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〖第74話〗
しおりを挟む私は真波を見つめる。静かに淡々とこんな風に話す真波を見たことは今までなかった。
「ケーキ、好きだったのね。ケーキの日は真波が主役だったんでしょ?」
力なく頷く真波を抱きしめると真波は小さく頷いた。
「昔は誕生日の日か絵で賞をとらなきゃモンブランは食べられなかった。最近は、美雨さんに出会う前まではモンブランが食べたいんじゃなくて、事故のことを思い出して、描けなくなる度に食べてた。幸せの埋め合わせだったんだ。モンブランは俺にとって幸福の象徴だったんだろうね」
「真波、私はいつでも真波を抱きしめてあげられる腕もある。受け止める胸もある。ケーキを、そろそろ手離してあげて。皆にも食べさせてあげて。あと真波」
真波は赤い目で私を見る。悲しい悲しいと時間を巻き戻したように、真波は泣いた。
「私は傍にいるから。つらいときには頼って──ねえ、これから近くのケーキ屋さんに行って、モンブランのホール買ってこよう」
私は真波の髪を撫でる。さらさらのちょっと猫っ毛。
「美雨さん」
「ん?」
「美雨さん、俺のこと捨てないよね? お願い。もう、独りぼっちは嫌だよ。誰もいない家は恐いよ」
胸の中で小さく震える真波が、いたいけで悲しい、雛のようだった。まるで小さな子供に戻ってしまったように、真波は私に泣きながら『捨てないで』と言う。
やるせない感情が込み上げてきて、私は真波を抱きしめる強さを強めて言った。
「どうして捨てるって思うの?」
「………自信がないよ。俺は、何もない。少し絵が描けて、家事が得意なくらい。絵だってモデルはタラシこんだ女の子にしてもらってた。でも、どうしても絵が仕上がる頃になると、女の子が母さんの面影を映してくるんだ」
私の胸の中で、泣く真波が切なくて、私も泣きそうになるのをこらえた。私はもう捨てない。断ちきるように見限ったりしない。一度した後悔は二度としない。
「確かに、俺『あの頃の、幸せな頃の、綺麗な姿をに描いてあげるから』って事故の後の哀しい姿の母さんに約束したけど、もう、嫌なんだ。哀しい絵は描きたくない。薄情だよね。でも絵を描きあげる度、つらくなる。母さんも、父さんも、妹もいないあの時間から、足踏みしてる気がする。でも、一歩踏み出すと本当の独りぼっちになったんだって思う。描くのがつらい。だって、何を描いても同じ………」
真波は、ほとほとと、大きな二重の瞳から、大きな涙をこぼした。
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