魔法使いは退屈な商売

小稲荷一照

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金曜日~襲撃~

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「なかなか派手に暴れたようじゃないか。畑中くん」
 木曜日の午前中、純一がオフィスを片付けているその背中に金城基女史が声をかけた。
 純一のインターンシップは金城のオフィスを基点にすることが決まった。
 午前中、金城女史が一週間散らかした蔵書を片付けてから、場合によってはその他の放置したものを片付けてから、インターンシップの配置先に移動する。
 大抵は生産現場の内線の電話番と言うことになっている。
 装置の都合で電波を出しにくい環境もあり、とりあえず工場に用があるときは管理室に電話がかかってくるのだが、現場の作業ローテーションは必ずしも予定通りとはいかず、無任所の人員を増やすわけにもいかず、という中で純一が交換係として働くことになったということだ。
「――なんのことですか」
 そんな午前の作業の手を止めて、金城女史の言葉に純一は応える。
 どの件だかこのところ心当りが多すぎて、韜晦ということもなく純一は聞き返した。
「つい今週、企業説明会でなにか捕物やらかしたんだって?犯人がガス撒いて、警察を呼び込んで、って感じでネットの噂で出てた。ドコの探偵小説だよって騒ぎだったみたいじゃないか。可愛いアシスタントまでいたみたいで写真も出てたぞ。これがウワサの彼女かしら。二人ともかわいいわね。何の犯人だか何の捜査だかぜんぜん分からないけど、秘密捜査官ジュンってことになっている。で、なにを捜査していたのさ?」
 金城女史がそんな風に茶化すように純一に聞いた。
「――まさか、ウチに就職が決まっているのに、こんなところにいるってのは、本当になにかを捜査していたのかと思うんだが」
「他所での俺の評価や、仕事の内容が知りたかったんです。インターンシップみたいなものですよ」
 金城の意地の悪い追及に、嘘でも本当でもないグレーの答えを純一は返した。
 純粋な興味と言うと生臭いが、純一自身も他所の企業でどのような内容の仕事をしているか知りたかったし、自分にどんな適性があるかということも興味があった。
 金城女史はそんな純一の返答を容認するように軽くうなづく。
「だけど、これでキミの他社への就職はかなり困難になったわよぉ。私にとってはラッキーとも言えるけど、外資系の会社以外の人事部は警戒するだろうね。あそこはかなりの大手だったからねぇ。――まぁ気にしないことね。わたしなら気にしないわよ。むしろキミの決断力を誇らしく思っている。自分の将来と正義を秤にかけて正義をとったわけだからね。今後も頑張って人類の未来の為に戦ってくれたまえ」
 そんな風に金城は軽く茶化して、純一の行動の影響を簡単に評した。
 純一自身、そうなんではないか、と危惧する部分もあっただけに知性や能力において及ぶべくもない人物からの指摘はひどく重く痛いものと感じられた。
「内定しているのに他社の応募を進めるというのは、問題なのでしょうか」
 他の聞き方もあったはずだが、純一はそんな風に訊いていた。
 金城は少し微笑んだまま困った顔をした。
「問題とは言わないが、私としてはかなり本気でキミのことは買っている。だからキミと仕事をできれば良いなぁと、このひとつき本気で思っているところよ。だから、キミが他所の会社に務めることになったら残念に思うし、ナニがそんなにキミを惹きつけたのか、その会社について調べるだろうと思う。
 だがまぁ、そういう心情的なものを除けば、道義的な問題はないだろうね。過去には内定を企業のほうから破棄した例もあるわけだし、内定辞退を最初から企業側も織り込んで人事採用はおこなっている。そういうレベルで全く問題がないと思う」
 そんな風に純一の問いに答えて、金城は手元の書類に目を戻した。
 意外とあっさりと心情を纏めた金城の言葉に純一は何を言って良いのか分からなかったが、なんだか気分はひどく楽になった。
 ここしばらく純一は課題図書を金城から与えられ、毎週ある程度抜粋して要約を報告している。
 そんな課題図書を持って純一は午後の作業――工場の管理棟で電話番をしつつ資料の読み下しをおこなって、とくに何事もなく午後の作業を終え、先週の読了分について薄い感想文を金城に渡して退社した。


 金曜日、純一はいつものようにあまり深い考えもないままに、大学の帰り道に阿吽魔法探偵事務所に立ち寄ってコーヒーを御馳走になっていた。
 基本的には純一の生活は穏やかに凪いだ風にあって、つい今週の騒ぎのようなイレギュラーがまた起こるとは純一自身全く考えないままに、自分の部屋に帰る。そんな感じの一日だった。
「今日は、まっすぐ帰った方がいいと思います。例の四人組の半分が見つかっていませんからね。捜査の動きもあったことですし、しばらく用心してください」
 夜月はそんな風に言った。
「例のレンタカーが見つからない理由が分かりました。レンタカー屋のバイトの中に共犯がいたんです。台車とヘルメットのテープの指紋からようやく絞れましたが、まぁ前科なしではなかなか大変ですよ」
 そんな風に夜月は報告した。
 レンタカーの受付が車の貸出の際に、以前の利用者から適当に免許証のコピーを抜き出し、それを利用して貸出をでっち上げていたということだ。聞いてしまえば単純だが、単に管理上のミスとの見分けがつかないので、証言と指紋がないとなかなか難しい調査だったらしい。実行犯が捕まったことでそのあたりの細かな動きが掴めてきた、ということのようだ。捕まえた二人は言うほどの問題もなく、ボチボチと証言を続けており、事件の全貌を自白するのも時間の問題という小林警部の見通しだった。
 純一もそういった見通しに疑いを持つわけでもなかったが、とくに意味も感じていなかった。純一はまた水本先生のところに行って、裁判所に行ってか、などと自分の関わったことながら、どうにも無感動でいた。
 そんな純一の様子を夜月は少し不安げに眺めていた。


 そんな夜月の警告を、バイクなら曲がる角を間違えて、というような距離もあって純一は無視した。
 ふと、自分の元の部屋に足を向けたのは、髭剃りの替刃のストックがまだあったはずと思い出したからだ。少しだけ新居に準備したソレがついこの間なくなり、段々ヒゲを剃るのが痛く感じていたのだ。
 そんなになる前に、と自分でも思ったが、なんとなく剃れているので、なんとなくムキになって、という感じで引っ張って使っていたのだが、さすがに我慢ができなくなっていたら、インターン先で幾人かに指摘を受けたので、替刃のストックを前の部屋から持ってくることに決めた。
 マンションの入口に変な向きでエンジンをかけたままのワンボックスが停っていた。
 引越しかなと、純一はなんとなく思った。
 植え込みのコンクリートが新しく欠けていて、電柱にチョークの落書きの跡があった。
 ちょい止のつもりだったので、奥まで片付けずに道端に寄せた。少し悩んでチェーンロックはせずにヘルメットと一緒に部屋に持って上がろうとしたところで、ハッチバックを跳ね上げたままのワンボックスから声をかけられた。
「畑中くん?」
 すでに夏至は近づいているが、薄暗くなり始めた時間帯でワンボックスの中の顔まではよく見えない。
 街灯とマンションの玄関の明かりをワンボックスに入れるために少し純一は下がった。
 ばん。
 重く平らなものを放り出したような音がした。
 知り合いかと少し歩み寄った純一の胸元でヘルメットが高い音を立て、さらに背後でガラスが割れた。
――撃たれた?
 思っていた音とはぜんぜん違うが、ヘルメットのFRPがうすく糸を引き、なにか熱いもので抉られていた。
 動き出した車のハッチを閉めようと男が動き出したのを純一は咄嗟に手に持ったチェーンロックを伸ばして振り落とす。不自然な体勢で男はアタマから墜落した。
 その踏み込みのまま車の中に踊り込むと、ソコは小さな電気の実験室のようだった。足の踏み場がないので、そのまま純一がチェーンロックをドライバーのアタマ目掛けて投げつけると勢い余ったチェーンは窓ガラスに蜘蛛の巣を張った。純一が自らの蛮行におののいたときにはすでに遅く、コントロールを失ったハンドルが急加速中のアクセルに従ったフロントタイヤからのヨーによって振り回され、純一は開け放たれたままのハッチバックから転がり落ちていた。そのまま自動車は歩道を乗り上げ、店舗に突っ込んだ。純一は口ぶりからなにかを知っていたに違いない夜月に電話を入れる。
 夜月は純一に小林警部に連絡をするように指示して、可能ならもう一人の様子も確認するように、必要なら救急に連絡をするように告げた。
 ドライバーの様子も間違いなく問題だったので、純一は救急に交通事故で連絡を入れ、落っこちたもう一人の元に行った。
 脈はあったが見た目も問題があるようだったし、なにより掌を純一が押しさすったときの反応が危険な状態のように思えた。
 純一に対するあからさまな殺意を持ってとはいえ、純一自身が殺意を感じずおこなったことで人が死ぬのは寝覚めが悪く、慌ててもう一台救急車を呼び出した。
 交通事故を聞きつけて、自転車の警官が二名慌てて走ってきて、純一に事情を聴き始めた。
 純一が自分のヘルメットを示し、電磁銃――リニアガンで撃たれたことを説明すると、そんな未来兵器がなぜこんな町中にというような、驚いた顔をしていたが、ヘルメットが長く深くポリプロピレンの糸をひくような温度で抉られ、黒いカーボンファイバーの地が覗いていたことに、警官は純一の身の危険を実感して驚いていた。弾体はなんだか分からなかったが、純一を殺す程度は容易いひどく危険なモノであったのは誰の目にも間違いなかった。
 現場、というか車の中に準備されていた装置機材は車の事故の際に激しくショートしたようで火災を起こしていたが、エンジンを止めて消火器で消し止めるとやがて収まった。
「ははぁ、最近流行りのレールガンですか。まぁ確かに銃刀法違反にはなりませんし、材料もちょっと大きめのスクラップヤードなら普通にいくらでもジャンクに転がっているようなモノですからねぇ。電気が専門の大学生なら管理の甘い研究室のストックをチョロまかして組み立てるくらいは出来そうです。あとは正しい電気工作知識があれば、普通にいくらでも作れるでしょう。
 理論や機材そのものより電源が問題ですが、このワンボックスはハイブリッドカーですから、電源も全く問題ないですね。推進剤というかプラズマ剤はグラスウールで、弾体は岩塩を削ったもののようですね。弾体本体の岩塩はエネルギー量からして水飴みたいな状態で飛んでいると思いますし、冷えたあとでも水でもかかれば完全に流れてしまいますね。身体の中に残っても血に溶けて、何が何だか分からないでしょう。面白半分で作ってしまえる辺りもちょっとイヤな感じですが、ここしばらく試射をしていたみたいですから、殺意は充分でしょうね」
 いつの間にかやってきた夜月が、警官に事情を説明している純一の後ろからクビを突っ込んで口を挟んだ。
 フフン。と夜月が鼻を鳴らす。
「だから言ったじゃないですか。と言いたいところですが、ココまで準備しての襲撃とはさすがに思いませんでした。無事でよかったですね」
 夜月は先程までの気楽な表情を消して言った。
「――そのヘルメットもシールド側からだったら貫通していたでしょうね。避弾経始バンザイでした」
 夜月は純一の命を救ったヘルメットの傷跡を先を引っ込めたボールペンで音を立てて軽くなぞる。カリカリとその音にはじけて白い粉が車のヘッドライトに小さく舞った。
 パトカーと救急車と消防車の音がして、続々と人々が集まってくる。
「おウチに電話した方がいいと思いますね。ちょっと、晩ごはん遅くなると思いますよ?」
 夜月はそんな風に纏めた。
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