原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田

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プロローグ

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 正面から五回くらい、グーで殴られたような顔だった。
 ぶさいくな犬が、革のベルトで机上に拘束されていた。

「よーしよし、いい子にしてるんだぞ相棒……」

 怯えたように揺れたつぶらな目には、不気味な笑みを張り付けた青年が映っている。
 もじゃもじゃの赤毛に、濁った碧眼。
 ブヒブヒ、ヒュンヒュン哀れっぽく鳴きながら身を捩る犬に、青年──リウーは注射器を携えたままじりじりにじり寄る。

「これが終わったらたっぷりご褒美をやるからな」

 太くて短い前足に、ギラリと光る針先を突き立てて──、

「……ぎゃん!」
「動物虐待反対!」

 リウーは、注射器を放り投げて悶絶した。思い切りぶたれた後頭部を抑えて、涙目で振り向く。
 すぐ背後に後頭部をシバいた姿勢のまま、黒髪の青年が仁王立ちしていた。
 緩くウェーブを描いた、長い前髪の下。大きくて分厚い眼鏡の奥では、琥珀色の瞳が怒りにギラギラ輝いている。

「今度いじめたら、親権は僕がもらうって言ったよね」
「いじめてない!」
「ああ、かわいそうにレイ・ベーカー。人でなしのリウーなんて捨てて、ウチの子におなり」
「おいシエル!俺の犬だ!」

 プルプル震える犬を抱き上げる『シエル』に、リウーは赤毛を振り乱して抗議する。
 ふわりと重力を無視するように降ってきた注射器をキャッチして、再び犬に狙いを定めた。

「そのまま押さえといてくれよ」
「押さえといてくれよ、じゃないよ」
「ああっ」

 すかさずシエルが地面におろしたので、犬は綺麗にワックスが塗り広げられた床を、カチャカチャひっかきながら一目散に逃げていく。
 半開きの扉から転がり出ていく背を眺めて、リウーはじっとりとした視線でシエルを睨んだ。

「邪魔するなよ。ちょっと血をいただこうとしただけだろうが」
「血、って。……またレイ・ベーカーに毒を打ったのか!?」
「クラブの課題なんだから仕方ないだろ……」
「犬に毒を盛るのが?」
「血清作りがだよ」

 信じられない、とでも言うように仰反るシエルを尻目に、荷物をまとめる。

「今、新入生勧誘期間だろ。我が園芸クラブは廃部寸前だから、クラブ長も必死なんだよ。『園芸は実学だ!我々の研究成果を見たら、きっとわかってくれるはずだぁ!』って」
「園芸クラブが血清……?」
「そうだよ、ヘビ草ってやつ。ヘビだか草だかわからん変な生き物。会長も喜びだよ。『これは学会発表も狙える世紀の大研究だ!』」

 鬱陶しい前髪を掻き上げては、少ししゃくれた顔で声を張り上げる。
 悪意のあるモノマネに、シエルの胡乱な視線がチクチク突き刺さる。リウーは咳払いをして、「とにかく」とまとめた魔術書を抱き込むように抱える。

「レイ・ベーカーを捕獲しなきゃ。お前が逃したんだから、強制同行だからな」

 憮然と言って、立て付けの悪い戸をガタガタと押した。


 ***

 調合室から一歩踏み出すと、廊下は弾けるような喧騒に包まれていた。
 廊下の両端に城壁のように上級生たちがたむろし、新入生たちに口々に声をかける。彼らの手には、『魔法動物研究クラブ』だの、『求む!飛行魔法上級者』だの描かれた看板が握られている。
 どのクラブも、優秀な新入生を引き抜こうと必死だった。

 ここは、魔術の最高学府ハインベルム学園。
 魔術──魔力で術式を編んでは奇跡を起こす技術を学ぶことのできる、世界唯一の教育機関である。
 魔力自体は誰にでも備わっているものだが、それを魔術として顕現させられるだけの魔力量と素質を持つ人間は、ほんの少数である。
 そしてさらに、この学園の門を潜ることができるのは、学園から入学許可証が届いたさらに一握り。
 魔術を使えることやハインベルム学園を卒業したことは、どの国でも大きなステータスとなっていた。
 だからこそ生徒達の相貌は、学園に選ばれたことへの誇りと喜びに活き活きと色付いていて。

 顔のすぐ隣を、七色の花火が火を噴きながら飛んでいく。隣から声をかけてきたガタイの良い上級生が、「なんだモジャモジャコンビかよ……」とガッカリした顔で手を下ろす。
 四方からみなぎってくる活力に押し潰されそうになりながら、リウーは肩を内巻きに足元へと視線を巡らせる。ブチ模様の丸いフォルムは、中々見つからない。

「今年もやっぱり、『魔術戦演習クラブ』かな」
「何が」
「人気クラブだよ。なんせ花形だもの、去年も新入生人気、ダントツだったでしょ」
「ああ……」

 シエルに胡乱な視線を向けながら、リウーは横髪を弄ぶ。相変わらず陰鬱な表情ではあったが、返答を考えるように碧眼を巡らせた。

「『聖典を読む会』も、最近会員数がありえん勢いで増えてる」
「……前々から思っていたけれど、ああいうあからさまな宗教活動はオッケーなの?」
「ほら、あくまで聖典の読解と解釈を旨とする研究活動だから……」
「モノは言いようってことね……。あとは──」

 ──生徒会?
 そんなシエルの言葉に被せるように、廊下の前方でわっと歓声が上がる。
 そして廊下いっぱいに広がった生徒たちが、波が引くように道を開け始める。
 小心者の二人は顔を見合わせて、倣うように廊下の端に寄った。

「生徒会の方々よ!」

 興奮を押し殺したような女性徒の歓声を筆頭に、俄かに大衆が浮足立つ。
人波を割るように現れたのは、数人の男女集団だった。
 皆が皆、見目麗しく、かつ洗練された雰囲気を纏っている。
 彼らは、この学園の生徒会メンバーだった。
 生徒会メンバーは皆、成績優秀であるだけではなく、高い魔術の素養やリーダーシップを持っている。学園の中枢であり、生徒たちの憧れの的だった。
 そして、その中央。
 先頭を歩く青年は、とりわけ人々の目を引いた。それは一重に、青年の美貌がとびぬけた物だったからだ。
 陶器のような白肌に、眩い光沢を放つ、プラチナブロンドの短髪。その目鼻立ちとしなやかな肢体は、彫刻のように計算し尽くされた配置と比率だった。
 そして、深い眼窩にはめ込まれた赤銅色の瞳には、吸い寄せられるような不思議な吸引力があった。
 総じて、神が幾千年の時間を費やして作り上げたような美貌に、誰も彼もが息を吞む。
 瀟洒なケープコートに填まった黄金のショールチェーンは、彼が、この学園の生徒会長であることの証だった。

「………………カイル・スペンサー」

 シエルの呟きに、リウーは初めて、自分が息を殺していたことを思い出す。
 汗ばんだ手で魔術書を持ち直して、秀麗な笑みを浮かべた青年──カイルが眼前を通り過ぎるのを見送る。

 そして、その一瞬。
 差し色のような怜悧な視線に、一瞥されたようで。
 リウーはまた息を殺して、自分の靴を一心に見つめた。
 
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