子は竜王の手のひらに、お手本のように美子と書いてやる。

 くすぐったかったのか竜王が肩を震わせる。

 竜王は何度も美子の漢字を手のひらに書いて、それを覚えた。

 大切なもののように、手のひらをぎゅっと握っている。



「次は竜王の名前よ。漢字では竜はこう書くの。ちょっと難しいわね?」



 竜王は先ほどの美子の漢字よりも大変そうに書いている。



「じゃあ、簡単な名前にしようか。竜王は竜族で一番偉い人だから、竜一にしよう。これなら書きやすいでしょ?」



 美子は竜王の手のひらに、お手本を書いてやる。



「リュウイチ……竜一、これが私の名前」



 竜王は手のひらに竜一と書く。

 そして上から美子と書く。



「美子……うつくしい子。合っている、美子の名前は美子に合っているぞ。美子はうつくしい」



 幸せそうな竜王のほほ笑みに、美子はつい顔が赤くなった。



「竜一……美子……」



 忘れないように何度も手のひらをなぞる竜王が、無性にいじらしく可愛く思えて、美子は己が竜王を拒んでいる事実がつらくなった。

 だが、まだ耳は大臣たちの言葉も妃たちの言葉も覚えている。

 美子の心は傷つけられ、そこから完全に癒えてはいなかった。

 子を産む道具のように言われたことを。

 それ以外の価値がないかのように。

 竜王を慰めたという妃たちには、私のせいで竜王がおかしくなったと責められた。

 竜王の私室にいる限り、大臣にも妃にも会わなくて済んでいるが、もし番になることを認めて、外の世界に出ていくのだとしたら。

 美子は怖かった。

 竜王以外のこの世界のすべてが。

 だから竜王の私室に守られ、ここで過ごす日々から抜け出せないでいる。

 何かきっかけがあれば、そう思わなくもない。



「そうだ、美子にも伝えておこう。後宮は解散する。12人の妃たちは、労った後に実家に戻ってもらう。これからは美子と私とふたりだ。私は美子と末永く仲良くしていきたいと思っている。どうか未来のことを考えてくれると嬉しい」



 待っていた言葉をもらったように感じた。

 美子の、殻を破りたいのに破れない、もどかしい気持ちが伝わったのかもしれない。

 竜王は美子の話を真摯に受け止め、美子の納得がいく形で番おうとしてくれている。

 今の言葉も、もしかしたら少し早いプロポーズのようにも受け取れる。

 竜王が照れているのがその証拠だ。

 温かかった。

 日本で家族と一緒に過ごしていた実家と、同じ温かさだった。
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