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蛮族の祝祭
デュラオス城 大参門馬構
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四頭立て馬車五両を連ねてのダビアス家の入城は十六番目。試武の立会に赴く家としては最後になった。城内の椀状の曲輪に囲まれた一角には武家家門の代官屋敷をつらねた広場があり、全く祭りの様相を呈した露店商が市を連ねていた。
万の桁の人をひとつの城門馬揃えに雑然と集めるとなるとかなりの広さそしてかなりの賑わいになる。
あくまでここはデュラオス城の曲輪の最外縁の一角、この城に幾つかある師団規模の兵が閲兵をおこなえる、つまりこの邦のほぼ全力の兵が整然と並べる広さを持った馬出のひとつその最も大きな物だった。
実際の実用としてはどこかの土地から焼きだされた者たちやそういう者たちを支えるための一時留めの野営地で、帝国や共和国との戦争ではかつて幾度か難民で埋め尽くされ代官所を通じて様々な便宜が図られる白砂の場でもあった。
デュラオス城は戦闘正面の城塞というよりは、再編成拠点や流通拠点としての性格の強い構えの城塞で立地上外見上必ずしも戦闘機能を優先してはいない建造物であるが、そうは言っても守りやすい大きさ広さというものと兵の質装備戦術などという兼ね合いがあるはずで、どういう理由であってもデカートの天蓋ほどの広がりを数万という規模の人々で守れるはずはない。その倍から十倍の間の人々が必要になる。
デュラオス城の地積そのものはデカートの天蓋ほどの大きさを持たないとしても、建物の高さや入り組みを考えれば決して侮れるほどに小さくはない。そしてデカートとは異なりその地積の大部分は平野の水利を生かした農地というわけではない。
兵站という言葉が兵粮と流通の掛け算として現れるとして、広大と云って良い共和国と山間の藩王国では一括りに出来ない。
山間の土地であれば多少水が豊かで日照りがあろうと、この城を守るに足るだけの人の生業が支えられるはずはない。
はずはないのだが、それを敢えて必要とする広さや高さ連なりを持っているデュラオス城という軍事建造物集積体を考えると、彼らがどういう心持ちで代を経ていたかの一端なりと想像が及ぶ。
むやみに広大な曲輪の内側の広場が永久的な建物を拒否され、また山間で貴重な平たい土地から人々を閉めだし牧場でも農地でもない用途を定めるという意図は、人なり物なりを集めることを前提にしている意外に考えにくく、そのようなものが突然に城の中にあるということは、これだけの人々を一時に扱う必要があるということだった。
もちろん郭の内であるから敵を引き込むことも覚悟のうちではあるはずだが、そのような事態になればここに集う行き場のないうろたえるばかりの者たちを諸共に轢き殺して敵と戦う、最後の一片の砂子の選り別けの場だった。
事実上の最終防衛線後方の最終拠点、戦線と兵站の連絡が一本化なった後を前提にした謂わばかつての絶望の産物としてデュラオス城は様々な遺構とむやみに大雑把なそしてあちこちに精緻な仕掛けを備えていた。
それは数千年に及ぶ歴史のうちに幾度か不要になり再びまたやはり必要になり、という溜息と嘆息が固まり、しかし歳月に負け形を維持することはなく残された生きた遺跡である。
有事においては、それぞれ郭には相応の人々が必要に応じ整然と或いは雑然と隊伍を組んで往来するはずだが、今この場に見える風景は謁見の間で口上の使者を迎えたときのような武張った秩序整然としたものではなく、全く気ままな人々の興味をそそるままの雑然とした混沌とした往来であった。
曲輪の内側に奇妙に広々と整えられた土地のあちこちにはかつては機能していただろう、或いは今も機能するのかもしれない井戸や水道のようなものがあり、実際に噴水や小さな流れになっていて、埋められたのか蓋がされているのか地下に何やら暗渠なりがありそうな溝からの引き込みの仕掛けがある。人の集まるところならばと探してみれば、厠で用を足したと思しき者が出入りしている小さな小屋というか覆いのようなものが溝をまたぐように立っていて、確かめるまでもなく流れ残なった汚穢がいくらか溜まっている。
整理されたというほどではないが、見かけほどには雑然としていない屋台の並び方は、相応に地下のなにやらを意識したかのように区画割りされていて、雑然と混沌としているものの往来の流れは妨げられることはない。
その混沌は役目に追われた者たちの動きではなく、誰もがおよそ役目を持たないことでフワフワと場の流れに流される春の野の風の綿毛のような有様であった。
せいぜいが数百の厳しいお歴々の前で型通りの試武をして見せればよいだろう、程度に考えていたマジンはその場の雰囲気に驚いていた。
ダビアス城を発した一行は儀礼に従ってか或いは単にそういう往来規則に則ってか、混沌とした人々の群れのあまり往来しない太い道を遠回りをしながら巡り進んだ。
どうやら右回り左側通行という往来規制はこの土地では一般的なものであるらしい。
二日かもう少しの準備があるとして、その触れが土地の権力者の名で発せられたとして、二日か三日の猶予でこれだけの市井の人々が物見遊山に集うとは思ってもいなかった。
「これは市ですか」
山間の道のりで二日か三日の物見高い人々が急ぎ集ったと云うには、いかにも気軽な祭りの風情で、試武の成り行きでは幾日か続く催しとして、この後まだ人々は増えるとして、すでに万で勘定したほうが良い人々が集っているということは、デュオラッへの人々が余程暇を持て余して腰が軽いか、そうあるだけの往来が常にあるか、或いはこの城周辺にこれだけの人々が生業を維持できる豊かさがあるということになる。
最後の一つは如何にも無理として、鉄道が必要なのか。という足の長さが人々に備わっているのかと思えるし、或いは魔法という得体のしれないものを縦横に使えばこの程度は驚くまでもないのかもしれない。
相応に出来ることは偏っている様子だが、また相応に文明の香りを漂わせた様々が巨大な広場の様々を支えていることは、見る気探す気があれば明らかだった。
驚き顔のマジンをダビアス老が素知らぬ横目で眺め、してやったりという顔で笑う。
マジンがダビアス老に尋ね応える間に、当然に名も顔も知られたダビアス老の前には、騎士総長の動きを気にしていた者たちが挨拶に訪れていた。
奇妙な成行きではあったが、両国の上空を大きな何者かが探るように往来していたことは、土地で相応に名を持つ者たちは気にしていたし、今回の成行きと結びつけるだけの様々が前々から噂としては口の端に上ってもいたから、立場や色合いは様々だったが、内々の御家の始末として落とし所をつけるつもりであるらしい今回の試武改メについて、その成行きの杜撰さを笑うだけの余裕を持った者たちが、ダビアス老のご機嫌を確かめに訪れていた。
多くは型通りの身振り手振りで無言のうちに互いの無事を認める挨拶を済ませ、それぞれの役目や回るべき場所に向かってゆき、またいくらかは上役との面会の申し入れの口上を携えて返事を受けて引き上げて行った。
ダビアス老の立場を考えれば老の小者小姓という立場であっても、あちこちの顔を繋ぐ責任も求められているはずで、実のところ老の周りではひっきりなしに視線や身振りが飛び交っていた。
幾らかは魔法で意や言葉を交わしているのかもわからないが、それはマジンには本当にわかるはずもない。そういうものがないはずもないという程度に考えるしかない。
いかにも新参らしく視線の置き場に困る様子のマジンをこのましげに眺め、陣屋装束を整えたダビアス老が言葉をかけた。
「ああ、まぁ……普段は市としての意味もあるが、馬揃えや軍勢を整える炊き出し炊事の場になったりもする。式次が進み場が片付けられれば露店は消える。気になるようなら見ておくがいい。得物の類をそれぞれの代官屋敷の門前に飾っているから、どういう者共がいるかを眺めておくのもいい。まぁ儂のような立場で露骨に歩きまわるとなにを云われるかわからんが、女連れ子供連れで露店巡りのついでにほうぼうの探りを入れることはよくある。社交の場でもあるしな」
ダビアス老は話の途中でこちらに近づいてくる者たちに手を上げて気がついていることを示し形ばかり先に歓迎を示した。
「――おう。我が家の武芸者を眺めに来たか。得物はまだ広げていないが、多くはない。すぐだ。もっとも専門は湖に浮かんでいるような大兵を相手にする大仕掛であるらしい。……紹介しよう。少し西のグレオスル卿。ワシの叔父の家の嫡子だ。世では従兄弟殿というところに当たるわけだが、細かく説明するといろいろややこしい。家格はアチラが上だが武功ではワシが優っているため、騎士総長は譲られた。……聞いていると思うがコチラがウチでお預かりのゲリエマキシマジン殿。様々有能な御仁であるのは間違いないところだが、武芸はまだ見ておらぬので知らん。だがマリール姫を捻るくらいには腕は立つらしい」
これから武芸を披露するマジンを韜晦するのも面倒というようにぞんざいに、それに合わせるようにグレオスルについても皮肉交じりにいい加減にダビアスが紹介した。
「私より年上で弁が立つのを見込まれてであろうがよ。……。湖に浮かんでいるあの大きな卵のような舟での空からのお越しと聞いた。話ではアレで何やらやって帝国の城塞を吹き飛ばしたという噂だが、如何か」
ダビアスとは気のおけない仲であるグレオスルも適度に合わせる表情で自分のことは口にしないまま、聞きたいことをいきなり切り出した。
「まぁ。およそは。成行きとはいえ、あまりの僭越ぶりにどうしたものかと畏れている、いうところですが」
マジンも内容としては口に出せないままに言葉を濁したが、グレオスルも深くを掘り返すつもりはない様子で身振りでマジンの言葉を制した。
「共和国の矢弾兵粮も何やら鉄道とやらで支えているとか。とてつもない額の支払を軍票で黙って受け取って銀行に預けたとか」
「兵站事業は余儀だったのですが、商いに止むにやまれず」
とりあえず、確認は済んだという様子でグレオスルはマジンの言葉を制し、ダビアスに向き直った。
「立ち話に話がお聞きしたいわけではないのだ。落ち着いたら詳しくお聞きしたいのはやまやまだが……。話半分として身がない訳ではないことは分かった。こんな仕儀に巻き込んでいいのか。万が一に至ればただの大事ではすまんぞ」
「まぁ、今更止めようもなかろう」
「成行きはわからんとまでは云わんが、もうちょっと人目を憚る方法や穏当な方法もあったろうに、オヌシの娘子の仕切りか」
「半分はそうじゃが、初日にコチラの御仁が腕を見せてしまった様子でな。お城の謁見の間の閂二組を綺麗に段平で割り断ったらしい。……ま、そういうわけで」
「謁見の間の閂二組とはどういう……。大扉の内外で衛兵が鍵がわりに組み合わせている長棹のことを言っているのか。あの下ろすと扉の中にまで大きな音がするくらいしか使いようのなさそうな大仰な槍斧付きの」
「なにやら軽く揉めてコチラのゲリエ卿が大扉を押し破るに戸の隙間から内外その閂代わりの斧槍を両断したそうだ。いずれ手際を見にゆくつもりだが、まぁそういうわけで、マリール嬢ちゃんは鼻高々というところのようだ。婿殿の胸の内で娘を小突けば納得するところを余計なやり取りがあったらしい」
「マリール姫は娘を産んだと聞いたが」
「そういえば幾つなのかね」
「秋に九つです」
「おいおい。まさかその子を人質にしているのか」
「こちらに連れて来ておらぬようでまだ様子は見ていないが、楽しみにしている」
「我らが北狄妖鬼と帝国に悪し様に云われているのは知っているが、天道に悖る策を弄する様な大仰な仕儀なのか」
「そこまで大げさな話ではないが、ことが頑固親父とジャジャ馬娘の親子喧嘩だと云うのは間違いない。ゲリエ卿には気の毒だが孕ませた女が悪かったというところだ」
「マリール姫とは結婚はしてないのかね」
「デカートでは一夫一妻でして別の女性と結婚しております」
「それがなかなかおもしろい相手で共和国軍の軍将を事もあろうにバービーにしてしまったということだ」
「……。それはどこまで冗談だ」
「見る聞く限り全部真実だ。しかも当の奥方はバービーになったという自覚が殆ど無い」
「それは、危うく気の毒な。しかしそういうことでは子供が女にマリール姫にくっついて他所の男に往くのも止められないということか」
「別段、家計に苦しんでいるというわけでもなく、扱いが悪いというわけもなさそうだから、庶子でいかんと云う気もないのだが、そういうことになるな」
「こちらの……ゲリエ卿にマリール姫と結婚する気はないのか」
「ないこともない、というか方策は承知している様子だが、大家の党首ともなればおいそれと法を跨ぐような無法も憚られるというところの様子だ」
「一夫一妻の理念はわかるが、世の野蛮を考えれば家族の大きさ一族の堅さ血縁に頼る他あるまいにな。……。この流れのスジはオヌシの娘子の知恵か」
「往々誇れんが、そういうことのようじゃ」
「ウチのリクレルには他人の色恋の邪魔をするなと伝えておこう」
「オヌシのところはリリビットだったのではないのか」
「そのつもりだったがリクレルが飛びついた。ルテタブルと死力を晒す必要もなく手合わせできるとあって、リリビットの腕を折って無理やり割り込んだよ。リクレルにはルテタブルとの手合わせは別の機会に挑めと言っておく」
「リクレルというのは、こちらの騎士の方ですか」
「うん。序列はまだ二桁のはずだが、見どころのある若手騎士だ。いくつだったかな」
「十九になったのかな。帝国の矛先が最近はリザール川流域に向いてるせいで退屈をしている年頃だ。まぁうちの軍勢ひとつでも帝国の師団を抑えるくらいはできるが、ここしばらくは武功と云うに足るほどの合戦にはなっていないからな」
「軍勢の方々は一万ほどもおられるのですか」
「従騎士や弓引槍持を含めればそれほどだが、我が騎士共は六百ほどかな。名のない小者とて騎士より優れるものは多いのだが。山を枕に動き回る限り、数よりは質なのだが、数がいないと深くは押せない。共和国軍も苦労しているが、似たようなものだ」
「リクレル殿、やはりなかなかの方ですね」
「まぁゲリエ卿の仰るは全くなのだが、才は在るが揮うを知らぬと云う奴で、今のところは活きの良い若造というところを出ておらぬ」
「だが、武芸者としてはなかなかの達者だ」
グレオスルを慰めるようにダビアスが言った。
「その辺りもなかなか歯がゆく悩ましい。騎士もある程度から先は武芸だけでは立ちゆかん」
「手強い方に勝ちを譲っていただけるのは全く申し訳ない限りですが、感謝とともにありがたく頂戴いたします」
「どのみち我らは脇役だ。波風を起こす要もない」
頭を下げたマジンに鷹揚にグレオスルが手を振る。
「お館様っ。コチラでしたか。此度の風來の余所者、なかなかに活きが良さそうですぞ。あの扉を破るとしてやりようはいかほどもありますが、腕の証、技の冴えたるやなかなか。あれを衆人観衆止めるまもなくやりおおせ唖然とする間に押し通られたとするなら、お城の衛兵もおいでになられた方々者共一様に腑抜けと笑われましょうが、しかしまた止めるとして大事でしょうなぁ。なにやら一行には女人も多かったとか、いかに姫様のお身内が突然の無礼を働いたとて、アレを易々とやらせてしまっては、どうにか折檻したいと思うのも分かりますな。このバルザムラズルリクレル。コチラのお城の方々に変わって天誅くれてやる気分になってきましたぞっ」
肩幅のある体格の良い若者が太くやわらかな通る声で叫ぶでもなく大声で言いながら現れた。
「リクレル。元気そうで何より」
「これはダビアス様。ご無沙汰いたしております。本日はどなたも出されない様子。ご家中で何かあられましたか」
「ウチからはこの者が出る」
「新参の方が。お家の方々を差し置いてということであれば、なかなかの方とお見受けする。お名前は」
「軽はずみ者め。オヌシが天誅をくれてやる気分になっていたその相手だ」
グレオスルが叱るがリクレルは平然と微笑んだ。
「おお、おお、ゲリエマキシマジン殿。これが。郷の者ではないとは聞いてはいましたが、なんというか思い描いていたような姿とはだいぶ違いますな。小さくも大きくもない。腕や足がバネのような造りというわけでもない。目鼻の形が特段分かりやすいというわけでもない。吊り合い宜しいといえばそうも云えますが、あの音と絵面にこけおどしを求めたような大斧の身を僅かな戸の隙間に刃を流して一刀に落とすなどという力技をするようにはとても見えない。得物は段平ですかな」
大柄な通る声のままリクレルは自分の言いたいこと聞きたいことを一気に喋った。
「少しは人の話を聞け」
グレオスルが睨むように云うがリクレルは困ったような顔をするのみだった。
「ああ、はぁ。なんでございましょう」
「オマエは今回流せ」
リクレルの不思議そうな顔にグレオスルが命じたが、リクレルは困惑したような顔になった。
「流せ、とは手の内を見せるなということですか。俺はそれほどに多芸というわけではありませんが、得物はなにを使えば宜しいですか。無刀組討などでも実のところなかなか見られるところが多く、地味ですが方々の動きなかなか参考になります」
「勝ちを譲れ、と言っている」
グレオスルがそこまで言うとリクレルは目を剥き、大口を開けた。
「はぁぁああっ。これはなにをおっしゃるか。戦は定めし無手勝流にて勝ちを求めること叶わぬ儀、往々にして多かりし。敢えて勝ちを捨て負けるも、勝ちを求めて尚負けるに勝ることあり。故に戦に至らぬ試し場にて挑む時あらば、敢えて勝ちを無用と定め勝ち求めて勝ち或いは負けるも善哉。と幼きより書き取り繰り返しておりましたが。何故そのような情けなきことを云われるか。死ぬな、無事こそ望め、と仰せいただければ決死において意地を捨て退くほどには心得もございますが、勝ちを譲れとはいささか不本意。特に今回はリリビット殿を押しのけて来たのですぞ。皆へのみやげ話が、殿の勝ちを譲れのご下命になるのがお望みか」
吠えるように不満を述べるリクレルをグレオスルが睨み返す。
「それで余を脅迫しているつもりか」
「脅迫などととんでもない。何故理不尽をお望みかお聞かせいただきたく。まさかゲリエ殿がお望みか」
「違う」
「では、私がゲリエ殿に劣ると」
「違う」
「では、私がゲリエ殿を殺すと」
「違う」
「では、私がゲリエ殿に殺されると」
「それも違う」
「では何故か」
リクレルは言葉を重ねるうちに主が本気であることがわかって尚腹を立てている様子だった。
「オマエは今回の急の武芸改の仕儀、成行きを知っているのか」
「知りません。興味もありません。我ら武門知るを求めるな。ただ戦にあって勝ちを探し負けを避くるに足ればよし。と。刻んでおります」
そこまで言ってリクレルは主を睨みつけた。
「リクレル殿」
「なにかっ」
割りこむように呼びかけたマジンに憤り噴き出す勢いのまま強い声でリクレルは振り返り叫んだ。
「この度のこと、私にも急で事態はつかめておりません。ともかくこちらの殿様藩王様に話を聞くにあたって、ルテタブル殿の眼前に立つ必要ができました。勝ちを譲れと申す気はありませんが、負けるわけにも参りません。しかし何分こちらの土地は強者揃いということで弱気になっておりましたところ、こちらのお殿様が気を利かせてくださったのだと思います。ですが、私にはリクレル殿の筋が正しく思え、横車を押すのをどうにも気の毒になりました。よろしければ木剣寸止めにて勝負をつけさせていただきたく、ただし私が正面を入れるまで何度でも挑ませていただきたく思います。聞けばリクレル殿の目的は腕試し度量勝負で勝ち負けそのものにはこだわっていないご様子。私は絶対に勝ちが頂きたい。申し訳ないが何百度でも勝つまで挑ませていただく所存。これで如何か」
リクレルはマジンの表情を上から下まで眺め全身を眺め、と怒りのままに落ち着かない鼻息で眦を上げたまま睨みつけた。
「寸止めと言って互いの踏み込みがあればどうあっても当たる。当然踏み込みの気合によっては相応にぶつかる。額が割れる骨が折れるなどは稽古でもよくあること。ご承知でしょうな」
視線でどこに木刀を振り下ろすか選ぶような目の動きをリクレルは繰り返し尋ねた。
「死ななければ何度でも挑めます」
「つい本気で殺す気になるかもしれませんが、宜しいですな」
リクレルは主に向いていた身体をマジンに正面を向けて圧するように尋ねた。
「何千度でも挑ませていただけるなら」
リクレルはマジンの手足や肘膝の位置或いは肩腰の開きを確かめるように眺め少し間合いを確かめるように頭を巡らせた。
「得物は木剣で宜しいか。失礼だが体格差があるようだが」
肩の位置を一旦ゆるめ身体を膨らませるようにしてリクレルが改めて尋ねた。
「槍術棒術は本当に寸止めが難しいですから、よほど気心が知れた者同士でないと恐ろしくて挑めません」
そこまで聞いてリクレルは頷いた。
「そちらの有効は正面のみで宜しいか。スネや胴小手などは」
「そう云ったところを木剣で互いにわかるほどの寸止めにするのは手の内打ち合わせなしには難しいかと」
「俺は打ち込みますが」
「それは結構。そちらは億でも兆でも何度打とうと勝ちがない事を心得ていただければ、それで結構」
「それで俺の勝ちが無いと言われて、満足するまで打ち込んで宜しいということなら、星にはならずとも気晴らしには出来る。か」
眼下の魔陣の目を脅すように睨むようにしてから息を吸ってリクレルは表情を改めた。
「――なにやら、こちらのお殿様に用事があるということで、どうあってもというならそれはわかった。勝ちは譲ろう。その代わりそちらから正面頂戴するまで何度でも打ち込ませていただく」
そう云うとリクレルはきびすを返して立ち去った。
「どこに往く」
「木剣用の防具ならばこちらにもあるはず。組み討ちに使えるようなものではありませんが、双方が木剣のつもりであるなら心置きなく試し合うに備えあったほうが宜しいかと。寸止めなどと生温いことを云わずに済みます。正中だけ守ったとして万も打ち合えば結局耳や肩がもげますぞ。軍場ではそれも仕方ありませんが、連戦するつもりであれば、それでは勝てません」
全く勝つつもりのリクレルは勝気のままにそう云ってその場を離れた。
「ふう。とりあえず、片はついた。か。危うく面倒くさいことになるところだったが、ともかくひとまず落ち着いた。すまんな。面倒くさい男で」
「結果として話がついた様子でよかった。必要なのは衆目の前で三戦勝ち抜けることで一戦一戦の内容そのものはみっともなくない程度に形になっていれば宜しいという意味では互いに木剣と云うのは悪くない。勝ちを譲れ、で下手な八百長の手打ちが衆目にさらされるのでは上手くもないしな」
「しかし、アヤツめ。相手を侮りすぎだ。あの迂闊が様々に足をすくわれているというのに。自分でなにを見てきたか、頭に血が上って忘れたか」
「相手に拘らない若さといえば全く心強い」
話の流れがひとまずまとまったこととは別に己の配下の若武者の振る舞いに愚痴をこぼすグレオスルをダビアスが慰めた。
「なにしに他所の陣屋に出向いたのやら。相手の技の試しを見て得物を確かめに来たのだろうに。血を頭に上らせたまま……段平は大小それぞれ刀身の厚みに違いがあるが、すごい色だな。これはゲリエ殿が鍛えたものなのかな。鉄の色はともかく全体の印象を云えば帝国のものに似ている。共和国でこういう造りの刀剣を使っているとは知らなかったが。連中のはもっとこう重たげで、こういう剃刀を大きくした感じではなくハサミを武器に研ぎ出したような感じだ。突き刺すには向いているが、斬るにはいまいちで、潰すとかもぐ感じになるな」
グレオスルは愚痴を零しながら、配下の目で確かめたかっただろう陣屋の前に広げられた、マジンの得物を眺め口を開いた。
「連中の刃物は果物や野菜なんぞ切っているのか潰しているのかわからないようなことがある。それでも安いから使っておるが。剃刀なぞよほど研いでも毎回切れ味研ぎ味が変わるのでヒゲを剃るのが怖くてかなわん。思うに刃の付け方というか形が良くないのだ」
段平の鍛えを興味深く眺めながら二人の武将は話を切り替えた。
「しかし、こんなもので鉄が切れるとしてどうやるのだ」
「ペーパーナイフで手紙の封を切るように、などというわけでもあるまいが。さて。宝石の目を探すようにするのだろうか」
「いえ。およそ紙を切るのと同じ要領です。斜めに刃を走らせながら食い込んだところの速度と角度を合わせて一気に引き切る。体重をかけるのはそれとして、力を焦ると却って潰れてめくれ堅くなるのでコツは早さと角度を引手で調整ですね。ケーキやパンを綺麗に切ったり果物や野菜の皮をつなげて斬るのと基本は一緒です。刃を食い込ませ滑りこませるまでに少々力がいるのと、変形が殆ど無いのでその感触を理解するのが難しいですが、概要としては縁をボロボロにしないように紙を裂くのと変わりありません。目が細かい分、掴めれば簡単かもしれません」
説明が奇妙に細かいのに二人の将帥は驚いたように呆れたような顔になる。
「斬鉄を魔法なしにおこなうというのか。断ち落としたのは鎧兜や剣ではなく、細工物とは言えごつい斧の身だぞ」
呆れたようなグレオスルの言葉に面白げな顔でダビアスがマジンに目を向け言葉を促す。
「魔法、といういわれ方はどういう感じかわかりませんが、動きがない相手であれば食い込んだ後は早さと力である程度は切れます。件の戸口はそれぞれ片持ちでしたので斧の重さも味方でした。自慢ではありませんが、クセを知っているよく切れる刃物をクセのとおりに使う、という塩梅です」
「石を切る話はよくあるが、そういうのとは違う様子だな。本当に切っている感触があるのか」
「割ると斬るは似ていますが、牛と馬ほども違う現象なので、手応えで云えば違います」
「奴め。この話を聞きに来たのだろうにな」
グレオスルが溜息と共に愚痴をつくように口にした。
「互いに死ななければまた後でゆっくり話をする機会もあるだろう」
「しかし奴め。億万打ち込む話で、寸止めする気は毛頭なくなっている様子だったぞ」
「木剣であれば防具をつけて尚貫くということは難しかろう。頭や喉には一応延金の裏打ちもあることだし」
「そうであればよい。というつもりで準備された防具だからな。真実果たし合いに防具がどれほど役に立つかは軍場に立てばわかることで、役に立つように討手双方が撃ちあうことが前提になる。防具は相応に程度の良い物を持ってくるだろうが、万全というよりは寸止めの一寸くらいに考えていただいてあまり期待していただかないほうが良かろう。型試合には強いが演舞を超えての他流試合ではおよそ意味が無いし、防具の隙間を狙うような戦い方も世間には多い」
「しかし、ゲリエ殿は正面とおっしゃった。いわゆる鉢割を目指して頭頂から額を打ち割るということであれば、およそ刺突を求めないということだろう」
「わかりやすく死の影を互いに感じられるかと。おかしかったでしょうか」
二人の軍将は顔を見合わせた。
「おかしくはない。得物を見ればゲリエ殿の得意が斬刀にあるのはわかる。切っ先鋭く刺突も考えた見事な作りの片刃に長さのある両手持ちの柄だが、長いほうが重ね薄く身幅広く笠置に反りやや踏ん張り効かせ、短いほうが重ね厚く身幅狭く先反り浅く作られているところから、およその好みも推察できる。踏み込みと姿勢で間合いを作り、斬る突くも考えた大刀と、威力確実に刀身の痛みも気にせず一刀こじわる踏み込みとが見える。相対二三人を想定した造りで、相応の長丁場を考えた上で必殺を考えている。全く我らとしては好ましい剣術で尚正面と云ってよこしたところを考えるに一対一の必殺も考えているのだろう。ただ推して歩み寄せ殺し、必殺に砕く。こう見えてかなり力押しの真っ直ぐな戦いが好みと見える。戦場で流行るとも思えんが、好む者は多かろう」
グレオスルが得物を見てマジンの好みの戦いの想像を述べた。
「道具の好みと戦いの筋の好みはまた別だし、観て面白いかどうかもまた別だ。ゲリエ殿は賞金稼ぎとしても身を立てられていたことがあるということだ。相手を圧倒してみせるに突剣よりは斬刀のほうが動きからして違う」
「斬刀での刺突は突剣のそれと違って確実に相手の何処かをもぐからな。こういう帝国風の大きな剃刀で突っかかれば、コチラの膝が崩れたとして、切っ先が相手に至れば重みで相手にも深手を追わせることが出来る。山間でさえ砲火銃火で先魁の時の声の代わりにするようなご時世ではなかなか流行らんが、世が落ち着くまでは斬刀のほうが使い道は多い。だがなぁ」
「だがなんだ」
「斬刀の稽古は木剣を使ってさえ尚怪我が多い。まぁ突剣もないとはいわんがほれ、アチラには割いた葦とわらしべを束ねた摸造剣があるだろう」
「よく出来ているとオマエも褒めていたな」
「それはそうだが、あれは振り回すとすぐにバラける。高いものではないのでそれはいいのだが、掃除は面倒だ。それに軽いのでな。尋常といえん振り下ろしになって、どっちが勝ったかわかりにくい。突剣の刺突は基本歩みと捻りを継がんからアチラは動きが早くても勝ち負けがわかりやすい。有り体に脚さばき腰さばきと切っ先とを追う助審を立てておけばそれでおよそ事足りる。それで事足りないことがないわけではないが、まぁそれはそれというか、突剣の稽古としてはそこそこに使えるし、実戦を意識してそこから組討に持ってゆくとしてもまぁ痛むことはあっても、金的目潰しを禁ずると云うだけで大方の面倒にはつながらない。手袋と足袋に多少余計な当てものをすれば、寸止めも容易だしな」
「突剣から組討か。数の迫った乱戦では割りとある流れだな」
「突剣が実戦的でないという気は毛頭ない。むしろ組討への繋ぎを考えれば、敵味方を眼前に辺りに容赦なく使える技としては突剣も必要だし、多人数への対処が工夫された技の繋ぎもいくらもある。だがしかしそれでも結局突剣というものは半端な性質の武器になりがちだ」
「なにがいいたい。さっさと結論をはっきり言え」
「木槍や棒術の寸止めが難しいことをゲリエ殿は口にしていたが、実を云えば木剣であってもそれは同じだ、ということだよ」
「随分間が抜けている様子だな」
「それはそうだ。いきなり結論を求められたからな」
「訓練の話であれば防具があるだろう」
「視界が限られ耳が塞がれ頭頂から肩までを覆い首が回らない、指先から肘までを覆う都合で振りかぶる邪魔になるつま先から膝までの動きを固め腹から腰までを樽のようにして踏み込みと振りを阻害する防具がな」
「甲冑でも同じことだろう」
「甲冑が廃れた理由を考えたことがあるか」
「役に立たん面倒くさいというところだろう。だが木剣用に作った防具であれば」
「リクレルな。リリビットの腕を折ったのは、防具の上から木剣で試合作法通り型どおりにただ寸止めを僅かに疎かにした。一寸どころか一毫食い込めば人の骨を折ることなぞ造作も無い。だが一回の試技とはいえリリビットの代役を務める腕があると認めるだけの技量も示した。リリビットに死力を振るう気構えがなかったと云えばそれまでだが、油断と云うには些かややこしい。実力が伯仲すれば、勝ち負けを求めてなお手を抜くことはできない。二人の実力は掌が入るほどの差もないというところに迫りなお勝ち負けとなればなおさらな。それ故に謹慎はさせなかった。裁くとして裁かないとしてどうするかというところも含め今のところは宙ブラよ」
「私が聞いてよかった話ですか」
「聞かせておるのよ。これは自慢だが、奴はここに集える騎士共のうちでも二十歳に手のかかる者達の中では槍働きで一頭抜けている。その分脳足りんところはあるが、名前で見たところ槍や木剣組討などで戦うとあって尋常な立会であれば奴は決勝まで進める。幾人かは手強いが、そういう者の勝ちも負けも見せているからな。立会は初見でも死力も奥義も振るうような場でなければ、体術型通りとして十分通用する。本当ならもう四五年はこういう場に出さないままにしておきたかった。木剣と侮れば、型通りの打ち込みだけで防具の有無なぞ関係なく相手を打ちのめすことなぞ造作も無い」
「大事にしておられるご家来なのですね」
「正直こういう面倒な話ということであれば、別の者を当てればよかったとも思っているし、全く面倒な絵図を描いた者はどいつだという気分だが、とりあえずゲリエ殿が無事切り抜けることを願っている。どういう仕儀になるか見当もつかないが、これはこの通り済んだことと無事凌いでいただくためにもご油断めさるなよ」
苦い顔のまま睨むようにグレオスルは言った。
「お殿様。露店を妹達と冷やかしてまいります。女だけで巡ったとして特段咎められるということもない様子なので」
リザが気取った様子でマジンに言った。
「気をつけてゆけよ」
「アイバ。アイリンとメルブを連れて方々ご案内せよ。アイリン頼んだぞ」
陣屋についていたアイバと呼ばれた若い騎士が華やかな装いの女と年かさの男性とともにリザたちの案内に付くことになった。
「あのアイリンという女性。相当の方ですか」
「分かるのか」
「わかるというか、動きがただの女官ではないというか」
「槍働きは男の誉れと云っても、女の方が使えることも多いし、女でないと出来ない仕事や、男が入れないところも多い。マリール嬢ちゃんとどっちが強いか知らないが、腕の立つ女はときに騎士以上に重要な戦力になる」
「女性が武芸を披露することもあるのですか」
「邑邦をまたいでということは殆どないな。だが、どこの城でもやってはいる。城の守方は女と鉄砲大砲が多いからな。自然女の鉄砲名人も多いし、大砲方も女官の仕切りが入ることが多い。それに仕掛けに時間が掛けられることで城を基点にした魔術の殆どを女任せにしている家もある。城の価値は戦術戦略とともに歳々削られているのは事実だが、戦力を伏せたままに様々出来る拠点というものは、どう戦うかを差し引けば結局城塞ということになる。男が攻手にかかるなら守手の多くは女が含まれることになる。女の武芸も馬鹿にはできん。
お前さんの舟を空に足止めした魔法も、そもそも空に小城のようななにやらうろついていることを察したのも、帝国の城塞を吹き飛ばした話と結びつけたのもこちらの城の女官共だ。およそ共和国軍がやっている魔導行軍管制と同じようなものになっているが、こちらのほうが戦区と軍勢が小さく後方が大きいから使い方が少し違うが。……な。外でマリール姫からどういう話を聞いてきたか知らんが、今になってマリール姫が帰ってきて大騒ぎになっている理由がわかるじゃろ」
「彼女に将軍をやらせるとかそう云う意味でしょうか」
「それはない。が、まぁそれより重要なことをやらせようとしている可能性はあるし、そうでなくとも娘がついてくるということであれば二倍お得だ」
「先ほどの女官がおこなったという行軍管制というのはどこでもやっていることなのですか」
「いや。組織だってやっているのはこちらのお城とウチくらいか。コヤツのところも始めたようだが勝手が違ってうまく進んでいない様子だ。他にもお試しでやっているところはあるが、色々あってな」
「オヌシの娘子が傷病兵を家族ごとまとめて二百も連れて帰ってきた時には何事かと思ったが、あれが三十年も掛けて実ったな」
「どちらかと言えば、婿殿の手腕だ。阿呆な嫁の言い分を丸呑みしてくださった婿殿の度量に敬服するのみよ」
「しかし、魔導師としては半端というか石塊と変わらんような連中を使ってみせる共和国軍の手法。騎士の立場を危うくするな」
「騎士の立場なぞ、東部戦線の状況を見れば明日にも消し飛んでおかしくない。だからオヌシもゲリエ殿の無事を望むのだろうが」
皮肉交じりと云うには韜晦が不足している様子でダビアスが言った。
「それはそうだがそうだとして、この策にオヌシの娘子が絡んでいるとしてどう落とし前を求める」
「落とし前というほどのことを考えていないから今回の騒ぎになったのだろうと考えておる。せいぜいがゲリエ殿が負けたときに様々申し付けるための前段だろう。勝てば勝ったでマリール嬢ちゃんを妾として預ける理由にできるし、負ければまぁ色々難癖をつける手付になる」
「勝ったところがマリール姫と娘をよこせと云ったら」
一番の懸念をグレオスルが尋ねた。
「それは法に縛られていないということであればマリール姫次第だろう。我等とてそうであるように共和国とは相応に節理を尽くした関係を求めている。これは別段、ゲリエ殿が共和国軍の強力な兵站協力者だからというわけではない。オヌシはどう考えているかは知らないが、ゲリエ殿が倒れることになったとしてマリール姫との娘を取られたとして、共和国との互いの盟を破る理由にはならない。ゲリエ殿のご家中が手前の私兵を繰り出してくることはもちろんありえるが、それこそ共和国に物申すべき事態だ。私人の成行きで国事が振り回されるようではなんのための盟約協定かわからん。中世の暗愚に逆戻りだ」
ダビアスの誰の味方もしないというような言葉にグレオスルは真意を探すように言葉を途切れさせたダビアスを一呼吸待った。
「空飛ぶ軍船については」
「そういうものでこちらの城のいくつが焼かれたとしてだな、それは一時のことだし先のことだ。それにな、そんな乱暴がまかり通るようなことを許すとしてそれは我らの意気地の問題だ。それこそ武門の名折れだろう。党首が倒れたとして女子供を奪われたとして騒ぎになった等というのは別段珍しいことでもないし、それで戦争に至る争いになることも旧来紐解けばそれはそれは多いわけだが、千人万人殺したとして道理人倫が覆るわけではない。覆るとしてそれは当地の性根の問題だ。別段、ゲリエ殿が一人倒れようが倒れまいが、或いはゲリエ殿が身内になるとしてだな、結局のところいずれ争いは起きる。どういう形になるかはともかくな」
満腹してしまえばどれもこれも同じと手の中の食べ残しを包んで捨てるようなダビアスの言い分にグレオスルは眉をひそめる。
「それはそうだろうが。すると、ゲリエ殿が決闘までゆかなくても良いということか」
先ほどのやりとりはなんだったのかとグレオスルは言葉にしなかったが問いかけた。
「行った方が面倒は少ないだろうが、今ここで勝った負けたの想像くらいで大騒ぎをするまでもないということだ。空をとぶ軍船についてもあれほどとは思わなかったが、物見に使っている小さな物は共和国軍がすでに幾らか使っているのは知っている。小さすぎて風に抗うほどの力もない様子だが、ともかく兵を乗せ空を飛ぶ、ということは既におこなわれている。いずれ何かの使い道ができるだろう」
「それでオマエの真意はどこにある」
ダビアスの言葉にグレオスルは尋ねた。
「とりあえず、ゲリエ殿を衆目に紹介する場を作りたい。というところだ。此度のこと、どうもだまし討のような有様でワシにとっても不本意ではあるが、オヌシも知っての通り、東部戦線の有様を考えれば、程度はともかくゲリエ殿の協力はいずれ必要になる。勝った負けたのこの祭りの騒ぎの後先はともかく、この地で商売を始める上で名を売るのに武芸の心得があることを衆目に晒すのは面倒が少ない。商いに意気地心意気以上に武芸を求めるのはどうかと思うが、筋がないわけでもない。だから実を云えば、オヌシのところのリクレルのような、腕は立つが名が売れておらず勝ちにこだわり見た目派手な芸もないような武芸者との玄人好みの試武を恐れておった。どうせ踏み込み一躍手前の間合いに入るや一閃撃ち掛かり敵の手数を許さず一揉み押しつぶす式の男だろう」
「それが悪いか」
「悪くない。だが、僅かな格の差や隙の差であっという間に勝負が決まる。勝ちも負けもな。アヤツが勝つとしてゲリエ殿の見せ場がないまま負けるのでは良くない。式次によれば三戦目でアヤツと当たるのがゲリエ殿の初戦だ。そう云う意味で先の成行きは全く望んだところの最低限を果たしている。アヤツが果てなくそれこそ億万押し込んだとして、撃ち疲れてようやくゲリエ殿が正面を決めて勝ったとなってもな」
「むう」
「それに式次には載っていないが、ゲリエ殿はマリール姫との挙手空手による決闘を挑んでいる。男から女への決闘なぞ全くに痴話喧嘩か閨房の睦言かのような有様で公に晒すようなものでもないが、別段見咎めるものでもない。だからある意味で勝とうが負けようが収めどころはいくらもある。ただゲリエ殿の名が売れないまま或いは無様のみが晒されるのが一番困る。我等が例え先を見越して事業の協力をゲリエ殿に求めてだな、それで内々の面倒が起きるのは全く面白くない」
「そう云う絵図の策か」
「仕掛けた者の意図はわからん。仮に我がジャジャ馬娘とその孫娘としてな」
「だが、この仕儀から益を得ようと云うにそれほど間違っていないようにも思う。此度の組み合わせ、ルテタブルの結納程度に考えていたが、成行きを知る者にとっては怪し気な気配もあったからな。ないこともないが郷の外の者をわざわざ組み込む理由も怪し気だった。まぁオヌシの家にゲリエ殿が入るということであれば、それはそれで頼もしげではあるが、筋も見えん」
「思惑は様々できるということで油断もならないが、万端口が閉じ行き止まりというわけでもない」
「その言葉に期待するか。此度の共和国の戦争の成行きを見るに帝国も共和国も旧来の戦い方を捨ててきた。特に因縁ある帝国の戦い方は我らにとって最悪の相性だ。唯衆を持って寡を圧するというだけだが、これまでと二桁違うとなればそれが出来るだけでどうにもならない。共和国も土地があったからたまたま堪えられたが、押し返すに旧来の手があったわけではない。ただ魔導行軍管制の強靭さと周到な軍需品倉庫がどうにか無駄にならなかったというにすぎん。こういう騒ぎになる前にゲリエ殿と渡りをつける術が欲しかったが、アミザムのロータル鉄工は軍需は共和国軍だけしか相手にしないし、ローゼンヘン工業も鉄道では玩具の鉄砲のようなものしか売らんし、憲兵隊は面倒くさく嗅ぎまわるしで難渋した」
地方聯隊の類からの注文を一切拒んだ理由は様々にあって、およそ地方聯隊こそが無法者に武器を流している樋口であるとしてロータル鉄工には地方聯隊への直接の取引は行っていなかった。結果として共和国軍から地方聯隊に回る武器弾薬までは止められなかったが、それはそれで責任の所在が異なる。他にも支払いと納品の信用の問題などもある。
「――まぁ、ともかく成行きには驚いたが、これを奇貨として付き合いの端緒にすればよろしい、ということだな」
「そうするしかあるまい。ゲリエ殿も不本意ではあろうがこういう成行きであれば、商いの引き合いに呼ばれたくらいに構えていただいて、できれば楽しんでいただきたい」
二人の軍将の言葉は追従と保身の一般論以上の意味はないわけだが、それでも利益を探すとすればそう云うところに落ち着くはずで、他人事としては他になにを言うべきかというところであった。
「マリールの実家ということで何かあるだろうくらいには考えていましたが、これほどの騒ぎになるとは思っていませんでした。しかし、いずれはとも思っておりましたのでこの期に及んでは楽しませていただく他ありますまい」
そう聞いてグレオスルはようやく安心したような顔になって立ち去った。
マジンの外套は特段暗器と云うつもりはないのだが、工具や財布や旅の小物などをあちこちに吊るしてあったり収めてあったりで、簡単に外せるもので半ストンを超える様々が並べられたことにマジン自身が驚いていた。
既に幾度か幾らか整理をして尚増えているネジの類はそれぞれが四つ五つせいぜい十という間に合わせの数であっても足し合わせれば五パウンを超えていて、どこでなにを使うというと問われればそれぞれ意味もあるが、この旅で使う気かと問われればそのつもりもないようなものだったし、かと思えば、これは立派な城破りの道具にもなる粘土状の爆薬と錠剤のような起爆信管と万年筆大の起爆装置があった。
大きさや形の違う刃物や拳銃の予備弾倉が並ぶのは当たり前の部類で、小分けに無菌包装された蒸留水の入った水袋が合わせて十パウンも出てきたのには並べていて驚いた。
単に鉄亜鈴の重さという意味で半ストンは少々重いかという程度のものでしかないが、外套としては首をひねる重さだったし、もちろんそれで全てというわけでなく残った外套自体も金の裏打ちがあったりと十分重いシロモノだったが、これは機関小銃を阻止することを狙った防弾衣の試験品でもあったから当然でもあった。
性能としては向きと姿勢によっていくらかはという程度のもので、期待したほどのものではない。
なにより普通使いには重すぎる。足してみればおよそ年中ロゼッタを背中に背負って生活しているような重さであるが、マジンとしては十分生活できるので問題にならないということでジリジリと外套のあちこちに括りつけられる装具は増えていた。
ダビアスも流石に驚いた様子ではあったが、その数や重さよりも収納方法や使い方の方にもっぱらの興味がある様子だった。
片手で収まるやっとこや柳刃のヤスリの類など、或いは玄能でも当然に人が殺せる以上は使い方では立派な武器になり、飴ひとつ懐紙一枚で殺しが出来るのであれば、ここに晒された道具の殆どは全く暗器として使える。
おそらくはここにいる武芸を楽しみにしていた者達はこれでどうやって戦うのか、この男が例えばこの小さな乳鉢と磨り棒を得物として試武に挑むとしてどう戦うのか、或いはこの中にあるもので自分が武器として使えないものはなんであろうか、見栄えよくこういったものを使うにはどうあるべきか等と全く楽しげに冷やかしているに違いなかったし、実際にそう云う談義をしている者たちもいた。彼らは何の変哲もない小さな糸巻きとその形について語っていた。
もともと機械用の軽く華奢に作られた糸巻きは彼らの好みには合わなかった様子だが、ともかく野にあって糸の用事はそれなりにあり本来の目的の他に罠や鳴子に便利であるし、困れば僅かな種火を育てる焚付にもなる等と話をしていた。
そのうちバナナとリンゴとモモの果実を使ったフルーツ殺人術の奥義が語られてもこの場では不思議でなかったし、ある種の柑橘系の植物はその皮とタネに毒を含んでいるという話は聞いたことがあった。
流石に少々いたたまれなくなりマジンも祭の気配を楽しむべく他の屋台や陣屋をめぐってみることにした。
鎧甲冑が下火になったとは言っていたが、こういう場では未だに健在でもあるらしく或いは単に求められた時の準備なのか、賑やかしなのかもわからなかったが、鎧甲冑をおいているところもあった。
そう云うところの多くは砕けたマスケット銃の大きな鉛球と凹んだり歪んだりしているものの内張りの破れていない甲冑の部品を見せて装備上の甲冑の優位を示していた。
マスケット銃の威力は実際に打っている人間の裁量というか、様々な条件が複雑すぎて実を云えば玄人と素人の差はひどく大きく、鉄砲を握れば農民でも鍛えた兵に勝るというのは数千の農民のうちには使えるものが数百人ほどいるから、手強い数百が死に絶えるまで数百の兵と戦える、というだけであって、同じ条件の火薬と鉛球そして鉄砲を渡したとして訓練の程度で威力も命中も効果も全く違う。
そして打ち手の腕がそうであるように、道具としてのマスケット銃もわからぬ者には全くわからぬ大きな違いがいくらもあって、もちろん銃身の曲がりやもともとの加工整形の状態からその後の経年変化等の機械構造の差異或いは火薬の質や詰め方しつけ方など、全く一言こんなものを使いました、と見せられたところで実際に使ってみるまで確かめてみるまでわからないことが多すぎる。
だが、そう云うところをグダグダというよりも、この数年のリザール川流域をめぐる戦場で起きた銃砲火器の変化は、帝国が動きを仕掛けマジン自身がとどめを刺した結果として驚くべき物になっていた。
様々な理由で大きな重たい弾丸を礫のようにぶつける兵器から、固く鋭い鏃を果てしなく極細い槍のようにつきつける武器に変化していた。
機関小銃や機関銃に至ってはその鏃を連続的に放つことであたかも槍で薙ぐような使い方まで出来る。
帝国軍が近年開発した小銃弾丸もそれまでは単なる鉛の円筒であったものが鉄の鏃の周辺や尾部に釣り合いのための鉛を置き銅で覆ったような、つまりローゼンヘン工業が使っている小口径銃弾のような一端を断ち切った紡錘形状のものに変化し、全体に弾丸の重さよりも弾丸の早さ硬さを意識した作りに変化して口径や火薬という小銃の構造にかかわらないまま威力を増していた。
そう云う銃弾は硬く薄い騎兵の胸甲をただ一発で打ち抜けるだけの精度を射手に与えていて、互いの士官の死傷率を大いに高めていた。
この先は小銃は的中という意味において射手の膂力体力が勝る限り、いくらでも大威力化長射程化がおこなえ、必要に応じて既にマジンが十年も前にワージン将軍を通じてマイヤール少尉に与えた怪物じみた狙撃銃を目指し或いは乗り越える方向に進むことは間違いない。
或いは全く逆に帝国軍がすでに民兵向けの小銃として整備をおこなっているように、軽快な必要最小限の威力と手軽に高精度を意識した物になるだろう。
ある意味での更なる小銃の進化の究極として戦車砲として使われている平射砲があったし、必要なら更に口径を倍にすることは理屈の上では容易かった。
戦車砲は既に地球の丸みの問題がかすかに顔を出す性能であったから、飛んだ当たったの問題の前にどうやって当てるべく狙うか、という問題にマジンの頭の内では地平は移っていて、その結論が更に歩兵の小火器にも反映されることになるはずでもあったが、ともかく相手の備えがわかっていれば、必要な威力と必要な破壊を準備すること自体は容易くなっていた。
いずれ帝国軍も機関銃や機関小銃或いは機関拳銃というものを軍制に組み込んだとして彼らの兵站の実力を考えれば、不思議と考えるほうが不思議で、よくも十年のうちに帝国軍の新兵器として登場しなかった幸運を考えたほうが良いくらいでもある。
だが一方でそうであっても防具としての鎧甲冑に意味がないかというとそうではなく、激烈かつ至近でおこなわれることが当然になり、或いは突然に見えない遠距離からの狙撃がありと戦場が多様化するに従って、兵士の心と体を支える防具が必要になっていてその成果として突撃服があったし、それに組み込まれた無線機があった。
それが果たした結果が事実上の無損害でのリザール城塞の無力化であったし、そこに至る突破戦であったし、或いはその後の後退戦でもあった。
つまり個人装具の防御兵器として意味合いそのものは失われていない。ただ兵站技術的な相剋を旧来の手法で乗り越えることができなくなったということを示しているにすぎない。
もちろんそれは技術的な根拠を作る生産力を含めた広い意味での兵站努力を極めて困難なものにするという意味でもあるが、ともかく有期限ではあるもののマジンは共和国軍に可能性を示した。一方で帝国軍は戦場においてより対処困難な毒ガスという化学兵器を準備していた。そう云う非対称性のある戦場において共和国は一時的に優勢を収めたが決着は今後の話題になる。
この土地においてそれがどういう意味を持っているかは全くわかりにくいものではあったが、魔術というものの持つ理解を拒む機能を考えれば、その非対称を武器に山間の土地で帝国軍と対峙している彼らが共和国一般と全く異なる手法を実用解としてしていることは当然でもあった。
つまりは、武器防具は戦略環境と兵站運営という軍政観点に最終的に評価を積み上げられる一要素でしかなく、生きた死んだ勝った負けたの積み重ねとしての戦争の一部分でしかない。またその戦争紛争の結果を人々がどう受け止めるかという政治政策の話題にまでつながって初めて余所者としての通商の話に繋がる。
今マジンが言えることはせいぜいのところ、家ではどういう風にしていたかな、という程度の全く他人事のことであってそう云う意味において、実のところマジンがいたたまれなくなった人々の外套に組み込まれたまま忘れていた様々についての目と大して変わるところがあるわけではない。
さて次に行くかと露店の並ぶ道を少し戻ると大きな荷物を軽々とまとめているリクレルとその一行に出会った。大柄なムクイヌか細身の熊のような姿は動いていると歳相応に若く見える。
「おおこれは、ゲリエ殿。丁度良いところに。これからそちらの陣屋に防具と木剣を持ってゆくところでした」
先程のやり取りを忘れたさわやかさでリクレルが要件を口にした。
「それはわざわざ。ありがたいことです」
「得物を決めてから様々準備してもよろしいが、この手のものはある程度動きがなじまないとどうあっても使いにくいものですからな。先にある程度見繕っておいたほうが良いかと」
「それは。全くかえすがえすご配慮ありがたい」
「いやなに。ゲリエ殿の豪剣は結果見ておりますが、他流の手合わせとあっては勝手の違うこと。御用がおありで怪我も出来ないとあれば、なれない防具で動きが鈍るのもさておき、防具に慣れるまではこちらが打ち込ませていただく所存でおりますので、確かな防具をつけていただかなくてはこちらも寸止めとはいえ本気で打ち込めない。という次第で」
そう云ってリクレルは強気に笑った。
「そうも動きにくいものですか」
「重さは大したことない。面の編みと顎の下の喉垂以外はただの木綿綿詰め革張りの組み合わせです。ですが、着ていただけばわかりますが、あちこちに余分な張り出しができるので普段の剣技とは少々勝手が異なります。重さ自体は大したことなく硬さもまぁ分厚い布地ということで、無理やり動くのもそう難しくありませんが、あちこち引っかかるつもりで動かないと体が勝手に逃げたり止まったりしますので、正しく身につけ軽く動いて馴れてというところが大事になります。失礼だが鎧甲冑の経験はおありか」
「ありません」
「そういうことであれば、なお一旦は着てみることをお奨めする。我が陣屋が近いので御不満なくばそこで着付けと調整をいたそう」
リクレルはおそらく心底善意から述べていて、全く自らの優位を全く疑っていない様子で誇るでもなくマジンを誘った。
序列二桁という話であったが、リクレルは年若い割には相応の人物である様子で年配の者に対しても上位者として振る舞うことに慣れている様子だった。こちらは男所帯であるらしく陣屋の中で動いている女は少なかった。
「まぁ女は男と違う支度が多いですからな。急なお呼びということで、男の中でも身軽なものだけで参ったわけなのですよ、と言って下働きや勝手に来ているうちの女達も先ほどチラチラと追いついてきたので、いないわけではないですが、まぁ陣屋には直には関係ないというところですな」
陣屋の後ろ代官の邸宅の前庭でそういいながら、リクレルはこちらの修練場で借りてきた木剣用の防具と防具を並べ始めた。
防具の型は十数もあったがそれぞれ似たようなもので大きさはどれも基本一緒だった。
一方で木剣は握りの太さから身の長さ鍔の位置まで様々にある。
「これはなかなかどれがどれだかという雰囲気ですな」
「まぁそうかもしれないが、結局この求める剣技と防具の組み合わせの良し悪しとが木剣による打ち込み稽古の最初のつまづきになることもある。特に気張って新品を手に入れた子供などは体力がついてこない上に自分の型というものが体格によって変わりますからな。憧れの兄弟子の誰それと同じ防具とかを新品で揃えて、育つに連れて防具のクセで変な癖をつけてしまって遠回りになるということもありますな。体の動きが悪いと思ったらさっさと防具を変えてしまうのが、実は早道だったりすることもあります。およそ節々の寸法は先程見てわかっているのですが、動きの形については流石にわからんのでお試しいただくのが良いでしょう。まぁ使いやすげな木剣を選んでそれに合わせて防具を揃えてゆくのがおすすめですな。これだけあっても良い組み合わせが見つかるとも限らんですが、マシな組み合わせというのは色いろあるもんです。地味に篭手の握りやすさは様々に癖があるので、さっさとなじませるか選んだがいいでしょう」
「ありがとうございます」
「盾は」
普段使っている握りに馴染みのある太さの木剣を選んだマジンに尋ねた。
「普段は別段。左手を使えなくするような贅沢は一人旅ではなかなか出来ません」
マジンの答えにリクレルは頷いた。
「では俺もなしでいこう。そういえば背丈よりだいぶ長い弓を使うと聞いた。知らなかったが共和国では有名な鉄砲商だったとか」
「鉄砲商というわけではなく、作って売っています。が別段武器が専門というわけではなく、農具でも橋でも家でも必要なら何でも造ります。最近は鉄道ですね」
そこまで聞いてリクレルはわかったような顔になった。
「道普請までするのか。なるほど。お館様が気にかけている理由がわかった。道普請は地味なれど、兵粮の血管神経すなわち兵站の真髄と常々言っておられるし、我らも度々苦労させられている。と言って地味な上に手間が掛かるし直した脇から崩れてゆくしでなかなか難しい。外地の知恵を引くにしても、それなりに者共を納得させる必要があるということか。面倒な土地の風習とは思うが、勝ち負けはともかく意気地をみせるのが土地の男衆をまとめる手っ取り早さというのはある。いきなり負けろはないと思ったが、確かに一振りもせぬまま組み合わせの初戦で消えるようでは意気地を示すどころではないからな。そちらのお立場はわかった」
全く負ける気はなしと言わんばかりのリクレルだったが木剣を振るうとうちわのように風が来る。手の中の木剣が僅かに手の皮に擦れる音がする。自信を裏付けるだけの体躯とその動きだった。
リクレルの言うとおり、それほど特徴的とも思えないマジンの体型ではあったが実際に体を動かしてみると防具の相性というものは様々にあって、慣れてしまえば馴染んでしまえばどうとでもなるものだろうが、分厚い布地の奇妙な抵抗感は自分が太ったように感じられる。この手のものが万全でないというのを承知のうえで一気に選んで慣れてしまったほうが良さそうだった。
それっぽさそうな組み合わせで軽く体を動かして肉が挟まったり防具が支えないことを確認してみる。
「悪くなさ気よな。そこでまとめて詰めるより、ここだけで締めたほうがいい。紐を抜くものもいるが、抜くと抜いたで広がるしバタつく。……それで先の方は結び目を作って広がらないようにだけ躾ける」
そう言いながらリクレルは動きに合わせて締め紐の途中に目を作り絞りを調節してみせた。
「――どうかな」
「なかなかいいです。肩の垂れに当たらなくなった」
「ま、こういうのは場数と慣れで勝手に好みを探すものだが、今回は即日の勝負だからな。動きが悪いと互いにつまらん。商いの話に来たところで妙な話に巻き込まれた様子もあるし、無駄に怪我をさせたくもない。俺にも立場と言い分があるから幾らか振るわせていただくが、頃合いを見てお譲りする。そちらも他流では勝手も違おうが打ち込み稽古のつもりで堂々参られよ」
「そうさせていただきます」
「正々堂々の勝負とはいかぬが、互いにつまらん真似だけはしないようにやりましょうぞ」
そう云うとリクレルは防具を袋にまとめ従僕に持たせマジンを送らせた。
マジンは剣術の鍛錬について考えたことがあったわけではないが、もし仮に材料があるならとダビアスに尋ねてみると全くアッサリと揃ったので、陣屋に広げた外套の道具を使って工作を始めた。突剣用の模造刀の話を聞いてもしや簡単かと思ったそれは云うほど難しくなくアッサリとできた。
葦の束を持っていた鉛箔でまとめ釣り合いを取った刀身を革の袋に収め、柄をやはり皮で絞り適当な鍔をはめ込んだものでマジンの好みに合わせた長さで作ったものだったが、それを一本リクレルの元に届けさせた。
流石に急がないと式次に間に合わないと作業を進めていると、二本目が出来上がる前にリクレルが飛んできた。
「これを使って試そうか、ということか」
息せき切ったリクレルの大声は、マジンの仕事ぶりの素早さを驚きの目とともに眺めていた冷やかしの者たちをおののきざわつかせた。
「お気に召せば、ということでなにも無理にとは思いませんでしたが、やはりお気に召しませんか」
そう聞いたリクレルは顔を赤くして表情を二転三転させ言葉を探していた。
「いやっ。これは拙者が見当違いをしていた。これは確かに武芸がどうのという域を超え衆目に晒すべき御仁であった。いや、まさかこのような御仁を紹介するためとあれば、無理難題も言いたくなる。……いや。全く気に入った。気に召した。打った浅いの騒ぎは木剣で防具をつけててもよくあること、だがこの模擬剣であれば……、身の入った位置であれば良い音が耳に残る。鋒では鳴らない。寸止めに気を使わずとも撃ち切ってあたった手応えにせよ葦のしなりと束のバラケで、死ぬほどにはなるまい。身は葦が詰まっている様子だが鋒はどのように」
パン、シャンと袋の中で叩かれた葦が乾いた音をひびかせるのをリクレルは模造刀でマジンの外套の肩を叩きながらはしゃぐように言った。
「突きで死なないように綿と紙で芯を作っています。木剣ではやはり少々怖いので」
笑うかと思ったリクレルは真面目な顔でうなずいた。
「したり。殺意剥きになっての突きは格下であっても危険極まる。とはいえ斬刀を意識した木剣でも突きはやはり大事な技。特に踏み込みを考えればどうあっても突きは無視できぬ。斬るか突くか等という議論もあるが、我らに云わせればどちらかが優れているとて、どちらかしか出来ないとあれば片端も同然。その場その時その相手で優れているものが入れ替わるのが兵法の真髄。得物や才能、学ぶ時に限りがあるのはそれとして突剣を学ぼうが斬刀を学ぼうが、斬るも突くも或いは組打つも心得をするのは武芸者として当然。全く当然。武芸門外の方と侮っておりましたが、理を積み重ね全く鮮やかにこれだけのものを示されれば、ゲリエ殿の才覚疑えぬ。是非にも郷に名を示しまそうぞ」
「それで、その長さはいかがですか」
「気に入ったっ。これまでとは微妙に柄の長さが長いが、これは引き手に力が入れやすい。身はやや短いがこれはこれでなかなかよろしい」
「こちらは作りかけですから伸ばしましょうか」
「あ、いや結構。同じもので。長ければ中の葦が撓るだろうし、体躯で勝って得物の長さで勝ってでは、何発打ち込んだとして全くこちらの気の毒が募るばかり。それに晒している得物を見るに元来そちらもやや長い得物が好みの様子だ」
そう言いながらリクレルはかなりの風切りの速さで素振りを振り下ろし引き戻し切り返し、音が出ないことを確かめて偶に外套をかけているトルソーにあて、乾いた音を響かせ鳴らしと、たった今出来たばかり今作っている模造刀の造りを確かめていた。
「……。できました。新しいのとそちらとどちらがよろしいか。様々確かめたところで交換するもよし。手に馴染んだものを使われるもよし」
「それでは新しい物を。見た目僅かにそちらのほうが握りやすそうだ。――ほらやはり。注文に合わせて直してくださる気であったな。こういう小間物の職人もされるのであればいずれ俺の武具の注文もしてみたい」
手に入れたばかりの模造刀を全く楽しげに機嫌よく振り回しながらリクレルは言った。
「いずれ折がありましたら」
「道普請なぞという手間仕事を仕切っているのであれば、そうそう時間も取れぬか。だが鉄塊というべき斧槍を裁ち落とせる段平であればそちらに合わせる。此度のことはそれとして、またこれとお願いしたい。――流石に時間切れか」
そうこうしていると四方でラッパが鳴り響き、太鼓を叩いた者たちが往来を練り歩き始めた。
式次が始まることが告げられ屋台が広場からみるみる片付けられてゆく。
一部の屋台はあちこちの将家の縁者配下だったらしく、幾つか少なくない数の露店屋台がダビアス家の代官屋敷の前庭にも引き上げてきた。
曲輪の内側に建物がないというわけではなく、陣屋となっている代官所とはまた別に幾らかの屋台が運び込まれている風景が見える。
そうなると細工屋の露店同然に店を広げていたマジンの周りも慌ただしくなっていた。
当然といえば当然の様子で会場周辺の様々が引き上げられ土間作業に敷いていた風呂敷からこぼれ落ちた皮や葦の切れ端などを無視する勢いで広場にいた者共が一旦引き上げた。
あれだけいた人々が僅かなゴミやチリを残し一気に引き上げる様は奇妙ですらあったが、そう云う土地なのだという印象を受けた。
どういうわけか、こちらに戻って来そこなった女達の姿が見えないことに陣屋の者達は落ち着いている様子で近場にいた従兵に尋ねてみると、皆様ご無事との連絡が既にあったという。
南北の大門の他に十八の代官所がそれぞれ門を構えている様子で闘技場と云うには少々真平らな印象があった市場が、実は相応に会場を見渡す場所に苦労しないことが分かってきた。
土地の代官に縁のある商家や旅籠組合などというもので、戦や催しでは公益に従うという取り決めで土地と建物を任されていた。
ゲリエ家の女たち一行は広場に面した宿の一角に案内されているらしい。
こちらの陣屋は全体を見るにやや奥まって、花道の奥のような突き当たり袋小路で会場の一部一角には違いないのだが会を眺めるには向いていないということで広場表側の建物に案内されていた。
広場から城門正面に繋がる北斗門と広場から外にまっすぐ繋がる南斗門という2つの太極門が閉じて、この広場のある城郭は明日いっぱい閉じてしまう。
招待の家門のひとつは太守の病を理由にもう一つは奥方様ご出産のために出席を取りやめたということで、残りはそれぞれ家の当主が席に立ってそれぞれの試武の選手を紹介した。
やはりというか当然というかマジンの反応は今ひとつ薄く、首をひねるような者たちが多かった。
式次の宣誓内容は内容は今ひとつピンと来ていなかったのだが、会場がどよめいた。
「ここで切ったか。――ゲリエ殿。気張りなされよ。試武改の優秀者にマリール嬢……姫との雌雄を賭けた決闘を差し許すと言ってきた。つまりは、求婚を許すということだ。慣習的に未婚の女が負ければそのまま結納だ。その勝敗を公衆に晒すということになる」
「それは、……アレですな。酒場で恋文を読みあげられるような気分ですな」
一瞬言葉に詰まったマジンにダビアスは頷いた。
「気の毒だが、まぁそういうことだ」
「ボクが負ければともかく、勝っても気の毒で仕方ない仕儀ですが」
マジンがそう云うとダビアスは祖父の顔で呆れるように笑った。
「女は家の宝だ。無為に潰さぬようにせよ」
ダビアスは姿勢を戻した。
その後式次が進み、家門の当主格と選手が広場を練り歩き、如何にも危なげなゴミや物品を取り除くという儀式的な作業がおこなわれた。物によっては実際に危なさそうな半端な釘の生えた棒などもありマジンは律儀に拾ったが、あくまで儀式的なものでおおかたの者達はあまり気にしていない様子だった。
そう云う風に列から溢れるようにしたせいでマジンは少々気になることを陣屋に着くやダビアスに尋ねた。
「角のない騎士がいらっしゃるようですが」
「うむ。おるな。別段騎士といって腕が立って最低限の魔導の素養があればいいことになっている。魔導は良くてせいぜい腕が一本二本増えたようなものだからな。隻腕でも槍働きに長けた者はおるというようなもので、ワシラの一族も戦い向きの魔導を持っているかどうかは実は怪しい。外の者でもわしら以上の大魔導師というべき者たちもいるしな。オヌシも魔力は大きいがどうやら唯物錬金に回っている様子で魔導というほどのことはないが、そういう者も一族にはいる」
「その外の方は腕の立つ方なのですか」
ダビアスは頷いた。
「メラーカレオンとか云う名でアルツ家の騎士だ。が、あれは魔導も武芸もという意味で云うと曲芸師に近い。無論こういう場に出られるほどの武芸の格も魔道の格もあるのだが、見栄えが派手でな。勝ち負けを無視した戦い方をする一種の役者で花型だ。だが武芸と魔導と暗器を組み合わせ、全く陰険無比の強力な遣い手だ。初見で勝った者というとグレオスルとあと一人二人というところでいずれも完全に格上だが、つまりは隙がなく格上の相手でも隙を作れ喰える男だ。オヌシの得意に魔法が含まれていないなら間違いなく苦労する。グレオスルは別格としてワシの見るところ奴にロクヨンで有利といえるほどの男はこの試武改には来ていない。実のところ多芸な男でな角があろうがなかろうが、あれほどに魔術と武術の融合に拘り研鑽を積んでいる者は珍しい。毎回新技を絡め使い処を改めてくるので、初見でなくとも嵌れば勝てるという強さもある」
「それは格がどうこうというのを関係なしに好きにやらせたら勝ちようのない相手じゃないですか」
「まぁそうだな。だいたいそう云う戦いかたで勝ったり負けたりをしているが、奴は武芸もなかなかでな。よほどの心得があっても守りに回られると押し切るのは難しい。手数が途切れたり誘い込まれたりで相手が自滅同然になる。というのが評判の悪いところなのだが、まぁ見ていればわかるのだが、役者のような勝ち負けを見せるので我らも悪口ばかり言っていればできぬ男の僻みかと云われるわけだ。特に家の女どもからな」
「それほどですか」
「まぁワシの家中の騎士に真似のできるしぶとさと器用さを併せ持っているものはおらん。というのは間違いない。女のような奴という悪口も家では厳禁だ。ウチの女房共はああいうしぶとい者を好む。まぁしぶとさというか器用さというか、何か薄暗いものを感じるがそうだとして強いのは事実だ。勝った者が強いという意味においてな」
「大絶賛ですな。しかし気に入らないのですか」
「まぁ、アルツ家の下の姫と結婚したのはいいのだが、そこら中に女がいる様子でな。それも筋の上ではいいのだが、姫に子供ができない」
「それは。……しかし」
「わかっている。だがまぁなんというか。ややこしいのだよ。こういうところに連なる家というのはな。たとえ継承と直接関わりがないとしてもな」
マジンとしては他人の夫婦の間のことはさておき気になっていることがあった。
「ボクも正直を云えば、仮にマリールを娶ったとしてですね。もう一人子供を生ませる気力が湧くかどうかは怪しいところですよ。寝かしておくと呼吸が大変になるまで女房を自分の手で叩きのめして、治療のために出産のために宙吊りにするなんてことを喜んでやる元気はあまりありません」
「なるほど。そこまで思い切ったか。オヌシは。そりゃ孕むな」
喉の奥で破裂させるような笑いを鼻に抜いてダビアス老が感想を口にした。
「若気の至り、というか」
「責めていない。というより、よくぞそこまで付き合ってやったというところだ。一般には針刺しや首絞めのような調整しやすい刺激で助手を付けて初産を乗り越える夫婦が多いのだがね。うまくゆかないことも多い」
「初産を乗り越えれば済みますか」
「済む者もいれば済まない者もいる。まぁそういうわけで一人産んでいるマリール嬢ちゃんの価値が益々わかるだろう」
「なんともはや、失礼ながら因果な一族ですな」
「そういう女からこそ強い子どもが生まれるということであれば、そうあって仕方ない。生憎だがゲリエ殿、一族の秘儀に通じたオヌシにはしばらく、できれば末永くお付き合いいただきたい」
一戦目が終わったラッパが響いた。
別段選手が見てならないという定めがあるわけではないのだが、店を広げたままにしていた外套の中身を収めたり、防具をつけて多少の調整をしてみたりということをしているうちに試武が始まってしまい、往来ができなくなっていた。
一晩のうちに夜を徹し七戦行い、日が昇って四戦進め、午後日が傾いて二戦、日が没して一戦というものが、およその形でそれぞれの節で広場には露店が広がる。それとは別にそれぞれの陣屋を構える代官屋敷の庭に露店がありとおよそ自分の土地の代官屋敷を頼るがもちろんどこの庭を訪れても咎められることはない殺伐な割に大雑把なおおらかさで試武改は進む。
試合時間は基本無制限であまりに膠着した場合や床に刻まれた境を無視するような動きがあると観衆から物言いが入り、武芸改奉行方からお預りの裁定が下るとそこで試武は中断になる。
つまり大雑把な話としてあまり膠着した試合をすると退屈した観客が手元にあるゴミやら食器やらを投げ始める。弁当屋や茶や酒などの飲み物や或いは菓子などの売り子や売店などがそこここにあり、またそれ用の土器を使った商売などもあり、いくらもあった屋台のいくらかはそう云う風にしてあちこちの庭や屋上などに入り込んでいた。
特に好まれるのはよく熟れた果物を投げ込むことで、旧来は武器が足りないというならそれを使え、という意味合いで酔っぱらいが刃付きの果物を投げ込んだ故事から派生して、お前らなんぞ果物や或いは土器を武器に戦っておればいいというような意味合いで投げ込まれていた。
当然相応に広場は広く取られていて試武の立会は中央の噴水池を挟んでおよそ一チャージの円形の色の変わっている露店の禁止を示す部分に踏み込むことで立会が始まる。
中央の噴水池に望みの得物を書いた木簡を放り込み立ち止まり、それを立会の奉行が拾う。
より真ん中に近いほうが選ばれるしきたりだが、両者怪し気なときは表になっている側、或いは判断つかない場合はその場から叫んで首座に尋ねることになるのだが、観客の叫びがそれを妨害することも多い。
会場はざっくりと直径四チャージほどの歪んだ円形をしているから、よほどの肩の酔っぱらいでも試武の場の真ん中や反対側に土器や果物を狙って投げてよこすことなぞできないが、広場を囲う建物はおよそ三階か四階という高さで建物のそばの十キュビットほどはやはり色違いの露店の禁止を示す色のレンガの道があり、まぁつまりそういうものに近づくと当たろうが当たるまいが色々なものが飛んで来る。
そう云う風にしてわいわいと様々なものを敵とも味方とも投げつけることを許す風潮になっていた。
まるで犬猫の喧嘩のような扱いですらあるが、実際にそう云う風に云う故人もいてまたそういうものであると人々には認識されていた。
そういうわけで一戦目が始まり終わってやや奥まったところから一戦目の様子を眺めていたマジンの目には街の向こう側でなにやらバラバラと投げている人々の姿や或いは投げ散らかされる様々なものが見えていた。
一戦目が終わったとして二戦目の次ということでフラフラと見にゆく機会を逸してしまってマジンは軽く果物とチーズで腹を満たし防具をつけて模擬刀を振るっていた。
結局防具のたぐいは慣れるまで人々を守るつもりで縛り付けるような道具であったからそれを使って体を動かす必要があって、或いは実際にそれを使って叩かれて見る必要があったから、手隙の従兵にできたばかりの模擬刀を使って木刀を使って受けたり叩かせたりしていた。
防具は形から頭巾鎧とか布鎧とか云われるように全体に甲冑というよりは大鎧を簡略化したような構造になっていて、初めてでも甲冑よりはそこそこに動ける作りにはなっていたが、下の大袖が巻き込まれたり、戦袴が巻き込まれたりという事はあって突然あちこちの布地ががキュッと引っ張られるような動きになることは慣れるしかなかった。
そうやって動くうちに次第に死角や動きの引っ掛かりに慣れてくると距離感が正確になってきて足さばきだけで相手の打ち込みが躱せるくらいの動きやすさがあることもわかってきた。
従兵の方はそれはそれで手加減をしてくれているのだが、そのうち御役目から外れている騎士たちがその革袋のような模擬刀を面白がって振らせてくれと立ち会いに入り打ち込まれながら木剣でさばくことをしていた。
しばらくそうやって体を動かしているうちに前庭に人の輪ができ始めて流石に見かねた屋敷の守役の女官が役付の騎士を叱り飛ばして解散となった。
そう云う子供っぽい騒ぎがあって、模擬刀袋葦剣が作られ始めた。と云って幾人かの従兵と騎士が額を寄せ合う中で、マジンが型紙を一枚描き終わったところで第二試合が終わりのラッパを告げた。
万の桁の人をひとつの城門馬揃えに雑然と集めるとなるとかなりの広さそしてかなりの賑わいになる。
あくまでここはデュラオス城の曲輪の最外縁の一角、この城に幾つかある師団規模の兵が閲兵をおこなえる、つまりこの邦のほぼ全力の兵が整然と並べる広さを持った馬出のひとつその最も大きな物だった。
実際の実用としてはどこかの土地から焼きだされた者たちやそういう者たちを支えるための一時留めの野営地で、帝国や共和国との戦争ではかつて幾度か難民で埋め尽くされ代官所を通じて様々な便宜が図られる白砂の場でもあった。
デュラオス城は戦闘正面の城塞というよりは、再編成拠点や流通拠点としての性格の強い構えの城塞で立地上外見上必ずしも戦闘機能を優先してはいない建造物であるが、そうは言っても守りやすい大きさ広さというものと兵の質装備戦術などという兼ね合いがあるはずで、どういう理由であってもデカートの天蓋ほどの広がりを数万という規模の人々で守れるはずはない。その倍から十倍の間の人々が必要になる。
デュラオス城の地積そのものはデカートの天蓋ほどの大きさを持たないとしても、建物の高さや入り組みを考えれば決して侮れるほどに小さくはない。そしてデカートとは異なりその地積の大部分は平野の水利を生かした農地というわけではない。
兵站という言葉が兵粮と流通の掛け算として現れるとして、広大と云って良い共和国と山間の藩王国では一括りに出来ない。
山間の土地であれば多少水が豊かで日照りがあろうと、この城を守るに足るだけの人の生業が支えられるはずはない。
はずはないのだが、それを敢えて必要とする広さや高さ連なりを持っているデュラオス城という軍事建造物集積体を考えると、彼らがどういう心持ちで代を経ていたかの一端なりと想像が及ぶ。
むやみに広大な曲輪の内側の広場が永久的な建物を拒否され、また山間で貴重な平たい土地から人々を閉めだし牧場でも農地でもない用途を定めるという意図は、人なり物なりを集めることを前提にしている意外に考えにくく、そのようなものが突然に城の中にあるということは、これだけの人々を一時に扱う必要があるということだった。
もちろん郭の内であるから敵を引き込むことも覚悟のうちではあるはずだが、そのような事態になればここに集う行き場のないうろたえるばかりの者たちを諸共に轢き殺して敵と戦う、最後の一片の砂子の選り別けの場だった。
事実上の最終防衛線後方の最終拠点、戦線と兵站の連絡が一本化なった後を前提にした謂わばかつての絶望の産物としてデュラオス城は様々な遺構とむやみに大雑把なそしてあちこちに精緻な仕掛けを備えていた。
それは数千年に及ぶ歴史のうちに幾度か不要になり再びまたやはり必要になり、という溜息と嘆息が固まり、しかし歳月に負け形を維持することはなく残された生きた遺跡である。
有事においては、それぞれ郭には相応の人々が必要に応じ整然と或いは雑然と隊伍を組んで往来するはずだが、今この場に見える風景は謁見の間で口上の使者を迎えたときのような武張った秩序整然としたものではなく、全く気ままな人々の興味をそそるままの雑然とした混沌とした往来であった。
曲輪の内側に奇妙に広々と整えられた土地のあちこちにはかつては機能していただろう、或いは今も機能するのかもしれない井戸や水道のようなものがあり、実際に噴水や小さな流れになっていて、埋められたのか蓋がされているのか地下に何やら暗渠なりがありそうな溝からの引き込みの仕掛けがある。人の集まるところならばと探してみれば、厠で用を足したと思しき者が出入りしている小さな小屋というか覆いのようなものが溝をまたぐように立っていて、確かめるまでもなく流れ残なった汚穢がいくらか溜まっている。
整理されたというほどではないが、見かけほどには雑然としていない屋台の並び方は、相応に地下のなにやらを意識したかのように区画割りされていて、雑然と混沌としているものの往来の流れは妨げられることはない。
その混沌は役目に追われた者たちの動きではなく、誰もがおよそ役目を持たないことでフワフワと場の流れに流される春の野の風の綿毛のような有様であった。
せいぜいが数百の厳しいお歴々の前で型通りの試武をして見せればよいだろう、程度に考えていたマジンはその場の雰囲気に驚いていた。
ダビアス城を発した一行は儀礼に従ってか或いは単にそういう往来規則に則ってか、混沌とした人々の群れのあまり往来しない太い道を遠回りをしながら巡り進んだ。
どうやら右回り左側通行という往来規制はこの土地では一般的なものであるらしい。
二日かもう少しの準備があるとして、その触れが土地の権力者の名で発せられたとして、二日か三日の猶予でこれだけの市井の人々が物見遊山に集うとは思ってもいなかった。
「これは市ですか」
山間の道のりで二日か三日の物見高い人々が急ぎ集ったと云うには、いかにも気軽な祭りの風情で、試武の成り行きでは幾日か続く催しとして、この後まだ人々は増えるとして、すでに万で勘定したほうが良い人々が集っているということは、デュオラッへの人々が余程暇を持て余して腰が軽いか、そうあるだけの往来が常にあるか、或いはこの城周辺にこれだけの人々が生業を維持できる豊かさがあるということになる。
最後の一つは如何にも無理として、鉄道が必要なのか。という足の長さが人々に備わっているのかと思えるし、或いは魔法という得体のしれないものを縦横に使えばこの程度は驚くまでもないのかもしれない。
相応に出来ることは偏っている様子だが、また相応に文明の香りを漂わせた様々が巨大な広場の様々を支えていることは、見る気探す気があれば明らかだった。
驚き顔のマジンをダビアス老が素知らぬ横目で眺め、してやったりという顔で笑う。
マジンがダビアス老に尋ね応える間に、当然に名も顔も知られたダビアス老の前には、騎士総長の動きを気にしていた者たちが挨拶に訪れていた。
奇妙な成行きではあったが、両国の上空を大きな何者かが探るように往来していたことは、土地で相応に名を持つ者たちは気にしていたし、今回の成行きと結びつけるだけの様々が前々から噂としては口の端に上ってもいたから、立場や色合いは様々だったが、内々の御家の始末として落とし所をつけるつもりであるらしい今回の試武改メについて、その成行きの杜撰さを笑うだけの余裕を持った者たちが、ダビアス老のご機嫌を確かめに訪れていた。
多くは型通りの身振り手振りで無言のうちに互いの無事を認める挨拶を済ませ、それぞれの役目や回るべき場所に向かってゆき、またいくらかは上役との面会の申し入れの口上を携えて返事を受けて引き上げて行った。
ダビアス老の立場を考えれば老の小者小姓という立場であっても、あちこちの顔を繋ぐ責任も求められているはずで、実のところ老の周りではひっきりなしに視線や身振りが飛び交っていた。
幾らかは魔法で意や言葉を交わしているのかもわからないが、それはマジンには本当にわかるはずもない。そういうものがないはずもないという程度に考えるしかない。
いかにも新参らしく視線の置き場に困る様子のマジンをこのましげに眺め、陣屋装束を整えたダビアス老が言葉をかけた。
「ああ、まぁ……普段は市としての意味もあるが、馬揃えや軍勢を整える炊き出し炊事の場になったりもする。式次が進み場が片付けられれば露店は消える。気になるようなら見ておくがいい。得物の類をそれぞれの代官屋敷の門前に飾っているから、どういう者共がいるかを眺めておくのもいい。まぁ儂のような立場で露骨に歩きまわるとなにを云われるかわからんが、女連れ子供連れで露店巡りのついでにほうぼうの探りを入れることはよくある。社交の場でもあるしな」
ダビアス老は話の途中でこちらに近づいてくる者たちに手を上げて気がついていることを示し形ばかり先に歓迎を示した。
「――おう。我が家の武芸者を眺めに来たか。得物はまだ広げていないが、多くはない。すぐだ。もっとも専門は湖に浮かんでいるような大兵を相手にする大仕掛であるらしい。……紹介しよう。少し西のグレオスル卿。ワシの叔父の家の嫡子だ。世では従兄弟殿というところに当たるわけだが、細かく説明するといろいろややこしい。家格はアチラが上だが武功ではワシが優っているため、騎士総長は譲られた。……聞いていると思うがコチラがウチでお預かりのゲリエマキシマジン殿。様々有能な御仁であるのは間違いないところだが、武芸はまだ見ておらぬので知らん。だがマリール姫を捻るくらいには腕は立つらしい」
これから武芸を披露するマジンを韜晦するのも面倒というようにぞんざいに、それに合わせるようにグレオスルについても皮肉交じりにいい加減にダビアスが紹介した。
「私より年上で弁が立つのを見込まれてであろうがよ。……。湖に浮かんでいるあの大きな卵のような舟での空からのお越しと聞いた。話ではアレで何やらやって帝国の城塞を吹き飛ばしたという噂だが、如何か」
ダビアスとは気のおけない仲であるグレオスルも適度に合わせる表情で自分のことは口にしないまま、聞きたいことをいきなり切り出した。
「まぁ。およそは。成行きとはいえ、あまりの僭越ぶりにどうしたものかと畏れている、いうところですが」
マジンも内容としては口に出せないままに言葉を濁したが、グレオスルも深くを掘り返すつもりはない様子で身振りでマジンの言葉を制した。
「共和国の矢弾兵粮も何やら鉄道とやらで支えているとか。とてつもない額の支払を軍票で黙って受け取って銀行に預けたとか」
「兵站事業は余儀だったのですが、商いに止むにやまれず」
とりあえず、確認は済んだという様子でグレオスルはマジンの言葉を制し、ダビアスに向き直った。
「立ち話に話がお聞きしたいわけではないのだ。落ち着いたら詳しくお聞きしたいのはやまやまだが……。話半分として身がない訳ではないことは分かった。こんな仕儀に巻き込んでいいのか。万が一に至ればただの大事ではすまんぞ」
「まぁ、今更止めようもなかろう」
「成行きはわからんとまでは云わんが、もうちょっと人目を憚る方法や穏当な方法もあったろうに、オヌシの娘子の仕切りか」
「半分はそうじゃが、初日にコチラの御仁が腕を見せてしまった様子でな。お城の謁見の間の閂二組を綺麗に段平で割り断ったらしい。……ま、そういうわけで」
「謁見の間の閂二組とはどういう……。大扉の内外で衛兵が鍵がわりに組み合わせている長棹のことを言っているのか。あの下ろすと扉の中にまで大きな音がするくらいしか使いようのなさそうな大仰な槍斧付きの」
「なにやら軽く揉めてコチラのゲリエ卿が大扉を押し破るに戸の隙間から内外その閂代わりの斧槍を両断したそうだ。いずれ手際を見にゆくつもりだが、まぁそういうわけで、マリール嬢ちゃんは鼻高々というところのようだ。婿殿の胸の内で娘を小突けば納得するところを余計なやり取りがあったらしい」
「マリール姫は娘を産んだと聞いたが」
「そういえば幾つなのかね」
「秋に九つです」
「おいおい。まさかその子を人質にしているのか」
「こちらに連れて来ておらぬようでまだ様子は見ていないが、楽しみにしている」
「我らが北狄妖鬼と帝国に悪し様に云われているのは知っているが、天道に悖る策を弄する様な大仰な仕儀なのか」
「そこまで大げさな話ではないが、ことが頑固親父とジャジャ馬娘の親子喧嘩だと云うのは間違いない。ゲリエ卿には気の毒だが孕ませた女が悪かったというところだ」
「マリール姫とは結婚はしてないのかね」
「デカートでは一夫一妻でして別の女性と結婚しております」
「それがなかなかおもしろい相手で共和国軍の軍将を事もあろうにバービーにしてしまったということだ」
「……。それはどこまで冗談だ」
「見る聞く限り全部真実だ。しかも当の奥方はバービーになったという自覚が殆ど無い」
「それは、危うく気の毒な。しかしそういうことでは子供が女にマリール姫にくっついて他所の男に往くのも止められないということか」
「別段、家計に苦しんでいるというわけでもなく、扱いが悪いというわけもなさそうだから、庶子でいかんと云う気もないのだが、そういうことになるな」
「こちらの……ゲリエ卿にマリール姫と結婚する気はないのか」
「ないこともない、というか方策は承知している様子だが、大家の党首ともなればおいそれと法を跨ぐような無法も憚られるというところの様子だ」
「一夫一妻の理念はわかるが、世の野蛮を考えれば家族の大きさ一族の堅さ血縁に頼る他あるまいにな。……。この流れのスジはオヌシの娘子の知恵か」
「往々誇れんが、そういうことのようじゃ」
「ウチのリクレルには他人の色恋の邪魔をするなと伝えておこう」
「オヌシのところはリリビットだったのではないのか」
「そのつもりだったがリクレルが飛びついた。ルテタブルと死力を晒す必要もなく手合わせできるとあって、リリビットの腕を折って無理やり割り込んだよ。リクレルにはルテタブルとの手合わせは別の機会に挑めと言っておく」
「リクレルというのは、こちらの騎士の方ですか」
「うん。序列はまだ二桁のはずだが、見どころのある若手騎士だ。いくつだったかな」
「十九になったのかな。帝国の矛先が最近はリザール川流域に向いてるせいで退屈をしている年頃だ。まぁうちの軍勢ひとつでも帝国の師団を抑えるくらいはできるが、ここしばらくは武功と云うに足るほどの合戦にはなっていないからな」
「軍勢の方々は一万ほどもおられるのですか」
「従騎士や弓引槍持を含めればそれほどだが、我が騎士共は六百ほどかな。名のない小者とて騎士より優れるものは多いのだが。山を枕に動き回る限り、数よりは質なのだが、数がいないと深くは押せない。共和国軍も苦労しているが、似たようなものだ」
「リクレル殿、やはりなかなかの方ですね」
「まぁゲリエ卿の仰るは全くなのだが、才は在るが揮うを知らぬと云う奴で、今のところは活きの良い若造というところを出ておらぬ」
「だが、武芸者としてはなかなかの達者だ」
グレオスルを慰めるようにダビアスが言った。
「その辺りもなかなか歯がゆく悩ましい。騎士もある程度から先は武芸だけでは立ちゆかん」
「手強い方に勝ちを譲っていただけるのは全く申し訳ない限りですが、感謝とともにありがたく頂戴いたします」
「どのみち我らは脇役だ。波風を起こす要もない」
頭を下げたマジンに鷹揚にグレオスルが手を振る。
「お館様っ。コチラでしたか。此度の風來の余所者、なかなかに活きが良さそうですぞ。あの扉を破るとしてやりようはいかほどもありますが、腕の証、技の冴えたるやなかなか。あれを衆人観衆止めるまもなくやりおおせ唖然とする間に押し通られたとするなら、お城の衛兵もおいでになられた方々者共一様に腑抜けと笑われましょうが、しかしまた止めるとして大事でしょうなぁ。なにやら一行には女人も多かったとか、いかに姫様のお身内が突然の無礼を働いたとて、アレを易々とやらせてしまっては、どうにか折檻したいと思うのも分かりますな。このバルザムラズルリクレル。コチラのお城の方々に変わって天誅くれてやる気分になってきましたぞっ」
肩幅のある体格の良い若者が太くやわらかな通る声で叫ぶでもなく大声で言いながら現れた。
「リクレル。元気そうで何より」
「これはダビアス様。ご無沙汰いたしております。本日はどなたも出されない様子。ご家中で何かあられましたか」
「ウチからはこの者が出る」
「新参の方が。お家の方々を差し置いてということであれば、なかなかの方とお見受けする。お名前は」
「軽はずみ者め。オヌシが天誅をくれてやる気分になっていたその相手だ」
グレオスルが叱るがリクレルは平然と微笑んだ。
「おお、おお、ゲリエマキシマジン殿。これが。郷の者ではないとは聞いてはいましたが、なんというか思い描いていたような姿とはだいぶ違いますな。小さくも大きくもない。腕や足がバネのような造りというわけでもない。目鼻の形が特段分かりやすいというわけでもない。吊り合い宜しいといえばそうも云えますが、あの音と絵面にこけおどしを求めたような大斧の身を僅かな戸の隙間に刃を流して一刀に落とすなどという力技をするようにはとても見えない。得物は段平ですかな」
大柄な通る声のままリクレルは自分の言いたいこと聞きたいことを一気に喋った。
「少しは人の話を聞け」
グレオスルが睨むように云うがリクレルは困ったような顔をするのみだった。
「ああ、はぁ。なんでございましょう」
「オマエは今回流せ」
リクレルの不思議そうな顔にグレオスルが命じたが、リクレルは困惑したような顔になった。
「流せ、とは手の内を見せるなということですか。俺はそれほどに多芸というわけではありませんが、得物はなにを使えば宜しいですか。無刀組討などでも実のところなかなか見られるところが多く、地味ですが方々の動きなかなか参考になります」
「勝ちを譲れ、と言っている」
グレオスルがそこまで言うとリクレルは目を剥き、大口を開けた。
「はぁぁああっ。これはなにをおっしゃるか。戦は定めし無手勝流にて勝ちを求めること叶わぬ儀、往々にして多かりし。敢えて勝ちを捨て負けるも、勝ちを求めて尚負けるに勝ることあり。故に戦に至らぬ試し場にて挑む時あらば、敢えて勝ちを無用と定め勝ち求めて勝ち或いは負けるも善哉。と幼きより書き取り繰り返しておりましたが。何故そのような情けなきことを云われるか。死ぬな、無事こそ望め、と仰せいただければ決死において意地を捨て退くほどには心得もございますが、勝ちを譲れとはいささか不本意。特に今回はリリビット殿を押しのけて来たのですぞ。皆へのみやげ話が、殿の勝ちを譲れのご下命になるのがお望みか」
吠えるように不満を述べるリクレルをグレオスルが睨み返す。
「それで余を脅迫しているつもりか」
「脅迫などととんでもない。何故理不尽をお望みかお聞かせいただきたく。まさかゲリエ殿がお望みか」
「違う」
「では、私がゲリエ殿に劣ると」
「違う」
「では、私がゲリエ殿を殺すと」
「違う」
「では、私がゲリエ殿に殺されると」
「それも違う」
「では何故か」
リクレルは言葉を重ねるうちに主が本気であることがわかって尚腹を立てている様子だった。
「オマエは今回の急の武芸改の仕儀、成行きを知っているのか」
「知りません。興味もありません。我ら武門知るを求めるな。ただ戦にあって勝ちを探し負けを避くるに足ればよし。と。刻んでおります」
そこまで言ってリクレルは主を睨みつけた。
「リクレル殿」
「なにかっ」
割りこむように呼びかけたマジンに憤り噴き出す勢いのまま強い声でリクレルは振り返り叫んだ。
「この度のこと、私にも急で事態はつかめておりません。ともかくこちらの殿様藩王様に話を聞くにあたって、ルテタブル殿の眼前に立つ必要ができました。勝ちを譲れと申す気はありませんが、負けるわけにも参りません。しかし何分こちらの土地は強者揃いということで弱気になっておりましたところ、こちらのお殿様が気を利かせてくださったのだと思います。ですが、私にはリクレル殿の筋が正しく思え、横車を押すのをどうにも気の毒になりました。よろしければ木剣寸止めにて勝負をつけさせていただきたく、ただし私が正面を入れるまで何度でも挑ませていただきたく思います。聞けばリクレル殿の目的は腕試し度量勝負で勝ち負けそのものにはこだわっていないご様子。私は絶対に勝ちが頂きたい。申し訳ないが何百度でも勝つまで挑ませていただく所存。これで如何か」
リクレルはマジンの表情を上から下まで眺め全身を眺め、と怒りのままに落ち着かない鼻息で眦を上げたまま睨みつけた。
「寸止めと言って互いの踏み込みがあればどうあっても当たる。当然踏み込みの気合によっては相応にぶつかる。額が割れる骨が折れるなどは稽古でもよくあること。ご承知でしょうな」
視線でどこに木刀を振り下ろすか選ぶような目の動きをリクレルは繰り返し尋ねた。
「死ななければ何度でも挑めます」
「つい本気で殺す気になるかもしれませんが、宜しいですな」
リクレルは主に向いていた身体をマジンに正面を向けて圧するように尋ねた。
「何千度でも挑ませていただけるなら」
リクレルはマジンの手足や肘膝の位置或いは肩腰の開きを確かめるように眺め少し間合いを確かめるように頭を巡らせた。
「得物は木剣で宜しいか。失礼だが体格差があるようだが」
肩の位置を一旦ゆるめ身体を膨らませるようにしてリクレルが改めて尋ねた。
「槍術棒術は本当に寸止めが難しいですから、よほど気心が知れた者同士でないと恐ろしくて挑めません」
そこまで聞いてリクレルは頷いた。
「そちらの有効は正面のみで宜しいか。スネや胴小手などは」
「そう云ったところを木剣で互いにわかるほどの寸止めにするのは手の内打ち合わせなしには難しいかと」
「俺は打ち込みますが」
「それは結構。そちらは億でも兆でも何度打とうと勝ちがない事を心得ていただければ、それで結構」
「それで俺の勝ちが無いと言われて、満足するまで打ち込んで宜しいということなら、星にはならずとも気晴らしには出来る。か」
眼下の魔陣の目を脅すように睨むようにしてから息を吸ってリクレルは表情を改めた。
「――なにやら、こちらのお殿様に用事があるということで、どうあってもというならそれはわかった。勝ちは譲ろう。その代わりそちらから正面頂戴するまで何度でも打ち込ませていただく」
そう云うとリクレルはきびすを返して立ち去った。
「どこに往く」
「木剣用の防具ならばこちらにもあるはず。組み討ちに使えるようなものではありませんが、双方が木剣のつもりであるなら心置きなく試し合うに備えあったほうが宜しいかと。寸止めなどと生温いことを云わずに済みます。正中だけ守ったとして万も打ち合えば結局耳や肩がもげますぞ。軍場ではそれも仕方ありませんが、連戦するつもりであれば、それでは勝てません」
全く勝つつもりのリクレルは勝気のままにそう云ってその場を離れた。
「ふう。とりあえず、片はついた。か。危うく面倒くさいことになるところだったが、ともかくひとまず落ち着いた。すまんな。面倒くさい男で」
「結果として話がついた様子でよかった。必要なのは衆目の前で三戦勝ち抜けることで一戦一戦の内容そのものはみっともなくない程度に形になっていれば宜しいという意味では互いに木剣と云うのは悪くない。勝ちを譲れ、で下手な八百長の手打ちが衆目にさらされるのでは上手くもないしな」
「しかし、アヤツめ。相手を侮りすぎだ。あの迂闊が様々に足をすくわれているというのに。自分でなにを見てきたか、頭に血が上って忘れたか」
「相手に拘らない若さといえば全く心強い」
話の流れがひとまずまとまったこととは別に己の配下の若武者の振る舞いに愚痴をこぼすグレオスルをダビアスが慰めた。
「なにしに他所の陣屋に出向いたのやら。相手の技の試しを見て得物を確かめに来たのだろうに。血を頭に上らせたまま……段平は大小それぞれ刀身の厚みに違いがあるが、すごい色だな。これはゲリエ殿が鍛えたものなのかな。鉄の色はともかく全体の印象を云えば帝国のものに似ている。共和国でこういう造りの刀剣を使っているとは知らなかったが。連中のはもっとこう重たげで、こういう剃刀を大きくした感じではなくハサミを武器に研ぎ出したような感じだ。突き刺すには向いているが、斬るにはいまいちで、潰すとかもぐ感じになるな」
グレオスルは愚痴を零しながら、配下の目で確かめたかっただろう陣屋の前に広げられた、マジンの得物を眺め口を開いた。
「連中の刃物は果物や野菜なんぞ切っているのか潰しているのかわからないようなことがある。それでも安いから使っておるが。剃刀なぞよほど研いでも毎回切れ味研ぎ味が変わるのでヒゲを剃るのが怖くてかなわん。思うに刃の付け方というか形が良くないのだ」
段平の鍛えを興味深く眺めながら二人の武将は話を切り替えた。
「しかし、こんなもので鉄が切れるとしてどうやるのだ」
「ペーパーナイフで手紙の封を切るように、などというわけでもあるまいが。さて。宝石の目を探すようにするのだろうか」
「いえ。およそ紙を切るのと同じ要領です。斜めに刃を走らせながら食い込んだところの速度と角度を合わせて一気に引き切る。体重をかけるのはそれとして、力を焦ると却って潰れてめくれ堅くなるのでコツは早さと角度を引手で調整ですね。ケーキやパンを綺麗に切ったり果物や野菜の皮をつなげて斬るのと基本は一緒です。刃を食い込ませ滑りこませるまでに少々力がいるのと、変形が殆ど無いのでその感触を理解するのが難しいですが、概要としては縁をボロボロにしないように紙を裂くのと変わりありません。目が細かい分、掴めれば簡単かもしれません」
説明が奇妙に細かいのに二人の将帥は驚いたように呆れたような顔になる。
「斬鉄を魔法なしにおこなうというのか。断ち落としたのは鎧兜や剣ではなく、細工物とは言えごつい斧の身だぞ」
呆れたようなグレオスルの言葉に面白げな顔でダビアスがマジンに目を向け言葉を促す。
「魔法、といういわれ方はどういう感じかわかりませんが、動きがない相手であれば食い込んだ後は早さと力である程度は切れます。件の戸口はそれぞれ片持ちでしたので斧の重さも味方でした。自慢ではありませんが、クセを知っているよく切れる刃物をクセのとおりに使う、という塩梅です」
「石を切る話はよくあるが、そういうのとは違う様子だな。本当に切っている感触があるのか」
「割ると斬るは似ていますが、牛と馬ほども違う現象なので、手応えで云えば違います」
「奴め。この話を聞きに来たのだろうにな」
グレオスルが溜息と共に愚痴をつくように口にした。
「互いに死ななければまた後でゆっくり話をする機会もあるだろう」
「しかし奴め。億万打ち込む話で、寸止めする気は毛頭なくなっている様子だったぞ」
「木剣であれば防具をつけて尚貫くということは難しかろう。頭や喉には一応延金の裏打ちもあることだし」
「そうであればよい。というつもりで準備された防具だからな。真実果たし合いに防具がどれほど役に立つかは軍場に立てばわかることで、役に立つように討手双方が撃ちあうことが前提になる。防具は相応に程度の良い物を持ってくるだろうが、万全というよりは寸止めの一寸くらいに考えていただいてあまり期待していただかないほうが良かろう。型試合には強いが演舞を超えての他流試合ではおよそ意味が無いし、防具の隙間を狙うような戦い方も世間には多い」
「しかし、ゲリエ殿は正面とおっしゃった。いわゆる鉢割を目指して頭頂から額を打ち割るということであれば、およそ刺突を求めないということだろう」
「わかりやすく死の影を互いに感じられるかと。おかしかったでしょうか」
二人の軍将は顔を見合わせた。
「おかしくはない。得物を見ればゲリエ殿の得意が斬刀にあるのはわかる。切っ先鋭く刺突も考えた見事な作りの片刃に長さのある両手持ちの柄だが、長いほうが重ね薄く身幅広く笠置に反りやや踏ん張り効かせ、短いほうが重ね厚く身幅狭く先反り浅く作られているところから、およその好みも推察できる。踏み込みと姿勢で間合いを作り、斬る突くも考えた大刀と、威力確実に刀身の痛みも気にせず一刀こじわる踏み込みとが見える。相対二三人を想定した造りで、相応の長丁場を考えた上で必殺を考えている。全く我らとしては好ましい剣術で尚正面と云ってよこしたところを考えるに一対一の必殺も考えているのだろう。ただ推して歩み寄せ殺し、必殺に砕く。こう見えてかなり力押しの真っ直ぐな戦いが好みと見える。戦場で流行るとも思えんが、好む者は多かろう」
グレオスルが得物を見てマジンの好みの戦いの想像を述べた。
「道具の好みと戦いの筋の好みはまた別だし、観て面白いかどうかもまた別だ。ゲリエ殿は賞金稼ぎとしても身を立てられていたことがあるということだ。相手を圧倒してみせるに突剣よりは斬刀のほうが動きからして違う」
「斬刀での刺突は突剣のそれと違って確実に相手の何処かをもぐからな。こういう帝国風の大きな剃刀で突っかかれば、コチラの膝が崩れたとして、切っ先が相手に至れば重みで相手にも深手を追わせることが出来る。山間でさえ砲火銃火で先魁の時の声の代わりにするようなご時世ではなかなか流行らんが、世が落ち着くまでは斬刀のほうが使い道は多い。だがなぁ」
「だがなんだ」
「斬刀の稽古は木剣を使ってさえ尚怪我が多い。まぁ突剣もないとはいわんがほれ、アチラには割いた葦とわらしべを束ねた摸造剣があるだろう」
「よく出来ているとオマエも褒めていたな」
「それはそうだが、あれは振り回すとすぐにバラける。高いものではないのでそれはいいのだが、掃除は面倒だ。それに軽いのでな。尋常といえん振り下ろしになって、どっちが勝ったかわかりにくい。突剣の刺突は基本歩みと捻りを継がんからアチラは動きが早くても勝ち負けがわかりやすい。有り体に脚さばき腰さばきと切っ先とを追う助審を立てておけばそれでおよそ事足りる。それで事足りないことがないわけではないが、まぁそれはそれというか、突剣の稽古としてはそこそこに使えるし、実戦を意識してそこから組討に持ってゆくとしてもまぁ痛むことはあっても、金的目潰しを禁ずると云うだけで大方の面倒にはつながらない。手袋と足袋に多少余計な当てものをすれば、寸止めも容易だしな」
「突剣から組討か。数の迫った乱戦では割りとある流れだな」
「突剣が実戦的でないという気は毛頭ない。むしろ組討への繋ぎを考えれば、敵味方を眼前に辺りに容赦なく使える技としては突剣も必要だし、多人数への対処が工夫された技の繋ぎもいくらもある。だがしかしそれでも結局突剣というものは半端な性質の武器になりがちだ」
「なにがいいたい。さっさと結論をはっきり言え」
「木槍や棒術の寸止めが難しいことをゲリエ殿は口にしていたが、実を云えば木剣であってもそれは同じだ、ということだよ」
「随分間が抜けている様子だな」
「それはそうだ。いきなり結論を求められたからな」
「訓練の話であれば防具があるだろう」
「視界が限られ耳が塞がれ頭頂から肩までを覆い首が回らない、指先から肘までを覆う都合で振りかぶる邪魔になるつま先から膝までの動きを固め腹から腰までを樽のようにして踏み込みと振りを阻害する防具がな」
「甲冑でも同じことだろう」
「甲冑が廃れた理由を考えたことがあるか」
「役に立たん面倒くさいというところだろう。だが木剣用に作った防具であれば」
「リクレルな。リリビットの腕を折ったのは、防具の上から木剣で試合作法通り型どおりにただ寸止めを僅かに疎かにした。一寸どころか一毫食い込めば人の骨を折ることなぞ造作も無い。だが一回の試技とはいえリリビットの代役を務める腕があると認めるだけの技量も示した。リリビットに死力を振るう気構えがなかったと云えばそれまでだが、油断と云うには些かややこしい。実力が伯仲すれば、勝ち負けを求めてなお手を抜くことはできない。二人の実力は掌が入るほどの差もないというところに迫りなお勝ち負けとなればなおさらな。それ故に謹慎はさせなかった。裁くとして裁かないとしてどうするかというところも含め今のところは宙ブラよ」
「私が聞いてよかった話ですか」
「聞かせておるのよ。これは自慢だが、奴はここに集える騎士共のうちでも二十歳に手のかかる者達の中では槍働きで一頭抜けている。その分脳足りんところはあるが、名前で見たところ槍や木剣組討などで戦うとあって尋常な立会であれば奴は決勝まで進める。幾人かは手強いが、そういう者の勝ちも負けも見せているからな。立会は初見でも死力も奥義も振るうような場でなければ、体術型通りとして十分通用する。本当ならもう四五年はこういう場に出さないままにしておきたかった。木剣と侮れば、型通りの打ち込みだけで防具の有無なぞ関係なく相手を打ちのめすことなぞ造作も無い」
「大事にしておられるご家来なのですね」
「正直こういう面倒な話ということであれば、別の者を当てればよかったとも思っているし、全く面倒な絵図を描いた者はどいつだという気分だが、とりあえずゲリエ殿が無事切り抜けることを願っている。どういう仕儀になるか見当もつかないが、これはこの通り済んだことと無事凌いでいただくためにもご油断めさるなよ」
苦い顔のまま睨むようにグレオスルは言った。
「お殿様。露店を妹達と冷やかしてまいります。女だけで巡ったとして特段咎められるということもない様子なので」
リザが気取った様子でマジンに言った。
「気をつけてゆけよ」
「アイバ。アイリンとメルブを連れて方々ご案内せよ。アイリン頼んだぞ」
陣屋についていたアイバと呼ばれた若い騎士が華やかな装いの女と年かさの男性とともにリザたちの案内に付くことになった。
「あのアイリンという女性。相当の方ですか」
「分かるのか」
「わかるというか、動きがただの女官ではないというか」
「槍働きは男の誉れと云っても、女の方が使えることも多いし、女でないと出来ない仕事や、男が入れないところも多い。マリール嬢ちゃんとどっちが強いか知らないが、腕の立つ女はときに騎士以上に重要な戦力になる」
「女性が武芸を披露することもあるのですか」
「邑邦をまたいでということは殆どないな。だが、どこの城でもやってはいる。城の守方は女と鉄砲大砲が多いからな。自然女の鉄砲名人も多いし、大砲方も女官の仕切りが入ることが多い。それに仕掛けに時間が掛けられることで城を基点にした魔術の殆どを女任せにしている家もある。城の価値は戦術戦略とともに歳々削られているのは事実だが、戦力を伏せたままに様々出来る拠点というものは、どう戦うかを差し引けば結局城塞ということになる。男が攻手にかかるなら守手の多くは女が含まれることになる。女の武芸も馬鹿にはできん。
お前さんの舟を空に足止めした魔法も、そもそも空に小城のようななにやらうろついていることを察したのも、帝国の城塞を吹き飛ばした話と結びつけたのもこちらの城の女官共だ。およそ共和国軍がやっている魔導行軍管制と同じようなものになっているが、こちらのほうが戦区と軍勢が小さく後方が大きいから使い方が少し違うが。……な。外でマリール姫からどういう話を聞いてきたか知らんが、今になってマリール姫が帰ってきて大騒ぎになっている理由がわかるじゃろ」
「彼女に将軍をやらせるとかそう云う意味でしょうか」
「それはない。が、まぁそれより重要なことをやらせようとしている可能性はあるし、そうでなくとも娘がついてくるということであれば二倍お得だ」
「先ほどの女官がおこなったという行軍管制というのはどこでもやっていることなのですか」
「いや。組織だってやっているのはこちらのお城とウチくらいか。コヤツのところも始めたようだが勝手が違ってうまく進んでいない様子だ。他にもお試しでやっているところはあるが、色々あってな」
「オヌシの娘子が傷病兵を家族ごとまとめて二百も連れて帰ってきた時には何事かと思ったが、あれが三十年も掛けて実ったな」
「どちらかと言えば、婿殿の手腕だ。阿呆な嫁の言い分を丸呑みしてくださった婿殿の度量に敬服するのみよ」
「しかし、魔導師としては半端というか石塊と変わらんような連中を使ってみせる共和国軍の手法。騎士の立場を危うくするな」
「騎士の立場なぞ、東部戦線の状況を見れば明日にも消し飛んでおかしくない。だからオヌシもゲリエ殿の無事を望むのだろうが」
皮肉交じりと云うには韜晦が不足している様子でダビアスが言った。
「それはそうだがそうだとして、この策にオヌシの娘子が絡んでいるとしてどう落とし前を求める」
「落とし前というほどのことを考えていないから今回の騒ぎになったのだろうと考えておる。せいぜいがゲリエ殿が負けたときに様々申し付けるための前段だろう。勝てば勝ったでマリール嬢ちゃんを妾として預ける理由にできるし、負ければまぁ色々難癖をつける手付になる」
「勝ったところがマリール姫と娘をよこせと云ったら」
一番の懸念をグレオスルが尋ねた。
「それは法に縛られていないということであればマリール姫次第だろう。我等とてそうであるように共和国とは相応に節理を尽くした関係を求めている。これは別段、ゲリエ殿が共和国軍の強力な兵站協力者だからというわけではない。オヌシはどう考えているかは知らないが、ゲリエ殿が倒れることになったとしてマリール姫との娘を取られたとして、共和国との互いの盟を破る理由にはならない。ゲリエ殿のご家中が手前の私兵を繰り出してくることはもちろんありえるが、それこそ共和国に物申すべき事態だ。私人の成行きで国事が振り回されるようではなんのための盟約協定かわからん。中世の暗愚に逆戻りだ」
ダビアスの誰の味方もしないというような言葉にグレオスルは真意を探すように言葉を途切れさせたダビアスを一呼吸待った。
「空飛ぶ軍船については」
「そういうものでこちらの城のいくつが焼かれたとしてだな、それは一時のことだし先のことだ。それにな、そんな乱暴がまかり通るようなことを許すとしてそれは我らの意気地の問題だ。それこそ武門の名折れだろう。党首が倒れたとして女子供を奪われたとして騒ぎになった等というのは別段珍しいことでもないし、それで戦争に至る争いになることも旧来紐解けばそれはそれは多いわけだが、千人万人殺したとして道理人倫が覆るわけではない。覆るとしてそれは当地の性根の問題だ。別段、ゲリエ殿が一人倒れようが倒れまいが、或いはゲリエ殿が身内になるとしてだな、結局のところいずれ争いは起きる。どういう形になるかはともかくな」
満腹してしまえばどれもこれも同じと手の中の食べ残しを包んで捨てるようなダビアスの言い分にグレオスルは眉をひそめる。
「それはそうだろうが。すると、ゲリエ殿が決闘までゆかなくても良いということか」
先ほどのやりとりはなんだったのかとグレオスルは言葉にしなかったが問いかけた。
「行った方が面倒は少ないだろうが、今ここで勝った負けたの想像くらいで大騒ぎをするまでもないということだ。空をとぶ軍船についてもあれほどとは思わなかったが、物見に使っている小さな物は共和国軍がすでに幾らか使っているのは知っている。小さすぎて風に抗うほどの力もない様子だが、ともかく兵を乗せ空を飛ぶ、ということは既におこなわれている。いずれ何かの使い道ができるだろう」
「それでオマエの真意はどこにある」
ダビアスの言葉にグレオスルは尋ねた。
「とりあえず、ゲリエ殿を衆目に紹介する場を作りたい。というところだ。此度のこと、どうもだまし討のような有様でワシにとっても不本意ではあるが、オヌシも知っての通り、東部戦線の有様を考えれば、程度はともかくゲリエ殿の協力はいずれ必要になる。勝った負けたのこの祭りの騒ぎの後先はともかく、この地で商売を始める上で名を売るのに武芸の心得があることを衆目に晒すのは面倒が少ない。商いに意気地心意気以上に武芸を求めるのはどうかと思うが、筋がないわけでもない。だから実を云えば、オヌシのところのリクレルのような、腕は立つが名が売れておらず勝ちにこだわり見た目派手な芸もないような武芸者との玄人好みの試武を恐れておった。どうせ踏み込み一躍手前の間合いに入るや一閃撃ち掛かり敵の手数を許さず一揉み押しつぶす式の男だろう」
「それが悪いか」
「悪くない。だが、僅かな格の差や隙の差であっという間に勝負が決まる。勝ちも負けもな。アヤツが勝つとしてゲリエ殿の見せ場がないまま負けるのでは良くない。式次によれば三戦目でアヤツと当たるのがゲリエ殿の初戦だ。そう云う意味で先の成行きは全く望んだところの最低限を果たしている。アヤツが果てなくそれこそ億万押し込んだとして、撃ち疲れてようやくゲリエ殿が正面を決めて勝ったとなってもな」
「むう」
「それに式次には載っていないが、ゲリエ殿はマリール姫との挙手空手による決闘を挑んでいる。男から女への決闘なぞ全くに痴話喧嘩か閨房の睦言かのような有様で公に晒すようなものでもないが、別段見咎めるものでもない。だからある意味で勝とうが負けようが収めどころはいくらもある。ただゲリエ殿の名が売れないまま或いは無様のみが晒されるのが一番困る。我等が例え先を見越して事業の協力をゲリエ殿に求めてだな、それで内々の面倒が起きるのは全く面白くない」
「そう云う絵図の策か」
「仕掛けた者の意図はわからん。仮に我がジャジャ馬娘とその孫娘としてな」
「だが、この仕儀から益を得ようと云うにそれほど間違っていないようにも思う。此度の組み合わせ、ルテタブルの結納程度に考えていたが、成行きを知る者にとっては怪し気な気配もあったからな。ないこともないが郷の外の者をわざわざ組み込む理由も怪し気だった。まぁオヌシの家にゲリエ殿が入るということであれば、それはそれで頼もしげではあるが、筋も見えん」
「思惑は様々できるということで油断もならないが、万端口が閉じ行き止まりというわけでもない」
「その言葉に期待するか。此度の共和国の戦争の成行きを見るに帝国も共和国も旧来の戦い方を捨ててきた。特に因縁ある帝国の戦い方は我らにとって最悪の相性だ。唯衆を持って寡を圧するというだけだが、これまでと二桁違うとなればそれが出来るだけでどうにもならない。共和国も土地があったからたまたま堪えられたが、押し返すに旧来の手があったわけではない。ただ魔導行軍管制の強靭さと周到な軍需品倉庫がどうにか無駄にならなかったというにすぎん。こういう騒ぎになる前にゲリエ殿と渡りをつける術が欲しかったが、アミザムのロータル鉄工は軍需は共和国軍だけしか相手にしないし、ローゼンヘン工業も鉄道では玩具の鉄砲のようなものしか売らんし、憲兵隊は面倒くさく嗅ぎまわるしで難渋した」
地方聯隊の類からの注文を一切拒んだ理由は様々にあって、およそ地方聯隊こそが無法者に武器を流している樋口であるとしてロータル鉄工には地方聯隊への直接の取引は行っていなかった。結果として共和国軍から地方聯隊に回る武器弾薬までは止められなかったが、それはそれで責任の所在が異なる。他にも支払いと納品の信用の問題などもある。
「――まぁ、ともかく成行きには驚いたが、これを奇貨として付き合いの端緒にすればよろしい、ということだな」
「そうするしかあるまい。ゲリエ殿も不本意ではあろうがこういう成行きであれば、商いの引き合いに呼ばれたくらいに構えていただいて、できれば楽しんでいただきたい」
二人の軍将の言葉は追従と保身の一般論以上の意味はないわけだが、それでも利益を探すとすればそう云うところに落ち着くはずで、他人事としては他になにを言うべきかというところであった。
「マリールの実家ということで何かあるだろうくらいには考えていましたが、これほどの騒ぎになるとは思っていませんでした。しかし、いずれはとも思っておりましたのでこの期に及んでは楽しませていただく他ありますまい」
そう聞いてグレオスルはようやく安心したような顔になって立ち去った。
マジンの外套は特段暗器と云うつもりはないのだが、工具や財布や旅の小物などをあちこちに吊るしてあったり収めてあったりで、簡単に外せるもので半ストンを超える様々が並べられたことにマジン自身が驚いていた。
既に幾度か幾らか整理をして尚増えているネジの類はそれぞれが四つ五つせいぜい十という間に合わせの数であっても足し合わせれば五パウンを超えていて、どこでなにを使うというと問われればそれぞれ意味もあるが、この旅で使う気かと問われればそのつもりもないようなものだったし、かと思えば、これは立派な城破りの道具にもなる粘土状の爆薬と錠剤のような起爆信管と万年筆大の起爆装置があった。
大きさや形の違う刃物や拳銃の予備弾倉が並ぶのは当たり前の部類で、小分けに無菌包装された蒸留水の入った水袋が合わせて十パウンも出てきたのには並べていて驚いた。
単に鉄亜鈴の重さという意味で半ストンは少々重いかという程度のものでしかないが、外套としては首をひねる重さだったし、もちろんそれで全てというわけでなく残った外套自体も金の裏打ちがあったりと十分重いシロモノだったが、これは機関小銃を阻止することを狙った防弾衣の試験品でもあったから当然でもあった。
性能としては向きと姿勢によっていくらかはという程度のもので、期待したほどのものではない。
なにより普通使いには重すぎる。足してみればおよそ年中ロゼッタを背中に背負って生活しているような重さであるが、マジンとしては十分生活できるので問題にならないということでジリジリと外套のあちこちに括りつけられる装具は増えていた。
ダビアスも流石に驚いた様子ではあったが、その数や重さよりも収納方法や使い方の方にもっぱらの興味がある様子だった。
片手で収まるやっとこや柳刃のヤスリの類など、或いは玄能でも当然に人が殺せる以上は使い方では立派な武器になり、飴ひとつ懐紙一枚で殺しが出来るのであれば、ここに晒された道具の殆どは全く暗器として使える。
おそらくはここにいる武芸を楽しみにしていた者達はこれでどうやって戦うのか、この男が例えばこの小さな乳鉢と磨り棒を得物として試武に挑むとしてどう戦うのか、或いはこの中にあるもので自分が武器として使えないものはなんであろうか、見栄えよくこういったものを使うにはどうあるべきか等と全く楽しげに冷やかしているに違いなかったし、実際にそう云う談義をしている者たちもいた。彼らは何の変哲もない小さな糸巻きとその形について語っていた。
もともと機械用の軽く華奢に作られた糸巻きは彼らの好みには合わなかった様子だが、ともかく野にあって糸の用事はそれなりにあり本来の目的の他に罠や鳴子に便利であるし、困れば僅かな種火を育てる焚付にもなる等と話をしていた。
そのうちバナナとリンゴとモモの果実を使ったフルーツ殺人術の奥義が語られてもこの場では不思議でなかったし、ある種の柑橘系の植物はその皮とタネに毒を含んでいるという話は聞いたことがあった。
流石に少々いたたまれなくなりマジンも祭の気配を楽しむべく他の屋台や陣屋をめぐってみることにした。
鎧甲冑が下火になったとは言っていたが、こういう場では未だに健在でもあるらしく或いは単に求められた時の準備なのか、賑やかしなのかもわからなかったが、鎧甲冑をおいているところもあった。
そう云うところの多くは砕けたマスケット銃の大きな鉛球と凹んだり歪んだりしているものの内張りの破れていない甲冑の部品を見せて装備上の甲冑の優位を示していた。
マスケット銃の威力は実際に打っている人間の裁量というか、様々な条件が複雑すぎて実を云えば玄人と素人の差はひどく大きく、鉄砲を握れば農民でも鍛えた兵に勝るというのは数千の農民のうちには使えるものが数百人ほどいるから、手強い数百が死に絶えるまで数百の兵と戦える、というだけであって、同じ条件の火薬と鉛球そして鉄砲を渡したとして訓練の程度で威力も命中も効果も全く違う。
そして打ち手の腕がそうであるように、道具としてのマスケット銃もわからぬ者には全くわからぬ大きな違いがいくらもあって、もちろん銃身の曲がりやもともとの加工整形の状態からその後の経年変化等の機械構造の差異或いは火薬の質や詰め方しつけ方など、全く一言こんなものを使いました、と見せられたところで実際に使ってみるまで確かめてみるまでわからないことが多すぎる。
だが、そう云うところをグダグダというよりも、この数年のリザール川流域をめぐる戦場で起きた銃砲火器の変化は、帝国が動きを仕掛けマジン自身がとどめを刺した結果として驚くべき物になっていた。
様々な理由で大きな重たい弾丸を礫のようにぶつける兵器から、固く鋭い鏃を果てしなく極細い槍のようにつきつける武器に変化していた。
機関小銃や機関銃に至ってはその鏃を連続的に放つことであたかも槍で薙ぐような使い方まで出来る。
帝国軍が近年開発した小銃弾丸もそれまでは単なる鉛の円筒であったものが鉄の鏃の周辺や尾部に釣り合いのための鉛を置き銅で覆ったような、つまりローゼンヘン工業が使っている小口径銃弾のような一端を断ち切った紡錘形状のものに変化し、全体に弾丸の重さよりも弾丸の早さ硬さを意識した作りに変化して口径や火薬という小銃の構造にかかわらないまま威力を増していた。
そう云う銃弾は硬く薄い騎兵の胸甲をただ一発で打ち抜けるだけの精度を射手に与えていて、互いの士官の死傷率を大いに高めていた。
この先は小銃は的中という意味において射手の膂力体力が勝る限り、いくらでも大威力化長射程化がおこなえ、必要に応じて既にマジンが十年も前にワージン将軍を通じてマイヤール少尉に与えた怪物じみた狙撃銃を目指し或いは乗り越える方向に進むことは間違いない。
或いは全く逆に帝国軍がすでに民兵向けの小銃として整備をおこなっているように、軽快な必要最小限の威力と手軽に高精度を意識した物になるだろう。
ある意味での更なる小銃の進化の究極として戦車砲として使われている平射砲があったし、必要なら更に口径を倍にすることは理屈の上では容易かった。
戦車砲は既に地球の丸みの問題がかすかに顔を出す性能であったから、飛んだ当たったの問題の前にどうやって当てるべく狙うか、という問題にマジンの頭の内では地平は移っていて、その結論が更に歩兵の小火器にも反映されることになるはずでもあったが、ともかく相手の備えがわかっていれば、必要な威力と必要な破壊を準備すること自体は容易くなっていた。
いずれ帝国軍も機関銃や機関小銃或いは機関拳銃というものを軍制に組み込んだとして彼らの兵站の実力を考えれば、不思議と考えるほうが不思議で、よくも十年のうちに帝国軍の新兵器として登場しなかった幸運を考えたほうが良いくらいでもある。
だが一方でそうであっても防具としての鎧甲冑に意味がないかというとそうではなく、激烈かつ至近でおこなわれることが当然になり、或いは突然に見えない遠距離からの狙撃がありと戦場が多様化するに従って、兵士の心と体を支える防具が必要になっていてその成果として突撃服があったし、それに組み込まれた無線機があった。
それが果たした結果が事実上の無損害でのリザール城塞の無力化であったし、そこに至る突破戦であったし、或いはその後の後退戦でもあった。
つまり個人装具の防御兵器として意味合いそのものは失われていない。ただ兵站技術的な相剋を旧来の手法で乗り越えることができなくなったということを示しているにすぎない。
もちろんそれは技術的な根拠を作る生産力を含めた広い意味での兵站努力を極めて困難なものにするという意味でもあるが、ともかく有期限ではあるもののマジンは共和国軍に可能性を示した。一方で帝国軍は戦場においてより対処困難な毒ガスという化学兵器を準備していた。そう云う非対称性のある戦場において共和国は一時的に優勢を収めたが決着は今後の話題になる。
この土地においてそれがどういう意味を持っているかは全くわかりにくいものではあったが、魔術というものの持つ理解を拒む機能を考えれば、その非対称を武器に山間の土地で帝国軍と対峙している彼らが共和国一般と全く異なる手法を実用解としてしていることは当然でもあった。
つまりは、武器防具は戦略環境と兵站運営という軍政観点に最終的に評価を積み上げられる一要素でしかなく、生きた死んだ勝った負けたの積み重ねとしての戦争の一部分でしかない。またその戦争紛争の結果を人々がどう受け止めるかという政治政策の話題にまでつながって初めて余所者としての通商の話に繋がる。
今マジンが言えることはせいぜいのところ、家ではどういう風にしていたかな、という程度の全く他人事のことであってそう云う意味において、実のところマジンがいたたまれなくなった人々の外套に組み込まれたまま忘れていた様々についての目と大して変わるところがあるわけではない。
さて次に行くかと露店の並ぶ道を少し戻ると大きな荷物を軽々とまとめているリクレルとその一行に出会った。大柄なムクイヌか細身の熊のような姿は動いていると歳相応に若く見える。
「おおこれは、ゲリエ殿。丁度良いところに。これからそちらの陣屋に防具と木剣を持ってゆくところでした」
先程のやり取りを忘れたさわやかさでリクレルが要件を口にした。
「それはわざわざ。ありがたいことです」
「得物を決めてから様々準備してもよろしいが、この手のものはある程度動きがなじまないとどうあっても使いにくいものですからな。先にある程度見繕っておいたほうが良いかと」
「それは。全くかえすがえすご配慮ありがたい」
「いやなに。ゲリエ殿の豪剣は結果見ておりますが、他流の手合わせとあっては勝手の違うこと。御用がおありで怪我も出来ないとあれば、なれない防具で動きが鈍るのもさておき、防具に慣れるまではこちらが打ち込ませていただく所存でおりますので、確かな防具をつけていただかなくてはこちらも寸止めとはいえ本気で打ち込めない。という次第で」
そう云ってリクレルは強気に笑った。
「そうも動きにくいものですか」
「重さは大したことない。面の編みと顎の下の喉垂以外はただの木綿綿詰め革張りの組み合わせです。ですが、着ていただけばわかりますが、あちこちに余分な張り出しができるので普段の剣技とは少々勝手が異なります。重さ自体は大したことなく硬さもまぁ分厚い布地ということで、無理やり動くのもそう難しくありませんが、あちこち引っかかるつもりで動かないと体が勝手に逃げたり止まったりしますので、正しく身につけ軽く動いて馴れてというところが大事になります。失礼だが鎧甲冑の経験はおありか」
「ありません」
「そういうことであれば、なお一旦は着てみることをお奨めする。我が陣屋が近いので御不満なくばそこで着付けと調整をいたそう」
リクレルはおそらく心底善意から述べていて、全く自らの優位を全く疑っていない様子で誇るでもなくマジンを誘った。
序列二桁という話であったが、リクレルは年若い割には相応の人物である様子で年配の者に対しても上位者として振る舞うことに慣れている様子だった。こちらは男所帯であるらしく陣屋の中で動いている女は少なかった。
「まぁ女は男と違う支度が多いですからな。急なお呼びということで、男の中でも身軽なものだけで参ったわけなのですよ、と言って下働きや勝手に来ているうちの女達も先ほどチラチラと追いついてきたので、いないわけではないですが、まぁ陣屋には直には関係ないというところですな」
陣屋の後ろ代官の邸宅の前庭でそういいながら、リクレルはこちらの修練場で借りてきた木剣用の防具と防具を並べ始めた。
防具の型は十数もあったがそれぞれ似たようなもので大きさはどれも基本一緒だった。
一方で木剣は握りの太さから身の長さ鍔の位置まで様々にある。
「これはなかなかどれがどれだかという雰囲気ですな」
「まぁそうかもしれないが、結局この求める剣技と防具の組み合わせの良し悪しとが木剣による打ち込み稽古の最初のつまづきになることもある。特に気張って新品を手に入れた子供などは体力がついてこない上に自分の型というものが体格によって変わりますからな。憧れの兄弟子の誰それと同じ防具とかを新品で揃えて、育つに連れて防具のクセで変な癖をつけてしまって遠回りになるということもありますな。体の動きが悪いと思ったらさっさと防具を変えてしまうのが、実は早道だったりすることもあります。およそ節々の寸法は先程見てわかっているのですが、動きの形については流石にわからんのでお試しいただくのが良いでしょう。まぁ使いやすげな木剣を選んでそれに合わせて防具を揃えてゆくのがおすすめですな。これだけあっても良い組み合わせが見つかるとも限らんですが、マシな組み合わせというのは色いろあるもんです。地味に篭手の握りやすさは様々に癖があるので、さっさとなじませるか選んだがいいでしょう」
「ありがとうございます」
「盾は」
普段使っている握りに馴染みのある太さの木剣を選んだマジンに尋ねた。
「普段は別段。左手を使えなくするような贅沢は一人旅ではなかなか出来ません」
マジンの答えにリクレルは頷いた。
「では俺もなしでいこう。そういえば背丈よりだいぶ長い弓を使うと聞いた。知らなかったが共和国では有名な鉄砲商だったとか」
「鉄砲商というわけではなく、作って売っています。が別段武器が専門というわけではなく、農具でも橋でも家でも必要なら何でも造ります。最近は鉄道ですね」
そこまで聞いてリクレルはわかったような顔になった。
「道普請までするのか。なるほど。お館様が気にかけている理由がわかった。道普請は地味なれど、兵粮の血管神経すなわち兵站の真髄と常々言っておられるし、我らも度々苦労させられている。と言って地味な上に手間が掛かるし直した脇から崩れてゆくしでなかなか難しい。外地の知恵を引くにしても、それなりに者共を納得させる必要があるということか。面倒な土地の風習とは思うが、勝ち負けはともかく意気地をみせるのが土地の男衆をまとめる手っ取り早さというのはある。いきなり負けろはないと思ったが、確かに一振りもせぬまま組み合わせの初戦で消えるようでは意気地を示すどころではないからな。そちらのお立場はわかった」
全く負ける気はなしと言わんばかりのリクレルだったが木剣を振るうとうちわのように風が来る。手の中の木剣が僅かに手の皮に擦れる音がする。自信を裏付けるだけの体躯とその動きだった。
リクレルの言うとおり、それほど特徴的とも思えないマジンの体型ではあったが実際に体を動かしてみると防具の相性というものは様々にあって、慣れてしまえば馴染んでしまえばどうとでもなるものだろうが、分厚い布地の奇妙な抵抗感は自分が太ったように感じられる。この手のものが万全でないというのを承知のうえで一気に選んで慣れてしまったほうが良さそうだった。
それっぽさそうな組み合わせで軽く体を動かして肉が挟まったり防具が支えないことを確認してみる。
「悪くなさ気よな。そこでまとめて詰めるより、ここだけで締めたほうがいい。紐を抜くものもいるが、抜くと抜いたで広がるしバタつく。……それで先の方は結び目を作って広がらないようにだけ躾ける」
そう言いながらリクレルは動きに合わせて締め紐の途中に目を作り絞りを調節してみせた。
「――どうかな」
「なかなかいいです。肩の垂れに当たらなくなった」
「ま、こういうのは場数と慣れで勝手に好みを探すものだが、今回は即日の勝負だからな。動きが悪いと互いにつまらん。商いの話に来たところで妙な話に巻き込まれた様子もあるし、無駄に怪我をさせたくもない。俺にも立場と言い分があるから幾らか振るわせていただくが、頃合いを見てお譲りする。そちらも他流では勝手も違おうが打ち込み稽古のつもりで堂々参られよ」
「そうさせていただきます」
「正々堂々の勝負とはいかぬが、互いにつまらん真似だけはしないようにやりましょうぞ」
そう云うとリクレルは防具を袋にまとめ従僕に持たせマジンを送らせた。
マジンは剣術の鍛錬について考えたことがあったわけではないが、もし仮に材料があるならとダビアスに尋ねてみると全くアッサリと揃ったので、陣屋に広げた外套の道具を使って工作を始めた。突剣用の模造刀の話を聞いてもしや簡単かと思ったそれは云うほど難しくなくアッサリとできた。
葦の束を持っていた鉛箔でまとめ釣り合いを取った刀身を革の袋に収め、柄をやはり皮で絞り適当な鍔をはめ込んだものでマジンの好みに合わせた長さで作ったものだったが、それを一本リクレルの元に届けさせた。
流石に急がないと式次に間に合わないと作業を進めていると、二本目が出来上がる前にリクレルが飛んできた。
「これを使って試そうか、ということか」
息せき切ったリクレルの大声は、マジンの仕事ぶりの素早さを驚きの目とともに眺めていた冷やかしの者たちをおののきざわつかせた。
「お気に召せば、ということでなにも無理にとは思いませんでしたが、やはりお気に召しませんか」
そう聞いたリクレルは顔を赤くして表情を二転三転させ言葉を探していた。
「いやっ。これは拙者が見当違いをしていた。これは確かに武芸がどうのという域を超え衆目に晒すべき御仁であった。いや、まさかこのような御仁を紹介するためとあれば、無理難題も言いたくなる。……いや。全く気に入った。気に召した。打った浅いの騒ぎは木剣で防具をつけててもよくあること、だがこの模擬剣であれば……、身の入った位置であれば良い音が耳に残る。鋒では鳴らない。寸止めに気を使わずとも撃ち切ってあたった手応えにせよ葦のしなりと束のバラケで、死ぬほどにはなるまい。身は葦が詰まっている様子だが鋒はどのように」
パン、シャンと袋の中で叩かれた葦が乾いた音をひびかせるのをリクレルは模造刀でマジンの外套の肩を叩きながらはしゃぐように言った。
「突きで死なないように綿と紙で芯を作っています。木剣ではやはり少々怖いので」
笑うかと思ったリクレルは真面目な顔でうなずいた。
「したり。殺意剥きになっての突きは格下であっても危険極まる。とはいえ斬刀を意識した木剣でも突きはやはり大事な技。特に踏み込みを考えればどうあっても突きは無視できぬ。斬るか突くか等という議論もあるが、我らに云わせればどちらかが優れているとて、どちらかしか出来ないとあれば片端も同然。その場その時その相手で優れているものが入れ替わるのが兵法の真髄。得物や才能、学ぶ時に限りがあるのはそれとして突剣を学ぼうが斬刀を学ぼうが、斬るも突くも或いは組打つも心得をするのは武芸者として当然。全く当然。武芸門外の方と侮っておりましたが、理を積み重ね全く鮮やかにこれだけのものを示されれば、ゲリエ殿の才覚疑えぬ。是非にも郷に名を示しまそうぞ」
「それで、その長さはいかがですか」
「気に入ったっ。これまでとは微妙に柄の長さが長いが、これは引き手に力が入れやすい。身はやや短いがこれはこれでなかなかよろしい」
「こちらは作りかけですから伸ばしましょうか」
「あ、いや結構。同じもので。長ければ中の葦が撓るだろうし、体躯で勝って得物の長さで勝ってでは、何発打ち込んだとして全くこちらの気の毒が募るばかり。それに晒している得物を見るに元来そちらもやや長い得物が好みの様子だ」
そう言いながらリクレルはかなりの風切りの速さで素振りを振り下ろし引き戻し切り返し、音が出ないことを確かめて偶に外套をかけているトルソーにあて、乾いた音を響かせ鳴らしと、たった今出来たばかり今作っている模造刀の造りを確かめていた。
「……。できました。新しいのとそちらとどちらがよろしいか。様々確かめたところで交換するもよし。手に馴染んだものを使われるもよし」
「それでは新しい物を。見た目僅かにそちらのほうが握りやすそうだ。――ほらやはり。注文に合わせて直してくださる気であったな。こういう小間物の職人もされるのであればいずれ俺の武具の注文もしてみたい」
手に入れたばかりの模造刀を全く楽しげに機嫌よく振り回しながらリクレルは言った。
「いずれ折がありましたら」
「道普請なぞという手間仕事を仕切っているのであれば、そうそう時間も取れぬか。だが鉄塊というべき斧槍を裁ち落とせる段平であればそちらに合わせる。此度のことはそれとして、またこれとお願いしたい。――流石に時間切れか」
そうこうしていると四方でラッパが鳴り響き、太鼓を叩いた者たちが往来を練り歩き始めた。
式次が始まることが告げられ屋台が広場からみるみる片付けられてゆく。
一部の屋台はあちこちの将家の縁者配下だったらしく、幾つか少なくない数の露店屋台がダビアス家の代官屋敷の前庭にも引き上げてきた。
曲輪の内側に建物がないというわけではなく、陣屋となっている代官所とはまた別に幾らかの屋台が運び込まれている風景が見える。
そうなると細工屋の露店同然に店を広げていたマジンの周りも慌ただしくなっていた。
当然といえば当然の様子で会場周辺の様々が引き上げられ土間作業に敷いていた風呂敷からこぼれ落ちた皮や葦の切れ端などを無視する勢いで広場にいた者共が一旦引き上げた。
あれだけいた人々が僅かなゴミやチリを残し一気に引き上げる様は奇妙ですらあったが、そう云う土地なのだという印象を受けた。
どういうわけか、こちらに戻って来そこなった女達の姿が見えないことに陣屋の者達は落ち着いている様子で近場にいた従兵に尋ねてみると、皆様ご無事との連絡が既にあったという。
南北の大門の他に十八の代官所がそれぞれ門を構えている様子で闘技場と云うには少々真平らな印象があった市場が、実は相応に会場を見渡す場所に苦労しないことが分かってきた。
土地の代官に縁のある商家や旅籠組合などというもので、戦や催しでは公益に従うという取り決めで土地と建物を任されていた。
ゲリエ家の女たち一行は広場に面した宿の一角に案内されているらしい。
こちらの陣屋は全体を見るにやや奥まって、花道の奥のような突き当たり袋小路で会場の一部一角には違いないのだが会を眺めるには向いていないということで広場表側の建物に案内されていた。
広場から城門正面に繋がる北斗門と広場から外にまっすぐ繋がる南斗門という2つの太極門が閉じて、この広場のある城郭は明日いっぱい閉じてしまう。
招待の家門のひとつは太守の病を理由にもう一つは奥方様ご出産のために出席を取りやめたということで、残りはそれぞれ家の当主が席に立ってそれぞれの試武の選手を紹介した。
やはりというか当然というかマジンの反応は今ひとつ薄く、首をひねるような者たちが多かった。
式次の宣誓内容は内容は今ひとつピンと来ていなかったのだが、会場がどよめいた。
「ここで切ったか。――ゲリエ殿。気張りなされよ。試武改の優秀者にマリール嬢……姫との雌雄を賭けた決闘を差し許すと言ってきた。つまりは、求婚を許すということだ。慣習的に未婚の女が負ければそのまま結納だ。その勝敗を公衆に晒すということになる」
「それは、……アレですな。酒場で恋文を読みあげられるような気分ですな」
一瞬言葉に詰まったマジンにダビアスは頷いた。
「気の毒だが、まぁそういうことだ」
「ボクが負ければともかく、勝っても気の毒で仕方ない仕儀ですが」
マジンがそう云うとダビアスは祖父の顔で呆れるように笑った。
「女は家の宝だ。無為に潰さぬようにせよ」
ダビアスは姿勢を戻した。
その後式次が進み、家門の当主格と選手が広場を練り歩き、如何にも危なげなゴミや物品を取り除くという儀式的な作業がおこなわれた。物によっては実際に危なさそうな半端な釘の生えた棒などもありマジンは律儀に拾ったが、あくまで儀式的なものでおおかたの者達はあまり気にしていない様子だった。
そう云う風に列から溢れるようにしたせいでマジンは少々気になることを陣屋に着くやダビアスに尋ねた。
「角のない騎士がいらっしゃるようですが」
「うむ。おるな。別段騎士といって腕が立って最低限の魔導の素養があればいいことになっている。魔導は良くてせいぜい腕が一本二本増えたようなものだからな。隻腕でも槍働きに長けた者はおるというようなもので、ワシラの一族も戦い向きの魔導を持っているかどうかは実は怪しい。外の者でもわしら以上の大魔導師というべき者たちもいるしな。オヌシも魔力は大きいがどうやら唯物錬金に回っている様子で魔導というほどのことはないが、そういう者も一族にはいる」
「その外の方は腕の立つ方なのですか」
ダビアスは頷いた。
「メラーカレオンとか云う名でアルツ家の騎士だ。が、あれは魔導も武芸もという意味で云うと曲芸師に近い。無論こういう場に出られるほどの武芸の格も魔道の格もあるのだが、見栄えが派手でな。勝ち負けを無視した戦い方をする一種の役者で花型だ。だが武芸と魔導と暗器を組み合わせ、全く陰険無比の強力な遣い手だ。初見で勝った者というとグレオスルとあと一人二人というところでいずれも完全に格上だが、つまりは隙がなく格上の相手でも隙を作れ喰える男だ。オヌシの得意に魔法が含まれていないなら間違いなく苦労する。グレオスルは別格としてワシの見るところ奴にロクヨンで有利といえるほどの男はこの試武改には来ていない。実のところ多芸な男でな角があろうがなかろうが、あれほどに魔術と武術の融合に拘り研鑽を積んでいる者は珍しい。毎回新技を絡め使い処を改めてくるので、初見でなくとも嵌れば勝てるという強さもある」
「それは格がどうこうというのを関係なしに好きにやらせたら勝ちようのない相手じゃないですか」
「まぁそうだな。だいたいそう云う戦いかたで勝ったり負けたりをしているが、奴は武芸もなかなかでな。よほどの心得があっても守りに回られると押し切るのは難しい。手数が途切れたり誘い込まれたりで相手が自滅同然になる。というのが評判の悪いところなのだが、まぁ見ていればわかるのだが、役者のような勝ち負けを見せるので我らも悪口ばかり言っていればできぬ男の僻みかと云われるわけだ。特に家の女どもからな」
「それほどですか」
「まぁワシの家中の騎士に真似のできるしぶとさと器用さを併せ持っているものはおらん。というのは間違いない。女のような奴という悪口も家では厳禁だ。ウチの女房共はああいうしぶとい者を好む。まぁしぶとさというか器用さというか、何か薄暗いものを感じるがそうだとして強いのは事実だ。勝った者が強いという意味においてな」
「大絶賛ですな。しかし気に入らないのですか」
「まぁ、アルツ家の下の姫と結婚したのはいいのだが、そこら中に女がいる様子でな。それも筋の上ではいいのだが、姫に子供ができない」
「それは。……しかし」
「わかっている。だがまぁなんというか。ややこしいのだよ。こういうところに連なる家というのはな。たとえ継承と直接関わりがないとしてもな」
マジンとしては他人の夫婦の間のことはさておき気になっていることがあった。
「ボクも正直を云えば、仮にマリールを娶ったとしてですね。もう一人子供を生ませる気力が湧くかどうかは怪しいところですよ。寝かしておくと呼吸が大変になるまで女房を自分の手で叩きのめして、治療のために出産のために宙吊りにするなんてことを喜んでやる元気はあまりありません」
「なるほど。そこまで思い切ったか。オヌシは。そりゃ孕むな」
喉の奥で破裂させるような笑いを鼻に抜いてダビアス老が感想を口にした。
「若気の至り、というか」
「責めていない。というより、よくぞそこまで付き合ってやったというところだ。一般には針刺しや首絞めのような調整しやすい刺激で助手を付けて初産を乗り越える夫婦が多いのだがね。うまくゆかないことも多い」
「初産を乗り越えれば済みますか」
「済む者もいれば済まない者もいる。まぁそういうわけで一人産んでいるマリール嬢ちゃんの価値が益々わかるだろう」
「なんともはや、失礼ながら因果な一族ですな」
「そういう女からこそ強い子どもが生まれるということであれば、そうあって仕方ない。生憎だがゲリエ殿、一族の秘儀に通じたオヌシにはしばらく、できれば末永くお付き合いいただきたい」
一戦目が終わったラッパが響いた。
別段選手が見てならないという定めがあるわけではないのだが、店を広げたままにしていた外套の中身を収めたり、防具をつけて多少の調整をしてみたりということをしているうちに試武が始まってしまい、往来ができなくなっていた。
一晩のうちに夜を徹し七戦行い、日が昇って四戦進め、午後日が傾いて二戦、日が没して一戦というものが、およその形でそれぞれの節で広場には露店が広がる。それとは別にそれぞれの陣屋を構える代官屋敷の庭に露店がありとおよそ自分の土地の代官屋敷を頼るがもちろんどこの庭を訪れても咎められることはない殺伐な割に大雑把なおおらかさで試武改は進む。
試合時間は基本無制限であまりに膠着した場合や床に刻まれた境を無視するような動きがあると観衆から物言いが入り、武芸改奉行方からお預りの裁定が下るとそこで試武は中断になる。
つまり大雑把な話としてあまり膠着した試合をすると退屈した観客が手元にあるゴミやら食器やらを投げ始める。弁当屋や茶や酒などの飲み物や或いは菓子などの売り子や売店などがそこここにあり、またそれ用の土器を使った商売などもあり、いくらもあった屋台のいくらかはそう云う風にしてあちこちの庭や屋上などに入り込んでいた。
特に好まれるのはよく熟れた果物を投げ込むことで、旧来は武器が足りないというならそれを使え、という意味合いで酔っぱらいが刃付きの果物を投げ込んだ故事から派生して、お前らなんぞ果物や或いは土器を武器に戦っておればいいというような意味合いで投げ込まれていた。
当然相応に広場は広く取られていて試武の立会は中央の噴水池を挟んでおよそ一チャージの円形の色の変わっている露店の禁止を示す部分に踏み込むことで立会が始まる。
中央の噴水池に望みの得物を書いた木簡を放り込み立ち止まり、それを立会の奉行が拾う。
より真ん中に近いほうが選ばれるしきたりだが、両者怪し気なときは表になっている側、或いは判断つかない場合はその場から叫んで首座に尋ねることになるのだが、観客の叫びがそれを妨害することも多い。
会場はざっくりと直径四チャージほどの歪んだ円形をしているから、よほどの肩の酔っぱらいでも試武の場の真ん中や反対側に土器や果物を狙って投げてよこすことなぞできないが、広場を囲う建物はおよそ三階か四階という高さで建物のそばの十キュビットほどはやはり色違いの露店の禁止を示す色のレンガの道があり、まぁつまりそういうものに近づくと当たろうが当たるまいが色々なものが飛んで来る。
そう云う風にしてわいわいと様々なものを敵とも味方とも投げつけることを許す風潮になっていた。
まるで犬猫の喧嘩のような扱いですらあるが、実際にそう云う風に云う故人もいてまたそういうものであると人々には認識されていた。
そういうわけで一戦目が始まり終わってやや奥まったところから一戦目の様子を眺めていたマジンの目には街の向こう側でなにやらバラバラと投げている人々の姿や或いは投げ散らかされる様々なものが見えていた。
一戦目が終わったとして二戦目の次ということでフラフラと見にゆく機会を逸してしまってマジンは軽く果物とチーズで腹を満たし防具をつけて模擬刀を振るっていた。
結局防具のたぐいは慣れるまで人々を守るつもりで縛り付けるような道具であったからそれを使って体を動かす必要があって、或いは実際にそれを使って叩かれて見る必要があったから、手隙の従兵にできたばかりの模擬刀を使って木刀を使って受けたり叩かせたりしていた。
防具は形から頭巾鎧とか布鎧とか云われるように全体に甲冑というよりは大鎧を簡略化したような構造になっていて、初めてでも甲冑よりはそこそこに動ける作りにはなっていたが、下の大袖が巻き込まれたり、戦袴が巻き込まれたりという事はあって突然あちこちの布地ががキュッと引っ張られるような動きになることは慣れるしかなかった。
そうやって動くうちに次第に死角や動きの引っ掛かりに慣れてくると距離感が正確になってきて足さばきだけで相手の打ち込みが躱せるくらいの動きやすさがあることもわかってきた。
従兵の方はそれはそれで手加減をしてくれているのだが、そのうち御役目から外れている騎士たちがその革袋のような模擬刀を面白がって振らせてくれと立ち会いに入り打ち込まれながら木剣でさばくことをしていた。
しばらくそうやって体を動かしているうちに前庭に人の輪ができ始めて流石に見かねた屋敷の守役の女官が役付の騎士を叱り飛ばして解散となった。
そう云う子供っぽい騒ぎがあって、模擬刀袋葦剣が作られ始めた。と云って幾人かの従兵と騎士が額を寄せ合う中で、マジンが型紙を一枚描き終わったところで第二試合が終わりのラッパを告げた。
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